7.第一次結論
〜まずは年代的考証〜
前項に於いて、私は下記のようなまとめを行った。
(前項より抜粋:)
そして、双方(筆者註:パンクとプログレ)とも「純粋には既に存在していない」ことに気付けるだろう。
そう、この時点で私は、プログレの定義についてひとつめの結論を導いてしまったのだ。
それ即ち――「プログレとはその一時期の輝きであり、もはや存在しなくなったもの」であるということを!
しかし、それに対する反論も多いであろう。「それじゃどうして今もプログレというジャンルがあるのか?」「クリムゾンはプログレじゃないのか?」などと。
それでは、逆に問いたい。
「プログレというジャンルができたのは、近年のことではなかったかね?」
「ロバート・フリップが『私はプログレだ』という発言をしたかね?」
結局は「プログレ」という言葉は、後付けでしかなかったのだ。ある時代――60年代後半から70年代前半まで――に、今までの音楽とまったく違った輝きを見せ付けた、ロック音楽に対しての。
そう考えれば、今のミュージシャンがどんなに他と違ったことをしても「プログレ」ではないことが理解できるのではないか? 幾ら辺拍子を多用しても、どんなにシンフォニックな音作りをしたところで、それはかつての黄金時代の模倣であるため「プログレッシヴ」な行為であるとは言いがたいのだ。さらには、それら模倣音楽も、その黄金時代の方法論に基づいているがゆえに「プログレ」視されている、という納得もできる。
よって、まずこの時点での第一次結論を導き出したい。それは以下のように表現できるだろう。
「プログレ」とは60年代後半から70年代前半にかけて、他の音楽とは一線を画した実験的方法論を駆使した音楽/ミュージシャンの総称である。
しかしこれは、飽くまで「時代的考証」のうえで成り立っているものだ。それゆえ、別の視点からであれば反論もあるだろうし、私自身、決定打であるなどと考えてもいない。大体にして、私自身が「プログレというジャンル」を容認しているし、そのうえで「プログレッシヴ」という言葉を、現在に於いても使っているのだから。
そういった考証は、今後の種となっていく。決して、今回の結論が私の言いたいことのすべてであるなどと勘違いはされたくない。
それはまた次回、お話しよう。