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断罪
羅堂 刹
ブーンという音を立ててパソコンが切れる様を、うつ ろな目で見るともなしに見ていた。寝不足で疲れている のに、目が覚めてしまった。 一応彼がこんな生活に入ってから十年が経つのだが、 未だ体は慣れてくれないらしい。 まあ、もうすぐこの生活とはおさらばの予定だが。 薄暗い部屋の中で、伶は独り息をついた。 さんさんと降り注ぐ、太陽の光。それに照らし出され た廊下の中を、少年は全力で走っていた。他の生徒が左 右に分かれ、道を開けてやっている。 だがしかし、その中を走り抜けていく彼の頭はそんな ことには気づかなかった。 いや、気づけなかった。何故ならそれを気にできるほ どの余裕が残されていなかったからだ。 日によってなま暖かくなっている廊下を強く蹴る。 急がなければやばい。 ちょっとどころでなく、やばい。 浮かぶ汗に冷たい物が混じる。 階段を駆け下りて、転がり込むように中庭へ入った。 「おっそーい!!」 腕を組んで仁王立ちした茶髪の少女が少年、アキラに向 かって開口一番に叫んだ。 二十センチメートルの身長差にもかかわらず迫力にお され、じりじりと後ずさる。 「まったく! お弁当は?」 長いつきあいの幼なじみだが、自分をこき使うところ はいつまで経っても変わってくれない。相手のほうが年 下で有るにもかかわらず、だ。 「ほらよ」 心なしかぶすっとして、二つ持ってた弁当のうち一つ を由衣に向かって投げた。 と。 顔面に蹴りが飛んでくる。 「ごはあ!?」 吹っ飛ばされながらも弁当をしっかりとキープしてい るところはさすがというべきか。慣れを感じる。 「ダーリンの作った愛妻弁当に何すんのよ!? もっと 丁寧に扱ってよね。はっ! 愛妻じゃなくて愛夫か。き ゃー私ったら私ったら!」 実は彼氏でも何でもない、片思い中のもう一人の幼な じみを想って、べしべしとひびが入りそうな勢いで校長 の石像をたたく。アキラはまだピクピクと痙攣している。 ああ、今日も平和だなあと。 少なくとも、二人から五メートルは離れた生徒達は思 ったのだった。 「ふくちゅっ!」 反動でさいばしを落としそうになる。 「伶風邪?」 黒髪の青年が首をかしげたが、軽く首をふった。 「いや、大丈夫だ。なんでもない」 「ふーん? 誰かが噂してるんじゃない?」 「誰がというんだ、圭」 「誰かだって。・・・由衣ちゃんとか」 圭、大当たりである。 ちらと時計の方を見、お盆を手に取りながら伶がつぶ やいた。 「昼時だしな」 今頃自分の作った弁当を食べているはずである。しか し今更ではあるが、何故俺が由衣の分まで作らなければ ならないのだろう・・・。今日は創立記念日でせっかく の休みだったのに。ため息が出た。 「アキラの弁当、無事かなー?」 運ばれてきた昼食に頂きます、と手を合わせてから圭が つぶやいた。 「無事と思うか?」 げんなりと従兄弟から返ってきた問い返しに、青年は満 面の笑みで答えた。 「思わない」 「・・・サンドウィッチでも作っておくか」 空腹で死にそうな幼なじみの顔を思い浮かべるのは至 極簡単なことだった。 と、いきなり圭が話題を変えた。 「あー、そういえばお墓参りこの頃行ってないよねえ」 テレビに目を向けると、結構長い間やっている霊園のコ マーシャルが流れていた。 「もう花も枯れているだろうな」 そちらに気を向けたためにワンテンポ遅れた返事には、 命日も近いしね。と小さく返ってきた。ほとんど独り言 の声の大きさだ。 (そういえばもうすぐだったな) 思考が今度はその日の記憶を探り始める。知らず、箸 が止まった。 「伶! 伶! ねえ父さんと母さんは!? ねえ!?」 目の前でぼさぼさの髪が揺れた。肩をつかまれ揺さぶ られる。 ・・・声がどこか遠く聞こえた。 「なんっ・・・なんで! なんで!?」 「っ! 落ち着けアキラ!」 「だって兄ちゃんも・・・いない・・・!」 圭に引きはがされ、押さえつけられたアキラはなお、手 足をばたばたと暴れさせている。 目の前が赤い。 燃えているのだ、家が。 アキラの家が・・・赤く。 「おい、足大丈夫か? ちょっとそれじゃあ立てないだ ろ。ほら、救急車があるからおじさん達と病院へ行こう な」 「よいしょっと。よーし、お父さんとお母さんは?」 隊服を着た男に抱きかかえられ、タンカに乗せられた。 ゆっくりと二人の方を見、言葉を紡ぐために唇を開き、 指を伸ばした。 「あの中・・・です」 そう、燃えさかり、崩れかけている家に向かって。 サッと男達の表情がこわばる。まずいことを聞いたと 気づいたらしい。 「・・・行こうか」 救急車の扉が開く。 後ろから、今来たらしい由衣の泣き声が聞こえた。 少し遅れて、アキラの泣き声も。 振り返ろうとして、押しとどめられた。硬い表情で圭 の父親・・・伶の伯父が乗り込んできた。保護者として 連れてこられたらしい。 ゆっくりと、車が動き始めた。 頭に声が響いてくる。 (・・・話さなきゃ) 事件の真相を。 (謝らなきゃ、アキラ達に) 己の弱さと罪を。 心の奥で叫ばれたその思いは。 それと同じくらいの・・・否、その思いよりも強い、 己の罪をさらすことへの恐怖によって封じられた。 少年が、逃げる闇への道を選んだとたん、焼け付くよ うな痛みが足から広がった。火傷を負っていたのだ。 ストレスも手伝って、伶の意識はそこで途切れた。 清水 敏明 清水 幸子 清水 幸人 守野 匠 守野 優子 以上五名の命を消し去った火事という名の事件は。 台所が激しく燃えていたことから、不幸な事故として 片づけられた。 生活保護を受けた同居が始まり、真相は表から消え去 ったのだった。 ・・・十年前の、ことだった。 「んじゃっ、後かたづけもよろしくね!」 は、と我に返って横を見る。しかし、既に圭は逃げ去 っていた。無駄に早い。 (伯母さん達に躾をし直して貰った方がいいだろうか) 思わず、今は温泉旅行を満喫している筈の夫婦を思っ た。 肌寒くなってきた空気の中を、アキラは家へと急いで いた。もう日は大分傾いてきている。 ビュッと風が吹いた。 グッと腹が鳴った。 あまりのタイミングの良さにため息がでる。腹が鳴る のは仕方がないのだ。 何故なら。 ハンバーグに逃げられたのだから。 いや、正確に言うと由衣に横取りされたのだが。ほぼ 毎日繰り広げられる彼女による横取りは、何も知らない 傍目から見れば、 (まあ、お弁当の取り合いなんて仲がいいのね、うふふ) な光景なのであるが、本人達・・・特に連敗続きのアキ ラにとっては修羅場なのであった。 (まあ、伶が何か作ってくれてんだろ) あいつ今日休みだし、と付け加えながら考える。もう すぐで間食が食べられ、更に夕食も食べられる期待感か ら、少しにやけて家の扉を開いた。 「ただいま!」 「「おっかえりー」」 ・・・居間から響いて来た二つの声に嫌な予感を覚え る。これは圭と・・・由衣の声だ。 「はっ! 俺の食べ物!」 鬼のような形相で居間に駆け込んだが、時既に遅し、 みごとに二人によってサンドウィッチは平らげられてい た。「美味しかったー!」 「美味しかったねえ」 にこにこと笑いながら発せられた言葉に続いて、カチャ ッという音と共に伶の自室の扉が開いた。階段を下りて くる彼に、泣きすがるような視線を向ける。 「・・・一応残すように言っておいたんだが」 「こいつらがんなこと聞くかよ!」 キッと由衣に視線を向ける。 「ていうか何で由衣がここにいんだよ」 「今日お泊まりするから」 「何!?」 どういうことだ、と圭に視線を移す。 「花があっていいんじゃない?」 「・・・」 こいつの何処が花だ。 不満たらたらであったが、既に抗議する力も出ない。 腹が減っては戦は出来ぬのだ。 伶が仕方ないという風に口を開いた。 「少し早いが夕食にするか」 (このままでは餓死しかねん) その一言を発したとき、アキラビジョンでは伶に後光 が差していたのであった。 「あー、美味しかった!」 ふんふんと鼻歌を歌いながら、由衣は階段を上ってい た。先ほどサンドウィッチを食べたばかりだというのに、 彼女は夕食も余裕を残して完食した。尤も、飢えたアキ ラの食べっぷりには敵わなかったが。 「あ」 一つ、ドアが開いている部屋があった。伶の部屋だ。 そういえば、彼の部屋には実は一度も入ったことがなか った。(ちょっとくらい、いいよね) まだ食器を洗っているのを音で確認してから、なんと なく忍び足で部屋に入った。さすが、綺麗に整頓されて いる。自分の部屋やアキラの部屋とは大違いだ。 ふと、パソコンのスイッチが入ったままになっている のに気づいた。 (あー、そっかそっか) そういえば、アキラが帰ってきてから、伶は部屋に戻 れてなかったっけ、と思う。軽い気持ちでマウスを適当 に動かした。画面が浮かび上がってくる。メールだ。送 信直前だったらしい。送り先の欄に目をやった。 (何・・・? 薬品会社?) そこには、彼の父親が生前に勤めていた会社名が記さ れている。しかし・・・何故今更。疑問を解決しようと 本文を読んだ。 「・・・何、これ」 思わず声に出した。頭の中が真っ白になる。 後ずさるようにして廊下に出、そして自分に割り当て られた部屋へ駆け込んだ。 伶は、階段をのろのろと上がっていた。 (よくもあれだけ騒げるものだ) まあ、食卓を盛り上げてくれていたと、良く考えられ ないこともないのだが。睡眠不足の頭には少々きつかっ たのだった。さっきも何かどたどたと走る音が聞こえた。 階段を上りきって顔をあげる。そこでやっと自分が部 屋を開けっ放しにしていたことに気づいた。しかし、別 に泥棒が入るわけでも有るまいし・・・とだけ考え、部 屋へ入って後ろ手にドアを閉めた。 だが。 (・・・おかしい) パソコンを見て、思わず駆け寄る。そうだ、自分はこ れの電源を切らずにいた。少なくとも一時間は。なのに。 (何故画面が表示されている!?) 答えは一つだ。誰かが、自分が片づけをしている間に これをいじったのだ。 ・・・誰が? 圭は、確か夕食後すぐに向かいの彼の家へ行ったはず だ。 アキラは、まだ下で寝ている。 残る、一人は。 「っ、由衣か!」 表示されている内容は分かり切っているのだが、それ でもすがるように画面を見つめた。どうか危惧する内容 と違うものが現れてるようにと。 だが勿論、そんなはずはなかった。 画面にはしっかり、メール内容が表示されている。 麻薬・毒薬・銃器。 それらの売買ルート、顧客名のリストが。 その他の、犯罪行為に関する内容が。 自分の、罪の一部が。 十年間、隠し続けて来たのに。 泣きたくなった。 気を紛らわせるためにかけた音楽がむなしく響く。 いつもならこのぐらいの時間にお風呂に入っていると ころだが、そんな気にはなれなかった。 (どうして) 信じたくなかった。どうして、あんなことになってい たのだろう。 音がうっとおしくなって、停止ボタンに指を伸ばす。 さっき階段を上る音がした。きっと伶だ。彼はもう気づ いただろう、私がパソコンの内容を見たことに。 ベッドにうずくまったまま動けない。 ・・・ほら、聞こえてきた。いつもより少し早い、彼 の足音が。 そっと、怒り、悲しみ、その他の感情に滲んだ目を上 げる。 ノックの後、ドアが開いた。 「・・・由衣、ちょっと」 控えめに差し出された手を見つめる。 彼は、この手で。 この指でキーボードを叩いて、多くの人を苦しめ、陥 れてきたのだろうか。 「由衣?」 この口で、私たちを騙し続けてきたのだろうか。 瞬間、悲しみよりも怒りが勝り、少女の神経は逆立っ た。 思考が消え去り、ただ叫ぶ。 手を思いっきり振り払う。 「そんな・・・そんな汚い手で触らないでよっ」 拒絶。 涙混じりの叫び声に、伶はサッと表情を失う。 「嘘つき! 卑怯者! 偽善者!」 激情に任せて叫び、顔を伏せる。僅かに後悔が押し寄 せた。 両者間に漂う短い沈黙のあと、顔を覆ったままの少女 に降り注いだ声は。 「・・・・・・そう、由衣の言う通りだな。俺は嘘つき で偽善者だ。俺は、汚い」 抑揚に欠けていて、何の感情も伺わせなかった。 その瞳は。 諦めたような、何も映していない虚ろなものだった。 見えているはずなのに、何も見えていないような。 少女は、その瞳に恐怖した。硬直して、動けない。 「十年前、俺は汚れ始めた」 耳をふさぎたかった。 違う、そんなこと言わせたいんじゃない。 そんな顔させたいんじゃない。 「俺の父さんの会社は、表向きはただの大手薬品会社だ が、裏では世界中の暴力団・・・マフィアとつながって いる」 内容とは裏腹に、冷たい冷静な声だった。 少年は語るつもりなどなかった。こんなことを言った ら後で後悔するのは分かり切っている。 「父さんは表では平社員だったが、裏では結構なやり手 だった。だが、母さんが俺を身ごもってから、足を洗お うと考えたらしい。世間にこの裏事情を発表しようとも」 だが、一度吹き出したものは止まらない。 「だが、感づかれた。そう、あの火事は会社の奴らがや ったんだ。場所なんて構いやしなかった。たまたま殺し に来たら、相手がいたのがアキラの家で、邪魔な家族が いた、それだけだ」 もはや由衣の顔は蒼白になっていた。 「今では俺はこの様だ。だが・・・」 感情が、あふれ出す。 「俺が好きでこんな風になったとでも思っているの か!? 冗談じゃない! 恐くて辛くて惨めで。情けなくて、悔 しくて!」 「もうやめて!」 耐えきれなくなって叫んだ。 傷をえぐるつもりなんてなかったのに。 闇は深かった。 思ったりも、ずっと・・・ずっと。 「もう・・・いい、から」 これ以上自分を追いつめなくていいから。 いつも明るくて強気な少女が泣き崩れる。 その姿を見て、しとしとと後悔とむなしさが伶の胸中 に広がる。 「言ったところで、何も変わらないのに・・・」 八つ当たりしてしまった。 少し離れたところに座り、彼女が落ち着くのを待つ。 嗚咽が収まってきたところを見計らって、声を掛けた。 「・・・すまなかった、怒鳴ったりして」 由衣がふるふると首を振る。 「もう少しで、終わるから・・・」 「え?」 少女が首をかしげる。今度は伶が首を振った。 「いや、何でもない。もう少しだけ、アキラ達には・・・ いや、誰にでもこのことは黙っていて欲しい」 由衣が頷くのを確認して、立ち上がる。ドアに手を掛 けたところで思い出したように言った。 「風呂に先に入るといい。上がったらアキラに言ってく れ」 まだ寝ているだろうがな。と、僅かに笑顔を作っ て、少年は出て行った。 少女は、呆然とドアを見つめていた。 笑った、顔。笑顔。何年ぶりに見ただろう、と思った。 でも、嬉しくない。瞳の光が暗いままだったから。 全然、嬉しくなんかなかった。 でも、今自分に出来ることは何もなくて。 のろのろと、入浴の準備を始めた。 《続く》 |