白月碧空


 

      土の鏡

 

 お姉ちゃんは、館―トーラス―に一年に一回一週間ほ

ど行く。もう何年もしていることなので、わたしはその

ことを心配したことがなかった。でも、なぜか今日に限

ってわたしはすごくそのことが心配だった。何か悪いこ

とが起こる気がしたのだ。

「お姉ちゃん、明日本当に行くの?」

と、わたしは言った。

「うん、行くけど。なんでそんなこと聞くの?」

と、お姉ちゃんは明日の支度をしながら返事をした。

「何か胸騒ぎがするんだけど…」

と、わたしがいうとお姉ちゃんは笑って答えた。

「大丈夫よ。いつも行ってるし、それにヘデラさんも一

緒だからね」

 わたしはその人のことはいつも心配だった。ヘデラさ

んは、ひょろりと背が高くて髪は焦げ茶色でいつもぼさ

ぼさだった。お姉ちゃんは彼がとても頼りになると何度

も言っているが、わたしはどうしても頼りない人としか

思えなかった。外見だけが理由ではない。時々魂がどっ

かに行っているようにぽーっとしているし、虫や小動物

(特にネズミ)、血を見るとパニックを起こす。トーラス

は古い建物だから、いつ何かが崩れてケガをするか分か

らないし、野生の動物や虫もたくさんいる。彼をそんな

ところに連れて行くことが間違っている。でも、それが

この胸騒ぎの理由だとは思わなかった。何か別の悪いこ

とが起こる気がする。

「ねえ、やっぱりわたし心配なんだけど…」

「大丈夫よ。いつもは心配しないのにどうして今日だけ

…」

それはわたしにも分からない。なぜだろうか?

 お姉ちゃんは、カバンの中から一枚の手鏡をだしてわ

たしに渡した。

「そんなに心配ならこれを持ってなさい。もし何かが私

に起こったらそれに変化があるわ」

「それってどこかの国の昔話と同じじゃない。でも、毎

日きちんと確認するね」

わたしとお姉ちゃんは二人で笑った。笑い終わるとお姉

ちゃんはこう言った。

「あっ、そうだ。私がいない間に誰か来たら待っといて

もらってね」

「うん、お姉ちゃんの仕事のお客さんでしょ? 分かっ

てる。いつも通りにしとくから」

「よろしく」

 

 次の日、お姉ちゃんはトーラスに行くときに着る白い

服を着て、いつも通り頼りなさそうなヘデラさんと二人

で出かけた。

 その日から毎日手鏡を見ているが変化はなかった。

 今のところは、だが。

 

 

      土の庭

 

 エノテラとトレニアは、エアリースに着くと村の女の

人にホリホックの家を尋ねた。

「すいません。ホリホックさんの家はどこですか?」

「え? あなた達ホリホックさんの知り合い?」

と、買い物袋を両手に抱えたその女の人は言った。

「いいえ。ちょっと用が…」

「あら、そうなの。あっ、もしかしてホリホックさんの

お客さん?」

と、言うと彼女はエノテラとトレニアにホリホックの家

がある場所を教えてくれた。彼女の家は村はずれにある

ようだった。

「でも、彼女留守かもしれないわね…」

 それじゃあね、そう言ってその人は彼らが行く反対の

方向に歩いていった。

「じゃあ、お兄ちゃん行こっか」

と、トレニアは言った。

 彼らが、セネシオとディルと別れてから明後日で一週

間となる。今までずっと四人で旅してきたので二人にな

ると少し寂しかったが、兄と妹ということでとても気楽

に旅をしていた。

「お父さんとお母さんと話せるかな?」

と、トレニアはホリホックの家に向かっている時に思っ

た。

 少しだけ歩くと、すぐに村のはずれにある家に着いた。

その家は、村にある他の家と同じように平たい屋根で、

灰色の石が積まれて作られていた。

 その家の前には様々な花や植物が育っている庭があっ

た。そこで、エノテラと同い年ぐらいの女の子が庭の植

物に水をやっていた。彼女は胸ぐらいまである黒い髪を

二つに分けて三つ編みにしていた。

「あのー」  

 彼女はその声を聞いて顔を上げた。

「なんでしょうか?」

と、言って彼女はエノテラとトレニアをじっと見た。

「えっとー。はじめまして、おれはエノテラって言いま

す。こっちは妹のトレニア。村でホリホックさんの家を

教えてもらってここに来たんですけど。あなたがホリホ

ックさんですか?」

「いいえ。わたしはホリホックの妹でリコリスです。お

姉ちゃんに用ですか?」

「はい。えっとー、パイスのユッカさんにホリホックさ

んの事を教えてもらって来たんですけど…」

「ユッカさんの知り合いなの?」

と、リコリスは驚いたように言った。

「ユッカさん元気なの? 今、何してるの? あ、こん

な所じゃなんだから家に入ってよ」

 リコリスはエノテラとトレニアを家の中に招いた。二

人は、ちょっととまどったが彼女の家の中に入っていっ

た。

 それから一時間ほどエノテラとトレニアは、リコリス

とユッカのことについて話した。最も彼らはそれほどユ

ッカのことを知らなかったので、主に話していたのはリ

コリスだったが。

 

 彼女の話によると、リコリスとホリホックがユッカに

初めてあったのは五年前だったそうだ。彼はホリホック

の死者と話せる能力についての噂を聞いてここに来たよ

うだった。彼が話したかったのは、その時から一年前に

ある病気でなくなった彼の両親だった。両親は自分にど

う生きて欲しいのか、それを知りたかったらしい。

 ユッカは一週間ほどここに滞在してから自分の町に戻

った。リコリスは、いつ彼がホリホックを介して彼の両

親と話したかを知らなかった。しかし、この町を出てい

く時の彼の顔は、少なくとも来た時より顔よりはずっと

明るかったので、彼は両親と話せて元気になったのだろ

うと彼女は思ったそうだ。

 

「それでお姉ちゃんに用事だっけ?」

と、一通り話し終わるとリコリスは言った。エノテラは

彼女が出してくれたお菓子を食べている途中だったので、

トレニアがエノテラのかわりに返事をした。

「そうです」

「お姉ちゃんは、今トーラスに出かけているわ。明日か

明後日ぐらいに戻ってくると思うけど。お姉ちゃんを待

ってもらってていい? 待ってる間はここに泊まっても

らえばいいし」

「えっと…」

 エノテラとトレニアは顔を見合わせた。

「迷惑でなければ、お願いできますか」

と、エノテラは言った。

「決まりね」

 

 次の日は、何も起こらなかった。エノテラとトレニア

は特に何もすることがなかったので、リコリスの手伝い

をしたり適当に三人で話したりして過ごした。

 

 その次の日、エノテラは朝起きると庭の植物に水をや

るために外に出た。エノテラは、外に出ると自分の目の

前に広がっている景色に驚いた。前の日までは生き生き

していた植物がみんな枯れてしまっていたのだった。

「どうなってるんだ?」

と、エノテラは呟いた。そしてこの事をトレニアとリコ

リスに言おうと思い、家の中に入った。家の中に入ると

すぐにテーブルと椅子があった。そこで、リコリスがテ

ーブルの上に載せた物を見て青ざめた顔で椅子に座って

いた。

「あっ、おはようエノテラ君」

と、リコリスはエノテラに気づいて言った。

「おはよ…って、そうじゃなくて庭の木がみんな枯れて

る――」

と、エノテラが全て言う前に、リコリスは立ち上がり外

に出ていった。エノテラも彼女に続いてもう一度外に出

た。彼女は茶色くなっている花や木を見てじっとしてい

た。エノテラはどうしたらいいか分からず、植物を見た

りリコリスを見たりと、色々な方向を見ていた。

「行かなくちゃ」

「え? どこに?」

「とーらすに…」

 リコリスは、家の中で彼女が見ていた、白く曇ってい

てもう何も映すことのできなくなった手鏡を握っていた。

「そこは、ここからどのくらいかかるの?」

と、エノテラは尋ねた。

「ここから歩いて半日くらいかな…。多分、今出ればお

昼過ぎぐらいに着くと思う」

「じゃあ、すぐ出発しよう。俺はトレニアを起こしてく

るよ」

「うん…、じゃなくて。別に来なくてもいいよ。危ない

だろうし、それに二人には関係ないことでしょ?」

と、リコリスは家の中に入ろうとしたエノテラに言った。

彼は彼女の方を向いて、にこっと笑った。

「気にするなよ。ただのお節介だから」

と、言ってエノテラは家に入ろうとして扉のノブに手を

掛けた。が、しかし彼はリコリスの方をもう一度向いた。

「ところで、なんで俺達そこに行くんだっけ?」

 

 エノテラがトレニアを起こすとすぐ、彼らはトーラス

に出発した。トレニアはなぜそこに行くのかを知らなか

ったので、歩きながらリコリスに理由を聞いていた。

 トレニアの寝起きであまり働いていない頭で理解した

ところ、彼らが行く理由は、一つ目におそらく何か危な

い目にあっているであろうリコリスの姉、ホリホックを

助けに行くこと、そして二つ目はリコリスの庭だけでな

く町中で枯れている植物の原因を調べに行くことのよう

だった。

 一つ目のホリホックを助けに行くことは、昨日リコリ

スからホリホックの手鏡の話を聞いていたので、白く曇

った手鏡を見せられてトレニアは納得した。だが、二つ

目の枯れた樹木の原因を調べに行くことは、なぜそこに

行く理由なのか彼女には理解できなかった。

「えっとー、枯れた植物とそのトーラスは何か関係があ

るんですか?」

と、言ってトレニアは隣を歩いているリコリスを見上げ

た。彼女はトレニアよりずっと背が高かった。

「そうね。確かな話じゃないんだけど、トーラスは神様

が住む館って呼ばれているの…」

と、リコリスは言った。トレニアはその言葉に驚いて立

ち止まった。二人の前を歩いていたエノテラもその言葉

に驚き立ち止まって、リコリスにこう尋ねた。

「それ、本当の話?」

「え…、うん。あ、でも、さっきも言ったけど確かな事

じゃないよただの伝説だし…」

と、リコリスは言った。彼女は二人が驚いていることに

驚いているようだった。

「お兄ちゃん聞いてなかったの?」

と、トレニアは言った。エノテラは、黙ってまた二人の

前を歩き始めた。

「とりあえず、そこに住んでいる神様は土や植物に関係

があるらしいの、だからもしかしてと思って」

と、リコリスは言った。しかしトレニアはほとんどそれ

を聞いていなかった。神様がいる…ならこれで新たな自

分たちの仲間が見つかるのではないかと興奮していた。

 彼らは、一歩ずつトーラスへと近づいていった。

 

 

      土の館

 

「もうすぐ、トーラスが見えてくると思うわ」

と、リコリスが言った。その時、太陽は彼らの頭の上で

輝いていた。

「やっとね。ねえ、トーラスってどんな所なんですか?」

と、トレニアはリコリスに尋ねた。

「すごく大きくて、すごく古い館なの。五階建てで中に

は何十、何百も部屋があるらしいわ」

 二人が話していると目の前に大きな建物が現れた。そ

れは白くて横に長い建物だった。白壁には枯れた木のツ

タが絡まっていて、一つ一つの部屋の窓ガラスは割れて

いるところもあった。館の周りには、何かが埋もれてい

るような土の山がいくつかと、紫色の実をつけた何か嫌

な感じがする木があった。

 エノテラとトレニアとリコリスは、館の正面にある大

きな扉の前に着いた。エノテラは、扉の取っ手に手を掛

けて彼の後ろにいる二人の方を向いた。

「開けるよ」

 トレニアとリコリスは黙って頷いた。

『ギィー』

 扉を開けて、彼らは館の中を見た。入ってすぐは、大

広間になっていて目の前に大きな階段があった。それは、

その途中で左右に分かれていて二階に続いていた。彼ら

は館の中に入った。すると、さっき見た時には分からな

かったが、入ってすぐ廊下が左右にのびていることが分

かった。

 トレニアはあたりを見回した。すると、右の廊下に面

している広間から三番目に近い部屋の扉が勝手に開いた

ことに気づいた。

「?」

 エノテラとリコリスは二人で話していた。

「リコリス、お姉さんのいるところは分かるのか?」

「ううん。今まで、お姉ちゃんに詳しいことを聞いたこ

とがないから――」

「ねえねえ」

と、トレニアは言った。しかし二人は気づかなかった。

「――この館を全部探すしかないと思う。大変だけど」

 リコリスはため息をついた。

「まあ、しかたないよな」

 トレニアは、二人の話が終わるのを待っていた。する

と、今度は左の廊下に面している広間から二番目に近い

部屋の扉が勝手に開いたことに気づいた。

「トレニア行くぞ」

と、エノテラが左の廊下をのぞいているトレニアに言っ

た。

「あっ、お兄ちゃん。なんかこの館変だよ」

「何がだ?」

「何がって…。なんかさっきから扉が勝手に開いたりし

てるし」

「見間違――」

 その時、左右の廊下に面している部屋の扉と玄関の大

きな扉が全て開いた。

「?」

 彼らは、みんな玄関の方を見た。すると、目の前に少

し土で汚れた服を着た人が木の棒やナイフのようなもの

を持って現れた。

「え?」

と、リコリスはその人達の一番前にいる人を見て言った。

「お姉ちゃん…、無事だったのね…」

 リコリスはその人に駆け寄ろうとした。しかし、その

人はリコリスに持っていたナイフを投げつけた。それは、

リコリスには当たらなかったが、彼女の顔の真横すれす

れを通った。

「お…お姉ちゃん」

 その腰まであるリコリスと同じ黒色の髪で背が高い女

性は、じりじりと彼らに近づいてきた。彼女が一歩近づ

くと、彼らは一歩後ろにさがった。

「お兄ちゃんどうしよう?」

と、トレニアはその一番前の女の人と彼女の後ろに左右

の廊下や外からどんどん入ってきて増えていく人達を見

ながら言った。

「上に行くしかないかな。他に逃げるところもないし」

と、言ってエノテラは真後ろにある階段を確認して言っ

た。上に何があるかは分からない。しかし、ここでじっ

としているわけにもいかない。彼らは正気ではないのだ。

「じゃあ、三、ニ、一で階段を上るぞ」

 トレニアは頷いてリコリスの手を握った。

「三」

 彼らの目の前は人でいっぱいになっていた。トレニア

は、この人達は一体何者なんだろうと思った。エノテラ

は手の中に風を集め始めた。

「二」

 その集まっている人達の服は、土などで汚れてはいた

がみんな同じ形の白い服だった。それを見て、リコリス

はもしかしてこの人たちは、ここに神様に一年のお礼を

言ってこれからの一年の自分の仕事がよくなり、もっと

能力が向上するように願いに来た、お姉ちゃんやヘデラ

さんと同じような人達なのではないかと思った。しかし、

やはり彼女にはその人達がなぜ彼ら三人を追いつめてい

るのかは分からなかった。

「一」

と、エノテラが数え終わると、三人は急いで階段を上り

始めた。それを見て広間の人達も階段を上ろうとした。

しかし、エノテラは後ろを振り向き手の中に集めた風の

固まりをその人達に向かって投げつけた。すると、前に

進めないほどすごい風が投げたところから起こった。広

間にいる人達は立っているのが精一杯だった。その中に

は転んだりする人もいた。どこかで窓ガラスの割れる音

が聞こえた。エノテラは階段を上り少し先を走っている

トレニアとリコリスを追いかけて二階の廊下を走った。

 

 エノテラとトレニアとリコリスは追いかけられて、今

は最上階五階の廊下を走っていた。前方で彼らの一番近

くにある部屋の扉が開いた。

「あー、また出る」

と、トレニアはいまいましそうにつぶやいた。彼らの前

にその部屋から五人の人がとびだして彼らを通さないよ

うに手を広げて並んだ。トレニアはその人達に向かって

勢いよく水を放った。その水の勢いによりその人達はみ

んな後ろに倒れたので、エノテラとトレニアとリコリス

はその人達をまたぎびしょびしょになった廊下を走った。

「ねえ、これからどうするの?」

と、トレニアは走りながら隣の二人に尋ねた。

「どうするって…」

と、言ってリコリスは館の状況を考えた。彼らが階を上

がる事に追いかけてくる人が確実に増えていたので、下

に降りることは絶対できなかった。だが、ここは最上階

なので上に行く事もできなかった。

「ただ、走るだけかな…」

と、リコリスは言った。

「誰もいない部屋があるなら入れるんだけど…」

と、エノテラは言ってまた一番近くの部屋から出てきた

人達を見てため息をついた。

「あきらめてくれたらいいのに…」

と、彼は言って手の平にためていた風を相手に放った。

その時、リコリスは誰かの声を聞いた。

「このまま廊下の端までまっすぐ行くとある大きな扉の

部屋には誰もいないよ。そこに入って、入って」

「?」

「入って。そうしたら会えるから」

 リコリスはあたりを見回した。それは、どこかで聞い

たことのある声だったが、隣を走っている二人の声では

なかったし、後ろから聞こえなかったので彼らを追いか

けてくる人の声でもないようだった。結局彼女はその声

が誰のものかは分からなかった。しかし、これ以上走っ

ても行くところもないと思ったし、その声が何となく信

用できる気がしたので、隣を走っている二人にこう言っ

た。

「この廊下をまっすぐ行ったところにある大きな扉の部

屋に入ろう」

 二人は彼女の言葉に頷いた。

 彼らは廊下の端に着くと、そこにあったエノテラの二

倍ぐらい高く、幅がとても広い扉を開けその中に入った。

そして、中から扉に鍵をかけ、そこにたくさんあった大

きな机を扉の前に置いて外からは簡単には開けられない

ようにした。

「ここは?」

と、トレニアは周りを見て言った。その部屋は彼ら以外

には誰もいなかった。あるのは大きな机とその周りにあ

る椅子、そして何も入っていない本棚だけだった。

「たぶん、図書室かな…?」

と、言ってエノテラは確認するようにリコリスを見た。

「たぶんね…」

と、リコリスは何も入っていない本棚のひとつを見て言

った。そして、あの声を彼女はまた聞いた。

「こっちに来て。目の前にある本棚をどけたらそこにあ

る扉がこっちにつながっているから」

 リコリスはエノテラとトレニアを呼び、三人で本棚を

どけた。すると、そこにはその声が言った通り古ぼけた

扉があった。

「こんな所に扉があるなんて…。でも、リコリスさんど

うしてこの扉のことが分かったの?」

「え? だって…声が聞こえなかった?」

 エノテラとトレニアは顔を見合わせた。

「何も聞いてないけど…。リコリス、大丈夫か?」

 その時、彼らの後ろからどんどんと扉を開けようとす

る音が聞こえた。

「とにかく、向こう側に早く行こう。ここにいたら危な

いし、向こうはきっとここより安全だよ」

と、トレニアは言って、扉の取っ手に手を掛けた。

「多分な…」

と、エノテラは言った。そして、彼らは扉を開けて中に

入っていった。

 

 

      土の部屋

 

 扉の中は少し明るくて、長い長い階段があった。上へ

下へ右へ左へ、階段は色んな方向に続いていた。

「いつこの階段は終わるのだろう?」

「どこにこの階段は続いているのだろう?」

などと、彼らは思いながら歩いていた。突然彼らの前に

扉が現れた。そして、その扉を開けると中には草原が広

がっていた。太陽がぽかぽかと彼らを温め、風が草をゆ

らして静かに吹いていた。

「どうして館の中に草原が…?」

と、エノテラは思った。いつのまにかトーラスから外に

出てしまったのだろうか?

「ここは外じゃないよ」

 今までばらばらの方向を見ていた三人は声のする方を

向いた。そこには、黄色に近い薄い茶色の猫がいた。

「やっと来てくれたね。シルフ、ナイアス、そしてノー

ム。私はジオ、土の神だ」

と、その猫…ジオは言った。

「神…様?」

と、リコリスは言った。目の前にいる猫は特に大きいわ

けでもなく、普通の猫とまったく違いはなかった。彼女

はその猫が神という事に驚いていた。なぜなら、それは

彼女の想像していた巨大で強そうな神のイメージとかけ

離れていたからだった。

「そうです。私が土の神。よろしくお願いしますね、ノ

ーム」

「ノームって、わたしの名前はリコリスです」

 彼女は、なぜジオが彼女のことをノームと間違った名

前で呼ぶのか分からなかった。しかし、エノテラとトレ

ニアはその名前の意味は多分あの意味だと何となく分か

っていたので、それを聞いて驚いていた。つまり、リコ

リスが――。

「ノームというのは土の神に守護されている者だ。つま

り、リコリスお前は彼らの新しい仲間なんだ」

と、ジオは言った。その言葉を聞いて、リコリスは昨日

エノテラとした会話を思い出していた。

 

「エノテラ君達は、何で旅してるの?」

「えっと、仲間を見つけてそれぞれの力を得るためかな」

「それって、どういうこと?」

「うーん。俺もよく分かんない。でも、この世界にとて

も大切なことらしいよ」

「ふーん」

 

 エノテラはその後に、彼もトレニアも力を得たと言っ

た。それが風と水の力だとも。リコリスはその力とは姉

の能力と同じような通常の人にはない能力だと理解した。

つまり、彼女にはまったく関係のない力なんだと。

「ねえ、どういうことなの?」

と、言ってリコリスはエノテラとトレニアを見た。彼ら

はリコリスに旅が始まったときにウインディアが彼らに

話したことを言った。世界の崩壊と力を持つ七人の人が

それから世界を救うと。

「つまり、わたしがエノテラ君達が探している仲間の一

人で土の力を使えるってことね」

「そういうことかな…」

と、言ってエノテラはジオを見た。ジオは彼らを見上げ

ていた。そして、その言葉に頷いた。

「じゃあ、わたしも力を得られるのですね」

と、リコリスは言った。

「うん、でもルピナス達が来てからじゃないとだめだけ

ど…」

 エノテラとトレニアは草の上に座っていた。太陽は暖

かくて、空は青くて彼らはとても気持ちのよい気分にな

っていた。リコリスは気持ちの良さそうな二人を見て本

当にここはトーラスの中なんだろうかと思った。

「そういえば…、館の中でおれ達を追いかけてきた人達

いったいなんだったんだ?」

と、エノテラは言った。

「あの人達は…ここに来てくれた人達だよ。私の陰によ

って操られているんだ。トーラスの近くに紫の実をつけ

た木があることを知ってる? あの実を食べるとね、あ

いつの思った通りに操られるんだ。もっと早く気づけば

よかったんだけど…、私が気づいた時にはこの館に来て

くれたほとんどの人はそれを食べていたんだ…」

と、ジオは申し訳なさそうに言った。

「植物が枯れているのはなんでなの?」

と、リコリスは言った。彼女はじっとジオを見つめてい

た。

「あれも、あの木のせい。あの木がまわりの植物から力

を吸い取っちゃうの。なんで、あいつはあんなことをす

るんだろう?」

 彼らは草の上に座っていた。エノテラはジオと何かを

話していて、トレニアとリコリスは遠くの方を見ていた。

風は静かに草をゆらし続けていた。そして、その風に乗

って一枚の紅い葉がひらひらと飛んできた。

「?」

 その葉に気づいたトレニアはそれを不思議に思った。

なぜなら、まわりには緑の葉を持つ木しかなかったから

だ。

「あっ、エノテラさーん。トレニアちゃーん」

と、言う声がした。その声は彼ら二人が一週間ぶりに聞

く声だった。彼らは立ち上がり声のする方を向いた。

 そこには、鍵を持ってこっちに走ってくるセネシオと

彼の後を追いかけ、少し疲れているように見えるディル

がいた。

「セネシオさーん。ディルさーん」

と、言ってトレニアは二人に手を振った。

 セネシオとディルがエノテラ達の所に着くと、彼らは

再会を喜んだ。エノテラはセネシオとディルをリコリス

に紹介し、彼女とジオを彼ら二人に紹介した。

「全員揃ったことだし、外に出ようか」

と、ジオは言った。そして、こっちだと言って彼らの先

頭を歩いた。

「エノテラさん。お父さんとお母さんとは話せたの?」

と、セネシオは言った。

「いいや、まだだけど…でも、もしかしたら無理かもし

れない」

 エノテラはさっきジオと話したことを思い出した。ジ

オは、彼の記憶が正しければエノテラとトレニアの両親

が亡くなったのは七年前のことだと言っていた。もしそ

の記憶が正しいならば絶対二人とは話せない。なぜなら

ホリホックの能力では五年以上前に亡くなった人とは話

せないからだ。エノテラは小さくため息をついた。

「ところで、ディルはなんか疲れてるみたいだけど…。

何かあったのか?」

「うん、…あったよ」

 セネシオはエノテラに火の神殿で起こったことを話し

始めた。その話をしている途中で、ジオは立ち止まった。

彼の目の前には本棚の裏にあったのと同じような扉があ

った。そして、彼がそれをかりかりと爪でかくと静かに

それは開いた。

「さあ、行こう」

と、ジオは彼らに言った。

 

 その扉は館正面に続いていた。そこにはさっきまであ

った土の山はなくなっていて、紫の実をつけた木だけが

彼らの前に立っていた。

「この木をなくせばあの人達は操られなくなって、植物

の枯れたのも元に戻る」

と、ジオは言った。

「どうするの?」

と、セネシオは言った。

「ディルさん、火の力を得たんだよね。だったら、その

力でこの木を燃やせばいいんじゃない?」

と、トレニアは言った。ディルは黙って頷いた。そして、

その木にねらいを定めると火の玉を放った。しかし、そ

れは木に当たらなかった。もう一度やってみても当たら

なかった。

「ディル…。大丈夫なの?」

と、セネシオは心配そうに言った。

「うん、大丈夫だよ。大丈夫…大丈夫」

 ディルは深呼吸をするともう一度ねらいを定めた。そ

して、彼は火の玉を放とうとした。しかし、その時何か

大きな黒い物がその木から落ちてきて地面をゆらした。

ディルはそれにより体勢を崩したので、火の玉はまた木

に当たらなかった。

「? なんだ?」

 それはゆっくりと立ち上がった。それは黒猫だった。

だが、その大きさは普通の猫とは比べものにならないほ

ど巨大だった。それが陰のジオだった。

「ジオ…また…来た…のか…」

と、陰のジオはとぎれとぎれに言った。そして、跳ねて

もう一度地面をゆらした。

「もう…あき…らめ…たら…いい…のに…」

と、言いながら彼は何度も跳ねた。ディルとエノテラと

トレニアは反撃しようとしたが、地面がゆれているので

上手くバランスがとれず立つこともできなかった。リコ

リスはジオとセネシオと一緒にしゃがみ込んでいた。「ど

うすればいいの?」と、彼女は思った。

 その時、セネシオの持っている鍵が黄色に輝き始めた。

 

 

      土の扉

 

 セネシオは扉の前に座っていた。

 彼は、目の前にある扉をさっきジオがしたように爪で

ひっかいた。そして、鍵を支えにして立った。

 彼は鍵をその鍵穴に差し込んだ。

『カチャッ』

 彼は扉を開けた。

 

 セネシオが気づくと、隣にいるリコリスとジオが地面

に手を置いていた。すると、彼の目の前で大地が割れ始

めた。

「むだ…なのに…むだ…なの――」

と、言いながら陰のジオは割れ目に落ちていった。地面

のゆれが止まった。

 ディルとエノテラとトレニアは座りながらリコリスの

方を見た。彼女はまだ目をつぶり地面に手を置いていた。

「見て! 木が…」

と、トレニアは紫の実がついた木を指して叫んだ。木の

葉は色が変わり、全ての実が落ちてつぶれていた。そし

て、それは、幹や枝がだんだん灰色になりただの枯れ木

に変化した。

 それが終わるとリコリスは目を開けた。

 トーラスに絡まっていたツタは、だんだんと葉が緑に

なりそれの白壁を隠し始めた。リコリスはポケットの中

から彼女が姉から渡された手鏡を出した。その鏡は曇り

がなくなっていて、リコリスの顔を映していた。トーラ

スの中から人の声が聞こえ始めた。

 

 

 土の扉は開かれた。


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