一周年記念


鳳光天花


 


 

 

 始業式の日の午後。

 数日前まで満開だった筈の桜は色あせてたたずむばか

り。その分地面は薄い桃色に染まっている。それを無慈

悲に踏みつけて、折りたたみ式の丸テーブルを置いた。

 俺が三つの椅子をテーブルの周りに設置すると、建物

の方から小柄な少年が出てきた。その少年、優悲(ゆう

ひ)は、持ってきたケーキらしき物を手際よく切り分け

て三つの皿に盛っている。その隣りで、長身の上級生、

凛離(りんり)がテーブルにティーカップを並べ、紅茶

を注いでいる。

 さて、俺の仕事は終わった、と思ってテーブルを見る

と、その真ん中に謎のグラスが鎮座しているではないか。

手持ち無沙汰に水だけをたたえている。お冷やのつもり、

ではないだろう。これはおそらく、ここに食器一式を運

んできた凛離の仕業だろう。

 奴(これは本来目下の人間を指す言葉だが、まあ気に

しない)は、そういった意味の無さそうな行動が多い。

 そんな凛離の意を汲んで、俺は地面に落ちている桜の

花びらの、比較的綺麗なものを拾い集めて、そのグラス

の水の上に浮かべた。

 すると、皆自分の仕事が終わったようで、それぞれの

席についた。

 俺は椅子に座る前に、その風景を眺めてみた。

 散り終わったばかりの桜の木の傍に置かれたテーブル

と椅子。テーブルの上には紅茶とケーキ、そして花びら

を浮かべたグラス。ここは、優悲と凛離が通っている高

校の校庭の端の方。俺、輝寂(きせき)はまだ中学生な

んだが、部外者が高校に堂々と入って良いのかは…まあ

気にしないでおこう。

「で、一体これは何のつもりだ?」

 椅子に座りながら、この状況の首謀者、優悲に尋ねた。

「何って、えっと…お花見かな?」

「花見って…散ってるだろが、思いっきり」

「じゃ、パーティーということで」

「だから、何のパーティーだよ!」

「何だろね」

 やはり、こいつの考えることは分からない。一体どう

いう経緯があって、校庭で、このメンツで、パーティー

などをするに至ったのか。

「あ、春だから、ていうのは?」

「春? ああ、人が狂いやすい季節な」

「…? 」

 言語理解力の無い優悲は疑問符を飛ばしている。

「輝寂、そんなに理由が必要か?」

 今まで傍観していた凛離が聞いてきた。

「ここまで突拍子もない事をし出すってことは、それな

りの理由があるもんだろ?」

「お前だったら何を理由にする?」

 パーティーを開く理由くらいならあるだろうが…、問

題は何故校庭なのか、ということだ。

 まあ、学校関連で言えば、例えば…、

「優悲の高等部入学パーティー、とか?」

 一応、優悲は俺よりひとつ年上で、今年度からは高校

生である。

 俺だけはまだ中学生だが、それでもこの二人に仲間外

れにされることはなかった。

「なるほどな。でも、そりゃ止めたほうがいいんじゃな

いか?」

「…何故に?」

 別に本当に入学パーティーなんかをしたいわけではな

いが、凛離が止めた方がいいと言うほどの根拠が気にな

った。

「だってさ、優悲のためのパーティーだったら、四等分

して三人で分けたケーキの余りは優悲のものになるじゃ

ないか」

 なんだ、そんな理由かよ。

 まあ、確かに優悲が作るケーキは、甘い物が苦手な俺

たちでも美味しいと思うことは事実だし、優悲がケーキ

を三等分出来ないので四等分して、余ったひとつを三人

で取り合うというのが通常パターンだ。

「輝寂!」

 見ると、優悲が怒っていた。

 一体俺が何をしたと言うんだか。この場合怒られるべ

きは、ケーキを優悲に譲るまいとしている凛離だろ?

「誰が狂ってるって?!」

「…」

 この噛み合わない会話について、優悲とは一年の付き

合いになる俺が説明しよう。

 優悲は、反応が鈍いのだ。極端に。

 つまり今のセリフは、しばらく時間を遡ったところに

ある…『春? ああ、人が狂いやすい季節な』という、

俺のいやみに対する返答なのだ。大方、今まで少ない言

語理解力を駆使して、俺の言ったことの意味を考えてい

たのだろう。

「大丈夫だって。自覚がある間は、まだ狂ってないんだ

よ」

「あ、そっか〜」

 凛離のおかげで優悲の怒りは静まったようだ。別に優

悲自身が怖いわけではないので怒ってたっていいのだが、

今ケーキを没収されては困る。

「あ、そうそう、それがいい!」

 突然優悲が俺に向き直ってそう口走った。

「だから何がいいってんだ」

「え、僕の入学パーティーっていう案だよ。輝寂が言っ

たんじゃんか」

「五分ほど前にな」

 優悲は、一度反応が遅れると、その後のことまでどん

どんずれてくる。

 そうさせない為には、優悲が反応できなかった時に、

暫くしゃべらずに待ってやるという方法があるが、暇な

時ならそのまま俺と凛離で話を進めて、優悲の反応のず

れを楽しんだりする。

「輝寂、ほんの五分前の発言くらい覚えときなよ」

 凛離がそう言った瞬間。

「凛離、このケーキは僕が作ったんだよ!」

 …まあよくあることだが、俺はこいつの頭の構造が知

りたい。

「あー、でも自分で作って自分で半分も食べるのって、

喜ばしいことなのか?」

 まあ、いつものことだが、何故凛離が自然に優悲の話

についていけるのかが知りたい。

 ふと、桜の木の方を見た。

 花が咲いている時、桜は春の象徴だった。人々はそれ

を見ては、綺麗だと言う。

 そして、散ってしまった今、好き好んでそれを見る人

はいない。

 今はまだ、地に積もった花びらが存在を主張している

が、それだってそのうち無くなってしまうだろう。

 そうやってまた一年間、桜は忘れられる。

 何でみんな、「桜」を見ていないんだろう。「桜の花」

ばかり見て、「桜の木」を見ていない。

 そう思ってから、それが「みんな」ではないというこ

とを思い出した。

 一年前、俺が中学二年生になった始業式の日、校庭で、

花が散った後の桜をじっと眺めていた三年生がいたこと

を。

「ねえ、この木の若葉、綺麗だね」

 当時は名前も知らなかった優悲が、俺に会って最初に

言った言葉。

 その時は、俺も何も言わなかった。桜の花にも木にも、

関心が無くて。

 でも今は。

「ねえ、この木の若葉…」

「ああ、綺麗だな」

 そう言って優悲たちのほうを降り返ると四等分して余

ったケーキが俺の皿にのっている。

 何故、と表情で訴えると、優悲は笑って言った。

「あれ、僕と凛離の話聞いてなかったの?」

 …聞いてなかった。

「じゃあ、このパーティーの理由も知らないんだな?」

 これに入学パーティー以外の意味があったのか。

「輝寂って、肝心なこと聞き逃すよね」

「優悲に言われたくはない」

「……?」

 …また優悲の反応が遅れた。悪いが五分も待ちたくな

いので凛離に話をふろう。

「で、このパーティーの理由とは?」

「記念なんだってさ」

「…何の?」

「さあな」

「知らないのか?」

「知ってるけど言わない」

「…凛離、そう言って楽しんでるだろ」

「お前は意外とからかいがいがあるからな」

 そう言われて、俺は沈黙に徹した。

 風が吹き抜け、花びらが宙に舞った。

 静かな時間が流れていく。

 しかし。

「輝寂、そう言って楽しんでるでしょ」

「…俺は暫く何も言ってなかっただろうが!」

 思考回路を復旧させた優悲が静寂をぶち壊した。

「だから、こういう時には五分前にさかのぼって考えな

いと。」

「俺にはそんな器用な真似できないって。」

「確かに、五分前のことも思い出せない輝寂じゃ、一年

前のことなんて到底思い出せないね。」

 随分馬鹿にされてる気がするが、それよりも、違う何

かが引っ掛かった。

 すぐ傍にある木が揺れている。

 その鮮やかな若葉の色の、何という深さ。

 分かった。優悲が、校庭で、このメンツで、パーティ

ーなどをしようと言い出した理由が。

「…一周年だな。」

 

 始業式の日の午後。

 数日前まで満開だった筈の桜は色あせて、そして、そ

こから始まっていく。

 前よりずっと、深く、輝いて。

 

 

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