タイガースとオックスにおける「夢の世界」
----作詞家・橋本淳の研究-----
GSの作詞家としては代表的な存在である橋本淳に、以前から興味を持っていました。
橋本氏は、童話作家の与田準一氏を父に持つ、元文学青年で、作曲家・すぎやまこういち氏の弟子として、この世界に入った人です。
60年代に和製ポップスが誕生し、多くの新しい作家が生まれましたが、橋本氏はその中心となる作詞家です。
弘田三枝子、いしだあゆみ、平山三紀などの女性シンガーに数多くのヒット曲を与えてきました。また郷ひろみ、野口五郎など、70年代の男性アイドルにも傑作を残しています。
ブルー・コメッツの「青い瞳」が、橋本氏の作詞による、最初のGS作品です。
その異国情緒的な歌詞は、センチメンタルなメロディーとともに、当時の若者を大いに魅了しました。
ブルー・コメッツ以外にもスパイダース、ヴィレッジ・シンガーズ、ジャガーズなど、たくさんのGSが橋本作品を歌っています。
が、中でもタイガースとオックスの曲には、少女趣味でありながら、独特のロマンチックな美しさがあります。そしてこの二つのグループの楽曲には、多くの共通する言葉を見い出すことができるのです。
楽曲作りにおいては、まずアーティストのキャラクターがあり、職業作家はそのイメージに合わせて、詞を作っていく訳です。そこで、タイガースとオックスの楽曲に多く使われている単語を調べ、そのイメージを探ってみました。
対象とした曲は:
タイガース
オックス
僕のマリー
シーサイド・バウンド
星のプリンス
モナリザの微笑
真赤なジャケット
君だけに愛を
落葉の物語
銀河のロマンス
ジンジン・バンバン
ガール・フレンド
花の指環
ダンシング・セブンティーン
僕のハートをどうぞ
スワンの涙
オックス・クライ
僕は燃えてる
夜明けのオックス
ロザリオは永遠に
真夏のフラメンコ
オックスは橋本作品全部入っていますが、タイガースは「こっちを向いて」が対象外です。どっちのグループも、初期作品がズラリと橋本淳の作詞でした。
まずはタイガースから、よく出てくる単語を並べてみます。
僕、君、恋、夢、星、あの娘
これはいかにもGSのラブソングです。
甘い、すてきな、踊る、泣く、雨、笑顔
“甘い”という単語が象徴的です。「僕のマリー」「君だけに愛を」「銀河のロマンス」と続けて登場します。彼らに与えられたイメージは、まずこの「甘さ」だったのではないでしょうか。それが明治チョコレートのCMにはぴったりだったのです。
すてきな、ため息
「甘い恋のお話」を連想させる単語が続きます。
そしてタイガースの曲では、よく雨が降ります。
「僕のマリー」「ジンジン・バンバン」「モナリザの微笑」 すべてが雨の日の情景なのです。
♪さみしいさみしい雨の朝 「僕のマリー」
♪雨がしとしと日曜日 「モナリザの微笑」
♪はじめてのデートはしとしと雨の中 「ジンジン・バンバン」
このように「しとしと」というフレーズは2回使われていますし、登場人物が濡れたり、泣いたりしながら待っている描写は、どこかウェットで感傷的な雰囲気を出そうとしているのがわかります。
“美しい、瞳”という言葉もオックスの橋本作品には見られないものです。タイガースの曲には、どこかクラシックな感じが好まれたようです。
では、オックスはどうでしょうか。
君、僕、恋、愛、二人、僕等、かわいい、星
など、ほとんどタイガースとダブっていますが、“僕等、かわいい”が印象的です。「美しい」よりは「かわいい」を使うことによって、キュートなイメージにしたかったのでしょう。続いては、
夢、手、指輪(指環)、飾る、くちづけ、と言う具合に切ないファーストラブを思わせる単語が並びます。
それから“はじめて”。3回も出てきて、初々しさを強調しています。
かわいいいイメージなのに、キスシーンが多いのが、オックスの曲の特徴です。
「ガールフレンド」「花の指輪」「僕のハートをどうぞ」「僕は燃えてる」と、すべて“キッス”か“くちづけ”が使われています。
おもしろいのは“指輪(指環)”です。愛の誓いを連想させるこの言葉は、
♪花の指環はかわいい愛の約束 「花の指環」
♪指輪のように飾っておくれ 「オックス・クライ」
♪〜銀の銀の指輪で 「真夏のフラメンコ」
と、3曲も使われています。
どうやら橋本氏お気に入りの言葉の一つらしく、ブルー・コメッツ「別れの指環」ヴィレッジ・シンガーズ「思い出の指輪」という曲もあります。
さて、オックスのキーワードは“誰も知らない”と“テラス”です。この二つの言葉は、オックスの代表曲である「ガールフレンド」と「スワンの涙」の両方に登場するのです。彼らのイメージにいかにも似付かわしい雰囲気だったということでしょう。
♪白いテラスに囲まれた 「ガールフレンド」
♪街のテラスでお話しましょう 「スワンの涙」
♪誰も知らない恋なのに 「ガールフレンド」
♪誰も知らない二人の午後は 「スワンの涙」
同じGS作品でも、橋本淳は例えばゴールデンカップスには
♪たった一夜だけの愛に夜明けはないさ 「銀色のグラス」
また、ブルー・コメッツには
♪いだきあう二人は離れられずに「北国の二人」
と、ぐっと大人っぽい歌詞を与えているのです。タイガースやオックスとはまるで違うムードをかもし出そうとしています。
では、そのタイガースとオックスに共通する言葉とはどんなものなのでしょうか。
♪フランス人形抱いていた 「僕のマリー」 タイガース・デビュー曲
♪ガラスの人形飾っている 「ガール・フレンド」 オックス・デビュー曲
このように、いずれもデビュー曲に「人形」という少女に身近な単語を使っています。ファン層である少女たちを意識した言葉選びが感じられます。アイドルとしてオックスを売り出そうとするとき、先行したタイガースのイメージが参考にされたことは確かでしょう
♪踊りに行こうよ 「シーサイド・バウンド」 タイガース
♪踊りに行こう 「ダンシング・セブンティーン」 オックス
踊るのはGSソングの定番です。どちらもデビュー2曲目が片仮名タイトルの「踊る」ことをコンセプトとした曲でした。“リズム”と“ゴー”もこの2曲に共通していました。
「落葉の物語」と「スワンの涙」も似てないでしょうか。坂道、コート、冬景色のラブソングとして、どこかその風景描写は重なるところがあるように思います。
次はこのフレーズ“僕のハート”です。
まずタイガースの曲から。
♪僕のハートを君にあげたい 「君だけに愛を」
それがオックスでは、こう使われています。
♪君だけの僕のハート 「僕のハートをどうぞ」
♪僕のハートにせまってくるよ 「真夏のフラメンコ」
これは一種、橋本節と呼べるものかもしれません。
橋本淳という作家は、比較的やさしく単純な語彙をくり返し使いながら、その並べ方ひとつで、全く違う雰囲気をつくりあげる達人なのです。常套文句で遊ぶ天才といった気がします。他にも「君だけに愛を」の歌詞と同じ言葉は、オックスの曲に何度も利用されるのです。
両GS共に、最も出番が多いのが“手をつないで”と“二人で”という表現です。とにかくあちこちに連用されています。(TG=タイガース OX=オックス)
♪手をつなぎ 二人でかける○○○○ 「君だけに愛を」TG
♪手をつなぎ 野原をかけよう 「花の指環」OX
♪手と手つないで 祈るのさ 「ロザリオよ永遠に」OX
♪二人で歌おう明るい恋のリズム「シーサイド・バウンド」TG
♪二人で見つけた小さな秘密 「落葉の物語」TG
♪二人で歩く坂道に 「スワンの涙」OX
♪二人で歩き続けて 「僕のハートをどうぞ」OX
♪二人でさがす○○○○を 「オックス・クライ」OX
♪○○○○へ旅立つ二人 「夜明けのオックス」OX
♪二人で結ぶ夢の数々 「ロザリオは永遠に」OX
そして○○○○で表した箇所に注目してください。
実はここにはすべて“夢の世界”という言葉が使われているのです。
「夢」という言葉は、まずタイガースの「僕のマリー」では、主人公が見る甘く悲しい「夢」です。それが「君だけに愛を」の中では、「二人で夢の世界へ」出かけよう、という呼びかけに変わります。「銀河のロマンス」では「夢のふるさと」を訪ねる、と使われています。
オックスの曲では、「夢」はもっと増えます。
「夢のお城」に住んでいる「ガール・フレンド」
「君は夢」「ダンシング・セブンティーン」
「夢の数々」「ロザリオは永遠に」
「夢の世界を」「オックス・クライ」
「夢の世界へ」「夜明けのオックス」
二人で夢の世界へ このフレーズこそが、タイガースとオックスに共通するコンセプトであり、彼らのイメージでもあったのです。
恋する君と僕が二人、手をつないで夢の世界をさがす
そのことが、恋を夢見る年ごろの少女達を大いに惹きつけた、と言えるのではないでしょうか。
橋本淳氏は、夢への案内人だったのです。
文中に登場する曲の一覧表
タイガース(詞:橋本淳/ 曲:すぎやまこういち)
Polydor
僕のマリー SDP-2001 1967.2.5
シーサイド・バウンド/星のプリンス SDP-2004 1967.5.5
モナリザの微笑/真赤なジャケット SDP-2011 1967.8.15
君だけに愛を/落葉の物語 SDP-2016 1968.1.5
銀河のロマンス SDP-2022 1968.3.25
ジンジン・バンバン SDP-2032 1968.12.1
オックス(詞:橋本淳/ 曲:筒美京平)
Victor
ガール・フレンド/花の指環 VP-8 1968.5.5
ダンシング・セブンティーン/僕のハートをどうぞ VP-13 1968.9.5
スワンの涙/オックス・クライ VP-15 1968.12.10
僕は燃えてる/夜明けのオックス VP-16 1969.3.25
ロザリオは永遠に/真夏のフラメンコ VP-19 1969.6.25
by Miki![]()