『スノー・ボーン・ソロウ』

Nine Horses
“SNOW BORNE SORROW”
これから私は、ある個人的な回想を記そうと思っている。あるいはこれは、日記と言っても良い。
私の家は、猫好きだった。昔から猫を飼い続けており、今では、外のいわゆる野良猫にも餌をくれてやっている。
しかし野良猫達は、もはや野良ではなかった。家に居着くようになり、飯時になると必ず餌を催促に来る。その相手は姉や母が行っていたが、いつしか私が餌をくれるようになっていた。
そんなある日の夕餉のこと、天井裏から妙な音が響いた。鼠のようなものが這いつくばっているような、時折どしんと響くような音。余りにもそれが続くため奇妙に思った父は、懐中電灯を片手に天井裏にもぐり込んでいった。それから十分ほど経っただろうか。父は、焦げ茶色の小さな塊をもう片手にして戻ってきた。
「猫だったぞ」
父が家族に見せたそれは、産まれて一月にも満たないであろう、小さな猫だった。焦げ茶色の躰にはよく見ると虎模様が走っており、尻尾は長かった。誰の子猫だろう? と外を見やると、大鳴きしている三毛の野良がいた。名前もなかったその野良は、今思えば自分の子を探して鳴いていたのだろう、どしんという大きな振動音もその野良が立てたに違いない。野良に子猫を見せてやると、自分の子だと言わんばかりの勢いでその首に噛み付き、くわえて去っていった。
焦げ茶色の子猫は黄な粉色をしていることから「きなこ」、親猫はその親だから「おばちゃん」と、それから呼ばれるようになった。名付け親は、そういった名付けが得意な姉だった。
「きなこ、大きくなったね」
姉が、台所の大窓から外を見て言う。外では、発見された時の十倍ほどの大きさにもなったきなこが、おばちゃんと一緒に庭を歩いていた。時折、頭上に舞う蝶々をじゃれては、またおばちゃんのもとに戻り、そしてまた蝶々をじゃれている。
「見て見て、可愛い」
その様子を見て、姉が笑みを浮かべていた。しかし一方で私は、微笑むことができないでいた。
その頃私は、感情が殺される精神の病に冒されていた。鬱病である。二週に一度、父の車で病院へ通院しては医師と対話し、処方箋をもらって携帯電話で父を呼び、家に戻ってくる。この病のせいで、私は職を離れ、ひとり暮らしを中座する羽目になり、齢三十にして無職という明確なろくでなしになっていた。
無表情のままきなこを見ていると、きなこは、大窓に寄ってきて網戸越しに家の猫とじゃれ合っていた。右前足をばたつかせ、時折うにゃ、と声をあげるきなこ。それを見て姉がまた可愛いと言い出した。きなこの躰には虎模様がはっきりと浮き出ており、成長のあとを窺わせる。じゃれ合っているのは、「ぷく太」という家の猫で、きなことほぼ同時期に拾われた猫だった。どちらも大きくなり、今では、互いに立派な雄猫として生きている。
「そろそろ、手術しなきゃね」
姉がふと言う。手術とは、避妊手術のことだ。我が家では家の猫はもちろんのこと、居着く野良猫にまで雌雄関係なく避妊手術を行っていた。それは種を増やさないためではなく、伝染病の類を食い止めるためのものだった。おばちゃんは既に手術済みであり、きなことぷく太は幼かったため未手術だった。家猫であるぷく太はすぐにでも捕まえることができるが、きなこは野良であるため、捕獲が難しい。そこで姉が用意したのは、網箱の奥に固定された餌を引っ張るとシャッターが閉まる捕獲器だった。
数日後、きなこには父と私の残したマグロの刺身が用意され、捕獲器にセットされた。不注意なきなこは、これにいとも簡単に引っ掛かった。シャッターが降り、どこにも逃げ場がなくなってたじろぐきなこ。すぐにぐるぐると円を描くように回ってうろたえていたが、脱出不能と解ると、意外なほどおとなしく捕獲器の中に座り込んだ。そして姉の運転する車に乗せられ、近所の動物病院へ連れていかれた。
翌日帰ってきた手術後のきなこは、それでも元気だった。動物病院から帰ってくるなり解放され、勢いよく外へ飛び出した。まるで睾丸を抜き取ったかのように思わせない、野生の強さがそこにはあった。
避妊手術を施しても、きなこは相変わらず蝶々と遊んでいた。そして姉に笑顔をもたらしていた。
すっかり成長しきったきなこは、飯時になるといつも一番乗りで台所の大窓から中を覗いていた。
内・外共に猫の夕飯担当の私は、まず各皿に缶詰とドライ・フードを混ぜた餌を盛り付け、ひと缶を家猫に与える。続いてもうひと缶、外猫用の餌を用意するのだが、待ちきれないきなこは網戸に飛び上がって爪を立て、しがみ付いていた。それはきなこなりのアピールだったのだろう、私は缶詰と多めのドライ・フードを混ぜる手を早めた。
餌を入れたバットを持ち、大窓を開ける。サンダルに足を突っ込もうとすると、きなこがそれをじゃれ出した。まるで早くしろと言わんばかりの前足の攻撃は、爪を出していないので痛くはなく、寧ろ微笑ましかった。私は無造作に置かれた外猫用の皿を並べ、四匹いる外猫に均等に餌を分け与えた。その時も、きなこは前足で私の手をじゃれた。急かすなよ、私は食いしん坊のきなこの分を心持ち多めに与え、四皿を用意して台所へ戻った。
夕餉の準備の間外を見ていると、きなこは多めの自分の餌をあっさりと平らげてしまい、他の猫の皿にも首を突っ込んでいた。おばちゃんは親猫であるからか、すぐに自分の餌をきなこに分け与えていた。おばちゃんの皿も空にしたきなこは、それでも足りぬとばかりに他の猫の皿までまさぐっていた。
それを尻目に、私は夕食を採る。その日のおかずはマグロの刺身だった。私は、きなこを捕獲した刺身を思い出し、少しだけ可笑しくなった。外を見れば、最終的にきなこによって片付けられた皿はすべて空っぽになり、外猫は分散していた。それぞれ、自分の暮らす領域へ散っていったようだ。きなこはおばちゃんと一緒なのだろうか、私は親子が仲良く歩いているさまを想像しながら、刺身に箸を運んだ。
その繰り返しの日々が、続いた。そして季節は、冬に近い秋となった。
二週に一度の精神科通いで、その日の私は精神科医に「回復中」のコメントをもらい受けた。春先に初めて訪れた時より、だいぶ良くなっていますね。医師は私に、にっこりと微笑んだ。
「もう少しで、全快するでしょう」
ようやくだ、私は薬局で自分の薬が用意されている間、今までの感情の殺された期間を思いやって僅かながらに喜んでいた。無表情な自分とおさらばだ。鬱病なんて糞食らえ。私は、すべてを棄てて実家に戻ってくる羽目になった鬱病に、もうすぐ勝てる。そう思うと歓喜で胸が一杯になった。薬剤師に名前を呼ばれてもしばらく気付かないでいるほど、嬉しかった。
処方箋をもらい受け、外へ出ると、雨が降っている。私は、傘立てから自分の傘を抜き出し、開いた。父と約束した時間まで、あと十分ほどある。十分なら待っていようか、と、私は傘の下で雨に耐えていたが、寒波に見舞われたその日の気候は、すぐに私に携帯電話を取り出させた。
「はい、今迎えにいくよ」
応対した母の声は、快活だった。私は、時間的に父の好きな時代劇の再放送の最中だったので、邪魔をしたかと懸念したが、母の声はそれを微塵も感じさせない明るいものだった。
雨の中、私は父の車を待った。車が通り過ぎる度に、父のものかと思い見やる。しかし父は、なかなか来なかった。私は今一度、携帯電話を取り出そうかと思っては躊躇していた。父の携帯電話に連絡しようかと思ったが、父は運転中の携帯電話使用が禁じられた今でも、未だに携帯電話と運転を同時に行う癖が付いていたからだ。それを避けるためにも、電話はやめた。傘から垂れる水滴が、いやにリアルに目に飛び込んできた。
やがて、十五分ほどして父の車が到着した。普段なら十分ほどで迎えに来てくれる筈なのに、その五分はやけに長かった。寒波のせいもあるだろう、私はそそくさと父の車の助手席に乗り込んだ。
「ちょっと遅かったね」
ああ、父は言葉少なげに応対する。どうも様子がおかしい。見ると、父の表情は暗く、車内の空気はぴんと張り詰めたものになっていた。
「参ったよ」
父は、右に曲がるウィンカーを点けながら言った。
「車出す時にきなこが下にいてな、轢いちまった」
え? 私は聞き返した。言葉の意味が、まるで解っていなかった。
「エンジンかけると普通は逃げるもんなのに、今日に限ってきなこが下にいたままだったんだ」
死んじまった、父は表情を殺してそう告げた。
死んじまった。
その言葉の意味を、私は何度となく反芻した。死ぬ? きなこが? なぜ? 突然に?……まるで現実味がなかった。父の言葉を思い返しては、きなこの死という現実がまるで嘘であるかのような気がしてならなかった。嘘、私はそう返したが、父は黙って首を振るだけだった。取り残された、感じがした。父が運転している車に乗っているのではなく、空中を浮揚している感じ。空中に舞って、無言で移動している感じ。シートベルトを締めている窮屈な感覚さえ、その時の私には伝わらなかった。
父は、ただ、黙っていた。
十分ほどの帰宅時間が、やけに長く感じられた。寧ろ、長くあってほしかった。
きなこの死という現実を、直視したくなかったがために。
それでも、車は自宅の庭へ到着した。
ガレージのシャッターが開いたまま、電気が点いている。そこに、母と姉が立ち尽くしているのが車内からでもはっきりと見えた。
私は、傘を差すのも忘れて、ガレージへ歩み寄った。近寄るほどに、姉のすすり泣く声が大きくなってくる。声になっていないその声は、嫌でも、視点を下に落とさずにはいられない作用を持っていた。
きなこが、死んでいた。
首から血を流し、周辺に血液を飛ばしながら、死んでいた。死骸は原型を取り留めていて、その血さえなければまるで寝ているようだった。私は無言で、立ち尽くすふたりに近寄った。きなこの死骸が、生々しくそこにはあった。車のタイヤで首を折られたのだろう、頭部のあたりが少し歪んでいる。口から大量の血を吐いたようで、そこいら中に血が飛び散っている。ガレージの床には大量の血の絨毯ができあがり、鮮血は事故現場の隣りにある姉の車のタイヤにまで及んでいた。
きなこが、死んだ。
私は、持っていた傘にしがみ付くようにしてそこに立ち尽くした。傘が、軸足のように私の体重を支えている。傘がなければ、私はその場に倒れ込んでしまったかも知れない。私の肩に、現実という名の死が、きなこの死が、のしかかった。姉はただ泣き濡れ、母は黙っていた。
時間が、そのまま経過する。
父が、車から降りてきなこの死骸に近付いてきた。
「勘弁してくれよな、きなこ」
俺が助けてやったのに殺しちまうなんて、父が、私の前で初めて泣いた。父さんが殺したんじゃないよ、姉が父をかばう。こうなる運命だったんだよ。
声にならない声が、あたりを覆った。普段は快活な母も、落ち込んだ様子を明らかにしていた。
「これ、棺桶」
姉が、涙声でそう言って段ボールを持ち出した。底にタオルを敷き、柔らかくしてやってから、そこにきなこを入れる。その作業は、名付け親でもある姉が行った。蓋をして、ガレージの隅に置く。
「轢いた瞬間、解ったの?」
母の問いに、父はああ、と頷く。
「車動かしたら、ブチッて音がしたんだ」
ブチッ、
残虐な響きだった。頚動脈が千切られるかのような響きを持っていた。
無言のまま、ガレージの床掃除が始まった。水道からホースを伝い、水を流し、モップで血を流す。血が、水で薄れながら流れていくのが見えた。その水を避けるようにして、私はガレージから出る。弱まった雨が、しとしとと私の頭を濡らす。私は、自分の頬が燃えるように熱いのが解った。
「もしも」
私は、きなこの死骸が入った段ボールを開け、その僅かな体温に触れながら隣りに立つ母に語りかける。
「もしも、あの時電話をしなかったら、あと十分ぐらい待ってたら、きなこはこうならずに済んだのかな? ここから離れて、台所でいつものように飯を待ってたのかな?」
馬鹿言うな、母は姉の言葉を借用し、私を慰めた。
「こうなる、運命だったんだよ」
私はただ、泣いた。処方箋を包んだビニール袋が、左手から落ちそうになった。傘を持つ手に、いっそう力が入った。そして泣いた。
泣いた。
泣くしかなかった。
私が精神科に通っていなければ、少なくとも父は車を出さなかっただろう。そうなると、きなこも助かっていただろう。私はそうやって、泣いている自分をいっそう責め立てた。
その日の猫の夕食は、外猫三匹に一個の缶詰が与えられた。きなこの分はない。ドライ・フードも少な目になった。おばちゃんは我が子の死を知らず、平然と食事をしていた。
翌朝、晴れた空のもと、きなこは畑の隅に十個ほどある猫の墓に仲間入りした。父がシャベルで土を掘り起こし、その穴へ姉がきなこの入った段ボールを入れる。三人で段ボールに土をかけ、埋めていく。盛り上がった土に塩を降りかけ、きなこの使っていた皿を乗せ、合掌する。
ただ、黙っていた。
三人とも、ただ、黙っていた。
その日の夜、出かけていた母が寿司屋に寄っているとの電話があり、私と父はそこへ向かっていた。
ふたりとも、無言で歩く。きなこのことは、口が裂けても言わない。このへんも家が建ったなぁ、だとか、ここも違法駐車がなければ道路が広いんだけどなぁ、などと、父が時折独り言を呟くだけだった。
寿司屋は、盛況だった。何でも四人前の注文が急に来たとかで、マスターと女将は懸命に出前の寿司作りに専念していた。
「先生が、たまには呑んでもいいって言ったんでしょ?」
母の隣りに座った私に、母がそう訊く。うん、睡眠薬服まなきゃいいってさ。そうかい、母はそう返して私にあてがわれたグラスにビールを注いだ。今、生が切れてるらしいからビンでいいよね、うん、そんな会話がそこにあった。
常連達と父が、談笑している。父はまるできなこのことを忘れてしまったかのように――いや、忘れたがっているかのように、ビールを呑んでは常連客と話している。クイズ番組を流していたテレビが、野球チャンネルに回された。日本シリーズの決勝戦が行われていたが、私はただカウンターの捌かれた魚を見ていた。
これも命。
はいマグロお待たせ、マスターが私の前へマグロの盛りを置く。これも命、私はあらかじめ作っておいたわさび醤油にマグロを漬け、その味を噛み締めた。血の味がした。
父が常連客との話に夢中になっている間、私は母に耳打ちした。
「父さん、きなこのこと気にしてるみたいだから、言わないでね」
もちろん、母は小さく頷いた。
その日の私は、久し振りの酒ということもあり、また、きなこのこともあったので、吐くほどに酔ってしまった。少しばかりよろよろしながらの家路で、道端に吐いた。母が背中をさすってくれたが、気分はすぐに良くなった。
しかし酒酔いのくせにまったく眠れず、きなこのことを想ってばかりだったので、ユーロジンとハルシオン、それにロヒプノールを服んだ。それでようやく眠れた。しかし、愛人の死骸を食らうという悪夢を見てすぐに起きてしまい、各睡眠薬をさらに二倍量服んだ。
その翌日、インターネットで注文していたCDが届いた。
悪夢にうなされていた私は起きるのが遅くなり、父が受け取ったらしい。寝ぼけ眼で向かった台所のテーブルに、通信販売の段ボールが置かれていた。
その小さな段ボールを部屋に持ち帰り、封入されていた数枚のCDから、私はナイン・ホーセス――元ジャパンのデヴィッド・シルヴィアンが新たに組んだバンド――の『スノー・ボーン・ソロウ』を取り出した。封を切り、デジ・パックを開けて、ラジカセが壊れた今は音楽再生機と化しているパソコンにCDを放り込む。
ジャジィなバック・サウンドを放つ、鬱屈とした、しかしどこか仄かな明るさを持つ歌声が、響く。
一曲目の「ワンダフル・ワールド」からして、風評通りの素晴らしい楽曲だった。私は歌詞カードに目を通した。肯定と否定が交差する歌詞は、私の脳裏からきなこの記憶を一時的に排除してくれた。
「そこはワンダフル・ワールド
でも彼女にはわからない
なぜ、朝目覚めると
自分が再び泣いているのかが」
記憶が、よみがえった。
私には解らない。なぜ、朝目が醒めてこのCDをかけ、再び涙しているのかが。なぜ、この世界に産まれ落ちてきたのかが。なぜ、きなこのことを再び思い出そうとしているのかが。
忘れたい。でも、忘れたくない……。
そんな曖昧な感情を、至福の音が癒してくれた。ゆったりとしたヴォーカルが気分を穏やかにしてくれる。思い出してもいいんだ、私は、忘れようとしていたきなこのことを、思い出すことにした。
小さかったきなこ、蝶々と遊ぶきなこ、おばちゃんと一緒のきなこ、網戸にしがみ付くきなこ、ちょっかいを出してくるきなこ……記憶に封印していた風景が、次々と目に浮かぶ。私はベッドの上で、泣いた。そのまま泣き伏した。CDは一曲目よりポップな二曲目に移っていたが、まるで聴こえなくなっていた。
こうして、きなこは私の記憶の中で生き続けている。
今日も、外を見ては、きなこが庭にいないか確認してしまう。また蝶々を追ってはしゃいでいないか、と思ってつい庭を眺めてしまう。
でも、それでいい、と思う。
それでいい……。
(了)