『レッド』

King Crimson
“RED”
1 レッド
最近、意識がすぐれない。
ビルの屋上に座り込みながら、マツシタほそう考えていた。タ刻を迎えたビル街の上空はあかあかと、ビルの波が織り成す線に隠れゆく太陽に照らされている。
体調がすぐれない、のではない。飽くまで意識だ。すぐれないというよりは寧ろ、おぼつかないといった感が強く、意識がマツシタの躰にあるのではなく、少し離れた虚空にふらふらと浮わついているように感じられるのだ。特に本を読んだり映画を観たり、さらには講義をしている最中だとか、集中しなくてはならない時は殆どそうだ。まるで自分ではない誰かが見たり聞いたり話したりしているように感じられる。また、その離れた意識が自分を遠隔操作しているようにして躰が動くのだ。
鬱病の傾向が強い、と精神科医から言われている。それは本人にも前述の例を含み、自覚はされている。そう、自覚だけはされているのだが、本人はそれを治そうという意志がないのだ。寧ろ、精神異常をきたす自らは他の平々凡々な人間とは異なる存在である、というナルシシズムにすら陥っていた。
マツシタはある大学の哲学科に在席した後、大学院に進学してさらに哲学を学んだ。彼が無数の哲学者の中から専攻するに足ると選んだのはショーペンハウエルやキルケゴールといった、癖の強い哲学者達だった。特に生命を謳歌する他の哲学者と異なり徹底的に厭世主義を唱えたショーペンハウエルなどは、マツシタに深い興味と魅力を提供したばかりか、彼の思想にまで影響を及ぼしていた。
マツシタには、幾度か自殺未遂の経験があった。そのどれもがキルケゴールの唱える絶望の定義――人はその歩んでいく先に希望を見出だせなくなったその折にして絶望を味わう――に起因する衝動的行為であり、またいずれも世を去る寸前、心の闇の奥深くに僅かな希望を見出だし、未遂で終わっていた。つまり彼は絶望して死を覚悟すると共に、必ず何らかの些細な希望を思い出し、そして生き長らえてしまうのだ。
絶望に起因する自殺未遂に限らず、衝動のままにマツシタが行動してしまうのは時折あることだった。
先日も、微かに浮遊しているような、眠気にも似た意識を漂わせて街を歩いているうちに、彼は持っているCDやレコードの類をすべて処分してしまうことを思い立った。そしてそれは抑えられない衝動として成長し、彼を具体的な行動に至らせた。数百枚あったそれらは、彼が衝動に突き動かされてから一時間もせずに六万七千円ほどの現金に姿を変えた。一枚一枚品物を眺め識別する専門店と違い、大雑把に勘定してしまう小さな中古CD店だったためにその変化は実に短時間で行われた。そして現金に換えられたCD達の残骸は、その質量を滅らしてマツシタの財布の中で眠っている。
このビルの屋上へ登ったのも、すべての音楽ソフトを売り払った際の衝動じみた行動に似て、不充分な意識によって躰を動かされるままにしていたためだった。断続する意識、それが時折マツシタの躰に戻ってくる。不明瞭な意識で周囲を見やると、
自殺、
彼の脳裏に、その言葉が浮かぶ。好きだったロックやクラシックをすべて売り払ったのは、別に自殺を考えての処分ではない。こうして今、ビルの屋上で膝を抱えているのも、飛び下りる予定を控えた準備段階というわけでもない。すべては、すぐれない意識が虚無の躰を操り、引き起こしている結果でしかないのだ。
膝を抱えて座るビルの屋上からは、少しずつ沈んでいく夕日の姿が克明に望める。部分によって色合いが異なる、赤と紅が織り成す微妙な色合い。微かに揺れるようにそれは楕円を描き、周囲にオレンジ色の粒子を拡散させつつビルの波へ落ちていく。
マツシタは上着の内ポケットをまさぐり、一枚のCDを取り出した。それは売却の際になって急に引き戻したものだ。
それは、キング・クリムゾンの『レッド』だった。あかあかと輝きながら沈んでいくゆるやかな太陽光を反射して、そのケースは鋭く、しかし鈍く光を放っていた。
2 堕ちた天使
売却の際、レジに平積みにしたCDの一番上に『レッド』は置かれていた。マツシタはそれに気付いた途端、急にそれだけを取り除いて売却を取り消したのだった。
それは、ジャケットの暗黒に浮かぶように映っている三人の男が、まるで自分を蔑み笑っているかのように思えたからだ。
「売り払ってどうするつもりなんだ? 何も使うあてがあるわけでもなかろうに。大体おまえは売り払って構わないぐらい全部のソフトを聴き込んだのかよ。理解もしないうちに手放すつもりなんだろう、理解できないものだから、飽きた振りをしてさ」
男達が、実際にそう言っているかのように空耳が響いた。
事実、聴き込んではいなかった。それは時折名盤と称されるらしいが、その言われを実感できるほどには聴いていない。何度か聴いたら、自然と聴かなくなってしまっていた。その事実が妙に悔しく感じられたので急遽その売却を取りやめ「レッド」一枚だけが手もとに残ることになったのだ。
しかしそれからも、聴き込みはしなかった。聴けば聴いたで、必ず二曲目の中間で止めていた。淋しげな音色が脳を刺激し、自然と停止スイッチを押してしまうのだ。
それから、何もしない日々が続いた。
講義も、研修のための旅行に出ると偽って休講を申し出てばかりだった。彼は学長と親交があったために半ば特別扱いのようにして哲学の講義を任されていたのだが、時折、その期待も何もかもを裏切りたくなる。そしてそういった時はいつでも、不明瞭な意識に突き動かされていた。
マツシタが講義を任されたのには、その姿勢が確立していたのに強く関係がある。理想論ばかりを唱える他の研修生と異なり、彼は強く理想を排した。飽くまで哲学の現実性を追及し、何より「奇跡」や「偶然」といった言葉を嫌った。それは気が遠くなるほど緻密な計算のもとに成り立っている事実でしかなく、人々はその計算を面倒臭がって一様に奇跡、偶然と叫び散らす。マツシタはその言葉を口にする人間とは、交際もしなかった。徹底して現実を迫及せんがために。
となるとやはり、その思想は実存主義に最も近いものになっていった。彼が専攻する近世・近代哲学も実存主義を中心に栄えた時代であったため、彼の思想・思考に非常にうまくリンクしていった。
だが、神について考えると別だった。現実性に重きを置く彼にしてはなぜか、神を心奉していた。そして彼の考える神とは絶対唯一な存在、即ち唯一神だった。そして我々人間は、以前は神に従事していながらも翼と永遠の命と引き替えに、地上に降りるという過ちを犯した天使、それであるというのだ。
「僕は堕ちた天使、フォールン・エンジェルなんだ」
マツシタはそう囁きながら立ち上がり、屋上に張り巡らされた柵にしがみつく。
「僕らは、天上界から追放された罪ゆえに飛ぶ能力と翼を失ったんだ」
夢想に浸るような惚けた表情で、マツシタは彼方の太陽を眺める――しかしこの思想を、彼は誰にも告げていなかった。無論、実存主義と言われる彼が、人間が天使だなどと言える筈がない。言えば講義を任されるどころか、幼稚な人間だとされて大学院からも追放されるかも知れない。「偶然」や「奇跡」を目にする人間を徹底的な論理詰めで否定する彼が、喩え冗談半分にも神など目にすることはできないのだ。
沈みゆく太陽を遠くに眺めながら、マツシタは座り込んだ。アルミの柵を握り、ただ座って沈んでいく太陽を見詰めていた。
3 再び赤い悪夢
夜が訪れた。
その頃マツシタは、つい先日会った女のことを思い出していた。
すべての授業に休講を申し付けてきた帰りに寄ったファミリーレストラン、そこで出会った女は、片目が義眼だった。そして「完璧」なるものを常に追い求めていた。さらには義眼のために人間として完全体ではない自分を卑下し、周囲との関係性を徹底的に排除することによって生き続けていた。まるで自分の欠点と決めてやまない義眼を晒すことが、この上ない恥であるかのように。
奇妙な会合だった。
店内が込み合っていたため、マツシタは彼女と相席することになった。そこでショーぺンハウエルの本を――これは音楽ソフトを売却した金をもって古本屋で購入した、多少価値のある非常に古いものだった――読んでいると、女が話しかけてきたのだ。
「自殺未遂の経験は、ありますか」
突発的な質問だった。
しかしその質問に端を発し、ふたりの会話は暗くかつ非閉鎖的に自殺論に達した。彼女はショーペンハウエルに強く興味があったらしい。お互いの自殺未遂の経験や、その過程で得た感情や論理を並べ立てる単純な経験の舐め合いではあったが、自殺という非日常的な議題のためにふたりは大きな満足感をもって別れた。自殺について話し合える人間など、ふたりともいなかったからだ。
再会を誓い合ったものの、電話番号や住所の交換などは行わなかった。世を、己が命を捨てる覚悟が常にある人間にとってそのようなものがどう作用しようか。
それからマツシタは、考えている。
自分は自殺未遂によって何かを得られたのか、という命題を。
確かに自殺未遂を何度と行っている人間と出会い、話しはした。しかしそれも表層的な話ばかりで、自殺が持つ絶大なエネルギーや、そこに宿る未知なるダイナミズムを語り合うまでには至らなかったのだ。ショーペンハウエルの厭世観やキルケゴールについても話した。だが、それと雑談をする学生との間にいかなる相違点があろうか? 何も、ありはしない。議題の相違はあれど、お互いの会話欲とでも言うべきそれを満たしていた、その事実はまったく同じであるのだから。
そういったことを思い出し、考えていると、マツシタは何に関しても興味という行動欲を奪われてしまったような脱力感に包まれる。結局、何を考え、何を論じようが、空を舞う鳥にとって我々は蟻の如き極小の存在でしかない……ただ生まれ、ただ死んでいく。そこに思想や知己があるかどうかだけの、些細な違いだ。
マツシタは柵から足を二本突き出し、虚空に投げ出した。
安物のスーツに身を包んだ風体もそうだが、彼は顔の細部までが冴えなかった。意志がないかの如く垂れた両目、低く幅広の鼻、だらしなく半開きにされた唇、その周辺の長い鼻の下から首半ばまで続く濃い髭の剃り跡、ただ真ん中分けにされただけの黒髪……それらを収めたマツシタの輪郭すらも、歪んで頼りないもののように見える。漆黒に包まれた空間に浮かぶマツシタの姿、それはあまりにも地味過ぎてまったく目立たなかった。思い詰めた女などがビルの屋上に座れば、誰ぞ発見する者もいるかも知れない。しかし彼の姿は、まるで闇に潜む湿気の多い空気の如く、質は違えど違和感なく溶け込んでいる……マツシタはこの光景を客観的に思い浮かべてみると、どうも見たことがある気がしてならない。それも誰か知らない人間が足を投げ出しているのではなく、彼自身が、彼自身を見詰めている光景を。
デジャヴ、
マツシタはそう考えた。数日前にこの光景を夢に見た気がするが、記憶が定かではない。しかし彼は、実際今の光景を夢に見ていた。そして夢の中の彼は、最終的にはビルから飛び降りて自殺を計るのである――そのシーンに続く赤い血が、マツシタの脳裏をかすめる。だが、興味が持てない。自分が死のうが死ぬまいが、この世界から見れば蟻が一匹死んだこととまるで同質であるからだ。
僕が死んだって誰も気付かないだろう、
その呟きも、虚空に掻き消えた。
4 神の導き
自分の死を思い描く。
虚空に投げ出され、重力の革命を一身に受ける姿態。風圧に流された手足が意味もなくぶらつき、意識は躰に遅れを取るように虚空に漂う。分散する意識、それが虚空に吸い込まれるように消え失せ、何も見えなくなる。しかし躰はニュートンのリンゴと化し、確実に地上を目指して落下速度を高めていく。接近する大地、高まる遠度、落下、激突――
そして、砕け散る。
飛散した脳、新鮮な桃色か混濁した褐色かは判らないが、それは不断の形状を失い撒き散らされる。命は、既に尽きている。血液は生命維持の使命を失いつつも循環し、無意味に砕けた頭部から流出されていく。鼓動が、止まる。意識にやや遅れて諸器官は活動を停止し、かつては人間であった筈のそれは、轢死した猫さながらに蛋自質とアミノ酸の集合体でしかありえなくなる。
やがて朽ちた躰は、大地がアスファルトに覆われていなければ土に還るだろう。しかし無機質なコンクリートが地盤と化している偽りの地上では、それは叶わない。「彼」であった肉体の残骸、知りもしない人間によって「それ」は片付けられ、解剖され、血族を捜し当てられた未に埋葬される。血族が発見されなければ、無縁仏との名を戴いて「それ」がかつて有していた意思とは無関係に、やはり埋葬される。
どのみちただの灰と化すか、土に還るだけだ。そこに彼が日常から求め続けてきた「意味」は、その姿いっさいを失う。
思い描く己れの未路に、マツシタは慟哭した。躰が熱く震え、力なく歪んだ両の眼には涙さえ浮かんでいる。
おおおおおおおおお、
しかしその慟哭も、まるで意味を成さない。生まれては消えゆく連鎖の一部、その鎖の一端でしかない自分をマツシタは呪った。意味を持たない、意味を持てない……意味という単語が、激しく彼の脳裏にあかあかと輝く。彼が思考の果てに常に追い求めてきた、ある種の結果や結論としての意味、それを自分自身、そして自分が属している人間族自体、有していないのだ。
存在理由、
何の、意味もない。
稀有な科学者や哲学者などは、生に意味を見出だしていたのだろうか。それとも自分自身を取り巻く現象には興味を傾けておきながら、自分自身が抱えている筈のその問題は無視し続けていたのだろうか。研究のために自分は生きている、などと綺麗事を吐いて誤魔化していたのだろうか。そもそも、人間は存在理由を抱きながらこの世界に身を落とすのだろうか。この有限の躰とそこに宿る苦悩は天界から追放されたフォールン・エンジェル達の、償うべき罪ではなかろうか……
思考の末路を失った彼は、もはや哲学者などではなかった。一介の、基軸を失った弱い人間でしかありえなかった。
5 暗黒
マツシタは涙を風に飛ばしながら、再び柵を握って立ち上がった。
ビルの屋上から、下を覗いてみる。通りには多くはない、幾許かの人間が地上を徘徊している。会社帰りのビジネスマンや労働者、恋人達の姿が雑多に、かつ疎らに臨める。
その誰もが、存在理由など持ち合わせてはいない。
その誰かが、いなくなろうと世界は滅びはしない。
その誰かには、無論マツシタ自身も含まれている。
空に、星は浮かんでいなかった。ただ漆黒の闇、そればかりが天空を支配し、地上に落ち注がれようとする光をしきりに遮っている。まるでそれが天から与えられた使命であり、遂行すべく闇が存在しているかのように。その闇の漂う下に、マツシタは生きている。CDを一枚売ることができなかったなどと小さなことばかり気にして。
ふとCDのことを思い出し、内ポケットから取り出してみた。すると、さきほど慟哭した際に付けてしまったのだろうか、プラスティックケースに横長の傷が走っていた。
傷を見て、マツシタは唐突に気付いた。
このケースがどんな存在であるかという本質論なんかより、ヒビが入ったその状態、実存こそがこのケースの迎えている現実ではないか。
そして現存在がある限りでのみ、存在がある。
ならば現存在を、この僕の意思を縛り付けている四肢を打ち壊してしまえば、存在としての意思、物質的な躰に操られている意思は解放される。そう、堕ちた天使が、天使に還れるのだ。僕の意識が躰から遊離しかけていたのは、この物質的現存在から純粋な存在たる意思が我が存在箇所に戻らんがために起こった現象であったのだ。
僕が今まで引き連れていた生への盲目的なる意思、それは存在が現存在に打ち勝とうとする葛藤でしかなかったのだ。
実存は、本質に先立つ。
生存の目的を、存在理由を知らずにこの世界へ投げ込まれた我々は、生という概念の本質を見据えることなどできやしない。それは初めから知らされていなかったし、知られないように堕ちた天使は作られていたのだ。では実存とは何か? 僕がこうして息をして、悩み、生きているということだ。ならばその実存の何たるやを知りたければ――
――死ねば、解る。
現存在から存在を解放してやれぱ、すべての答えは与えられるのだ。
死の瞬間、僕は知るだろう。僕の実存の如何、存在埋由、そういったありとあらゆる事象を。生あるうちは決して見出だせなかった現存在が現存在たる所以を。これは実験、そう、実験だ! 僕が人として生き、人として死ぬその刹那に生の意味を、すべての意味を知るための――!
僕こそが、ツァラトゥストラだ。
そして今、まさに現存在を超えた超人とならん。
マツシタは即座にメモ帳を取り出し、乱雑にその一ページを引き裂いた。そして毛細血管が走る眼球をそこに据え、すさまじい勢いでペンを走らせた。
「僕は僕という傀儡を脱ぎ捨てるべき時が来たのだっ」
叫び声、
虚空にこだまする。
その時太陽は零時の空に隠れていた。ふと何かを探すようにマツシタは上方を見上げた――鋭い鳥の声が頭上に聞こえたからである。すると、見よ! 太陽が姿を消した天空には煌々たる月がしろがねのように輝いており、太陽の代役を果たしている。しかしそれは太陽の代役などではなく、友であるように見えた。なぜなら月は太陽が燦々と陽明をかき放つ昼間から彼を見詰め、ひっそりと存在していたからである。
闇を得た、夜の太陽!
この刹那、マツシタは知ってしまった! 何を? 偉大なる永劫回帰の理を。そして人間は皆、その回帰の一端を担っているだけでしかないと。
瞬間だけ現れていた月が雲に隠れ、環は消えた。しかしマツシタの中に生まれた真理は本質的な理論をもって表されるより早く、実存たる肉体の飛翔によって表された。
空庄、
落下、
あっけなく死に向かおうとする彼は、しかし幸福そうな笑みを浮かぺていた。どうであろう! 意識を失った今でさえ、その口もとには微笑がこびりついたままだ。睡眠薬にも似た陶酔感の中、彼は、彼を超えた。そして存在は、現存在を超えてしまったのである。
落下、
激突、
轟音、
そして、静寂。
通りには、既に人影もなかった。ただそこには、かつては「彼」であった「それ」が転がり、砕けている。あたりは、星ひとつない暗闇。物音ひとつしない、神聖なる闇。
かつてはマツシタケイスケであった肉塊の懐には、その所有者同様、跡形もなく砕け散った彼の唯一の遺産にして一枚のCDでしかない『レッド』があった。そして彼が彼を超える直前まで立っていたビルの屋上には、彼が残した遺書と言うべき一枚の紙片と、そこに記された走り書きが落ちている。それはドイツ語らしき文章がこう、記されていた。
Wir haben hohe ideal
unt
machen fortschritt Zarathustra.
あとに残ったのは、静寂。
そして闇に浮かぶ、自らの極限値をも超えてしまった飛散する赤。
星ひとつない空に、月が浮かんだ。雲の切れ間から姿を表した月は、まるでしろがねの如き輝きを残像にすり換え、すぐに闇へと消え去っていった。
そして静寂だけが、そこに残った。
(了)