名無しの星
紫水菜緒
星空を見る度に思い出す。
流れ星を見つける度に思う……。
小さい頃、夕暮れが嫌いだった。
沈んで行く太陽も嫌だった。
まるで光に見捨てられるようで、闇に引きずり込まれ
るようで怖かった。
友達が家に帰って行くのが、自分も家に帰らないとい
けないのが嫌だった。一人になるのが嫌だった。
私の両親は共働きで、何かと帰って来るのが遅く私は
いつも、家に入らずドアの前でその帰りをひたすら待っ
ていた。家の鍵がないわけも、鍵穴に手が届かないわけ
でもない。入ろうと思えばいつでも家には入れた。
でも、入らなかった……入れなかった。
誰もいなくて、真っ暗な家。小さかった私にとって、
その闇は深く、広く、大きく、何かに引きずり込まれそ
うでとても怖かった。
その日は少し寒い日だった。私はいつものように帰り
の遅い両親をドアの前で待っていた。家の前を通る人、
車、犬、猫そういったものを見ていると少しだけ怖い気
持ちが消えるようなそんな気がしていた。
何かに呼ばれているような気がして、私は空を見上げ
た。
「うわぁ」
そこには、きれいな星空が広がっていた。自分が宇宙
の中にいるような感じがした。実際、宇宙の中にいたん
だろう、地球も宇宙の一部だから……。
「流れ星無いかな」
流れ星は願いを叶えてくれる。そう聞いたことがある。
叶えてくれるなら、私の願いは……。
「!」
あ! 流れた。
「本当にお願い聞いてくれるのかな?」
空には数え切れないぐらい多くの星が静かに瞬いてい
た。とてもきれいで、きれいで願いを叶えてくれるよう
な気がした。
(でも、お願いを叶えてくれるのは今ある星じゃなくて、
小さな流れ星なのはどうしてかな)
そう思った。
「クシュン」
かなり寒くなってきた。今日は両親の帰りが特別遅い
ようだ。
寒い。
寒い。
どうしようもなく寒い。
「どうしよう……」
この寒さから逃れるために私ができること……。結論
はでていた。家に入るこれしか思いつかなかった。
ガチャリ
鍵を開ける。
ガチャ
ドアを開け中には入る。
そこは見慣れた家の中、ただ暗いだけ、そして誰もい
な……。
「やあ、待っていたよ」
「……」
どうやら、家を間違えたらしい。
玄関には十五、六の(とても中性的に見えるがたぶん)
男がいた。
「って、どこに行くんだい?」
ドアの方に引き返しかけた私をその人は呼び止めた。
「だって、ここは私の住んでる家じゃない……から?」
でも、あれ? ここは確かに私の……。
「ということは、泥棒?」
でも、その家の住人が帰ってくるのを待ってる泥棒な
んているんだろうか?
(いないよね? そんな泥棒)
「あなたは誰?」
(おばけだったらどうしよう)
怖いよ〜。
「さあ、誰だろう」
(やっぱり、おばけ?)
「生きているの?」
「きみが生きていると思えば、生きているし、死んでい
ると思えば死んでる」
「?」
よく分からない。
「あなたは人なの」
「きみが人だと思えはそうだし、人じゃないと思えば人
ではないさ」
きみにとってはね……。
「?」
ますます分からない。
「どういう意味?」
「大きくなれば分かるようになるよ、多分」
「多分?」
「誰も未来なんて分からないってことさ」
「ふ〜ん」
「名前は?」
「ないよ」
「どうして」
「どうしても」
そう言ってその人はどこか寂しげに笑った。
私はそれ以上何も聞けなかった。
聞かなくても分かるような気がした。
「じゃあ、そろそろ行くから」
「もう、行くの」
「僕が見える時間はとても少ないから」
「どこへ行くの」
「分からない……。なあ、流れ星ってどうして願いを叶
えると思う?」
「分からない」
「一瞬で消えるからさ」
「消…る…から……?」
「そう、流れ星は一瞬で消えるから、何も無ければ誰も
覚えててくれないだろ? でももし願いを叶えれば、叶
えられた人は流れ星のこと忘れないかもしれない……」
名前さえ無い、一瞬だけの星のことを……。
「じゃあ、あなたは……」
「僕はきみの願いを叶えた。だから」
僕のこと忘れないで……。
そう言うとその人は消えた。
「待って!」
慌てて外に飛び出した。
「あ……流れ星……」
その星はもう一度、もう一度だけ空に小さく尾を描い
て空に還っていった……。
その日から、私は家の闇が怖くなくなった。ドアを開
けると
そこにあなたがいるかもしれない、そう思うともう怖く
ない。流れ星は確かに願いを叶えてくれた。家の闇が
怖くなります
ようにという願いを。
私は毎日、期待と共にドアを開ける。少しの寂しさと
共に。
星空を見る度に思い出す。
流れ星を見つける度に思う……。
「忘れないよ……」
(おわり)