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とある夏の物語
辛 レイ
青く晴れた空の下 葉の間から太陽の暖かな日差しが差し込み 透き通った空気が髪を靡かせ そんな自然の中、 私は育った。 「おら――、起きろ葵!」 ―――ただいまの時刻、Am4:30。 一階から、いつものごとく親父の怒鳴り声が聞こえてくる。 「さっさとしねぇか! アイツ等の機嫌損ねるだろ!」 ―――――。 「アオイ!」 ガバッッッ 「うるせぇよこの馬鹿親父! 植物相手に "アイツ等 "呼ばわりしてんじゃね ぇ!」 布団から跳ね起きた私は、ドタドタと階段を駆け下りた。この時間に起こされるの は(納得はしてないけど)承知 してる。だからちゃんと服は着用済みだった。 会話の通り(?)私の家は代々林業をやっている。母は 私を産むと同時に他界したらしく、うちはずっと父子家 庭。列記とした女の私がこんなに口調が悪くなったのも、きっとそのオカゲだな。 子供が私一人だからと、親父は私にこの仕事を引き継がせようと必死で、子供の頃 からずっとこの仕事につき合わされていた。普通なら反感の一つや二つ持つのかもし れないけど、幸い私はコレが嫌いじゃなかった。 なんていうか・・・好きなんだ。 木漏れ日をあびたり、動物の声を聞いたり、風の匂いを感じたりするのが。 「そういう訳だから、今日は全域見渡すぞ。昨日ずいぶん伐採したからな。」 めちゃくちゃ早い朝食を取りながら親父は言った。 「げっ! この林全部かよ。そんなん一日で終わる訳・・・」 「仕方ねぇだろ? それが俺達にできるせめてものことなんだからな。」 「・・・分かったよ。」 こうなった親父に何を言っても無駄なことは生まれながらの経験上分かっていたの で、私はそれ以上反抗しなかった。 「んじゃ、ごちそうさん。親父、先行くぜ。」 「おお、くれぐれも手抜くんじゃねぇぞ。」 「はいはい・・・」 単に見回るだけだから、私はそのまま家を出た。林は家から200mくらいの位置 にある。 「なんだ、まだ太陽昇ってねぇじゃん。ま、いっか♪」 早朝に吹くやわらかな風は、やっぱり気持ちよかった。 「ええーっと、ここも異常なしと・・・」 とぼとぼと、でも速歩きで、私は林の中を進んでいた。問題のある木なんてそうそ うあるもんじゃないから、楽 といえば楽なんだけど。 「ここもOK、ここも・・・ぁ・・・」 少し広い空間に出たとき、私の目に一際大きな切り株が映った。 「そっか、これも切られたんだっけ・・・」 この切り株は、昨日までは太く立派なもみの木だったもの。そして、私が幼い頃か ら慣れ親しんできた、思い出深い木でもあった。父子家庭を理由にいじめられた時、 親父と喧嘩した時、私はいつも此処に来ていた。この木に登って瞳を閉じると、不思 議と嫌なことを全部忘れられたんだ。 どうやらそれは私だけではないらしく、たくさんの動物がこの木に遊びに来ていた。 ―――――でも――――― 「これも仕事なんだよな。仕方ないか。」 ストン・・・と私は切り株の前にしゃがみこんだ。 「ごめん・・・・・・な。」 私は切り株に手を伸ばした―――――その時、 グイッッ 「へ?」 途端、目の前の切り株に、何か強い力で引きずり込まれた。体がズブズブと埋まっ ていく。 「う、うそだろ? ちょ!・・・」 私の意識は、そこで完全に事切れた。 「・・・ぃ、おい!」 「ん・・・」 私の体は、誰かの腕によって支えられていた。 「おぃ、起きたか? こんなところで何してるんだよ。」 「・・・アレ・・・?」 此処は――――何処? 確か私、切り株に――――夢? 「おい、大丈夫か?」 「へ? あ、あぁ! 大丈夫・・・だけど。」 私は慌てて答えた。私を支えていた少年に。 見たことのない少年だった。髪は淡い緑色で、瞳は・・・これも緑色だった。薄い布の ようなものを肩から掛けていて、どこか変わっている。耳も少し尖っていて人間離れ してるし、それに羽が・・・・・・ ――――――――え? 「羽―――――!?」 「な、なんだよ、それがどうした?」 「だ! 誰でも驚くだろ普通! なんで羽なんか!」 そいつの背中には確かに、透明で、太陽光に輝いている綺麗な4枚の羽が存在して いた。 「俺達 "エルフ "に羽が生えているのは当たり前だろ?」 「エ、エルフ?」 エルフって、童話によくある森に住む妖精とかいうアレか? つまりコイツ、人間 じゃねぇの? そりゃぁ確かに『人間離れしてる』とついさっき思ったのは私だけ ど・・・ 「というかさぁ・・・」 ん? 「生えてんじゃん、お前にも。」 「え!」 バッッ 私は慌てて後ろを振り返った。そこには――――、 「・・・あるよ本当に・・・」 グイグイと引っ張ってもソレは取れない。その少年の言うように、確かに私の背中 にも少年と同様のモノがあった。 ――――とりあえず、此処は私の世界ではないらしい。(エルフがどうとか言ってるあ たりで)落ち着いて周りを見てみると、そこは林の中に変わりはないんだけど、私の 記憶するモノと微妙に違っていた。すぐ後ろにあったはずの大きな切り株は、太く大 きなもみの木になっていたし。 やっぱり夢だろうか。否、夢であってほしい。切実に。 「よく分からねぇけど、羽があるんだし、お前もエルフだろ? 記憶でもなくしたか?」 「ハハ・・・ここではソレに近いかも。」 果たして現実世界での記憶が夢で通じるのだろうか? 「? まぁいいか。そういやお前、名前は?」 「あぁ。葵、アオイだよ。」 「アオイ、な。俺はシン・スカーレット・カレハドール。」 「え、ええと、シン・すかーりどれ・・・かれーど・・・」 「シンでいい。」 少年、シンはそう言って私に右手を差し出した。私は慌てて自分の右手でそれを握 り締めた。 「―――――なぁシン。」 「何だ?」 コレは夢。すなわち、放っておいてもいつかは覚める。加えて現実では決して体験 できない "エルフ "とやらに 今自分はなっている。しかもコレは誰でもない『私』の夢なんだから、何をしようが 自由な訳で。 だったら―――――、 「案内してよ、此処!」 だったら思いっきり楽しまなきゃ損だよな♪ 流れるまま 流されるまま 初めは誰も思わなかった 神が定めた命の流れに背こうなどと 流れるままに 流されるままに 自らの人生を生きてきた ある日突然 ソレは失われた 『ニンゲン』という悪魔によって ソレ等は定められた自らの流れに背き 自由を得た ソレ等は他のモノの流れをせき止め 欲を満たした 神の気まぐれによって作られた『進化』という二文字が 恐ろしい『ニンゲン』を生んだ 作ったのは神 でもそれだけ 果たして『ニンゲン』はこの先どうなってゆくだろう 流れるまま 流されるまま 『ニンゲン』が再び其処にもどれるのはいつの日だろう 他のモノに許されるのは 『ニンゲン』が『人間』でなくなるのは 果たしていつの日だろうか 「いやぁ〜〜、言ってみるもんだよな♪」 木になっている果物を取りながら、私は浮かれ気味に独り言を言った。 シンと出会ってから、大体4日がすぎた。今私は、シンの家に住まわせてもらって いる。エルフ達に「村」といった集団はないらしく、林の中の好きなところに、皆自 由に暮らしているそうだ。 4日の間、シンは私にいろいろなことを教えてくれた。エルフについての基礎知識 はもちろん、この辺りで一番おいしい果物のなる木の場所とか、綺麗な澄んだ川の場 所とか、害をなさない動物の種類だとか、そりゃもうたくさん! どれもこれも私にとって新鮮で・楽しくて。 おかげでシンともずいぶん親しくなった。(簡略化、お許しください) この時私は、此処が本当に夢なのかどうか自信をなくしかけていた。一向に目覚め る気配はないし、存在するもの全てに触れることができ、全てを感じることができた から。 「さてと。食料も大分集まったし、家に帰るか。」 私は自分が通ってきた道を振り返り、足を運び出した。―――が、 「・・・少しくらい待たせても、シンなら怒らないよな・・・」 昔から好奇心旺盛の私としては、まっすぐ帰るのはどうしても何かもったいない気 がする。4日間、「一人のときは真っ直ぐ帰れ」というシンの言葉を守ったのが快挙な くらいだ。 だから私はいつも通る道を外れ、少し植物を鑑賞しながら帰ることにした。この時 は、その先に起こることなんて、想像もしてなかった。 とぼとぼと、気の向くままに私は足を進めた。 「やっぱり・・・綺麗だな・・・」 林は、どこも同じように見えるらしいけど私にとっては違う。木は一本一本、太陽 の当たり方によって育ち方が変わる。当然といえば当然なんだが、ソレに気づく人は 稀だ。じっくり眺めていると、あぁ、頑張って・必死でここまで生きてきたんだな・・・ と思えて心が和むんだ。それに、木漏れ日の輝きはどこも変わらない。何より空気が おいしいんだ。どこからか、澄んだ水音も聞こえてくる。 サラサラ・キラキラ 私は改めて自然の力というものを実感した。しばし時間を忘れたほどだ。 「・・・イイな。こういうの。」 サラサラと ざわめく木々たち 草花たち どれもこれも 本当に美しい 幸せな 幸せな「キモチ」を 生きとし死にゆくモノに与えてくれる 幸せな 幸せの 毎日を過ごしている サラサラと サラサラと 「・・・・・・!?」 ザワッ――――と突然、森の空気が変わった。 「な、何だ!」 私は慌てて気配のする方を振り返った。 ガサッッ 「「「・・・・・・・」」」 「な!」 茂みから現れたのは―――狼だった。それもただの狼じゃない。四・五匹全ての狼 に猿轡のようなものがされており、爪が異常なまでに鋭く・長い。いくらなんでもあ んなのにやられたら、ひとたまりもないぞ! 「「「!!!」」」 狼達がいきなり私の方に走り出した。周りには特に何もない。つまりあの狼達の標的 は私。 「な、何だよ! 今までシン以外の生物なんて、必死で探さない限り会わなかったの に!」 とにかく私は走った。狼との距離は目測100m。どう 考えても逃げられない。 「「「!!!」」」 声が出ないことも怒りの対象になっているのか、私を追 いかけながら必死で猿轡を噛み切ろうとしている。 (どうする・・・どうしよう・・・誰か、誰か!) 私は力の限り走った。走って走って走りまくった。これ以上ないほどに。(この時私 はまだシンに飛び方を教わっていなかった)でも、結果は火を見るより明らかで―― ――。 私と狼達との距離は、あっという間に縮まった。 ザシャッ!! 「っっつ!」 先頭にいた狼の爪が、私の背中をかする。血が流れ出したのが自分でも分かったけ ど、足を止めている暇はない。 (誰か・・・誰か助けて!) 呼吸があがる。肺が潰れるように苦しい。背中が焼けるように痛む。 (誰か・・・誰か助けて! こんなところで死ぬ訳にはいかないんだ。誰か・・・誰? 此 処で・・・私の信頼できる・・・そう、シン!) 「シン―――――!」 ドスッ! 「・・・・・・ん?」 恐る恐る自分の瞼を開く。するとそこには―――― 「大丈夫かアオイ!」 「・・・シン。」 そこには、開いた瞳の前には、私が必死で名を呼んだ少年がいた。どうやら寸前で 狼達にナイフを投げてくれたらしく、ソイツ等はシンの後ろで倒れていた。 (来て・・・くれた・・・) 「アオイ! おぃ、お前怪我してるじゃねぇか。見せてみろ!」 ガバッッ! 「!?」 「シン・・・ありが・・・と・・・」 私は怪我のことなど気にも留めず、シンに抱きついた。 「アオイ・・・・・・。」 瞳から、大粒の涙がこぼれた。ずっと堪えてたのか、そ れとも生まれて初めての恐怖に泣くことさえできなかった のか、自分でもよく分からない。ただ、シンの顔を見た途 端、体中が絶対の安堵感に包まれて、自然とこぼれてきた んだ。後から後から、ソレは止まることはなかった。涙を 流すのなんて、いったい何年ぶりだろうか。 その後、私が泣き止むまでずっと、シンは私の頭を撫で てくれてた。 「ったく。帰りが遅いと思って探しに来てみれば。だからまっすぐ帰って来いって初 めに言ったんだ。」 「は、はは。申し訳ないデス。」 シンは冷たく言いながらも、私の背中の傷を治療してく れている。なぜかさっきと場所を移動して。私の背中に手 を翳し、何かブツブツと唱えている。何でもエルフに備わ っている治癒能力というヤツらしい。淡い、緑色の光を放 つソレは、どこか懐かしい暖かさが感じられた。 しばらくして、シンは手を離した。 どうやら治療が終わったらしい。私はシンに軽く礼を言 った。不思議なもので、さっきはあんなにズキズキした背 中が、今はまったく痛くない。エルフの力は偉大だ。 「ところでシン。さっきの狼―――みたいなの、あれ何な んだ? 自然のものじゃないよな?」 どう考えても、あの爪・あの猿轡、あれは「狩り」の為 に育てられたとしか・・・。 「・・・・・・」 突然、シンの表情が暗く、険しくなった。今まで一度も 見たことがないような、苦しそうな顔。何か悪いことでも聞いたのだろうか? 「・・・ヤツ等はケジュ。『ある者』によってこの森に放されてる。」 「ある者?」 シンはその表情は決して崩さず、ゆっくりと私に話し出 した。 「ヤツ等がお前に襲い掛かった時、背中しか狙ってこなかっただろ。」 「へ? あ、あぁ。」 あの時は逃げるのに必死で、そんなこと考えてる暇はな かったけど・・・。そういえばそうだったような気がする。ま ぁ後ろ向いてたから当然といえばそうなんだけど、それが 何だっていうんだ? 「羽、なんだ。」 「はね?」 シンは自らの拳を握り締める。 「ヤツ等は俺達 "エルフ "の羽を狙う。『ある者』がヤツ 等にそう「インプット」したんだ。自分達がエルフの羽が欲しいからといって。ヤ ツ等はいわば、エルフ用の狩りの道具。『ある者』の思いのままに動く・・・な。お前 にはまだ言ってなかったが、エルフは羽を失うと、その命をも失う。」 「な!」 そんな! じゃ、あのケジュとやらはエルフにとって 殺人マシンそのものじゃないか! 「エルフに村がないのは、ヤツ等に一網打尽にされない為だ。余計な気を使わせたく なくて、適当な理由を言ったがな。」 「へ? 大勢いた方が戦いやすいんじゃ・・・。それにシン、さっき四・五匹のケジュ・・・ とやら一人で倒してたじゃんか。」 シンはすかさず首を横にふった。 「あれは単なるその場しのぎだ。ヤツ等は「死」を知らない。」 たとえ体を真っ二つにしようがな、とシンは付け加えて 言った。ヤツ等がその動きを停止させるのは、『ある者』が そう命令した時のみだ、と。先ほど場所を移動したのはそ の為らしい。 「シン、『ある者』って・・・」 「あぁ・・・・・・それは」 「うわあぁぁぁ!!!」 「「!?」」 いきなりどこからか、金切り声が聞こえてきた。 「な、何いまの?」 「行くぞアオイ!」 シンはすぐさま声のした方へと走り出した。私と違い、その声から正確に方向を認 識したらしい。私も慌ててシンの後を追いかけた。 神に見捨てられたモノの末路 アナタ様は知っていますか? 否、 それは誰にも分からない、 神のみぞ知りえること だけど、 神が見捨てたモノよりも 神が見守るモノの方が この世界で弱者となるのは何故でしょう 神はそこに 何を見出そうとしたのでしょう 木々の間を走り抜け、私達は全速力でその場に向かった。声の主がいた場所。それ は、先程私達がケジュ達に襲わ れた近くだった。一本の木の根元に、そいつは倒れていた。 ――――真っ赤な血溜まりの中に――――― 「セキ!」 シンが慌ててそいつの元へと駆け寄った。ぐったりとし ているそいつを抱き起こし、必死になって声を掛けている。 「おいセキ、しっかりしろ!」 先程私にしたのと同じように、シンはそいつの "セナカ " に手をかざし、すぐさま治療を始めた―――が、あまりも の出血多量に、シンの治療が間に合わないようで・・・。 しばらくシンが治療を続けても、そいつの真っ青な、血 の気のない表情は、少しも変化を見せなかった。何よりも、 そいつには・・・・・・羽が一枚もついていなかった。 (エルフは羽を失うと、その命までも失う) つまり、もうそいつは・・・・・・。 私はその場から、動くことが出来なかった。見たことも ない赤いソレに恐怖したのか、異常なまでの臭いにおびえ たのか、それは分からない。ただ、目の前にはそんな光景 が広がっていて――― 「・・・・・シ・・ン・・・」 「セキ!」 そいつが微かに言葉を放つ。私に聞こえるかどうか、くらいの声量で。瞳は開いて はいるものの、焦点が定まっていない。否、もしかしたら見えていないのかも・・・。 「・・・・・・・だ。」 シンの耳元で、そいつは何かを言った。 「セキ? セキ!」 瞳が、閉じた。 「セキ!」 シンがどれだけ強く揺さぶっても、そいつから反応が返ってくることはなかった。 「セキ―――――!!」 この日、私は初めて 「死」というモノに遭遇した。 シンの腕の中に、今は何もなかった。シンが抱きかかえていたセキとやらの体は、 そいつが死を受け入れてすぐ、 まるで砂のようになってサラサラと地面に崩れ落ちた。 「エルフは死ぬと土にかえる」と、いつかシンが言っていた気がする。 「・・・ちくしょ・・・」 シンは泣いていた。涙は流さず、心の奥底で。おそらく友達だったんだろう者を思 って。 「シン・・・」 「・・・ヤツ等が・・・ヤツ等がセキを・・・」 自らの拳を握り締め、シンは言った。 「シン・・・。ヤツ等って、もしかしてさっき私達が会った・・・」 コクン、とシンは無言でうなずいた。セキを襲ったのは ケジュ達だと。羽を、エルフの命の羽を奪っていったのは ヤツ等だと・・・。 「・・・ちくしょ・・・」 正直、許せないと思った。何の罪もないエルフを、私達の 仲間をあんな目に合わせるなんて。考えれば考えるほど、 悲しみが、怒りがこみ上げてくる。ケジュに対して――! 「そうだシン! ヤツ等を、ケジュを作り育てた『ある者』 って誰なんだ!?」 「・・・・・・」 「シン!」 「人間だよ。」 ―――――え・・・。 「人間が、俺達エルフの羽を欲しがり、ケジュを作ってけしかけた。」 ―――――ニンゲンが――――― 「・・・アオイ?」 ―――――ニンゲンがヤツラヲ――――― 「アオイ? どうし・・・」 ダッッッ! 「アオイ!?」 ガシッ 「アオイ! いきなりなんだって・・・」 「離せ!!」 離せ。離して。 ワタシカラテヲハナシテ。 「お、おい!」 「私も・・・」 「私も人間なんだ!」 「な、お前はエルフで・・・」 「私はここのモノじゃない! 私の世界じゃ・・・私は人間だ。人間なんだよ!!」 涙で、シンの顔は見れなかった。 体中の血が逆流したかと思った。ドクン、と脈打ったの が自分で分かった。 私はただ走った。シンの手を振り解き。何処へ行く訳で もなく、ただただ走った。 さっき、私は何て思った? 「ワタシタチノナカマヲ」馬鹿みたいだ。 私は人間。何をエルフになったつもりでいたんだろう。 「ナンノツミモナイエルフヲ―――」それはいつも私達 がやってたこと。対象がエルフではないだけで、もっと 酷いことをやってる。 生きるため? 違う。それだけじゃない。狩をするヒト の中には、快楽を得たいが為にそれを行うヒトもいるだろ う。私は狩はしてない。でも、それが何? (食べ物を残したことは?) ある。 (それに罪悪感は感じた?) いいえ。 (何故アナタタチは食物連鎖からはずれているの?) 知らない。 (知らないの?) 違う。考えなかっただけ。考えたくなかっただけ。 「・・・ハハ・・・、何だよ。何が許さないだよ・・・。 ここの人間と、私の世界の人間と、何処が違うって?」 走りながら泣いた。泣きながら笑った。笑うしかなかっ た。この奥底から湧き上がるキモチを、どうしていいのか 分からなかった。 どれだけ苦しくなっても、辛くなっても、不思議とその 場にしゃがみこむことはしなかった。走って・走って・走 り続けて・・・。 いつもなら気持ちの良いはずの風が、今はまるで凍てつ く刃のようだ。前は見ていなかった。ただ走って走って・・・。 「・・・・・・ぁ・・・・・・」 ふと気付いた時、私はあの、もみの木の下にいた。 自然と足がココに向いていたらしい。 ・・・すべてはココから始まったんだ。そう、ココから。 「・・・なんで・・・なんで私をココへ連れてきたんだ・・・。私に・・・人間に思い知らせる為 か? ・・・なぁ・・・」 問いかけたって、何も返ってこないことぐらい分かって た。でも、そうせずにはいられなかったんだ。 すぐ近くを流れる川岸に、私はペタンと座り込んだ。 ―――もう・・・嫌だよ――― バシャッ 水音が、その場に響いた。 「・・・何だ・・・・・・!」 私は慌てて川に飛び込んだ。一匹の何かの動物が溺れて るのを見たからだ。さっきの水音はその動物が川に落ちた 音だったらしい。 必死でその動物の元へ、私は泳いだ。流れは割りと穏や かなのに、使い慣れない羽をたたむ事ができず、水の抵抗 を強く受け、なかなか前に進めない。それでも何とかたど り着き、その動物を抱き上げた。 「キュイ!?」 「って!」 いきなりの事に驚いたらしく、その動物が私の頬を引っ かいた。けど、そんなこと気にしてられない。川の割には 底が深く(私でさえ足がつかないほどに)速くしないと・・・ 「お、落ち着けって・・・、とにかく岸に・・・・・・っく!」 途端、右足に急激な痛みが走った。いきなり飛び込んだせいでつったらしい。やば い。このままじゃ、コイツまで! 「くっ・・・・・・、どっせい!」 悪い、とは思ったけど他に方法もなく、私はその動物を岸向けて放り投げた。体勢 を崩し、大量の水が口内に浸入してきたが、あの動物は上手く着地できたようで、林 の中に走っていくのがうっすらと見えた。 (よかった・・・・・・アイツだけでも・・・・・・助か・・・て・・・) 意識が水の中に消える直前、何か、暖かいモノに包まれた気がした。 「・・・オイ、アオイ!」 そこは水の中じゃなかった。体は木にもたれかかっていて、目の前には・・・・・・ 「・・・シン!」 「大丈夫か、アオイ!?」 なんで、なんでシンが・・・駄目・・・駄目だ! 「アオイ! 待てよ!」 再び逃げ出そうとした私の腕を、シンは掴む。 「離せシン! なんで、なんで私なんか助けた? 人間である私を!」 私に、その資格はないんだ・・・。 「・・・俺にはよく分からない。俺の目にはやっぱりお前はエ ルフにしか見えない。それにお前の言葉の意味も。ただ、溺れてるお前を見たら、 足が勝手に動いてた。」 ・・・・・・シン。 「正直、悩んでたかもしれない。お前のこと、どう思うべきなのか。けど、今答えが 出た。俺は人間を許せるとは思えない。だが、アオイはアオイだ。俺は、お前は憎 めない。」 それは、とても嬉しいコトバ。でも、同時に、とても苦しいコトバ。 「シンは知らないから! 私の世界の人間とココの人間と、何も変わらないんだ! コ コの人間と私と、何も変わりないんだ!」 私は・・・シンに優しくしてもらえるような人間じゃない んだ。 「でもお前は、キュラを見捨てなかった。自分を犠牲にしてでも、一匹のキュラを守 ろうとした。」 「・・・・・・キュラ・・・?」 「さっきお前が助けてた動物だ。」 「ちがっ! あれはただ・・・」 「ただ体が勝手に動いただけ、だろ。」 シンはまっすぐ私の目を見る。その瞳は、人間を恨む時 の瞳ではなく、私と初めて会った時の瞳でもない、優しい 瞳。 「誰かの為に命を掛けられるヤツ、それを俺達エルフの間では、メイシアと言う。そ してエルフは、メイシアであることで初めて “本物 "になる。アオイ、お前は自 分が人間だと言ったな。だがお前は、エルフでもある。この世界では、本物のエル フだ。」 『お前はエルフだ』それは、つい先ほど私が否定したこと。それをシンは、シンは躊 躇もなく言ってくれた。 「でも・・・」 シンはバシッと私の背中を叩き、にっと微笑んで立ち上 がった。 「なら一つ、約束してくれないか?」 「約束?」 「お前が人間だと言うなら、他の者の命を奪ったことがあると言うなら、祈って欲し い。」 「・・・祈る・・・?」 「あぁ。自分の為、死にゆく者に祈りを。心でかみ締めて、受け止めてくれ。単なる 自己満足かもしれない。だが、それで救われるモノは確かにある。」 それが俺達エルフの掟だ、とシンは言った。少なくとも、 死ねば形の残らない俺達に取って、最も幸せなことだと。 「・・・ん。分かった。約束するよシン。」 心が軽くなったかと聞かれれば微妙だった。どうしても、 わだかまりは残ってる。でも、笑ってくれたから・・・。だか ら私も、軽く微笑むことができた。 「さてと! 帰ろうぜ、アオイ。」 「ん♪ よいしょっと・・・・・・って、おわ!」 グッともたれかかってた木に手を当てた瞬間、体が後ろ に倒れた。別に手が滑ったとかそんなんじゃない。手が木の中に入り込んでいた。そ う、私がもたれかかってた木、あのもみの木だったんだ。 「ア、 アオイ!?」 シンが慌てて振り返り、駆け寄ってくるのを、私は最後まで見ることができなかっ た。視界が、意識もろとも消え失せたから・・・。 命の重さ 尊さ それを最も知るのは誰か 命ある者必ず他の者の犠牲を必要とす そう、命ある者は命ある者により生かされている 考えて 感じて欲しい 我々の為、望みもしないのに死にゆく者のこと 捧げよう、祈りの声 無駄なことかもしれないが 自己満足かもしれないが そこに生まれるものはきっとあるから hope our peace 「・・・・・・ん・・・」 安らかな木漏れ日が、私に降り注いでいた。サラサラと靡く風が気持ち良い。葉の 触れ合う音が聞こえ――― 「・・・・・・シン?」 茶色い地面の上に、私は仰向きになっていた。目の前には十数年見続けてきた、覚 えのある風景。起き上がって後ろを振り向くと、大きな切り株がそこにあった。そう だ、ココは・・・・・・ 「・・・家の裏・・・」 頭がまだはっきりしない。ただ、まだ日が出てないことから、時間がそんなに経過 していないことが分かる。 ぼぉ〜っとする頭で、必死に状況をつなげようとした。が、ペシペシと切り株を叩い てみても、引き込まれるどころか少しの変化もない。普通に考えれば、誰かにこのこ とを話しても、やはり夢だと思われるのだろう。 「ゆめ・・・・・・か・・・」 正直、どうでもよかった。たとえ夢だろうと違おうと、私があの世界で経験したの は本当だ。あの世界で感じたこと、思ったこと、なくなりはしない。 「・・・・・・お礼、言えなかったな。」 多分、あと少しあそこにいたら、初恋たるものをしたかもしれないあの人に。 「届くかな。」 もしかしたら、聞こえるかも。この風は、ここも向こうも、少しも変わらないから。 「・・・・・・シン! ありがとぉ!!」 多分もう二度と会えないだろうけど、忘れない。絶対に。この不思議な体験を、エ ルフになった数日間を。 シンと過ごした、数日間を・・・。 これは私が体験した とある夏の物語 |