『紅伝説』の信じられない値段
〜お昼休みの出来事〜
その日僕は、ある方の商品購入依頼を快諾し、聖蹟桜ヶ丘のディスクユニオンに出かけていた。
時間にして、会社の昼休みである。その頃の僕はプライヴェイトの時間にやたら予定が組み込まれていて、昼休みぐらいしか行く機会がなかったのだ。でも、買い物の対象となっているモノがモノなので、まるで自分のことであるかのように急ぎ焦ってユニオンを早足で駆け巡った。まさかなくなってないだろうなでもアレはなくなってても不思議じゃないぞあの値段はなぁ信じられんうーむ残っていてくれ、そんな心境である。
箱モノコーナーに辿り着くと、僕はそこにしっかり残っていたそれをわっしとつかみ取った。あった! 思わず顔がほころぶ。やはり自分のことのような一生懸命さで大事に小脇に抱え込み、それから安心して自分の買い物を探す。
脇に挟んでいたのはキング・クリムゾンの『紅伝説』。
何と、\4,500である。
僕はこれを、かつて\12,000で購入した。僕のは一応オビ付きフル・セットだったが、オビはちょこっと切れていて、セロテープで裏面を泣く泣く補強したものだ。小脇に挟んだ『紅伝説』はオビなしのようだったが、それでもこの値段には代えがたい。ひょっとして盤がヒドイのかと思ったが、表示では盤質Bである。
昼休みは時間がない、僕はとりあえず検品せねば、と鼻の穴をふーふか広げてレジに急いだ。
5%割引券を先に提示し、これで消費税クリアーだぜへへん、と思いながら検盤をする。見ると、傷はあるものの擦り傷程度。1枚、よりによって70年代ディスクに長い傷があったが、この程度なら音飛びはしないだろう。んでもって、ブックレットも2冊ともあるし、ファミリー・トゥリーも、おまけにないと思ってたオビまで箱に入ってる!――それだけは二つ折りにされてぐちゃぐちゃだったけれども。
ほおう、こいつぁいい。何でこれが\4,500なんだ?……と思っていると、さきほど提示した5%引き券を手に、店員がさらに信じがたい言葉を僕に浴びせてきたのだ。
「こちらの商品は20%オフですので、割引チケットは使えませんが……」
!
20%オフ!
もぉう天に舞い上がるような気分である。思わず口がふにゃふにゃしちゃって、動揺のあげく、
「はははは、はい、ええ、かかかか、構いません。うへらひへはー」
と言いそうになるが、そこは冷静に、フッ20%なんて大したことじゃないね俺にとっては、てな態度を取り繕って小さな声で「ええ」だか「はい」だかの返事をする。もはや意識はない。
税込みで\3,780!
『紅伝説』が、である。コレが他のモンならわかるが、ブツがブツだぞ。こないだユニオン新宿店には\15,000のがあったぞ、とやはり未だもって信じられない放心状態である。
仕事場に戻り、仕事が手付かずだったのは言うまでもない。うああ。

なぜこんなに、人の代わりに買ったものなのに自分のことのように喜べるのか? それはやはり、モノが『紅伝説』だからである。
「プログレオヤジの掲示板」(現在閉鎖中)に、コレをとても欲しがっているROVERさんという若い方がいた。書き込みで毎日その話題をしているのを見る度に「ああ、ほんとに欲しいんだなぁ」と感じた僕の思い込みもあるけど、何だか他人事のような気がしない、とでもいうか、それを探し回っては見付からず苦難を重ねていた自分が思い出されるのだ。
そう、『紅伝説』はもはや廃盤。そこに入っている貴重なテイク違い音源なんかも、他の盤には収録されていないものが多い。だのに再販の話はなく『新世代の啓示』と並び希少盤として君臨している。クリムゾンへのめざめが遅かった人間にとっては、まったくもって咽喉から手が出てフリップの首を締めたくなるほど欲しいモノなんである。そのうえ東京界隈に住んでいるならまだしも見付かる可能性も高いが、その依頼主の居住は関東圏ではない。んじゃおいら頑張っちゃうよ、ってな感じでお節介がヒジョーに先走ったのである。
発送した依頼主には、こちらが恥ずかしくなるぐらいの謝辞を戴いた。きっと今も、愛聴してもらっているのだろう、そう思うと僕の「優しさライセンス」が偽善的に輝くのである。うむ。
しかし……。
その価格で買えた彼が、うらやましい。
後日、新宿ユニオンの店員さんにその話をしてみたところ、安かった原因が判明した。
「本当はウチ(新宿店プログレ・フロア)が全店のプログレものの基準になってるんですよ。でも、その店ではきっとウチを通さずに勝手に値段決めちゃったんでしょうね」
とのこと。やっぱりマガイモノじゃないんだ。いいな〜。
ちなみに店員さんは、
「今度そういうのを見付けたら……ぜひ、買っちゃってください」
とも語っておりました。いい人だぁ。