きょうのたわごとNEO 特別編

〜岩岡ヒサエ 合同サイン会〜


[2009年12月13日(日)]

「岩岡ヒサエ 合同サイン会」

 皆さん。
「岩岡ヒサエ」という漫画家さんをご存知でしょうか。
 幾分知られてきた感はあるものの、まだメジャーではないという、どちらかというと玄人好きする作家だ。最近は流行を取り入れてポッと売れてサーッと消えていく漫画家が頻発する中、岩岡ヒサエは最初から独自の画調と作風を展開し、着実にファンを増やしている。書店に平積みされることは多くないけど、確実に読者が存在する、知る人ぞ知るといった感じの注目女性漫画家だ。
 僕が彼女の作品に本格的にのめり込んだのは、何を隠そう(という言葉の常として、とりわけ何も隠していないのだが)月刊猫漫画雑誌『ねこぱんち』によってであった。急速にハマったこの雑誌を、バックナンバーも可能なだけ揃えたところに、彼女の漫画「ねこみち」を見付けた。他の連載が猫エッセイや猫が喋るファンタジーの「猫萌え」であったのに対し、「ねこみち」は純粋な創作であり、猫抜きにも漫画作品として確立しており、他の猫ありきな作品と一線を画していた。女子向け傾向が強い連載陣にあって、ひとつ浮いている感があった。寧ろ漫画的にいい意味で。
 その数年前に、日本橋ヨヲコの読み切り「粋奥」目的で入手したIKKIの付録『日本橋メソッド』に新人作家のIKKI投稿作特集があり、そこにイキマン受賞候補作品「花の咲く道」が掲載されていた。それが僕の、岩岡ヒサエ作品との出会いだ。
 最初は「変わった絵柄だなぁ」と思いつつもするりと読んでしまい、主目的の「粋奥」を何度も読み返していた。しかしどうにも印象が残って忘れられず、もう一度読んだ。すると最初に読んだのと違う、特別な感慨が湧いてきた。絵柄やコマ割り、展開はほんわりしていながら、現実的な惨酷さをファンタジーという虚構でもってして描いている。それは後に、彼女の作風であると認識したのだが、そういった漫画は読んだことがなかったので、何回も繰り返して読んだ。雰囲気先行なきらいがあった他のイキマン候補と較べ、明らかに独自の世界を構築、確立していた。
 実はこの頃、僕は滅茶苦茶に荒んだ状態にあって、天職と思っていた会社クビになるわネットで一方的な叩きに遭うわ精神ガタガタで病気になるわで、自決寸前状態だった。それは書くと長いし墓を掘り返すようにメンド臭いことになるので省くけど、そんな時だから「花の咲く道」が身に沁みてしまった。生き甲斐を見失ったサラリーマンが非日常を求めたあげく旧友の死という現実を突き付けられ日常に回帰していくというお話(むちゃくちゃ省略)なのだけど、まさに自分の今にぴったりだと思った。そのためぼんやりと、やがて読み込んでいくうちに強い印象になっていた。
 で、数年後、「ねこみち」でその絵に再会したんである。
 思わず、「おお、がんばっとるんだなぁ」と旧友に再会したような気分になった。それで自然と応援するようになり、過去作も一気に揃え、公式サイトを覗くようになり、時折メールさせて頂くようになった。
 この間、僕が惚れ込んだ作家などに対するように、「どっぷり急速に」浸かったわけではない。「じんわり、じっくり、あたたかく」ハマっていった。不思議なぐらい自然と。
 それが岩岡作品の魅力であり、作風であり、本人のお人柄(たぶん)である。
 プロフィールを見て同郷かつ同い齢であることを知り、僕は彼女に一方的に感情移入してしまった。あまつさえ失礼なことに、メールでは「ヒサエさん」と呼んでいた。うわあ図々しくてすんません。ファンの皆様すんません。っていうかヒサエさんすんません(←って今もそう呼んでるじゃないの)。
 それからヒサエさん(結局こう呼びます)の作品を読んでいくと、通底するテーマが隠されているように感じた。
 それは「存在理由」である。
 実質的なデビュー作『ゆめの底』から既に、その傾向は強い。自分を見失った主人公の女の娘が、夢の世界の人々と交流していって自我を見詰め直す。というより再構築する。短編集『しろいくも』では童話あるいは現代寓話という形でもって、生きることの意味と価値を問う。再び読み切り集の『花ボーロ』はどれも学校を舞台に連作のように仕上げられ、「存在する」ことを主張する。そこから発展したオンボロ合唱部の顛末を描いた『オトノハコ』はほんわかしているが、その実、自我と居場所を求めての旅である。初の長編となって好評連載中の『土星マンション』は何をかいわんや。その指針の集大成にして発展形、かつ一般性を強めた作品だ。同じく連載中の『星が原あおまんじゅうの森』はファンタジーという形式で、より強くそれを打ち出している。そう考えればハートウォームな『ねこみち』でさえ、えりお母さんの心の揺らぎを見詰めることができるだろう。
 というように、結局は邪推であり勝手な考察でしかないのだけれど、岩岡作品にはどれも「存在」に関わる展開や描写が見られるように思われる。そのため、長期作品は「キャラが立っている」ものが多い。店長とか部長とか仁さんとか……もっと言えば、岩岡作品には「完全なる悪人」が存在しない。最初はミツに敵対心を抱いていた真だってああだし、「ウチマス」の島クンだってその後の作品ではウチマスと一緒にいる。あとは野分がどうなるか。
 さらには、岩岡作品では何度も「淡い恋愛」が描かれている。『ゆめの底』の主人公とサトル、悩める先生、タケオと茶道部長、『オトノハコ』、ミツとサチ、とマユ……彼らをすべて恋愛に絡めて語るのはまさに邪道であるが、なべて「無意識的に意識している」傾向が強い。直接的な恋愛表現は「悩める先生」ぐらいじゃないか。これは作者の特質か方針か判らないが、そのお陰で想像の余地が作れてギッチギチに詰め込まれたものと違って遊びがあり、楽しめる要素になっている。それこそ『オトノハコ』のきみちゃんが成長して『ねこみち』のえりお母さんになったのかと勘違いしてしまったぐらいに。恋愛は成就すると終わりなので、過程こそが楽しいのだ。なんつって。
 前置きが長い? サイン会のことだけ聞きたいのにおまえの岩岡ヒサエ論を展開するなって?
 そうでありますわね。んじゃこのぐらいにして、本題に流れますかね。

 さて。
 そういうわけでいい加減、サイン会の話をしましょう。
 場所はヨドバシAKIBA有隣堂。秋葉原です。
 公式サイトに「電話予約オンリーでサイン会があるよっ!」と告知があり、当日を首が長くなり過ぎて折れるほど待って電話予約しました。予約開始時間は丁度睡眠中だったのだけど、タイマーで起きて予約しました。なかなか電話が繋がらなくて諦めそうになってしまった。
 そしてやってきましたサイン会当日。
 先着順でポスト・カードがもらえるということで、早目に行きました。というより落ち着かなくてわたふたと家を出ました。
 オタクの街という印象が世間に広まってるから、そのイメージで秋葉原には滅多に行かないのだけど、会場はそういう場所とは離れているし、中にはお洒落な人もいる。水嶋ヒロみたいなかっこいいお父さんがいた。ええ感じの女子もいた。でもやっぱり、ちょっと恰幅のいい人とか明らかにそっち系だなあという人は目立った。まあそれは個人個人の指針があるんだろうから口は出さないけど。大体にして僕だってオタク資質は強いのだし。というかマニア気質ですか。
 予約していた『ねこみち』を買い、ポスト・カードと3冊発売の描き下ろしシートをゲットできた喜びと整理券を受け取って、店内を散策。
 さすが広いだけあって、本が豊富だ。それでも新作や売れ筋が中心だけど、それは専門店じゃなく新刊書店なのだからしゃあない。ポップも結構あって、店員さんの力の入れようを感じた。やや殴り書きなものもあったけど。さらにはディスプレイが凝っていて、新潮文庫の近くには「yonda?」君の大きな像があった。耳が壊れているのを「ヨンダ君は耳をケガしているのでさわらないでね」とユーモアで切り返す。大人気発売中の『よつばと!』9巻はコーナーになっていて、ダンボーのでかい模型、というよりホントに段ボールで作ったものがあった。よつばっ子はみんな「あ、ダンボーだ!」と見ていく。僕も無論そう。するとそこにも「ダンボーにはさわらないでね さわるとみうらがおこります」という札が貼ってあり、人知れず笑ってしまった。小さく作ったミニチュア・ダンボーもあった。そのうち段ボールが余ったら自分でも作ってみようと思った。
 ヒサエさんの本は、やっぱりサイン会当日だけあって展開してますね。小学館の平台に新刊の平台に特設コーナーまで。それに目が留まって『あおまん』のおためし本をパラパラめくっている人がいると、思わず「今日はサイン会があるのでぜひ買ってください。っていうか買え」と言いたくなったが、それをすると警察さんのお世話になりそうなのでやめておく。そりゃそーだ。
 特設コーナーでは、原画展もやっていた。今回の3冊ほぼ同時発売のための描き下ろしから、それらの過去カットの原画を中心に展開。いやあ、ホントに描き込まれてるなあ! スクリーン・トーンなんて殆ど使ってないじゃないか。それでいてヒサエさんの持ち味である「ほんわか」全開だ。ファンの多くが言ってるけど、これなら画集を出してほしいところだ。トーンでベタベタな手抜き漫画と違って、絵画のような趣さえある。ファンの贔屓目じゃなくて実際そう思う。ポスト・カードの別デザイン原画もあり、ああこれ知らんぞもらったカードと絵が違うぞこれも欲しいぞ、と無言でわめく。
 まだ3時間ほどあったので軽い昼食と一服のため街をふらつく。
 大勢が煙草を喫っている広場があったので、おおここは喫煙所か、と思い行ってみると、灰皿なんてありやしない。ポイ棄てされた吸殻が一面に広がっている。あまつさえ「路上喫煙禁止」の看板が無数と立っている。なのにみんな、当然のように喫って棄てている……こいつらは愛煙家じゃない、と思った。ルールを守っての嗜みだ。もはやマナーとかいう生やさしいレヴェルじゃない。集団心理ですか? こうはならんぞ、と思いふらふらすると、まっとうな喫煙所があったのでそこを利用。その後落ち着かないのでビールを買って呑む。
 僕の嫌いな「歩き携帯」がやたらいる。さらに秋葉原という街の性質上か、「歩きDS」が異常に多い。こういうのはもう前方不注意で罰金にしてもいいと思うんだ、と苦み走りつつ会場に戻ると、入り口の一角がゲーム広場みたいになっていて、30人ぐらいいる全員がDSとかPSPに熱中していた。呆れるどころかびっくりしてしまった。
 さあ、いよいよサイン会です。
 の前に、まだ時間があったのでタワレコへ。ストラヴィンスキーの面白い盤があったので3枚購入。思わぬ出費だったけど、大好きな「火の鳥(1910年版)」とピアノの「春の祭典」なので聴くのが楽しみ。CDはいつもネット通販で購入するので、タワレコはこういうめっけもんだけ狙う。しかしタワレコ生産のCDソフト・ケースがどかんと並んでいるのにげんなり。元祖のフラッシュ・ディスク・ランチのお株を奪うなよー。タワレコがやっちゃったら潰れちゃうじゃないか。
 まだ時間があったので、出ていることを知らなかった喜国雅彦の『魔Qケン乙』2巻と中公文庫の文筆家猫アンソロジー『猫』を購入。チェックするだけにして地元の馴染みの書店で買おうとも思ったけど、サイン会の時間が近付いていたので半ば振り切るように。初版第一刷が欲しいという情けない欲望に負ける。
 さあ、今度こそサイン会です。
 わらわらと並ぶ人々。中には整理番号を気にしておろおろしているご婦人がいらしたので、思わず「時間になったら整理番号順に呼ばれて並び直しますよ」と店員みてーなことを言う。このお節介はどうにかならぬものか。その通り時間になると2列になって番号順に並び直した。
 ヒサエさん登場!
 おお、ちっちゃい(すいません)。ネット上のインタヴュー記事にあった写真から想像していた感じと違った。華奢で手足が細く、清楚な服装をしてらっしゃる。髪型は「自然なかまくら(ねこみち)」か。そして……かわええ。繕った可愛さではなく滲み出るそこはかとない人柄のよい可愛さだ。
 順番が迫り、ふふん何でもないさと思っていたのに緊張してくる。思えば漫画家のサイン会というものに来たのは実はこれが初めてなのだ。
 いよいよ順番になった。
 僕の名前を見たヒサエさんが、思わず声をあげる。
「……あっ!」
 目が合う。うひゃあ、憶えていてくだすったんですか! 光栄であります。少年画報社の担当さんらしき女性が「お知り合いですか?」とヒサエさんに訊く。以前からよくおたよりくださっている方で、と言われて心底喜ぶ。ああ、いつぞやはしつこくメールしてすいませんでした。
「(フッ、と微笑み)はじめまして」
 なんて澄まして言って、本当は緊張してるんだっつーの俺! なわけでいつもはヘラヘラうまいこと言える僕も、言葉少なになってしまった。それでも担当さんをまじえていろいろ話し(その実緊張の余り会話内容は殆ど憶えていない)、購入した『ねこみち』にお母さんを描いて頂く。色鉛筆で下書きし、そこにペンを走らせる。おお〜、丁寧でいて素早い。これはすごい。
 かねてより僕は、「もしサイン会があったら、『ねこみち』のお母さんを描いてもらいたい」と思っていた。なぜなら「ねこみち」は僕がヒサエさんに本気で惚れ込んだ記念碑的作品だし、だから主人公のお母さんは大好きだし、全1巻だから都合いいし、猫好きだし、というわけで条件が揃っていたのだ。妄想で事前に勝手に決まっていたのだ。なので電話予約の際も最初は『あおまん』にしたのだが、慌てて『ねこみち』に変更してもらった。
 というように決意は固いのだが、何分久し振りに(仕事の面接とか商談でもビクともしない図々しさを持つのに)緊張してしまい、マトモにご尊顔を直視できなかった。うまい言葉が出なかった。積年の想いをぶつければいいのに、できなかった。はい、小心者です。サイトではエラソーな口振りで虚勢張ってますけど、実際は気が弱いんです。
 そんな感じでサインを描いてもらい、ほどなく面会は終了。
「えと……あの……お疲れの出ませんように!」
「はい、大丈夫です!」
 ああ、ええ人や。思ったより気さくな方という印象だった。
 ささやかな贈り物を手渡す。喜んでもらえるだろうか。正直なところ握手などして頂きたかったが、他の方はやっていないしそれをやったらみんなにしなくちゃいけなくなるので自重した。当然ですね。
 去り際、少年画報社の方から「おみやげ」の封筒を戴く。中身は描き下ろしの猫イラストと、サイン会用の描き下ろしシート、原画展で見た別デザインのポスト・カードだった。特に前述したように欲しくなったデザイン違いのポスト・カードに、ひゃっほーと喜ぶ。
 帰りは、自然とにやにやしていた。電車内で僕を見かけた人は不気味だったでしょう。あいすません(ジョン)。
 金銭やスケジュール的な理由から、行くかどうか少しだけどためらったものの、やはり行ってよかった。やたらビッグな漫画家だと事務的に終わったのだろうけど、ヒサエさんはコアな人気なので親近感が湧く。だから応援のしがいがある。安直な商業主義に走らず、確実なファンを獲得するこういうスタンスをいつまでも貫いてほしい。そして「いい漫画」を描き続けてほしい。
 あなたが「存在」を描くように、読者は作品を読むことであなたの「存在」を感じています。

 応援します、
 いつまでも。


↑真ん中のシート2種は裏面が4コマになってます。
サインは僕に宛てて書かれたものだから、気安く見せないよ!

*後日追記*

 なんとなんと。
「岩岡ヒサエ 3冊おめみえキャンペーン」に応募しましたらば、ポスト・カード9枚組セットが当たってしまいました!
 それも競争率が高そうな『土星マンション』、つまり小学館IKKI編集部から、いきなり封筒が届いたのさ。
 喜び勇んですぐさまカラー・コピーして、切り貼りして1枚の絵にして(9枚を繋げると1枚のでかい絵になるのです)部屋に飾りました。
 いや、だって、現物もったいないのでコピーなんです。


↑ケータイ撮影ゆえ、画像粗くてすまぬです。
 実物は葉書9枚分の大きさと言えばわかうかな?

 小学館様、ありがとうござました!
 作者であるヒサエさんにも無論感謝を。