20.ジョージ、ジョージ、ジョージ

〜おっさんの、おっさんによる、おっさんへの純愛〜

 ううむ、このページを更新するのは久し振りだなぁ。実に6〜7年振りになりましょうか。
 ほっぽっといてゴメンネ、アーンド、テキトーなところに書き棄てるよりここに残そう、と思った話題はここに記していこうと思います。

 このサイトをよく読んで頂けると自然と解ると思うのだけど、僕はジョージ・ハリスンが大好きだ。それも愛してるとか尊敬してるとか親父になってほしいとかいう具体的な感じではなく、ただひたすら純粋に「好き」なのだ。
 しかしいろんな場所に書いた(ので、今回ここにまとめようとしています)ように、僕がジョージに目醒めたのは遅かった。『オール・シングス・マスト・パス』の「ニュー・センチュリー・エディション」が出た頃に、丁度タワレコのポイントがたまったので、ビートルズのソロも避けては通れない道だからとりあえずここから、と軽い気持で買った。豪華な箱入りだったのも、新音源が追加されていたのも、興味をそそられた。その頃の僕はプログレに傾倒していたので、知人にも「意外」と言われた。
 聴いてみて、驚いた。
 何なんだ、このじんわりとした「あたたかさ」は。その場凌ぎの偽りで作ったのではない、本当のあたたかみに満ちている。のちの名題を用いれば、即ち「慈愛」に満ちている(間違っても「友愛」じゃないぞ)。
 これは、と思った。これは中期のSIONを聴き狂っていた頃の感覚に似ている。意図して曲や歌詞にひねり出したのではない、素から表れる人格的なあたたかさ。SIONがどうしても「いい人」になってしまうように、僕はジョージに同じ感触を抱いた。
 かねてよりビートルズではジョージを好み、いつかはソロも、と思っていたところへ青天の霹靂である。 直感的に「これはいい」と感じた僕は、急速にジョージにのめり込んでいった。これを機会に、僕はそう、「好きになったら一直線」である。手に入るだけの音源はとにかく手に入れるようにして、図書館やレンタル屋を利用したり、廃盤を知人に借りたりした。そのため大半の所有音源はCDじゃなかったのだが、これはやがてプレスCDが多くなる。それについてはちらっと哀しい事情があるので、改めて後述します。
 そうしてジョージの音楽を楽しんでいるうちに、周知の通り、2001年11月29日に、ジョージは亡くなってしまった。日本時間では30日なので、その日になると憶えている限り黒い服を着るようになった。
 ジョージが亡くなったと聞いた時は、正直、哀しいとか感じる以前に「嘘でしょ?」としか思えなかった。だってその前に末期だという容態を否定するコメントも出していたし、暴漢に刺された時も復活してくれたし、何より、大好きな人の「死」という現実を受け入れられなかった。信じられなかった。
 受け入れるや否や、自然と、落涙した。
 滝のように涙が流れた。
 何でこんなに泣いてしまうのだろう、と思ったほどに。
 ニュース番組はこぞってジョージの死を伝えたけど、その中にはポール作の「ロング・アンド・ワインディング・ロード」を流しているものもあった。ああジョージってやっぱり認知されてないんだな、と実感してさらに哀しくなった。ビートルズのメンバーだから一応報道するけどジョージなんて誰も知らんからこの曲なんか雰囲気合ってていいんじゃね? という姿勢が丸見えだった。追悼ムックも乱発された。しかし編集が雑だったり内容が薄かったりする質の低いものも多く、いかにも今出せば売れるから、という魂胆が見えていた。
 そんな中、敢えて手を出していなかったのは『クラウド・ナイン』だった。なぜなら僕が最もジョージに思い入れている頃に、彼は――この世界には実存しなくなってしまったからだ。だから、それに手を出すということは、当時オリジナル・スタジオ・アルバムでは最新型だったそれで「彼の不在」をまざまざと見せ付けられてしまう気が――「これでおしまい」と言われてしまう気が――していたのだ。
 やがて僕は音楽雑誌の会社に入社し、ビートルズ・フリークの編集長と仲良くなった。そのうちに、ジョージの遺したマテリアルをジェフ・リンと愛息ダニーがトリートメントしたアルバムがリリースされるというニュースを、職業柄いち早く耳にした。
 メディアはそのアルバムを「ジョージの遺作」と言った。しかし多くのファンは「ジョージの最新作」と呼んだ。なぜなら、彼の不在を思いたくないからこそ、敢えて「遺作」とは呼ばない。当初は25曲が完成していたという『ブレインウォッシュド』のこと、今後発表される正真正銘の「最終作」への可能性もあるだろう。しかし、多くのファンは「ピリオド」となるそれを願ってはいないのじゃないか? ビートルズの発掘音源が小出しにされるように、希望や可能性は少しでも残しておいてほしい、というワガママな欲もあるだろう。人は忘れられた時こそが本当の死なのだから。
 だからこそ、公式録音では生涯最後となっている「ホース・トゥ・ザ・ウォーター」(『ジュールズと素晴らしき仲間たち』収録)は僕も音源を持ってはいたものの、その実、あまり聴いていなかった。哀しい曲調なうえに、聴きすぎると「最後」の意味が重くのしかかってしまうからだ。けれども、その曲が存在するお陰で、僕は『ブレインウォッシュド』を楽しんで聴くことができた。そして軽快に始まったアルバムが、ゆるやかに昇天していくようにインド調で消えて終わるのに、言いようのない刹那さを感じて、やはり人知れず落涙してしまった。
 だが、この頃から僕は、東芝のCDを積極的に買わなくなっていた。その事情はまあ未だに引きずるのもアレなんで省略するけど、いろんな面で余りに横暴なので、輸入盤を買うことにしたのだ。すると輸入盤の『ブレインウォッシュド』は初回盤がボックス仕様で、内封されたおまけが異なる2種類がリリースされた。それもDVD付きで! というわけで迷いもためらいもなく、そちらを購入した。
 少しすると、「エニィ・ロード」のマキシ・シングルもリリースされた。こちらはヴァージョンの差異こそないものの、CDエクストラ仕様でビデオ・クリップが収録されていた。晩年はクリップを作る余裕なんてなかったのになあ? と思いつつ見てみると、それはすべての時代のジョージの画像をつぎはぎして作成されたもので、うまい具合に編集されていて、まるで本当にジョージが歌いながら、弾きながら作成したような優秀なクリップになっていた。ずっと笑顔で楽しそうに演奏・歌・はしゃぎっぷりを披露する映像はジョージの人柄がよくあらわれており、実に愉快な気分にさせてくれる。と同時に、この笑顔が本当になくなってしまったんだ、と再認識し、やはり涙が零れた。何だかやけに涙もろいが、それほどにジョージが好きだったのだ。喩え独り善がりで一方的な愛情でも。だから逆に、これがあればいつでも楽しそうなジョージが見られる、ととらえることにした。
 そのうちに、さらに嬉しいニュースが飛び交った。
 ジョージのダーク・ホース・レコード時代の作品がリマスター再発されるのだという。それも全タイトルをまとめたボックス仕様のものもあり、それには特別にDVDが付属するという。
 これに僕は喜びつつも、世の中はCCCDブーム(苦笑)で、東芝もそれを取り入れていたから、まさかCCCDで出るのか……と心配していた。しかし、ちょっと前に出たリンゴの『リンゴ・ラマ』はCDDAだったので、ひょっとするとビートルズ関係とかクレーム来そうなところはCCCDにしないのか? とも思っていた。
 しかし東芝は、見事にやってくれました。
 ジョージの再発はボックスも単品もCCCDでした。
 それどころかさらに後に出たビートルズの『レット・イット・ビー...ネイキッド』までもがCCCDでした。
 これにふざけんなと思った僕は、CDDAの輸入盤でそれらを購入。当然ですね。お陰でこれらに関しては輸入盤がなかなかの売り上げを誇ったように記憶している。何せあるCDショップでは「これは輸入盤なので対訳や解説はありませんが、CCCDではありません!」と手書きのポップが貼られてたりしたものなあ。ちゃんと知ってる人はみんなヤだったんだよなあ。それでも「じきにCCCDはリリースされなくなるから、今のうちに買っておこう。聴くのは輸入盤だけど」というコレクターもいた。ううむ、コレクター根性剥き出しながら、実は先を読んでいたのだな。スルデー。
 リマスターCDにはボーナス・トラックが収録されていたけど、その殆どはジョージがひとりで弾き語りをしているデモ音源だった。その時期ごとのレア音源を収録してほしかった、と思ったものの、これはこれでジョージらしくてなかなか良く、アルバムを聴き通すことを考えると最後がデモというのは安心感があった。中には『クラウド・ナイン』のようにレア曲を入れてくれたものもありましたが。
 DVDはかなりの見もので、ダーク・ホース時代の全ビデオ・クリップと、ジョージがそれについて語る映像を交差させたものだった。輸入盤なので字幕がなく、いかんせん何言ってるのかわからなかったけど、嬉しかった。けれども数年後、このDVDだけを単体にしたものがリリースされ、うわあちょっとやり方がえげつないなあ、と思ってしまった。なのに字幕付きは魅力なので、そのうち買ってしまうかも知れない……と思わば、ジツはメニューで操作すれば日本語字幕が出るという指摘を戴いた。うひゃー恥ずかしー! すまんこってす。これからそれで見直します。
 さらには、廃盤状態で恐ろしい中古相場になっていた、トラヴェリング・ウィルベリーズも限定盤だがリマスター再発した。それも2作のリマスターにボーナス・トラック込み、プラス全ビデオ・クリップを収録したDVD付きのボックスで。無論僕はこれに飛び付き、それまでCD-Rで聴いていたウィルベリーズをようやくプレスCDで聴けるようになった。ちなみに、ウィルベリーズで一番好きな曲はイントロからしてジョージ節全開の「ヘディング・フォー・ザ・ライト」です。終わりそうでまた始まるエンディングもよろしい。
 ファンにも余り知られていないみたいだけど、“FROM BEATLES TO SELF-REALIZATION”という輸入盤も出ている。これはジャケでは情報が少ないので何だろう、と買ってみたら、インド音楽でした。ラダ・クリシュナ・テンプルのアルバム“CHANT AND BE HAPPY”をDVD付きにして再発したものなんだけど、ディープなアイテムなのでなかなか見かけない。一部では今でも売ってるみたいだけど、きっとこれそのうち入手困難になっちゃうんじゃないかな。まだお持ちでない方は今のうちにどうぞ。
 2008年には、息子のダニーがthenewno2というユニットでデビューした。それまでジョージの好サポートをつとめてきたダニーだけにジョージ路線の作風を期待されたものの、アルバムは効果や反響の多い近未来的サウンドで、要らぬ期待をしたオールド・ファンにがっかりされた。しかし誰もが、その「声」と「ルックス」については唸らざるを得なかった――ジョージに瓜二つなのだ! 間違いなくダニーは、父のコピーとして期待されているのをひしひしと感じていただろう。だからこそ敢えてそれに応えず、自分なりの表現を探しているのではないだろうか。そのうえで父から引き継いだ憂愁のヴォーカルを持ちあわせている。そのうえで、そういった期待に応じたかのような弾き語りを中心にした最終曲“life off”はジョージが乗り移ったかと錯覚するほどだ。どう化けるか、個人的に大きく期待している。
 最近ではジョージの『オールタイム・ベスト』がリリースされて話題を呼んだけど、まだまだ、ジョージのアイテムはリリースの可能性が高いものが多い。
 まずは『ダーク・ホース』と『ジョージ・ハリスン帝国』のリマスター盤。これは出ること間違いなしでしょう。といっても『リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド』のリマスター盤は日本盤では出なくて、これも輸入盤に頼るしかなかったので、そうなりそうだけど。
 それから74年北米ツアーのライヴ盤。これは映像も音も残っている筈なので、オリヴィアが出そうとすれば容易に企画できる。けれどジョージはそのツアーを「失敗だった」と語っていたので、そういう意味では難しいかも知れない。でも贔屓目になっちゃいそうだけど、あれはあれで楽しいんだけどなあ。失敗とは思わないんだけどなあ。ビリー・プレストンの「マイ・スウィート・ロード」なんてファンキーで楽しいぞ。レコスケだって一度だけタイム・ワープできたらこのライヴを生で観たい、と言ってるぐらいだし。
 で、トドメがクラプトンとの『ライヴ・イン・ジャパン』の映像。これも録画された筈なのだけどずっと小出しにされているので、そのうちにどかーんと出てくれるかもだ。クラプトンのソロ・コーナーが収録されるかどうかが問題になりそう。
 ここからは希望として、レア音源集。オムニバスなどに散らばっていて入手困難なものが多いので、いっそまとめてほしい。それから例の豪華本2冊の復刻版。縮小サイズにして、CDも8cmシングル・サイズになると面白いかも……あ、これってレコスケの『オール・シングス・マスト・パス』再発の発想と同じだ。それから書籍で、写真集でも作ってその巻末にシングルのジャケットを網羅してほしい。アルバムを並べている本は幾つもあるけど、シングルは余りないので。あることはあるけどサイズが小さかったりするし。
 それからフィギュアとか……と、希望は尽きることがない。
 さしあたり2009年の命日に、思い立って編集盤をふたつ作成した。
 ひとつは、アルバム未収録曲集。ジョージは編集盤やオムニバスなどに音源が散らばっている。幾つかはリマスター盤や新しい編集盤に収録され直しているが、未だに未収録のものも多い。そこでそれらをまとめてみた。音源を持っておらず収録できなかったものもあるけど、殆どの音源は網羅できた。
 もうひとつは、『想いは果てなく〜母なるイングランド』のオリジナル盤の復元。ジャケこそ再発では復活したものの、内容はそのままだったので多くのファンは「やっちゃったね」と思ったものだ。そこで豪華本に収録されている音源を使ってオリジナル通りの曲順で再現。すると、驚くほどアルバムの印象が変わり、めちゃめちゃ優秀な作品になった。
 これらを作成するにあたり、河出ムックの『ジョージ・ハリスン』を参考とした。他の本では和久井光司氏が中途半端に書いているのに対して、ここでは藤本国彦編集長(と、呼ばせてもらおう)が丁寧に全音源を紹介している。お陰でどの曲がどういうレア音源なのか、大体は知ることができた。追悼本でもなく、晩年にタイミングいいのか悪いのか出た本だ。そのせいでかえって、追悼なんて湿っぽい愛情じゃなく、純粋な愛情に溢れている。
 そう、みんなジョージが好きなんだ。
「レコスケ」で有名な本秀康氏は、大のジョージ愛好家で知られる。寧ろ人によってはそちらの印象の方が強いかも知れない。そのためジョージ追悼本や企画の多くは、彼がイラストを手がけていた。
 彼の漫画の中で、レコスケがジョージへの愛と考察を語る場面があるのだけど、その中でも「ビートルズのジョージ曲は既にジョージ全開で、ビートルズ曲という感じがしない。どうしたってビートルズはジョンとポールのイメージだ」「俺の中では髭が生えてからがジョージだ」という意見に大きく頷いた。まあ「ビートルズはジョージを成長させるためのバンドだったんだ」という危険で一方的なレコスケの発言はまあアレですけど(笑)。
 さらには、僕が勝手に「無人島レコード」の主旨をパクらせてもらって(うああ、ごめんなさい)このサイトでやっている「むじレコ」というコーナーを立ち上げるうえで、僕も悩んだあげく1枚を選出したのだけど、それはジョージの『ブレインウォッシュド』だった。その後、『無人島レコード2』を買ってみると、レコスケが選んだのも『ブレインウォッシュド』だった! うひゃあ、である。そうね、解る人には解るのよね、あの良さが。ちょっとしたブームのように売れたお陰で、今やすっかり中古の常連になってしまったけど、良いものは良いのです。解る人だけ聴いていればいいのです。何も乗せられて買って何だこれと売るまでしなくともよいのです。
 本さんに関して言えば、編集長が「俺もあの人はいい人だと思うんだけど、まだ会ったことがないんだ。話してみたいなあ」と言っていた。しかるのち雑誌の用事で会合を果たし、仲良くなってのちには対談までするようになり、それも雑誌に掲載している。よかったよかった。

 そうやって、ジョージは今にして、世間にひろまっている。
 ファンとしては嬉しい限りです。と言っても未だに完全には曲とタイトルが結び付かなかったりするけれども。
 また断言してしまうが、ジョージ好きに悪い人はいない!……少なくともコレクション目的ではなく、純粋に好きな人には。
 逆にいい人過ぎて失敗してそうな気もする。ジョージ自身のように。
 でもジョージがそうだったように、幾ら評価されなくても自分の好きなことをひたむきに続けていれば、いつか理解されるんじゃないかな。そう信じて、僕はジョージを聴き続け、ジョージを愛し続ける。おっさんがおっさんに「愛」とか言うのも難ですけど、そういう愛情があったっていいと思うんだ。喩えば僕はカート・コバーンも好きだったけど、彼に愛情は抱かない。女性がデヴィッド・ボウイやシルヴィアンに「萌え」たような愛情とも違う。
 純粋に好き、
 それが本当の純愛だと思う。
 だから僕は、ジョージに対して純愛を貫いているんだ。きっとみんなも。
 そう信じて、このトピックなんだかどうかもわからない駄文を終わります。

 未聴の人、
 何でもいいからジョージを聴いてみて!