扉
白月碧空
光の羽根 闇の羽根
私は、赤い火が中で燃えているランタンを持って塔の
下へ下へと降りていった。
一番下まで降りると、金髪の少年が、半分ずつ白と黒
の円柱に白と黒の羽根をそれぞれ一本ずつ載せてある台
を囲んで四つある台のうち青い台に、水の入った瓶を置
いていた。その瓶には青い狐の絵が描かれていた。それ
が終わると彼は私の方を向いた。
「おかえり」
と、ぼくは言った。
銀髪の少女は、ブレイズ様から貰ってきた火のはいっ
た、彼女の目の色に似た紅いランタンを大事そうに抱え
て立っていた。彼女はぼくとよく似ている。もし髪の色
が金で、目の色が青(ぼくがさっき水瓶を置いた台の海
のように深い青よりも、もっと薄い灰色を混ぜた青)な
らばぼくとうり二つだ。まあそれは当たり前なのだけれ
ど…。
「ただいま」
と、私は言った。
彼が私の方に手を伸ばしてきたので、私は彼にランタ
ンを渡した。彼はランタンを赤い台の上に置いた。そし
て、彼はそれぞれの台の上を満足そうに見た。
「全部揃ったね」
と、ぼくは言った。
右半分が白色で左半分が黒色の台には白色の羽根と黒
色の羽根。赤色の台には火の入ったランタン。青色の台
には水の入った瓶。緑色の台には風の入った袋。黄色の
台には土の塊が入った木でできたお弁当箱ぐらいの大き
さの箱。やっと全てが揃った。
ぼくはそれらを見ながら長かったなーと、思った。神
様達からそれぞれを儀式用に作ってもらい、それを持っ
てここまで歩いて帰ってくる。二人で分担しても三ヶ月
くらい掛かってしまった。
「そうね」
と、私は言った。
これでグリーム様とグルーム様に言われたことは用意
ができた。後は彼らを迎えに行くだけである。
私は、ふとレオで出会った黒髪の男の子を思いだした。
彼は火の力を得られたのだろうか?
「ねえ、鍵は、ルピナスはどれだけの力を解放したの?」
と、彼女は言った。
ぼくはルピナス―セネシオ―のことを思い出した。パ
イスで出会った男の子。金髪に近い茶色の髪で同じ色の
目をしていた。その目でぼくを不思議そうに見ていた彼
は、十五歳だと聞いていたがぼくには少し幼く見えた。
ぼくは彼を見つける前から、彼がそこにいることが何と
なく分かっていた。なぜなら、昔彼に力を解放された時
に感じた、ルピナスだけに流れる六つの力に守護されて
いる力の流れを感じたからだ。
「二日前に風、水、火、土は全部解放したよ」
と、彼は言った。
ならば、彼は私を待っていたのだ。そのことを知って、
私は少し申し訳ない気がした。
「ごめんね」
と、彼女は言った。
特に謝るようなことを彼女がした覚えはなかったので、
ぼくは少し首を傾けて彼女を見た。そんなぼくを見て彼
女は少し笑った。
「なんでもないわ」
と、私は言った。
そして二人で階段を昇った。
地上に出る扉の前で、彼はそれの取っ手に手を掛けて
ふと思い出したように振り返って私を見た。
「姉さん疲れてない?」
と、ぼくは言った。
どんな答えが返ってくるかは分かっていたが、そう尋
ねた。「大丈夫よ」
と、私は言った。
私が休んでいる暇などないのだ。
「行こう」
と、彼女が言った。
ぼくは扉を開けた。外は少しだけ明るくなっていて、
太陽がもう少しで完全に山から出るところだった。外に
はグリーム様が待っていた。
「おかえり」
と、グリーム様は私に言った。
「帰ってきてすぐで悪いけど、すぐにルピナス達を迎え
に行ってくれないか? このままじゃエラが持たないん
だ」
と、グリーム様はぼく達に言った。
表面には決して現れない崩壊からこの世界を救う。
光の風 闇の土
「俺、ちょっと外に出てあいつらの様子見てくるよ」
と、言ってディルはお湯の入った片手鍋をエノテラに渡
し、部屋の外に出て行った。
「いってらっしゃい」
と、エノテラは言った。彼はディルから渡された鍋に入
っているお湯をお茶の葉が入っているコップに注いだ。
「いい匂いね。何茶?」
と、リコリスは尋ねた。彼女はその部屋にある、大きな
テーブルを囲んでいくつか置いてある椅子の一つに座っ
ていた。
「えっと…、何茶だったかな? ジオに聞いたんだけど
…」
リコリスの力が解放されてから三日が過ぎていた。ジ
オが、「時が来るまでここで待て」と、言ったので、彼ら
はまだトーラスにいた。そして、そこで陰のジオに操ら
れていた人の世話をしていた。その人達は、操られてい
たことにより体力や精神力が以上に減っていたが、早い
人は一日で、遅い人でも二日でほとんど回復していた。
彼らはみんな、今朝自分達の村や町に向かって出発し、
今トーラスにいるのはエノテラ達誤認と、ジオだけだっ
た。
「お姉ちゃんも村に着いたかな?」
と、言ってリコリスはその部屋の窓から外を眺めた。外
は夕日で真っ赤になっていた。
「着いたんじゃない?」
と、エノテラは言いながらホリホックと昨日はなしたこ
とを思い出していた。
「ありがとう。私達を救ってくれて」
と、ホリホックは扉から出ようとしたエノテラに言った。
「おれじゃありません。あなた達を救ったのはリコリス
…さんですから」
と、エノテラは彼女の方を向かず扉を見ながら返事をし
た。
「でも、リコリスをここまで守って連れてきたのはあな
た達でしょ?」
エノテラは何も言わなかった。
「リコリスに聞いたんだけどね。あなたと、…トレニア
ちゃんだっけ? とにかく、二人は私を訪ねに来たんだ
よね。ユッカの紹介で」
エノテラは小さく頷いた。
「誰と話したかったの?」
「父と母です」
エノテラは手を掛けていた扉の取っ手を強く握った。
そして、そっと息を吸った。
「でも、もういいんです。もう無理だから」
「何で?」
「ジオが言ってたんです。父と母は七年前に亡くなった
って…。だから、もう無理でしょ? もう少し早く来ら
れたなら良かったと思います」
エノテラはうつむいて、扉の取っ手を握っている自分
の手を見た。
「無理じゃないかもしれないわ」
エノテラはその声を聞いても、顔をうつむけたままで
返事さえしなかった。
「今すぐって言われたら無理だけど…。もし二、三年待
ってくれるなら、私は能力をもっと上げてあなたのお父
さんとお母さんとあなた達が話を出来るようにするわ」
「できるんですか?」
と、言いながらエノテラはゆっくりと頭を上げた。
「絶対に出来る。約束する」
エノテラはホリホックの方を向かなかったので、彼女
の表情は分からなかったが、彼には彼女は笑っているよ
うに思えた。
「これから、どうなるのかな?」
と、リコリスはお茶を飲みながら言った。
「さあね。リコリスの力は目覚めたんだから、後二つの
力を解き放てばいいんだろ? 光と闇。その力を持つ人
と神様の神殿をそれぞれ探すんだろうな」
「で、その次は?」
「その次は…。何かあるんだろうな」
エノテラは空っぽになったリコリスのコップに鍋から
お湯を足した。
「あっ、ありがと」
と、リコリスは言った。エノテラは自分のコップをテー
ブルの上に置いた。
「なあ、おれ思うんだけど」
「何を?」
エノテラは、少しうつむき自分のコップを見た。
「本当にこの世界って崩壊するのかな?」
「どういうこと?」
と、言ってリコリスもエノテラと同じようにコップをテ
ーブルに置いた。
「そりゃ、俺達は今まで神様に会って力貰って、それか
ら神様の陰と戦ってきた。でも、俺達が今まで訪れた村
や町、それに通ってきた道や平野は平和だった。平穏だ
った。まるで崩壊するなんて嘘みたいに思えてくるぐら
い。神様の陰も世界を壊せるぐらい強くなんてなさそう
だし。だって俺達の力で倒されたり、逃げ出したりする
んだから」
エノテラは顔を上げた。少し周りが暗くなった気がし
た。リコリスは何も言わなかった。
「まるで、全部嘘みたいだ」
「いつから、そんな風に思ってるの?」
と、リコリスは尋ねた。
「さあね。今ふと思っただけかもしれない。だめだよね、
何もすることが無くなるとよく分かんないこと考えちゃ
うから」
と、エノテラは顔に笑いを浮かべながら言った。リコリ
スにはそれが作っている顔のように思えた。
と、その時。ドアが開いた。
二人はドアの方を向いた。そこには、少し顔色の悪い、
二人と同い年に見える短い銀髪で赤い目の少女とその子
の腕に抱かれている茶色い猫―ジオ―がいた。ジオは部
屋をぐるりと見回してから、彼女の腕の中から床に降り
た。
「他の奴らはどこに行ったんだ?」
と、ジオはエノテラの方を向いて尋ねた。
「川に食器を洗いに行ってますが…」
と、エノテラは言い、そういえば川に行かなくてもトレ
ニアの力を使えば、別に食器ぐらい洗えるのではないか
と思った。
「じゃあ、ぼく川に行って来ます」
と、聞き慣れない男の子の声が、部屋の中から死角とな
っている扉の影からした。
「うん。よろしくね」
と、少女がそちらの方を向いて言った。すぐ後に廊下を
急いで走る足音が聞こえた。
「えっと…、何かあったんですか?」
と、リコリスは部屋に入って扉を閉めた銀髪の少女と床
の上に座っているジオを交互に見ながら言った。
「迎えが来たから、出発を知らせに来たんだ」
と、ジオはエノテラとリコリスに言った。彼ら二人はそ
れを聞くと、扉の前に立っている少女を見た。
「あっ…、私が迎えに来たカサザキです。えっと、グル
ーム様―闇の神―によって守護されている―スピリット
―です」
と、その少女―カサザキ―は言った。
光の水 闇の火
「それで、何か悩んでるわけですか」
と、トレニアは隣で皿拭きをしているセネシオに言った。
「うん。そんな感じ。まあ、相手が襲ってきて、力が制
御できてなかったとはいえ、自分の手で殺したんだから
ね」
セネシオは川の近くにある石に座りながらトレニアの
洗ったお皿を拭いていた。空を見上げると、空も雲も夕
日で真っ赤に染まっていることが分かった。
「はい、これで最後です」
「どうも」
と、セネシオは言った。そして、明日からはこの数も少
なくなるのかなーと、ぼんやり考えながら最後の一枚を
丁寧に吹いた。「それにしても、トレニアちゃん」
と、言いながらセネシオは拭いたお皿を、他のお皿の入
って居る籠に入れた。
「何ですか?」
「トレニアちゃんの能力使えば、別にここまで来なくて
もお皿洗えたよね」
「えぇ、まあそうですけど…」
と、返事をしながらトレニアは靴と靴下を脱いで裸足に
なった。
「でも…」
「でも?」
トレニアは、さっきまで皿を洗っていた川の中を一歩
ずつ進んでいき、川の真ん中位のところでセネシオの方
を向いた。
「そうすると、皿洗いが早く済んじゃってあたしも皿拭
きをしなければならない危険性がでてくるんですよね」
「は? ……それはつまり、皿拭きがしたくないと」
と、言ってセネシオは小さくため息を吐き、空を見上げ
た。太陽はどんどん沈んでいき東の空が暗くなってきた。
「そういうこと!」
と、トレニアは言うと同時に川に両手をつけ、水をすく
ってセネシオにかけた。水は彼の顔に直撃した。
「!」
突然水がかかったのでセネシオには何が起きたか分か
らず声も出なかった。トレニアはそんな彼を見てケラケ
ラと笑った。
その後、少しの間トレニアは川の中で水をパチャパチ
ャして遊んでいた。そして川から上がると持ってきたタ
オルで足を拭き始めた。
「ねえ、トレニアちゃん」
「何ですか?」
と、トレニアは足をタオルで拭きながら言った。
「トレニアちゃんてね。“殺し”って許せる?」
「え? 殺しですか?」
セネシオは小さく頷いた。
「人も動物も含めてね」
うーんと、トレニアは靴下を右足、左足と順番にはき
ながら考えた。
「そうですね。あたしはこう思いますよ」
と、言いながら彼女は、靴下と同じ順番で靴を右足、左
足とはいた。そして、土の上に立つと空を見上げた。太
陽はほとんど沈んでいて、空には小さな星がきらきらと
輝いていた。
「どんな理由があるにせよ“殺し”は誰にも許すことな
んかできないって」
セネシオはそうと小さく呟いた。
「それなら、トレニアちゃんはディルがやったことは許
せないんだね」
「あたしは、許すことができないんです。自分にはそう
いう事を許す権利なんて無いと思うから。ディルさんも、
何となくですけど、周りの人が自分のしたことを許すこ
とができるなんて思ってないと、あたしは思いますね。
それに、多分あたし達がいくら“殺し”をしたことは仕
方ないと言って慰めたって、ディルさんには全然意味の
ないことだと思いますよ」
カサッ、と草を踏み、後ろから誰かが二人に近づいて
くる音がした。
「意味のないこと?」
と、セネシオは言った。トレニアはセネシオの近くまで
行き、セネシオの座っている石の隣の石に座った。
「そう。だってね、ディルさんはあたし達が何を言って
も自分のことを許さないと思うから」
と、トレニアは言って後ろを振り向いた。
「そうですよね。ディルさん」
セネシオもトレニアと同じように後ろを見ると、ディ
ルがそこにいた。
「ああ、そうだな」
と、ディルは言った。彼の声は少し震えていた。セネシ
オは何か言おうとしたが、どんな言葉を掛けてあげれば
いいのか分からなかった。
「俺は、トレニアの言う通り、自分のしたことを絶対に
許せないと思うし、みんなに慰めて貰いたくない。心配
かけててこんなこと言うのは悪いと思うけど、みんなは
俺を許すことなんてできないんだ。だって俺を許すこと
ができるのは俺が殺した彼らだけだから…」
セネシオとトレニアは黙って次の言葉を待った。
「別に彼らに許してもらえないのは分かってるし、許し
てもらいたいとも俺は思わない。ただ、一つだけ思うん
だよ。俺はいつか、もう一度同じように他の誰かを殺し
てしまうんじゃないかって…。彼らのように、自分が操
れない強い力を使って。そう考えていると、力を使おう
とするたびに不安定な気持ちになる。そうなると、俺は
いったい何をするべきなのか考える。でも、全くどうし
たらいいのか分からない。……俺は、いったい何をする
べきなのかなぁ」
最後のせりふは、セネシオとトレニアではなく、自分
自身に問いかけるようにディルは言った。
「あたしには…」
と、トレニアは言って、一瞬ディルの方をそっと見た。
彼はトレニアの方を向いた。トレニアはそれを確認する
と、ゆっくりと息を吐いた。
「あたしには、何をすればいいか正しいことなんか分か
んない。でも、ディルさんがやるべきなのは忘れないこ
とだと思う」
「忘れないこと?」
「彼らを忘れないこと。自分の心を忘れないこと。自分
のしたことを忘れないこと。痛みを忘れないこと」
と、トレニアは歌うように言った。
「そうするのがいいと思います。忘れなければ、きっと
同じ間違いは繰り返さないと思うから」
ディルはゆっくりと頷いた。
「そうだな。そんな単純で難しい事をしなければならな
いんだな」
と、ディルはつぶやいた。そして、顔を上げて空を仰い
だ。太陽は完全に沈み、無数の星と月が輝いていた。
「さてと、帰ろうか。エノテラとリコリスも待ってるか
ら」
と、ディルは言い、お皿の入った籠を持った。セネシオ
も籠を持ち、トレニアは何も持たないで三人は横一列に
並んで歩き出した。
トーラスへの帰り道で、他愛もないことを話している
と、セネシオは前から何か淡く光るものがこちらに向か
ってくるのが見えた。
「? ねえ、何か来るよ」
と、セネシオが言うと、三人は足を止めた。ディルとト
レニアも前の方を目を凝らして見た。
「何だろう? あの光ってるの」
と、セネシオはつぶやいた。
少しすると、それは近づいてきて、それの形状がセネ
シオやディルより少し年が上ぐらいの少年だと分かった。
「あ!」
セネシオにはその少年に見覚えがあった。
「ラッセル…」
「ラッセル? セネシオ、知り合いなのか?」
「うん、パイスで会った子」
セネシオとディルが話していると、その少年―ラッセ
ル―は三人の目の前で止まった。
「あっ、いたいた。ルピナスのセネシオとサラマンダー
のディル、それからナイアスのトレニア」
ラッセルは、端から順番に名前を言いながら一人一人
の顔を確認した。
「えっと…。ラッセルはどうしてここにいるの?」
と、セネシオはラッセルに尋ねた。
「あぁ、うん。みんなを迎えに来たんだよ」
「迎えに?」
と、トレニアは首を傾けながら言った。
「そう。グリーム様とグルーム様に言われてね」
と、ラッセルはにこにこと笑顔で答えた。
「へ? グリーム様とグルーム様?」
「セネシオ、知ってるのか?」
と、ディルは言ってセネシオの方を見た。彼は口をあん
ぐりと開けていた。
「知ってるけど…」
セネシオはそっとらっせりを見た。ラッセルは相変わ
らずにこにこしていた。
「いい、よく聞いてね」
ディルとトレニアは神妙な顔で頷いた。
「グリームは光の神様。グルームは闇の神様。つまり、
――」
「つまり、ぼくが光の神様によって守護されてる者って
こと。通称はスピリットです」
と、ラッセルは顔の表情を変えずに言った。
「え」
ディルとトレニアは一瞬固まった。
月明かりが彼ら四人を照らしていた。
光の塔 闇の塔
「あっ、あそこに見える塔は何?」
と、セネシオは荷車から乗り出して言った。
「えっとー。光の塔―サジタリウス―と闇の塔―スコル
ピオ―です。それぞれ光と闇の神殿だね」
と、セネシオの左隣にいるラッセルは答えた。
「それって着いたってこと? やっと降りられるわ」
と、青ざめた顔をしたトレニアは言った。その右隣には
さらにひどい顔のディルがうんうんと唸りながら寝転が
っていた。
「何か、やっと着いたって感じだな」
と、乗り出して落ちそうになっているセネシオの服を引
っ張りながらエノテラは言った。彼の前で、リコリスの
左隣にいるトレニアはスースーと、平和な顔で眠ってい
た。
「にしてもすごいよね。こんなに早く着いちゃうなんて
思わなかった」
と、セネシオはさらに身を乗り出して嬉しそうに言った。
「おい、暴れるなよ。いいかげんにしないと落ちるぞ」
と、エノテラは言った。そして、彼と眠っているトレニ
アの間にいるカサザキを見た。彼女は、ディルよりかは
まだまともな顔色だった。
「大丈夫ですか?」
と、エノテラはカサザキに尋ねた。
「んー。私、これに何度乗っても慣れないのよね」
「そうですか」
「ねー、いつ着くの?」
「もうすぐかな」
彼らは、少し明るくなった空を翼のはえた青い魚にひ
かれている荷車に乗って飛んでいた。
「とりあえずみんな揃ったね」
と、ラッセルは言った。
彼らはみんな、さっきリコリスとエノテラが二人で話
をしていた部屋に集まっていた。
「とりあえず、初めての人もいるから、改めてぼく達の
自己紹介をします。あっ、そっちはいいよ。知ってるか
ら」
と、ラッセルは歌うように言い、カサザキの横に立って
彼女が先にするようにと合図をした。
「私の名前はカサザキ。闇の神―グルーム様―に守護さ
れている者です。通称はスピリット」
と、カサザキは言った。ディルはレオであった少女が目
の前にいることで少し不思議な気分を感じていた。
「ぼくはラッセル。光の神―グリーム様―に守護をされ
ている者で、通称はスピリット。姉さんと同じだね」
と、ラッセルは言った。トレニアは、目と髪の色さえ揃
えばそっくり同じ顔になると、ラッセルとカサザキの顔
を交互に見ながら考えていた。
「あっ、それからぼく達双子です。あんま話には関係な
いけど。後、言うことあったかな? まぁ、いっか。以
上ということで」
ラッセルの口がよく動くので、エノテラは感心してい
た。
「えっと、とりあえずこれからあたし達と一緒に来ても
らいます。できれば用意ができ次第すぐに出発したいで
す」
と、カサザキは言った。
「どの位掛かるんだ?」
と、ディルが尋ねた。
「歩いて半月くらいだっけ?」
と、ラッセルはカサザキに確認した。
「うん。その位掛かったと思うよ」
「半月か…」
と、エノテラはつぶやいた。セネシオは、そんな半月も
歩くのは疲れそうでやだなーと、思っていた。
「でも、それじゃ時間が掛かるから今回は違う物で行き
ます」「何で行くの?」
と、トレニアはラッセルに尋ねた。
「フリットで行くんだ」
「フリット?」
「そう、フリット。青い翼がはえている魚なんだけど、
これならすぐ行けるから」
と、ラッセルは言った。カサザキはそれを聞いて少し顔
色が悪くなったようだった。
「カサザキさん。大丈夫ですか? 何か顔色悪いみたい
だけど」
と、リコリスは言った。
「大丈夫です。ただ、私フリットで飛ぶのが苦手で…」
「とりあえず、準備ができたら外に集合ね」
と、ラッセルが言った。
彼らは全員が集まると、フリットが繋がれている荷車
に乗った。進行方向に向かって右側に前からラッセル、
セネシオ、エノテラが座り、左側に前からディル、リコ
リス、トレニアと座って、二つの列の間の一番後ろのエ
ノテラとトレニアの間にカサザキが座った。
「それじゃあ、ジオ。元気でね」
「あぁ、お前達も」
ジオとの短い別れがすむと、ラッセルの進めという合
図と共にフリットが動き始めた。
サジタリウスとスコルピオの真ん前に着くと、荷車と
の繋がりから解放されたフリットは、ピョンピョンと跳
ねながら近くにある池―カプリコーン―に飛び込んでい
った。
「あー、助かった。すごい気持ち悪かった」
と、リコリスは言った。それに同意して、ディルとカサ
ザキは頷いた。
「えー、楽しかったって。ねー、トレニアちゃん」
「あたしは、ほとんど寝てたんで分からないです」
「セネシオ。あれが楽しいなんておかしい」
と、ディルはぐったりしたように言った。
「えー、楽しかったよ。帰りもあれに乗ろうよ」
「絶対やだ。帰りは歩きだ」
「えー」
セネシオは疲れるのにとぶつぶつ言った。
「とりあえず、行きましょうか」
と、カサザキは言った。
カサザキとラッセルを先頭に彼らが歩いていると、目
の前に大人ぐらいの高さで円柱型の建物―ジェミニ―が
あった。それは、サジタリウスとスコルピオの間にあっ
て、空の上からは見えなかった。
「ここに入るんですか?」
と、エノテラは尋ねた。ラッセルは返事をするかわりに
うんと頷いた。
ラッセルがジェミニの扉を開けると、中に下へ下へと
つながる螺旋階段が見えた。彼らは、一人ずつその中に
入り、下へ下へと降りていった。
光の時 闇の時
「よく来たね」
と、少年のような少し高めの声が聞こえた。
セネシオ達が一番下の部屋に着くと、そこには鳩と同
じ位の大きさの白い鳥と黒い鳥がいた。
「カサザキ、ラッセルご苦労だったな」
と、黒い鳥が言った。彼の声は低い声だが、その声には
温かさが感じられた。
「初めまして…じゃないんだな。お前達は覚えてないか
もしれないが。とりあえず、私はグルーム。闇の神だ」
と、黒い鳥―グルーム―はセネシオ達に言った。
「グリーム。光の神だよ」
と、白い鳥―グリーム―は言った。
「とにかく、みんなご苦労様。よく頑張ったね」
と、グリームが言ったので、彼らはそれぞれ、はぁとか
相づちをうった。
「あの、ここはどこなんですか?」
と、セネシオは周りを見回して言った。この部屋には、
白い羽根と黒い羽根が置いてある右半分が白、左半分が
黒の台を中心にするように、赤、青、緑、黄の台が囲ん
でいて、それぞれの台の上にランタン、瓶、袋、箱が乗
っていた。
「ここは、ジェミニの地下にある、時に続く場所だ」
と、グルームが答えた。
「時に続く場所? 何なんですかそれは?」
と、今度はディルが言った。
「まあ、それは後で説明するから。とりあえず、他に聞
きたいことある? 答えられることなら、何でも答える
から」
と、グリームは言った。
「じゃあ、教えて下さい。この世界のどこが崩壊してる
んですか?」
と、エノテラが言った。
「他には?」
「さっき初めましてじゃないって言ったけど、それはど
ういう意味なんですか?」
と、リコリスは言った。
「何で母さんがこの鍵を持っていたの?」
と、エノテラも背負ったカギを示して言った。
それらを聞き終わると、グルームは呟いた。
「そうだな、…今から答えが分かる話をしようか」
グルームは、ばっと翼を広げた。
そして、彼は話し始めた。
「この世界の崩壊は決して外からは見ることが出来ない。
なぜなら、この問題は生活に一番近いけど、でも一番遠
い“時”に関係してるからだ」
グルームが一旦そこで切ると、グリームが続きを話し
始めた。
「始まったのは、二十年前に私達の下に一つの声が届い
た時だ。それはこう言っていた。『私もエラも、もうもた
ない』と」
グルームは彼の翼をたたんだ。
「エラとは時の神のことだ。この世界の最も基本を守っ
ている。その声は、先代のルピナス―ネフロレピス―の
声だった。私達はその声を聞き、このまま放って置いた
らこの世界が崩壊する事を知ったんだ」
「私達は、この世界の崩壊から救うには新たなルピナス
とそれぞれの神に守護される者を見つけるしかないと知
っていた。だから、産まれる前の子どもに会い、そして
火、水、風、土、光、闇の力に守護される子どもとルピ
ナスを探し出したんだ」
「その時に会ったから初めましてじゃないのね」
と、リコリスはつぶやいた。その通りとグルームは頷き、
続きを話し始めた。
「私達は君達が産まれるとすぐに君達の親や君達の周り
にいた信頼のできそうな人達に君達の使命を伝えた」
セネシオはそれを聞くと、何だ母さんは知っていたの
かと思った。
「特に、ルピナスの母には鍵を渡し、その村の村長には
この世界の神について分かるようにとルピナスにいつか
渡すためにと“始まりの書”を預けた」
ディルは、セネシオの持っているカバンを見た。そこ
にそれが入っているはずである。
「それから、ルピナスが十五歳になったときにウインデ
ィアに迎えに行かせて…。そこからは話すまでもないね」
と、グリームが言った。
「あの、もう一つ質問していいですか?」
と、トレニアが言った。グリームはそれに頷いた。
「カサザキさんとラッセルさんは、いつ力を解き放った
んですか?」
「それは、ぼくが答えます」
と、今までじっと黙っていたラッセルが言った。
「ぼく達の力は、産まれる前にグリーム様とグルーム様
が考えて、セネシオに解き放させたんだ。多分、その理
由は自分達の手足になって動き準備のできる人達が必要
だったからなんだ。まあ、これはそんな感じかな」
カサザキはそれを聞いて頷いた
「とりあえず、以上だな」
と、グルームが言った。
「お前達に今からやってもらうのは、この場所、時に続
く場所からルピナスを時に送ることだ。そして、そこで
ルピナスが新たなエラを作り出し今のエラを解放する。
そうしたら、時が安定する。そして、時の安定によって
力の弱くなった神の陰を君達とそれぞれの神によって再
び封印する。それで、終わりだ。この世界は救われる」
「そうなんだ。よかった」
と、トレニアはほっとしたように言った。
「もうこれでほとんど終わりだな」
と、エノテラは嬉しそうに言った。
「そうね。あれ、どうしたの? 何かまずいことでもある
の?」
と、リコリスは複雑な表情をしているディルに言った。
「その後は、どうなるんですか? セネシオは、どうな
るんですか?」
と、ディルは震える声で言った。それを聞いてカサザキ
とラッセルの顔がふっと暗くなった。
「ルピナスは、それからエラから目を離さないように気
をつけて、エラと共に生きる。自分がもうエラと共に生
きていくのは無理だと思うまで。ずっと…」
と、グルームは言った。その言葉を聞きリコリスは驚い
てセネシオの方を向いた。
「えっ、そんな…」
エノテラはその後に続く言葉を見つけられなかった。
「何で?」
と、トレニアは一言それだけを言った。
「それが、ルピナスの仕事だから」
と、グリームが言った。彼の声は少し寂しげだった。
「それでも――」
「もういいよ、ディル」
ディルはセネシオの方を向いた。
「もういいよ。ありがとう」
と、言ってセネシオはにっこりと笑った。
「いいわけないだろ」
「いいんだよ。これでこの世界が救えるんだから…」
セネシオはカバンから“始まりの書”を出した。
「これ、ディルにあげるよ。大事にしてね」
うん、とディルは頷いた。
「どうしても、早くしないといけないんですか?」
と、カサザキはグルームにそっと尋ねた。それに続けて、
「そうだよ。少しだけ、ほんの少しだけでもセネシオを
この世界にはいさせられないの?」
と、ラッセルが言った。グルームは静かにこう言った。
「早く時を安定させて、一刻も早く陰の奴らを封印して
崩壊からこの世界を救わなければならない。それに、エ
ラはもう限界だから」
セネシオは、カバンを下ろし背負っていた鍵を手に持
つと、
「いってきます」
と、言った。
グリームとグルームの指示で、彼らはそれぞれの力と
関係する台に上り、その上に乗っていた物を持った。そ
れぞれの台が光り始め、それに呼応するように鍵も光り
始めた。
そしてセネシオの前に扉が現れた。セネシオは鍵をそ
の鍵穴に差し込んだ。彼は、その時に後ろを見てみんな
の姿を目に焼き付けた。彼らのことを忘れないように…。
『かチャッ』
セネシオは扉を開け、中に入っていった。彼の後を追
いかけるようにディル達がそれぞれ持っていた物の中身
である、火と水と風と土、そして二枚の羽根が宙を飛ん
で一緒に扉の中へと入っていった。
そして扉は消えて、その空間にはもう何もなくなって
いた。
時の守
僕の目の前を、黒と白の色違いの羽根をつけた七色に
光る魚―エラ―が泳いでいった。
彼から目を離さないこと。それがここでの僕のするこ
とだ。でも、彼はいつでも僕のそばから離れないから、
目を離さないようにと、意識しなくても、いつでも視界
に彼を入れておくことはできた。
僕は、いつもルピナスの鍵を持ち彼らのことを思いだ
していた。千年ぐらい昔とも、つい一時間前とも感じら
れる時まで一緒に過ごしてきた彼らのことを。
僕は、この人達さえ忘れなければきっとここで永遠に
エラと一緒に生きていけると思う。
だって、それが大切なこの人達と大切な世界を守る方
法だと知っているから。
守りたいから。
ずっとここにいます。