14.カンタベリー精神を見た!

〜Richard Sinclair in Tokyo 24, Mar, 2002〜

 僕の好きな「歌い手」というのは、なぜだかベーシストが多い。それも様々なバンドを渡り歩いた末に「ポップ回帰」するような。
 クリムゾンやU.K.やエイジアを渡り歩いたジョン・ウェットンがその最たる例なんだが、彼以外にもそういう人は多いようだ。ヘンリー・カウに始まりジャズ・ロックを極めたジョン・グリーヴスだとか、キャラヴァンにハットフィールズにキャメルにふらふらしているリチャード・シンクレアとか。
 そう、リチャード・シンクレアとか。
 去る2002年3月24日、単独名義では初来日となるライヴが東京で行われ、僕は「にわかファン」代表として観にいってきた。その頃はもちろん「ライヴを観るぞ!」という息込みだったのだが、果たして、それが意外な形で楽しめるとは思いもしなかった。その、ある種「衝撃的」だったライヴを通じて得たことを、ここに表わしておこうと思う。書きようや考えようによっては結構なことであるけど、敢えて「生悟り部屋」じゃなくここに書くことにします。

 とりあえず、リポってわけじゃないんで、ざっくりと説明を……ライヴは2部構成になっていて、第1部はシンクレアひとりによるアコースティック・ギターのみの弾き語り。第2部は日本のトリオ・ロス・オパビノス(後にこのトリオで「オパビノス」として『オパビニア』でデビュー)を従えてのバンド編成での演奏。さらにはアンコールではまたひとりで出てくれた。そんな編成だったことをまず記しておこう。それでもって楽曲はキャラヴァン、ハットフィールズ、ソロからまんべんなく演奏されていた。珍しいところではかつての友、故アラン・ゴウエンの遺作に収録された曲をやっていたそうだ。さりげなく。
 だが、シンクレアひとりの弾き語りで、既に「既成のライヴ概念」はブッ壊された。
 な、何でこの人はこんなに陽気なんだ!?
 にこやかに登場し、軽く演奏しながら曲を披露するまでは、普通のライヴだった。しかし彼は、唐突にこんなことを言い出すのだ。
「次の曲、何がいいかな?」
……観客にリクエストかい!
 すると口々に告げられる曲名。それらを澄まし顔で弾きこなしていくシンクレア。しかし、フレーズの弾き途中や歌い途中でしょっちゅう引っかかってしまい、演奏を急にやめ、にっこりと告げる。
「ずいぶん昔の曲だからね、もう忘れちゃったよ。ははは」
……ははは、じゃねえだろ!
 と、どれだけの観客が思っただろう? 案外にも、僕はそうは思わなかった。だって客席も大爆笑なんだもの。一瞬にしてリチャード・シンクレアという人間のキャラクターを伝えるのに充分な展開だったからこそ、全体はそれを認めてしまったのだ。もはや毒蝮三太夫の毒舌を受け入れる老人状態とでも言うか「こういう人なんだからしょうがない、わはははは」という、和やかなムードだったわけだ。
 時には、リクエストがかかった曲名を苦笑いし「それはね、この後(第2部)で演奏するのさ。僕ひとりじゃできないよ!」だとか「ごめんごめん、その曲ぜんぶ忘れちゃったよ」といったコメントも。もはや笑うしかない。楽しめなければ頭が固い証拠だ。しかも曲間すべてに入るMC(しゃべり好きだねぇ〜)で、ブツブツ言いながらギターを弾いて短いフレーズだけ演奏したり、スキャットのみで急にそれを行ったりもした。こりゃ「完全なセット・リスト」が作れた人はまずいないだろうね。

 そんな第1部が終わり、第2部に入る前に休憩時間があった。そこで僕はトイレなんぞに行ったのだが、そのすぐそばにあったバー・カウンターに外国人が……って、シンクレア、あんたかい! 「カンタベリー音楽の第一人者」だとか「声そのものがミスター・カンタベリー」なんて言われる彼だが、もはやただの「呑みたいだけのおっさん」然として、カウンター内の店員から「何なんだ、こいつ?」という視線を受けていた。んもう。
 しかもトイレから出てきても、彼は相変わらずそこで酒をねだったりひとりでジョークを飛ばしていたりする。誰だ、こいつをカンタベリーの重鎮なんて呼んだのは、である。念のため、念入りに洗ってきちんと拭いていた手で僕は彼と握手する。するとシンクレアは「まったく、酒が呑みたいんだよ僕は。おお君も僕の音楽を聴きにきたの? 若いのによく知ってるねえ。いけないなぁ(憶測)」なんて言いながら僕の腰あたりをを軽く抱いてくれた……こんな軽い、いや「ゆるい」ミュージシャンって初めてだぞ。まるで親戚のおじさんか誰かと会話しているような雰囲気なのだから。
 しかし彼は、僕がトイレから出たばかりだなどと知らなかったのだろうなぁ。ごめん。

 やがて始まった第2部は、冒頭に記したようにトリオ・ロス・オパビノスの3人をバックに従えてのバンド・ライヴ……と言いたいところなのだが、間違っても「従えての」じゃないのだ。寧ろ「3人に従われて」だろうか。こと鍵盤担当の清水一登(彼はシンクレア独演の第1部でも数曲で参加)がもはやリーダー状態で、シンクレアを指差して通訳や現状報告してくれた。もう、それだけでどんなステージだったか判ってしまうだろう。
「この人、酔っ払ってます」
「次の曲を忘れてしまったそうです」
「ちょっと待って、その曲じゃないでしょうが!」
「おーい、ちゃんとやってくれよぉ……」
 いや別に、彼は「リチャード・シンクレア」を批判して言ってるわけじゃないのだぞ。「酔っ払いのベーシスト/シンガー」に対して言っているのだ。だって即興も得意な芳垣安洋のドラム・プレイも無視してしまうかのような勝手なベースを弾いたりするのだから、そりゃ無敵ギタリストである筈の鬼怒無月もどうしていいか解らなくなってしまうというものだ。
 けれども、その3名、トリオ・ザ・オパビノスによるプレイがなかったら、この第2部は失敗してしまったかも知れない。それぐらい堅実かつ実力派のプレイだったし、シンクレアの演奏もキャラもうまくバック・アップしていた。彼らのような実力がないと、シンクレアに愛想を尽かしてしまうかも知れない。「悪い奴じゃないし、いい奴なんだけどねぇ」って。ゆるゆるなんだもの。
 その彼らに自分を含め、シンクレアはその4人で「ハァイ、僕らは“Richard Sinclair And The East”だよ」などと言っていた。おいおいおい、である。以前/以後も似たようなギャグを飛ばしていたそうだが、これはシンクレア自身にもリスナーにも、彼が最も実力を発揮できただろうバンド「ハットフィールド・アンド・ザ・ノース」をパロディ化した名称だ。“East”なのは日本だし東京だからなわけだ。
 けれども、こんなことになりつつも、きちんと演奏しようとするときちんとできてしまうのがシンクレアの奥深さだ。ただの酔っ払いのようであり、そうではない……いや、ただの酔っ払いかも知れないけど。
 ともあれ、僕自身としては、カンタベリーに足を突っ込む原因となったハットフィールズの“Fitter Stoke Has A Bath”の生演奏を耳にできただけで満足だった。因みにアルバム・テイクの歌詞だった。あの「ほゎんうぃおんふゎん……」と音が水の中のように揺れるトリックも知ってしまったし!(ヒントは人差し指) さらにはシンクレアが別の曲中でベースの弦を切ってしまい(しかもちゃんとした演奏の最中に)、わたふたしてアコギを持ってみたり3本弦になったベースを持ってみたりしながらも、結局ちゃんと演奏しきってしまったところに、彼がプロであることを実感した。やりゃできるのだ。酔っ払いだけど……キャラヴァンと対立した原因って、まさかこうした「ゆるゆるの」キャラクターじゃないだろうなぁ。

 そうして終演を迎えた第2部、その後にアンコールで“Richard Sinclair And The East”が再登場し、また退場。それでも続くアンコールの喝采に、今度はシンクレアがひとりで登場! それも90年代以降のトレード・マークである帽子を脱いで!……詳しくは彼のセカンド・ソロ『R.S.V.P.』のブックレット内写真を参照のこと。そ、そうとは思っていたがなぁ。
「いやあ、そんなにアンコールされるなんて嬉しいよ。それじゃあ僕の弾き語りでも聴いてくれるかい?(憶測)」
 と言いつつ、彼はアコギを持つ。ちょっと鳴らしてみて、歌ってみて、彼は初めて顔を歪めた。
「この曲にはスピーカーは不要だね。音量をぜんぶオフにして、電源を排除してくれ」
 彼はそう、観客席裏上方にあるP.A.ルームに伝える。それはみんな理解できるメッセージだったが、P.A.はきっと業務的なことだろう、ライトを落とすぐらいで音は消そうとしない。シンクレアの顔が険しくなる……これだ! 僕はその時の彼に、ミュージシャンであることを誇りに思う人間の表情を見た。
「消してくれないなら、消すまでさ!」
 シンクレアは次々と、あらゆる音声コードを抜いてしまった。おお、これぞ職人魂! まるで完成品が気に入らなくて叩き割る陶芸家のようだった。普段の彼は木製品だかの職人業をしているそうで、実際に職人魂がこもっているのかも知れない。
 そうして彼は「生演奏」でゆるやかな歌をうたった。素朴というか朴訥というか、あの「カンタベリーの声」で。
 そうして静かに、ステージは終わった。
 通常の「パフォーマンスを前提としたライヴ」を求める人には不満だったのだろうが、そうでない人には、まったく違った意味で楽しめたのではないだろうかと思う。
 そう、何より「楽しかった」のだから。

 で、何で僕がわざわざこれを書いているのかと言うと、こうしたシンクレアの姿に「真のカンタベリー精神」を垣間見たからだ。
 今でこそ「カンタベリー音楽」などとカテゴライズされ、プログレの別流として評価されているそれは、大体にして「修練的なジャズ・ロック、或いはファンタジックな田園風景」などと言われている。ソフツやキャラヴァン、そこから発展したミュージシャン達の作品群が実際にそうであるのだが、そんなに研究ばかりするのも、時には逆に失礼なことじゃないだろうか。
 シンクレアは、いや「ミスター・カンタベリー」は、まず「楽しむことありき」でステージをこなしていた。そのゆるやかな態度に、たおやかな楽曲。これがすべてだ。これこそが、喩えばリチャード・シンクレアの体現するカンタベリー音楽のすべてであるのだ。
 ここらへんを突き詰めて書けば面白いカンタベリー論文でも書けるのだろうけど、僕はそれを肌で実感できただけで満足だ。その精神をもってすれば、わざわざ書くことじゃない(いつか書くこともあるかも知れないけど)。
 これを体感できただけでも、今回のライヴは行った甲斐があった。「普通のライヴ」を求めた人にとってチケット代7,500円は高かっただろうけど、そうじゃないものを求めた、或いは得られた人――カンタベリー精神を垣間見ることができた人には、決して高くはない買い物だった筈だ。
 シンクレアは、今までのバンドから追い出したり追い出されたり、それらの曲を今でも歌い続けていたりするところがウェットンと似ている。ふたりとも器用じゃなくて、まっすぐなところが。グリーヴスは器用だから違う場所でさえも渡っていけるんだが。
 僕は、そんな不器用な人間が好きだ。不器用でも、自分なりの表現ができる人が。器用に何でもソツなくこなしてしまうよりずっと味がある。だからこそ帽子を脱いで現れたシンクレアに、僕はいたく感服してしまった。ありのままを晒け出しても構わない、そんな強いシンクレアに。
 今度もし日本に来たら、僕は彼に帽子をプレゼントしようと思っている。ライヴ後に『キャラヴァン・オブ・ドリームス』のジャケに書いてもらったサインを見詰めながら。


↑上部に注目!
きちんと“RICHARD SINCRAIRs”をなぞるように書かれたサイン。
しかも音符と微笑みクチビル付きなところが可愛らしいじゃないか。
因みに、下部はオフィシャル・サイトのメール・アドレス。
彼個人のものと勘違いしてドキドキしてしまったのは余談だ。