以下の文章は、僕が大学の頃お世話になった講師の「星野恵里子」氏の論文(ていうか研究誌の文章)である。「マジメな会合でこんな文章発表しちゃっていいんすかどっひゃー」という尊敬の意を込めて、ここに紹介させて頂こうと思う。
 星野氏はかつてイエス(というよりまだオッサンに成り果てなかった頃のリック・ウェイクマン)やEL&P(というより太り過ぎをまだ指摘されずにいた頃のグレッグ・レイク)にハマっていたそうで、僕も授業そっちのけでプログレ談義に花を咲かせたものだ。いろいろ話したが、その中でも僕の中ではセンター前クリーンヒット並に面白かった言葉がある。
「普通の人って齢取ると声が低くなるけど、ジョン・アンダーソンって齢を取れば取るほど声が高くなるのよねぇ。不思議な人だわぁ」
 そんなことを気にするあなたこそ、不思議な人である(笑)。


「聖地エルサレム」−戦闘的なイノセンス−

 1973年、英国のロックグループEmerson,Lake & Palmer(EL&P)は、『恐怖の頭脳改革』(Brain Salad Surgery)をリリースした。その一曲目「聖地エルサレム」(Jerusalem)は、英国国教会で聖歌として頻繋に歌われているが、その歌詞はウィリアム・ブレイクの『ミルトン』の序詞の一節を利用したものだ。EL&Pは、オルガンにナイフを突き刺したり、またそれを倒しながら演奏するという、戦闘的なパフオーマンスて知られる、かつては一世を風靡した「プログレッシヴ・ロック」バンドである。
 彼らの「聖地エルサレム」の演奏は、当然のことながら聖歌の趣とはまったく異なっている。キーボード、べ一スギター、パーカッションからなるこのトリオは、かなり大胆なアレンジを施した。その結果、厳かにうたわれるはずの「聖地エルサレム」がまったく対照的に生まれ変わった。あたかも戦のファンファーレのように幕を明ける彼らの演奏は、むしろ生を閉じるまで戦闘的なイノセンスを求めつづけていたブレイクにはふさわしいのかもしれない。クライマックス部分の、'I will not cease from mental fight; / Nor shall my sword sleep in my hand / Till we have built Jerusalem / In England's green and pleasant land.'という、振り絞るような歌声に、ブレイクが最終的な理想状態としたダイナミックなイノセンス、戦闘的なイノセンスが、現代に迸り出て息づき始め、やがて万華鏡のように輝き出す。それはむしろ、筆者が舌足らずな文章で、時空を無駄にしながらつづるよりも遥かに雄弁でさえある。
 ロックミュージックが本来既成社会への反抗であったことを省みれば、生涯を通して既成社会に対して'mental fight'を挑んでいたブレイクは、まさに早すぎたロック魂の持ち主だったのではあるまいか。かつて由良君美氏が、ブレイクの神話作品はアニメーション映画に適している、と述べたことがあったが、もしそのようなことが実現すれぱ、サウンドトラックはEL&Pの演奏が最適であろう。かくして、ブレイクが唱えた「詩・絵画・音楽」という三つの芸術の理想的な融合が現代に蘇るのである。