プログレ話したい病2:とあるブートを巡って
〜彼と僕との一度きりの会合〜
さて、そういうわけで続きです。解んない人はこの前の項をまず読んでね。
てな感じで、僕には突然プログレに触れると、プログレについて話し合いたくなっちゃう厄介な病気がある。一種の「パァラノォイヤ(by
ロジャー・ウォーターズ)」である。
ほんで、前項に於いてはその病気が幸いなことに(?)丸くおさまったお話だったが、ここでは具体的に進行してしまったお話となる。心して読んでよー。個人的にはすっごく恥ずかしいんだから。
時は大学時代、僕が最もフロイド馬鹿であった時期のことだ。
場所は新宿ディスクユニオン。まぁ何ておあつらえ向きな。でもほんとなんですよダンナ(誰だオマエは)。無論4階プログレ・フロアでの出来事である。
僕はいつもそうするように、まずは中古漁りに入る。この店は中央に棚があり、そこから周囲をぐるりと囲む棚へと品物は続いていく。その中央にある棚から検索を始め、クリムゾンをすっ飛ばして、フロイドの良質(っぽい)ブートはないか、とギラギラした獣の目でケースの背をバッと眺め回していく。見慣れない背デザイン(すんげえ造語だな)のモノを見付け次第手に取り、曲目や値段、余裕があればメーカーなんぞも軽くチェックしていく。んもうヒヨコのオスとメスを見分ける職人の如き迅速さである。但し正確ではない。
ふと、その一連の動作が止まった。
手にしているのは、プログレ・ブート専門の急成長レーベルとして名高い“HIGHLAND”のCD。タイトルは“WISH
YOU WERE HERE〜QUAD & DEFF MIX”と表記されている。
僕はこいつに、ちょっとした苦い想い出があった。ひょっとするとこいつはとんでもない食わせ物かも知れないのだ。そのタイトルから察するに「クァドロフォニック(4チャンネル)・ミックス」と、また別の貴重なミックスがされたありがたいモノかと思ってしまうのだが、恐らくそんなことはない。僕は4チャンネルが再現される音響下にはないが、そんな僕にも「およそ間違いなくたぶんこいつは4チャンネルなんかじゃないと思う気がしてならないほどに遺憾であるのだろうなぁ」というミックスが、その2枚組ブートには施されていたのだ。安いミニコンポなんかにはありがちな「カラオケ・モード」にして、そのまま録音したような間の抜けた音。とてもフロイドが許したなどとは思えない幼稚なミックスと音質。それが無駄に2パターン用意された「空虚な1時間半」が、そのCDには詰まっていたのだ。
しかし、4チャンネルが忠実に再現でき、しかも他の4チャンネル・ミックスと比較でもできない限り、こいつは阿呆だと断言できないのも事実である。それゆえ余計に悶々としてきて、思わずユニオンの店員さんに「オンドレ何ちゅうブート仕入れとんじゃあボケェ」とヤクザ映画の冒頭で殺されるチンピラの如きイキオイでつかみかかってしまいそうだったので、僕はそのCDを速やかに棚に戻した。
そして、他の中古を漁り続けた。
ひと通り眺め終えた僕は、再びスタート地点である中央棚のクリムゾンから眺め始めた。これは僕の癖のひとつで、店内の棚をすべてチェックし終えても、まだ見落としがあるんじゃないか、ひょっとして今持っているCDは不要なんじゃないか、などという不安感というか焦燥感に駆られ、またもチェックをやり直す。そのお陰で買えた良質CDもたくさんあれば、そのせいで買ってしまった悪質ブートも多く、そのうえ棚に戻してしまって欲しくなった頃にはなくなっていた、ということもあるので良いのか悪いのか判断つきかねる困った癖である。慎重派と言えば聞こえはいいが、その本質はただの意気地なしのビンボーです。とほほ。
そうして始めた2周目のチェックの際、フロイド・コーナーに眼鏡の青年がいた。大学生なのか社会人なのか、はたまた見ようによっては中間管理職ぐらいの年齢にも見える、ビミョーな風貌の青年である(それじゃ青年じゃねえよな)。
彼はどうやらフロイドにご執心らしく、何でも欲しがる僕のようにバーッと見ていくのではなく、一枚一枚を手に取り、じいっと見詰めていた。その目付きたるや、蟻の行列を観察する子供の如し。いやに真剣なんである。狼の目でチェックをこなす僕はすぐに彼に追い付き、もう一度フロイドを見ようとしても退かない彼に苛立って「退けやこんメガネェきさん早ようせんとこん店追ん出してくれっぞ」とやはりチンピラ化してしまうのを抑えるのに精一杯だった。まさにウサギに飛びかかる寸前の狼さながらである。
とーこーろーが、
それまでウサギを狙う狼だった僕の目付きが、その間もなく襲われるであろう憐れな子ウサギを遠くから見やるしかできない非力な親ウサギのそれに変わっていた。
彼の手には、そう、前述の“WISH YOU WERE
HERE〜QUAD & DEFF MIX”が握られていたのだ。んもうウサギ母さん大爆発である。ちょっとの迷いも見せず(ほんとはすっごく迷ったんだけど)、それを手にしたまんまの彼に話しかけていた。
「それ、買うのやめといた方がいいですよ」
子ウサギ、いや、もとい彼は、夜道で突然背中を包丁で刺された瞬間のような形相で僕を見た。うっひゃあ、ひょっとしたら「余計なお世話だこの野郎」と、ウサギと狼の立場が逆転してしまってもおかしくはない。しかし、今となっては後のカーニバル。僕はどんな酷い返事が来るものかとドキドキしながら(小心なのよホントは)彼の言葉を待った。
だが、帰ってきたのはまったくもって予期せぬ、意外なひとことだった。
「これ、あなた、欲しがる?」
ななななあんと、てっきり日本人だと思っていた彼の日本語は、明らかに中国人あたりが口にしそうな「日本人が思い描くアジア大陸人の日本語」だったのである。これにはジャッキー・チェンもびっくりだ。しかも彼は、僕が買いを控えよとの意を投げたのを理解できず、僕がそのブートを譲ってほしがっているのかと思っていたのだ。
フツーの人ならちょいと引いてしまうところだが、どっこい僕は日本語学科という変ちくりんな学科に在籍していたため、そういった人との会話もお手の物である。相手を留学生だと思えばいいのだ。僕はちょい崩した日本語で、そのブートがいかによろしくない代物かを説明した。きちんとした日本語で教えるよりも、わざとたどたどしくした方が相手にとっては解りやすいのだ実は。
ほら、喩えば近くに街はないかとアメリカのどっかで訊いてみたとして、青い目のでけぇ白人が「(英語で)西へ行くんだ。そうすればガソリンスタンドがあって、それが次の街に入ったという目印になる。そこから……」と怒涛の如く話されるより、北を指差されて“North,
Go, Gus station, Next city”とか言われた方が理解しやすかったりするでしょ? 要はそういうことなのだ。
僕の説明を理解した(らしい)彼は、おとなしく品物を棚に戻した。良かったこれで騙される人がひとり減った、とばかりに安心してCD探しを再開した僕に、今度は彼から話しかけてきた。
「あなた、いい人。私、あなたに、国のCD、送りたい」
まさにドヒャーな展開。予想だにしなかった事態である。
話によると、中国人かと思った彼は韓国人で、今は日本の大学に留学しているのだという。本当に留学生だったのだぁ。で、近々国に帰るので、その際ボーナス・トラックなどが豊富な(まぁ殆どがブートなんでしょうけど)韓国産のCDを送りたいのだとも言うのだ。
「これ」
彼はそう言って、ラッテ・エ・ミエーレの『パピヨン』を手にやった。
「これ、このCDは曲これだけ。でも韓国、同じくらい、いや、もっと安い値段で、倍の曲入ってる。イタリア語のものと、英語のものね」
おおおッ、である。さすがブート王国(失礼)。僕は彼に促されるままに、あれよあれよってな調子で電話番号の交換を済ませてしまっていた。欲に目が眩んだおとぎ話のジイさんのようである。
それからしばらく、僕は彼と共に店内を回った。そこで、また聴いたことがなかったミュージシャンのことを訊いてみよう、と画策した僕の問いに、彼は「簡潔な、余りに簡潔な」返答をくれた。
「ファウスト、暗いね」
「アルティ、かっこいいね」
「日本、真似してるみたいね」
何とも、返答に困ってしまったのは言うまでもない。
でも、実に楽しかったことも事実である。計らずして「プログレ話したい病」のまっとうと、ついでに小スケールながら国際交流すら果たしてしまったのだから。もし彼がゆくゆくは韓国の大統領となって、これが日韓友好のきっかけとなったら、僕は間違いなく一番の立て役者である。なあんてことは考えもしちゃいなかったのだが、僕らは、やがて再会を誓って別れた。
彼の、無邪気な微笑みが眩しかった。
……と、ここで終われば実にいい話なのだが、実はちょっとした後日談がある。
僕がその時、彼に教えた電話番号は当時の電話代わりであったPHSの番号だったのだが、ほどなくしてケータイに変えてしまった。しばし後になってから彼のことを思い出し、電話番号を記してもらったメモを探そうにもどっかに紛失してしまっている。今となっては後のカーニバル(第2部)である。
だから、話をした後でも本文での彼の呼称は「彼」のままなんだなぁ。ごめんねユン君(仮名)。名前もそこに書いてあったんだもの。
しかも、彼が好きそうでなかったファウストに、僕は一時期だがハマッていた。別にこれは悪いことじゃないんだが、何だか今考えると、メモを失くしたことと相俟って後ろめたさで一杯である。うーん、すまん。ほんとごめん。好意を無駄にしてしまいました。
もしかしたら、
ってことは、まずないよなぁ。あああ。