『オール・シングス・マスト・パス』

George Harrison
“ALL THINGS MUST PASS”


「今回が最後なんだから、一緒に観に行こうよ」
 そう持ちかけたのは、真里の方だった。
 熱心なクラプトン・ファンである真里の、ライヴ観賞の要請に、俺は別の思惑でもって快諾した。俺はエリック・クラプトンその人自体は、実際そんなに好きじゃない。せいぜいクリーム時代の曲だとか、ごくごく最近のヒット曲を知っているぐらいのものだ。どちらかというと俺はクラプトンという人間を、そのセッションだとか共作者だとか、そういった何らかの相手を通して聴いてきたようなものだ。
 もとはといえば、俺はジョージ・ハリスンが好きだった。そこへクラプトン好きの真里と出会い、話が高じて、こうして一緒にライヴを観に行くという段取りまで漕ぎ付けた。俺にとってのクラプトンは、引退騒動があろうとなかろうと、単独ではライヴにも行く気がしない。それほどの魅力を感じない。俺が真里の誘いを受けたのは、クラプトンのステージを観ることよりも、それを真里と一緒に観に行く、ということの方が魅力だったからだ。

 俺と真里は、同じ大学に通っていた。
 クラスも違うし、サークルも違う。だが、共通の友人を介して出会った合コンで音楽の話をして意気投合し、度あるごとに話すようになった。それでもふたりだけで出かけたりすることもなく、きちんと付き合いもしないまま、今に至っている。俺が交際を申し出ても真里は頷かず、しかし俺から離れていくわけでもなかった。
 それが、卒業すると、急に話が進んだ。
 慣れない仕事に頭を痛めていた俺のもとに、突然、真里からの電話があった。その電話では昔話をなぞるぐらいのものだったが、それでも二時間に及んだ。そこで教えたメール・アドレスには、翌日、曖昧な告白が送られていた。会社のコンピュータで読んだそれは、俺のことを気にしつつも、やはり交際には躊躇する。それでも俺が気になる、というものだった。
 真里と俺とは、利害が一致していた。
 都合の良い休息相手が欲しい、ということだ。
 不満だらけの仕事の毎日に、少しでも安らぎとなる要素が欲しい。それが俺にとっては真里で、真里にとっては俺ということになる。すぐに会うこともできない距離に住んでいるために現実感がなく、かえって都合良く相手を慰みにできる。そういうことだった。
 だが以前から交際を望んでいた俺は、何度となく彼女に会合を望んだ。彼女は本当かどうかも解らない理由を付けて――遠くに住んでいるのだからどんな理由も正当化できる――拒んできたが、とうとう折れ、夏期休暇を合わせて酒を呑んだ。その席での話はやはり、昔話に終始していたが、その時々に挟まれる個人的な会話には、クラプトンとジョージという単語が飛び交った。
「どうしてジョージなの?」
 と、真里は訊いた。明らかに主役であるジョンとポールを飛び越えて、どうしてジョージが好きなのか? という意味だ。
 その解答は、俺は恥ずかしくて返せなかった。俺はビートルズさえもろくろく知らず、真里に借りたCDでもってイントロデュースされたのだった。そこで最も気に入ったのがジョージの曲であり、その延長から彼のソロ作品を、そしてクラプトンやクリームを聴くようになった。いや、そうすることで、クラプトン好きの真里からCDを借りるという名目が立ち、彼女に接近する手段ができる。そんなことをうまく伝えられるほど俺は口が達者ではなく、好きなんだよ、としか返せずにいた。
 久々に会った真里は、思ったより、背が低かった。
 大学の頃は、真里はヒールの高いブーツを好んで履いていた。それは彼女なりの抵抗の表れであったそうで、そうすることで男を幾らか跳ね除ける役目を果たしていたのだという。プライドを気にする男は、身長をやたらと気にするものだからだ。だがその日の真里は、飾り気のないサンダルだった。自分より頭ひとつ分ほども背の低い真里が、俺には、ひどく可愛らしげに見えた。
 俺は真里に、いつかクラプトンを貸してもらった話をした。そうだったっけね、真里は明るい頭髪の耳の辺りを掻きながら言う。返ってきた時にはびっくりしたけどね。
 クラプトンのCDに、俺は手紙を挟んでいた。そんなよくある告白手段を使ってはみたものの、真里は無反応だった。もう少し正確に言うなら、無反応を気取ることで俺を都合良く使うことを、真里はその頃から始めていたのかも知れない。俺は俺で、それを追及しなかったのだから、実質的にその手段を認めたことになる。
 俺は手紙入りのクラプトンを返すと同時に、ジョージを貸していた。それは数週間後に返ってきたが、そこには手紙は入っておらず、代わりに真里の体臭か、香水らしき香りが封入されていた。ナフタレンにも似た渇いた香りを惜しんで、俺は、以来そのCDを開けなくなっていた。
 その日は、長話をしただけでお互い別れた。抱き締めることも、手を握ることさえもない。結局は都合の良い関係を引き摺ったまま、俺と真里はお互いの住まいへ帰った。部屋に帰った俺は、真里に貸していたCDを少しだけ開けた。僅かに、彼女の香りが漂った気がしたが、またすぐに封印してしまった。その香りがやけにもったいない気がして、俺は新しい仕様で再販されたそのアルバムを買い直した。そうすることで、真里の香りを保存することにした。

 その真里が、俺に誘いをかけたのだ。これに飛び付かないわけがない。俺は早速、ライヴの日に理不尽な理由を付け、休暇を申し出た。しかし真里は、そういう時に限って会社を辞めてしまい、俺をやきもきさせた。それでも新しい仕事に就き、休暇申請が通りそうだという報告で俺を安心させた。
 そうして十一月が終わりに近付くにつれて、俺は、真里と会えるという昂揚感に包まれていた。真里は新しい仕事で忙しいらしく、なかなか連絡が付かない。微妙な関係だからこそ電話も気が引け、メールを何通か送っていたが、その返事は必ず遅れ、俺の数回分のメールに一回の返信がある程度だった。それはライヴ間近になっても変わらず、しかし、当日の休暇は確保した、という返信だけは受け取っていた。
 だから、安心していた。
 そこへ飛び込んできたのが、ジョージ・ハリスン死去のニュースだった。

 俺はそれを知ってから一日中、部屋に閉じこもっていた。仕事も、理由を付けて休んでしまった。どう足掻いても涙声になってしまう俺の声に、疑念こそあれ出席を強制する声はなかった。
 ジョージ、
 そう呟いただけで、涙がまた溢れた。俺は、ジョージを通じて真里と出会ったも同然だった。真里の好きなクラプトンにジョージが参加し、俺の好きなジョージにクラプトンが参加する。それをお互いに貸し合い、交流を深めていったのだ。俺にとっては、特別な意味を持つ存在だった。だが不意に、そう嘆くのは、自分の過去を愛しているからなのではないか、という疑念が湧いた。俺はジョージ・ハリスンの死を悼んでいるのではなく、「俺と真里を引き合わせた存在の消失」を嘆いているのではないだろうか。
 そんな俺の思惑などお構いなしに、テレビは残酷に彼の死を伝える。聞きたくないのに耳を傾けてしまうと、死んでもなお、その報道のバックではジョージ作品ではない曲が流れている。そんな扱いをされてしまうジョージが、俺は可哀相で仕方なかった。「ロング・アンド・ワインディング・ロード」が彼を弔ってくれるのか? それとも「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」さえかければいいとでも思っているのか? 世間はジョージ・ハリスンの死ではなく、ビートルズのひとりがまた居なくなったことを悲しんでいた。いや、悲しんでいるように見えた。
 そして俺も、ジョージの死を悲しんでいるように見えて、そうではない人間のひとりだった。
 俺は、ジョージによってもたらされたものを持っている。真里との出会いだ。その想い出の象徴が消えたことを、嘆いているのだ。彼の死を直接的にではなく、間接的に悲しんでいるのだ。自分の中に穴が空いたことを嘆き、つまりは、自分に酔っている。世間の連中が良識振ってみせるのとは違った意味で、俺は彼の死に酔っていたのだ。相手を思いやることで自分を通さない気の弱さ、それをジョージの持つ優しさと照らし合わせ、勝手に感情移入していた。
 俺の涙は、偽善だった。
 それでもジョージの作品を聴いていると、涙が止まろうとしなかった。そこにある言葉がことごとく、自分の死を予見していたかのように響くからだ。
「すべての物はやがて去りゆく」
「僕らは物質世界に生きている」
「悲しいことなんかじゃないさ」
……それらはある種ネガティヴで、微妙な位置付けを強制された彼の人生が、そうした悲観性を彼に持たせたのか? とうがった見解を持ちたくなるほどだった。いや、やはり、彼が傾倒して常に称える楽曲を配してきた、ヒンドゥー教の影響が強いのだろう。その教義から得た、この世界の虚無感を逆に、謳歌として……
 こうした俺の嘆きは、熱心なジョージやビートルズのファンにとっては「若僧が何を言う」といったところなのだろう。それでも、俺は涙を抑えることができなかった。渇いたと思えば、ふとした歌詞や旋律でまたそれが湧き出てくる。
 なぜ、こんなにも泣き伏してしまうのか?
 つまるところ、俺は勝手ながら、彼に自分を投影し、感情移入していたのだ。
 彼の楽曲や詞や、彼自身の言動に見られるお人好し加減に。それらをいつからか「こうありたい」理想像として考え「才能よりも努力の人」であった彼の人間像に近付きたい、と思っていたのだろう。
 まるで、自分の恩師が亡くなったかのような、酷い哀しみ。
 だが、ジョージはこうも言っていた。
「僕のために泣かないで」
 この題を邦題に持つ曲は、原題こそ“Woman”という語が含まれていたが……彼は、具体的なことも抽象化することで歌にしてきた。ポールについても、ジョンについても、リンゴについても。さらには、パティやオリヴィアについても。ストーカーまがいのビートル・フリークの女さえも歌にして、彼女らに曲を試聴させたりもしていたという。だからそのタイトル曲も、ひょっとすると、今にして彼が俺に言ってくれているのかも知れない、そんな傲慢な思いがした。
 そんなユーモアとあたたかい人間性に満ちた彼に会えなくなるのは、間違いなく淋しい。そして悲しい。
 それでも、彼は歌っていた。
「この世のものはすべて消えゆく」
「僕らは物質の世界に生きていて、僕ら自身も物質なんだから」
「それは悲しいことじゃないんだ」
……受け入れよう。
 それが、ジョージ自身が望んでいたことなのだから。
 彼のCDを聴き通した俺は、最後に一枚だけ聴くことにした。どれにしようか、と迷うことなく、俺は一枚ではない、二枚組のアルバムを選んでいた。正確に言えばアナログでは三枚組だったらしいが、俺にとっては最初から二枚組で、最も強い思い出の詰まった一作。
 それが『オール・シングス・マスト・パス』だった。
 買い直した黒い箱と、思い出の香りが詰まった白いケースを往復し、手は、後者を選んだ。
 開けるなり、真里の香りがした。まるでそれが煙にでもなったかのように、俺の瞳から、また涙が滲んできた。できるだけ聞き流そうとしていた筈が、それでも、どうしても「ビハインド・ザット・ロックト・ドア」の歌詞だけは痛切に耳もとへ運ばれてきた。
「なぜ泣いているんだい?」
「苦しみの時は終わったんだ」
「そろそろ笑ってもいい頃だよ」
 ジョージのその言葉に、また、涙が溢れた。

 その数日後に迎えたライヴ当日、俺はギターを弾くクラプトンを見ていた。
 彼は、悲しくないのだろうか? ギターはアルバムより饒舌で、まるで愉快そうにも聞こえる。悲しさなど見せないのがプロかも知れないが、親友の死をも払拭できるプロなら、早く引退してしまえ、と叫びそうになった。
 ライヴは終盤に近付き、否が応でも盛り上がる。そこへ伝家の宝刀「いとしのレイラ」が飛び出し、観客が総立ちになる。だが俺は、納得がいかなかった。どうしてジョージが死んでまで、その元妻パティの歌を歌えるのか? そもそも、新しい妻を娶っておきながら、この曲を演奏してもいいものなのか?
 俺の隣りから、俺にも起立を促す知った視線が投げられているのが解る。だが俺は、立ち上がる気など起きやしない。他の客、この曲がジョージとクラプトンを繋ぐ曲だとも知らずに「名曲だ」という理由で安易に盛り上がる他の客のように、素直に楽しめる筈がない。見れば、複雑な表情をする人間も周囲には多くいた。そうとも、と俺は思った。どうせクラプトンは最後のスポット・ライトを浴びてさえいればいいんだ。
 だがその演奏が終わりに近付き、そのまま次の曲へメドレー形式でなだれ込んでいった頃、俺は耳を尖らせた。このフレーズは! 間違いない、これもジョージと関わりの深い「ワンダフル・トゥナイト」……俺はクラプトンを、許すことにした。彼はその二曲をメドレーにすることで、ジョージに追悼の意を捧げたのではないだろうか? 俺にはそう感じられたし、そうなれば、それ以上の意味を求めることもなかった。俺は目を閉じた。そうしないと、忘れようとしていた筈のジョージへの想いが、また溢れてしまうから……だが、閉じた視界には、ジョージの笑顔がたたずみ、余計に俺を泣かせてしまった。もはや隣りの席に居るのが誰であろうと、関係なくなっていた。

「いいライヴだったね」
 余興感覚のアンコールが終わり、涙も乾いた俺に隣りの席から声がかかった。ああ、と俺は顔を背けた。そうしなければ、涙の跡を見られてしまうからだ。
「でも、私が観てもよかったの?」
 もちろんだ、そう答えながらも俺は、見えない位置で顔を歪ませる。不本意であることは間違いない。だが、それを相手に悟られてはいけないし、失礼にあたる。
 それでも俺は、本音を呟かずにはいられなかった。
「どうせ真里は、今頃、新しい男と寝てるんだろうからさ」
 真里って誰? その声を見やると、クラプトンなど名前ぐらいしか知らない会社の同僚が目を白黒させていた。
 それを見て俺は、白ケースの『オール・シングス・マスト・パス』を一時の感情から捨てたことを、少しだけ後悔した。

(了)