『クッキン』

Miles Davis
“COOKIN'”
――拝啓
突然のお便りですいません。お久し振り、晴久です。憶えていますか?
僕はあれから晴れて大学に入学し、そこで恋人も見付け、卒業後には就職してその人と結婚しました。結婚したての今は、大学時代の友人達がまるで僕らを茶化すようなことを言いながらよく遊びに来てくれます。彼女の名は弥生と言います。少し文芸的で古風な感じのする名前ですが、寧ろ彼女は新しもの好きの傾向があり、古風さなど微塵もありません。でも料理がうまく、家の仕事をすべてこなしてくれるのでとても重宝しています。
君はどうでしょうか。そちらの仲間とうまくやっていますか? 予備校で、ひとりでぽつんとしていた僕に声をかけてくれた君のこと、きっと同じようにしてたくさんの仲間を作っていったんでしょう。さて、この手紙は別に要件も何もなく、ただつらつらと書き記しています。正直に言ってしまえば、アルバムに貼ってある写真を見て君が余りにも懐かしい存在のように思え、少しばかり寂しい心持ちがしたのでこうして現在の僕の環境などを記しているのです。きっと君は返事など出せないでしょうが、もちろん返事は期待していません。言わば、僕の独りよがりの文だと思って気楽に読んでください。ただ、今の僕はどうも精神状態が不安定であるらしく、恐らく長々とくだらないことを書き連ねてしまうでしょう。ですから、もしちっとも興味がなければこの手紙をまったく読まずにいても結構です。
あれからのことを、詳しく書きましょう。
予備校の最後の日に写真を撮って別れて以来、結局電話を一度入れただけでしたね。それも大学入試の結果などまだ判らない時期に。テストに自信のなかった僕が不安がっているのを君に勇気付けてもらった電話でした。そのお陰でしょうか、明くる日僕は晴れて大学に入学できたわけですが、その節の君の言葉は僕に希望というささやかな望みを分け与えてくれるに充分でした。寧ろ、与えられ過ぎてしまって君の分のそれまで僕が吸収してしまったのではないかと思うことがあります。僕が君のことを話す度に、妻は実際そうなってしまったのではないかと残念がるような素振りを見せますが、君のお陰で僕が現在妻と結婚できたようなものです。君の言葉を貰わなければ僕は度重なる失望と絶望に苛まれ、合格はできなかったでしょう。そうして弥生と、出会うこともなかったでしょうから。
大学に合格した僕は自分の身を祝うばかりで、正直、君のことは考えていませんでした。予備校時代の友人は友人でなく知人のような存在だと世間では言われるようですが、僕はなぜでしょう、寧ろその逆です。君こそが僕の唯一の友人であって、君に比べれば、大学時代の友人達はまるで知人と言っていいぐらいの存在なのです。君の言葉を借りれば、僕は「非常にナイーヴで内向的、そして人間不信的傾向がある」人間です。その人間不信を解明してくれたのは他でもない君で、その人間不信を理解してくれたのは妻である弥生だけです。知人達は、皆僕のことを理解しているような口調で話しますが、まるで理解してくれていません。そもそも僕がジャズを聴く理由を察することができたのも、君達ふたりだけですから。知人達が僕に対して、単純に「ジャズが好きな人なのか」と思うのに対し、君達は「なぜ好きなのか」を問うてくれました。そして僕が答えるよりも的確な言棄でそれを僕に説明してくれました。君の言葉では「人間的弱さや強さの追求を求める晴久だからこそ客観的に見詰められる、人間追及のための」音楽、妻の言葉では「あなたを取り巻く周囲の人間達を冷静に見詰めるために必要な」音楽、ジャズを僕が聴く理由を、ふたりとも「生きていくために聴いている」ようだと言ってくれました。ふたりとも、実にその通りです。意見が同じというのは、まさに僕を客観的に観察、理解しているからこそ言えることなのでしょう。きっとふたりとも会って話でもしたら盛り上がると思うのですが。
ジャズを聴くようになったのは、君から教えてもらったマイルス・デイヴィスがきっかけになったようなものです。当時僕の周囲にジャズを聴く人間はいなかったので、すごく新鮮な感じがしました。それでいてどこか構築的な感じも受けたのですが、それを言葉で説明するにはまだ年をそんなに重ねていないようで、うまく説明できません。君は僕が唐突にジャズに傾倒していった経緯を知っているので、僕が何に惹かれていたのかを説明できるかも知れません。一度、それを聞いてみたかったのですが。
マイルス・デイヴィスの『クッキン』、君が勧めてくれたあのレコード盤を、僕は今でもよく聴きます。ジャズにはまっていた当時よりも、寧ろ、今の方が落ち着いて聴けるという感じでしょうか、聴き込むほどに味わい深い、という言葉がまさにジャズには似合いますね。当時はマイルスのミュート・トランペットの美しさに魅せられていましたが、今ではそれも曲の一部として見詰めることができるようになり、ドラムなど他のパートの構成も実はしっかりしていることにようやく気付きました。特に好きなのはやはり当時と変わらず「マイ・ファニィ・ヴァレンタイン」ですね。あれからチャット・ベイカーのものも聴いたのですが、そちらは純粋に優しい気分にさせてくれる、言わば慰めのような印象を受けました。マイルスのトランペットにはどこかしら悲痛な感じがあって、大好きです。僕の言う「人間悲喜劇」であるジャズは、このように演じ手と聞き手にとって印象がまったく変わるところが面白いので、未だに飽きることを憶えません。
妻は僕と違ってモダン・ジャズ、特にセロニアス・モンクが好きで話が合ってやがて恋人になりました。出会いはジャズ喫茶です。当時は人がいる喫茶店など大嫌いな僕でしたが、ジャズが流れていると不思議と足が運ばれてしまい、そしてモンクを聴いて泣いている彼女を見付けました。僕は呼吸法次第で音が変わるトランペットの響きが好きなので、モンクの鍵盤の音は魅力ではありませんでした。寧ろ女性が好きそうな音楽だという感を受けたのですが、彼女もやはり、そのメロディを思い出にして生きている人間だと言うのです。まあ、モンクがきっかけでふたりは結ばれたわけですが、それこそ知人達のように「人の好みは違う」とでも言うのでしょうか、僕はモンクのピアノに悲痛さや歓喜などの感情を余り感じられなかったのです。人間的と言うより、どこか機械的な感じがしたので。
いや、またつい長々とジャズのことを書いてしまいました。これは僕の癖のようなもので、好きなことになると話し始めたら止まらなくなってしまうのです。それは知人達でも知っていることなので、君なんかは言うまでもなくよく存じているでしょうが。
そう、大学合格が嬉しくて君のことを忘れてしまった、というようなことを書いてしまいましたが、それは正しいニュアンスではありません。ジャズを、特にマイルスのアルバムを買う度に、君のことは思い出していました。しかし予備校を出てしまった後でほ、連絡のしようもなくてずっと音信不通になってしまったのです。一度聞いていた番号で電話はしましたが、その紙もどうやらどこかへ紛失してしまったようなので、それからどうにも連絡できなかったのです。予備校の名簿が保存されているかと思えば、何と我々の通っていた予備校は廃校になってしまったという話ではありませんか。これは知っていましたか? 以前僕は懐かしくなってそこを訪れてみたことがあるのですが、そのまま見事に五階建ての雑居ビルになっていました。僕らの教室など何と、そば屋になっていたのです。それで、この手紙もこんなに遅くなってしまったというわけです。
君を思い出すというのは、順番があります。ジャズを聴いているうちに――当時のレコードは長くても四十分前後でしたから――五分めぐらいで長い髪を思い出します。それから五分ほどの単位で瞳、鼻、ロときて、輪郭、肌の白さ、そして一気に全身を思い浮かべます。そうして君を思い浮かべた頃に必ず思うことは、当時の誰しも、僕らふたりが交際していると勘違いしていたことです。確かに予備校で友人ができてそれが女だとなると、無粋な男達は容易にそこに男女関係を求めてしまうでしょう。しかしそう言うのは言わば知人であって、友人ではありません。友情に年齢や性別は関係ないという言葉を聞いたことがありますが、まさにその通りです。しかし少なくとも、大学時代に僕らの関係を説明しても理解できるのは今の妻だけで、他の人間は皆誤解をしていました。勝手に男女間の友情は成立しないと決め付けているのです。
それは彼らが異性で友人を持っていないからなのではないでしょうが? ここで言う友人というのは、世間で言われる親友の類のことです。皆、自分のリビドーの強さを認めることもできずに僕に曲解を押し付けているのではないでしょうか。自分の範疇だけで物事をとらえ、理解したつもりでいる、それこそが僕にとっては誤解だったのですが、それを理解してくれる人間もおらず、誤解に誤解を重ねるばかりでした。きっと君も、そうなっていたのかも知れませんね。まあ、今となっては確かめる術もないわけですが。
理解できないならせめて誤解するんじゃない、と僕は何度言ったか解りません。それでも人間同士には何か生まれつきの型のようなものがあるんでしょうか。それこそボルトとナットのように、組み合うものは組み合うし、組み合わないものは組み合わない。そして組み合い具合も物によってまったく異なる、そんな感じがしてならないのです。
ただ、今でこそ訊けるのですが――僕が君を一度だけ抱いてしまったことがありましたが、あれは友情が行き着いた結果だったのでしょうか? それとも当時の僕は、友情と偽って愛情を君に注いでいたに過ぎないのでしょうか? その事実は知人達の誤解をさらに縺れさせてしまうため、妻以外には話していません。妻はそれについて「愛というものは友情でもあり愛情でもある」という言葉を返しました。つまり、彼女は僕が君を抱いたのは家族愛や兄弟愛、そういった愛情というものを友人である君に求めていたのではないかと言っていたのです。ただでさえ僕は世間での友人を知人と言い、親友を友人と言う癖があります。だからこそ普通の友人として収まりたくないという願望が強く働き、おかしな方向に働いてしまったのではないかと言うのです。解りやすく言えば、友人より深い仲になるために、つまり君を知るために君を抱いたのではないかということです。
普通の人間なら嫉妬するなりして考えることを放棄してしまうでしょう。しかし彼女はそういったことを真剣に考えてくれるのです。「晴久ならいい彼女ができる」という君の言葉も、こうして実現されたのだと考えれば、過去に君を抱いたことも過ちでも何でもなく、単純に経験のひとつだったのだ、考える要因のひとつだったのだとできます。
現在僕は、念願叶ってある雑誌社に勤めています。そこはいわゆる若者向けの雑誌を作っていて、妻の新し物好きが意外な形で役立っています。僕の企画書を妻が上司よろしく作り直すことすらもあるのですから。仕事は楽しく、充実した毎日です。さらには、どうにも妻が身籠もってくれたらしいのです。
ごみごみした都会の生活は、僕には似合いません。それでも、君といつかお揃いで買ったラバー・ソウルを見て君を思い出しては、もう少し頑張ってみようという気になれます。あれからもう少しだけ背が伸び、足も大きくなり、あの靴は履けなくなってしまいましたが、今でも捨てずにしまってあります。そして、君がこの靴を買う時に言った言葉――「海の向こうが見たくて船を造る奴がいる」を思い出します。確かそんなニュアンスの言葉だったと思いますが、僕は何度、この言葉に救われたか判りません。挫折を感じる度にこの言葉を思い出し、救われてきました。そうして君のことを思う度、どんなに眠れない夜でも二度と来ない昨日になってしまうのだ、と少し悲痛めいて思います……。
……………
長くなってしまいましたが、ここいらで切り上げようと思います。ただ何につけても残念なのが、君が既に、この世の人間ではないということです。あの日、君の母からかかってきた電話の涙声が未だに忘れられません。せっかく手に入れた合格を味わう暇もなく病に散った君を、僕は思い出しながらひっそりと涙に暮れるぐらいしかできません。こんな無力な僕を力付けてくれた君に、この手紙を送ります。これは多分届かないし、返事もないだろうけど、それでも君がどこかで見てくれていることを願います。
天国の友人達に、よろしく。
――敬具
……………
追伸
君の名前――香織を、もし産まれてくる子が女の子だったら使っても構わないでしょうか。これには妻も賛成しているし、きっと君のような優しい人間に育つこと請け合いです。
またいつか、手紙を出すかも知れません。
その時は、どうぞよろしく。
(了)