27.CCCD撤廃について考える

〜「表現」の履き違えを呼ばないだろうか〜

 ソニーは全面的に、エイベックスは「アーティストの意志を尊重したうえで」、CCCDを「撤廃」する方針に決まったそうだ。
 これに私が万歳三唱しているかというと、そんなことはない。寧ろ、新たな危惧のようなものを感じてしまう。それ以前に何だか、きちんとものを考えた自分が阿呆らしくなってきてしまう。
 では今回、この「CCCD撤廃」について考えていきたい。

 まずソニーだが、こちらははじめに思ったのが「じゃあ『マジクリップ』って何だったの?」ということである。
 詳しくは「レーベルゲートCDに『否』と申す」を読んで頂きたいが、そこで私が述べていたように、やはり定着しなかったようだ。馬鹿馬鹿しい。企業のお偉方はこんな先が見えることも見えないで、妙なシステムを開発したのだろうか。
 次に「全面撤廃」とのことだが、これにはiPODほか、ポータブル(MP3)プレイヤーが強く関連している。そりゃあそうだ。レーベルゲートCDでリリースをしているミュージシャンが、自分のお気に入りを「iPOD」と発言するお気楽な世の中。コピーできない筈がコピーできる現状。そこへきて伸びるポータブル・プレイヤーの需要。撤廃しなければ間違いなく取り残されてしまう。しかも、やはり「自家生産」のソニー、自分の企業でも新しいポータブル・プレイヤーを開発するなど、フォローに取り組んでいる。
 遅い。
 気付くのが、遅過ぎるのだ。フィリップス社とのCD協定を破った罰だとでも思えばいい。
 またこのソニーの撤廃背景には、佐野元春がライヴCDをリリースしようとした際の事件が関与しているとも思える。佐野が1枚CDでリリースを行おうとするのに対し、ソニーは、作品がレーベルゲート層を書き込める領域が残らない分数だったため、2CDにしてリリースしたい、と申し出た。これに佐野は猛反発。1枚で済む、それも臨場感が大切なライヴをどうしてわざわざ2CDにしてリリースするのか、と、自主レーベルからの発売に踏み切った。この事件は、CCCDを考えるうえで重要な「『アーティスト』かどうか」を考えるきっかけとなったことだろう。
 ソニーはレーベルゲートCD(「レーベルゲートCD2」にしてアルバムにまで侵入しやがったくせにねぇ……)全面撤廃を宣言しているが、それで信用が戻るのだろうか。そういったことを気にしない、いや寧ろ、考えないお気楽ユーザーは変わらずCDを買うだろう。しかし喩えば私には、この一連のソニーの動きが実に行き当たりばったりで、不適当な行動に思えたので、今後はソニーのCDについても購入を考えさせられるという遺恨を残す結果になった。

 さて、次はエイベックス。
 こちらは、まだ少し強固な姿勢だ。「アーティストの意志を尊重したうえで」CCCDにするかどうか決める、とのことだったが、ここに私としては、「アーティスト」というものを考える機会を持ってほしい。
 これははっきり言ってしまえば、「『商品』はCCCDで出します。『作品』はCDで出します」ということになる。そう、私は、CCCDの類は「商品」であり、それを表現とかぬかしている連中は「現状を知らない虚像」だと思っている。本当の「アーティスト」であれば「作品」を残したいだろう。手垢に塗れて中古100円で売られるCCCDになど、なりたくはないだろう。
 前述の佐野が体現しているように、本当の「表現者(アーティスト)」は「商品(CCCD)」を出すことを良しとしない。良しとするのはCCCDに関して無知な、或いは金銭上の利益を考えた者ばかりだ。
 そういう「アーティスト性」が、あんたら(表現者とか祭り上げられている捏造された虚像ども)には、あるのかい?
 私は、そうは思わない。本気でCCCDを知って、回避したかったらできるのだ。できなければ自主レーベルで出せばいい。今まで、何人もの人がそれをやってきているのだ。それが何だ? 今になってCCCD撤廃だと? PCに妙なプレイヤーを組み込まれたり、レーベルゲートの料金を払った正直者が馬鹿を見ているだろうに!
 また、「アーティストの意志」とやらが存在しないオムニバス盤は、恐らくCCCDでのリリースを続けるのだろう。コンピ出せば売れる、の時代はとうに終わっていると思うのだがね……。

 そして、これを機に「俺はアーティストなんだよ」と言ってCCCD回避する輩が横行するのが目に見える。なぁ、ヒップホップ畑の連中よ。CCCDで「自由」とか言ってたパンク勢よ。CCCDで「愛」を歌った多くの歌手よ。
 これに対して、ユーザーはどうだ?
 CCCDは買わない! とか、CCCD-Rにする!(苦笑)とか、自分なりの対処法を採ったかい? 流れに流されて「ああ、そうなったのね」で済んでいないか? 大半の人間が積極的な行動を決めず、能動的にものごとを傍観していないか?
 そこには危機感が、まるでない!
 いや待て、危機感を持てというわけじゃあない。ただね、安穏と与えられるものを与えられるだけ与えられているリスナーに、問いたいんだ。

 あなたは「作品」を聴いているのですか?
 それとも「商品」を浪費しているのですか?

「あゆ」ファンとキング・クリムゾン・ファンが同軸で語れないように、作品と商品との境は確実にある。
 あなたが本当に「作品」を聴きたいのであれば、それなりの筋道を述べよ。決して、メーカー側の叙述に則った体裁ばかりの「クソカキコ」じゃなくてな。

 私ははっきり言って、CCCDがあっていいと思っている。
 だって、絶対的に買わないから。
 そして「CCCD=商品」だと思っているから。

 また、この動きに対して、他の大手メーカーは似たような発言や動き、または強固な姿勢を見せている。
 CD再発時に値段を上げたり、海外ミュージシャンのCDまでCCCDにしたり、しかもリスナーの意見をまったく聞かないという「某企業」などは、今後もCCCDを続けていく方針であるという。なるほど、「某企業」よりもエイベックスの方がまだマシだった、ということか。
 さらには、インディーズなのにわざわざCCCDにしているレーベルも幾つか存在する。彼らがどう動くかも、ちょっとした見ものだ。喩えば、ねぇ、WAVE MASTERさん?

 おしまいに、私の友人の話をひとつ。
 彼は浜崎あゆみのCDを、カー・ステレオでかけていた。ははぁCCCDもカーステでかけられるようになったからエイベックスは『スーパー・ユーロビート』シリーズをCD-EXTRAからCCCDに戻したのだな、などと、まず私は思った。そして彼に、「CCCDは再生機器を傷める」ということを述べ、詳しく説明した。
 すると彼の返事は、以下の通りだった。
「そんなのどうだっていいよ。今聴けりゃあいいじゃん」
……音楽について深く考えない一般ユーザーの危機感というものは、この程度である。