02.「恋」


 今日は燃えないゴミの回収日、
 そう気付くなり、わたしは、浅い眠りから目を醒ました。時計を見ると、六時五十四分。七時にセットしたタイマーが動く寸前だった。ゆるやかにわたしはタイマーをオフにし、起き上がる。低血圧の身には立ち眩みや歩行困難を伴うものの、何とか辿り着いたバス・ルームで朝のシャワーを浴びた。けれど、それもゆっくりしていられない。ドライヤーで髪を乾かしながら見たニュースでは、人食い鮫が打ち上げられた話がキャスター同士で「怖いですねぇ」などと呑気に繰り広げられていたが、わたしには、濡れてしまった髪を乾かすのが先決だった。
 髪が八分ぐらいに乾いた頃、わたしは薄化粧を始める。化粧水を顔にかけ、軽くパフをし、口紅を塗って香水を叩く程度だ。それぐらいで充分だし、それぐらいしか時間がない。
 外出着になり、わたしは部屋の片隅に置いていた燃えないゴミの袋を手にする。中身は、カップ麺のポリ容器やスーパーの発泡スチロール、そんなものをどうにか掻き集めたものだ。その袋を手にして、玄関先で息をひそめる。耳を隣室向きにあて、じっと動きを静止させる。ガサッ、と音を立てて荷崩れしそうになった袋の口をしっかりとしばり、床に置いてもう一度耳を隣室の壁にあてる――音がする。鞄を置く音、靴を履く音、鍵を探す音――わたしは床に置いた燃えないゴミの袋を手にし、隣室の玄関が開く音がしてから三秒後、後を追うように外に出た。
 エレベーターに向かう、隣人の背中が見える。バッチリだ、わたしは何食わぬ顔のまま、心中では快哉を打つ。これなら「たまたま同じ時間に出てきた」というふうに見えるだろう。しげしげとその後を追い、やや遅れてエレベーターに同乗した。
「おはようございます」
「ああ、おはようございます」
 そう返してきたスーツ姿の彼は、少しほころんだ表情を浮かべていた。わたしはその笑顔に、満面の笑みを浮かべたくなりながらも自分を抑制する。いけない、悟られてはいけない。無言の空気の中、わたしは横目で彼の顔を見やった。少し髪の色を落とした、眼鏡を掛けた短髪の人。抱き着きたい衝動に駆られたものの、それこそいけない。この人はわたしにとってただの隣人、わたしはこの人にとってただの隣人なんだから。シャンプーの残り香や香水の匂いに気付いてもらえるだろうか? 狭い下降する密室の中、わたしはそればかり気になっている。
 やがて到着した一階で、彼は「開」ボタンを押し続けてわたしを導いてくれた。小さく礼をし、そそくさと個室から身を踊らせる。その目の前にあるゴミ回収場にゴミ袋を置くと、彼はわたしの袋の上にゴミ袋を置いた。
「行って、らっしゃいませ」
「どうも、行ってきます」
 思わずかけた言葉にも、律儀に反応して微笑んでくれる彼。ああ駄目だ、とわたしは思う。
 わたしはあの人に恋をして以来、抜け出せなくなってきている。
 彼が駅かどこかへ向かう背中を見詰めながら、わたしは呆然とその場に立ち尽くす。そして朝のシャワーや薄化粧までする必要があったのか、と自責の念にとらわれる。それでもいい、姿の見えなくなった彼を見送ったわたしは、エレベーターに乗り直して自室へ戻っていった。
 わたしは、あの人と、刹那でも同じ空間に居られればいいのだから。

 あの人が隣りに越してきてから、もうすぐ一年になる。
 整備されたマンションの暮らしは、下町のアパートのような近所付き合いはない。すべてが完全個室、といった感じで、住人との接点はまるでない。
 けれどもわたしは、あの人に会ってから、変わった。
 イラストレイターという立場上、出かけることが滅多になく、今までのわたしはジャージ姿でコンビニに出かけるぐらいだった。しかしその風体も、きちんとした女らしいものに改めた。面倒臭がっていたことすべてを、少しずつ変えていった。その推移は、恋の度合いに比例していると思う。わたしがあの人のことを想えば想うほど、わたしは女らしくなれる。だからわたしはあの人を意識していなくてはならない。
 そんなふうに、いつの間にか思い込んでいた。
 きっかけは、今日と同じ。燃えないゴミの回収日に偶発的に遭遇したことだった。所謂ひと目惚れに近いものだけど、カップ麺の空容器などがたまって大袈裟になった袋を持っていたわたしを、隣室から出てきたあの人は「重そうですね、大丈夫ですか?」と声をかけてくれた。
 そこでわたしは、恋をしてしまったのだと思う。
 爽やかな笑顔、しかし物憂げな目付き、あの人の「表情」から、わたしは強い何かを感じた。オーラとでも言えばいいのだろうか? 一瞬にして、わたしは恋に落ちた。いえ大丈夫です、と言いながら、わたしはジャージ姿の自分を恥じた。そうですか、と言いながらも彼は今日のように、エレベーターのボタンに配慮してくれる。一緒になった個室内では、隣り同士ということが判っておきながらも、無言のままだった。何を喋っていいか解らなかった。
 そうだ、不意に思い出したようにあの人は言った。
「お隣りさんですよね? 最近こちらに越してきました、高城といいます」
 よろしくお願いします、そう言いながら頭を垂れる彼に、わたしは、ああどうも、と素っ気なく答えてしまい、自分の名前さえ名乗れなかった。そして到着した一階で、それじゃあ、と爽やかな笑顔を浮かべながら、あの人は去っていった。
 それからだ、
 と、わたしは思う。それからわたしは、あの人に似合う人にならなきゃ、と思って自分を改めてきた。

 あの人、高城さんは、週に二度ある燃えないゴミの回収日には必ず何かを出していた。
 インスタント食品とか弁当ばかり食べているのだろうか? 仕事の関係か何かなのだろうか? などと邪推しながらも、わたしは彼に合わせて無理に繕ったゴミを棄てることしかできない。接点は、唯一そこだった。
 わたしにもうちょっとの度胸さえあれば、図々しく「おかずを作り過ぎちゃってぇ」なんて言って近付くこともできるだろう。だけど、わたしはそれが愚かしいことだと解っている。作り過ぎたおかずは冷凍すればいいのだし、電子レンジだってうちにはある。そんなふうに、わたしは彼に近付く理由を頭の中で消してしまう。それにわたしは、料理だってうまくはない。
 と、自分の汚点に気付くと、わたしはそれを改める。着るものを女らしくしたように、料理の練習をする。お陰で生ゴミが増えて燃えるゴミの日に早起きする羽目になったりしたけど、その甲斐あって料理の腕はだいぶ上達してきた。これをあの人に食べさせてあげられればなぁ、と思いながらも、わたしはそれが実行できない。
 もとよりわたしは、恋というものに対して積極的になれない質だった。
 今まで付き合ってきた男性は何人かいるものの、そのどれもが相手から告白されたものだった。常に受身で、積極性がない。だから高城さんに対しても、彼が必ず出す燃えないゴミを理由にしてしか接近できない。お膳立てがないと行動できないタイプ。どんなに自分を改めても、そこだけは相変わらずのままだった。
 そんなことをぼんやりと考えながら、イラストの走り書きをしていた時のことだった。チャイムが突然鳴り響き、わたしは追想をやめた。担当が原稿を取りにくるには時期が早い。誰だろう? と思いながら受話器を取る。このマンションは完全オートロックになっており、部屋から操作して鍵を開けないと入ってこれない。だからわたしを呼んだ人は、まだ一階で立ちすくんでいる筈だ。
「はい?」
 わたしのぶっきらぼうな声に、やけに丁寧な調子の声が返ってきた。
「あの、すいません。宅配便なんですけど、お隣りの高城さんが不在のようで……あの、よろしければお荷物をお預かり頂けますでしょうか?」
 高城さん、
 その名前を聞くだけで、わたしは背を伸ばした。ああ、そうですか、じゃあ今鍵を開けますから、と言いながらわたしは開錠ボタンを押す。がしゃん、という音があって、すいません今お伺いしますのでぇ、という声があって、わたしは受話器を置いた。
 高城さんの荷物を預かれる、
 不法侵入や各種チラシの投函を防止するためのオートロックが、まさかこういう形で役立つとは思いもしなかった。これでわたしは、あの人に近付く機会ができる。そう思うと、わたしの部屋の呼び鈴を鳴らした配達人にも、わたしはやけに愛想よく対応してドアを開けた。
「それじゃあこれ、お隣りの高城さんのお荷物、よろしくお願いします」
「はい、確かに預かりました」
 それじゃあどうも、と一礼して配達人は駆け足で去っていく。そうしてわたしの手もとには、両手で抱えるほどの大きな段ボール箱が残された。
 まずわたしは、その配達先を確認する。「高城克俊」、タカギカツトシ。克俊さんなんだ、と呟いて、わたしはなぜか頬を赤らめる。彼の秘密を知ってしまったような気分がした。続けて贈り主の名前をチェックする。「青木中央科学研究所」――科学研究所? わたしはとっさに品名欄を見た。するとそこには、ワレモノを丸で囲んだ「研究材料」という表記があった。
 少し箱を振ってみると、かさかさ音がする。それほど重くはなく、むしろ軽い。何が入っているのか、見当も付かない……それがわたしを、ますます高城さんを好きにさせた。こうでなくちゃ、とわたしはひとり頷く。男の人は少しぐらいミステリアスな部分を持ってなくちゃ。
 それと同時に、わたしははたと気が付いた。
 この手があった。
 わたしは偶発的に入手した武器を手に、ひとり微笑んだ。

 隣室の鍵が開けられる音が聞こえても、わたしは、しばらく動けなかった。
 正当性のある武器を持っているのに、それを使う勇気が出ない。早くお届けしなくちゃ、と思いながらも、数分間、じっと中身の判らない段ボール箱を見詰めていた。心臓の鼓動が早まっている。落ち着かなきゃ、わたしはひと口の水を飲み、大きく深呼吸した。
「よしっ」
「いや、だめ」
「ううん、やる」
「でも、ああ」
……わたしはまるで、花をも恥らう乙女のように、ひとりで二役を演じていた。馬鹿じゃないの、ふと気付いてわたしは、投げ槍になってベッドに横たわった。たかだか預かった荷物を届けることさえ躊躇しているわたしに、あの人を恋することなんかできるものか。
 ふてくされたように、わたしは横になってじっとしていた。すると隣室から、電話の呼び出し音が聞こえる。思わず耳を澄ましてみると、かろうじて会話のはしばしが聞こえてきた。
「……届……いよ。昨日送ったなら……筈なんだけ……なぁ」
 荷物だ!
 わたしはその会話が、わたしの預かった荷物の到着を尋ねるものだとすぐさま察知した。すると不思議なもので、今までの躊躇はどこへやら、わたしは薄化粧を繕い直し、段ボールを抱えて部屋から踊り出ていた。
 しかしそれでも、インターフォンを押すまでには数分かかった。指を伸ばしては戻し、戻しては伸ばし、触れては指を離し……を幾度となく繰り返した後、半ば偶発的に力が入り、それを押してしまった。
 ピンポーン、
 どくん、
 心臓が、大きく鼓動するのが解る。「はい」という声がインターフォンのスピーカーから聞こえてくる。あ、あ、あ、あの、と、わたしは動揺を隠せない状態で対応してしまった自分を恥じた。
「隣りの者ですが、お荷物を、お預かりして、いるんですけれども」
「ああ助かった! ちょっと待ってくださいね」
 その声は、嬉々としていた。わたしが持つこの段ボールを、高城さんは待ち望んでいたようだ。玄関の向こうから、小走りの足音が聞こえてくる。どくん、どくん、どくん、わたしの心音は聞こえてしまいそうなぐらい大きな鼓動を続けている。緊張してたまらない。もうすぐ、高城さんと対面するかと思うと……わたしは、気を失って倒れそうになった。しかし持っていた荷物の僅かな重さが「わたしはこれを高城さんに渡す役目を負っている」ということを再認識させ、揺らぎかかったわたしを支えてくれた。
 キィッ、
 ドアが、開いた。
 そこに現れたのは、普段の朝に見るスーツ姿の高城さんではなく、ラフなジーンズ姿の高城さんだった。わたしは胸が「キュン」と、ときめくのを感じた。古めかしい表現だけど、本当に胸が「キュン」と鳴った気がした。私服の高城さんと対面するのが、どこか新鮮で、少し恥ずかしかった。
「これ、お預かりしていた荷物です」
 わたしはろくに高城さんの顔も見れずに、段ボールを差し出した。ありがとうございます、高城さんはそれを受け取ってにこやかに微笑んでくれる。
「丁度この荷物が必要だったんです。すいませんね、どうもありがとう」
 どうもありがとう、
 この響きに、わたしはまた「キュン」を感じた。丁寧語じゃなくなっている。毎朝の遭遇のかいあってか、ある程度の親密さがそこには生まれている。いいえ、とわたしは言葉少なに対応する。
「お隣り、なんですから、気に、なさらないで、くださいな」
 明らかに区切り方がおかしい、緊張した返事をしながら、わたしはわたしにできる最高の微笑みを投げた。どうもありがとう、再び高城さんの親しげな声が返ってくる。軽い辞儀と共にドアが閉まるまで、わたしはその場に立ち尽くしてしまった。ドアが閉まると、わたしはその場に崩れ落ちるようにひざまずいた。
 これは、恋だ。
 わたしは高城さんに、抱かれたいと思い始めた。唐突な思い付きだけど、あの人の腕はきっとやわらかくてあたたかいに違いない。その腕で、わたしを抱き締めてほしいと思った。
 いけない、
 わたしは興奮を抑えるため、郵便ポストへ向かった。今日は高城さんに荷物を届けることを考えてばかりで、ポストを探ってもいない。いろいろと思索を巡らせながら開けた郵便ポストには、わたしがイラストを書いた映画の試写会案内状と、携帯電話の請求書が入っていた。あれ、とわたしは思う。わたしは携帯電話の料金は引き落としにしている筈なのに?
 見ると、そこには「高城克俊」という名前が印字されていた。
 この手も、あった。
 誤配された請求書を手に、わたしは部屋にそそくさと戻った。これでわたしの手もとには、また新たな武器がある。二度目の口実ができている。映画の試写会のことなどすっかり忘れ、わたしはベッドの上で「高城克俊」という名前をじっと見詰めていた。
 明日も、これを持ってあの人に会いにいこう。
 自然と笑みが、こぼれ落ちた。

 二日連続の訪問も、高城さんは快く迎えてくれた。
 わたしは、郵便屋さんも人間ですもんね、というぐらいの軽口は叩けるようになった。続いた荷物と請求書が、わたしと高城さんをずいぶん近付けてくれたような気がした。
 それから数回、荷物の預かりや誤配は続いた。その度にわたしは、仕方ないなぁ、と嬉しそうに高城さんのインターフォンを押していた。そうして玄関先で話せば話すほど、高城さんとわたしの仲が深まっているように感じられた。
 そしてやはり、高城さんは燃えないゴミの日は薄化粧を取り繕ったわたしと遭遇する。いや、わたしが高城さんの出勤に合わせてゴミを出しにいく。
「今日は晴れそうですね」
「晴れ――そうですね」
 うふふ、とわたしは微笑んでいた。高城さんが、わたしに天気の話をしてくれている。うふふ、微笑みが止まらない。
 いつものように、高城さんはわたしの出したゴミの上に袋を置く。それじゃあ、と言う爽やかな笑顔に、いってらっしゃいませ、と答える自分が嬉しい。まるで、あの人の奥さんになったみたいじゃないの。
 しかしあの人は、気付いていない。
 最近の荷物はわたしが偽りの住所で送ったものであることや、誤配はあの人のポストから抜き取ったものであることを!
 わたしは、犯罪とさえ言えそうなその手段を、荷物の預かりや誤配で思い付いた。そうして出会う回数を増やし、今のわたしは高城さんと親密な仲になってきている。手段は、手段でしかない。それがどんなに卑怯であっても、恋という魔法のもとでは手段になる。
 でも、とわたしは思う。どんなに親しくなっても、高城さんが毎回燃えないゴミを出すのが不思議だ。インスタント中心の食生活なのかしら? それだったら料理が余ったなんて言い訳も手段になりそうだ。
 調べればいい、
 未だゴミ置き場に佇むわたしは、唐突にそれを思い付いた。あの人は出かけていった。住民も出てくる気配がない。ならばいっそ、どんなに卑劣な手段でも、恋の相手の秘密を知ってしまいたい――わたしは、ごくりと唾を飲み、高城さんの置いたゴミ袋を見た。わたしのカップ麺の容器や化粧品のビンやらが詰まっている袋の上に、それはある。じっと見てみると、半透明な袋は何も入っていないかのように白い。けれどところどころ、黒い部分も見受けられる。わたしはいっそう、その中身を知りたくなった。もはやその興味は、対象が「高城さんの」ゴミである必要性を失ってしまうぐらいに膨れ上がった。奇妙だ、とわたしは思う。どうしてわたしは、こんなにも平気に高城さんのゴミ袋を手にして、エレベーターに乗ってしまえたのだろう!
 昂ぶる気持ちを抑え、ゴミ袋の意外な軽さにわたしは荷物を預かったのを思い出す。振ってみると、これもカサカサという音がする。その中に何が入っているのか、わたしが想像を膨らませているうちに、エレベーターはわたしの部屋のあるフロアに着いた。
 わたしは急いで自室に戻り、鍵を掛け、ゴミ袋を部屋の中央にあるテーブルの上に置いた。思わずへたり込んで、その場ではあはあと息を切らせてしまう。やっちゃった、とわたしは嘆くでもなく、思う。あの人の秘密を、持ってきちゃった。
 興奮が醒めやらぬうちに――虚しさを覚える前に――わたしは袋を手にかけ、もどかしく引き裂くように開いた。ガムテープで留めてあった袋の口は、あっさりと開いて、ぶわっ、と灰色の粉をあげる。何だろう? わたしは口を開いたそれを、覗き込むようにして見た。
 無数の骨と灰が、袋にはぎっしり詰まっていた。
 わたしは急速に、青ざめた。何だろう、という独り言は、もはや意味を変えてしまっている。何であの人は、骨なんか集めてゴミに出しているんだろう……?
 身震いしながら、わたしは開いてしまった袋を閉じた。見ては、いけなかった。秘密は秘密として、知るべきだった。わたしは急いでゴミ置き場にそれを戻し、部屋に帰って息を切らせていた。
 怖い、
 素直に、そう思う。あんな優しい顔をして、高城さんは骨をゴミに出している。何の骨? 実験動物? まさかとは思うけど、人骨? そんな馬鹿な! わたしは自問自答しながら息を整える。高城さんはそんな人じゃない、そんなことできる人じゃない。根拠も確証もない答えを、わたしは呟きながら震えていた。ただ、恐れていた。そんな人に恋してしまったことと、恋してしまった自分を。偽りの荷物や抜き取り行為までして、近付いてしまったことを。ミステリアスにもほどがある、わたしは、ベッドの上できつく目を閉じたまま、毛布を被って真っ暗闇の中に沈んだ。わたしは、何て人に恋してしまったのだろう? けれど、と息が落ち着いてきたわたしは思う。
 それでも、
 わたしは、高城さんが好きだと思う。

(了)