4.顰蹙のカンタベリー講座
〜一歩間違えば「渋谷系」〜
さて、カンタベリーである。
皆さんはこの「カンタベリー」という言葉を、どうとらえているのだろうか?
それについて、言いえて妙なフレーズを引用したい。
「カンタベリー・ミュージックとは何か? 幾度となく問われ、多くの音楽ファンが悩み、そして気がつくと理解している、そんな問いかけから始めよう」
(『ヤング・パーソンズ・ガイド・トゥ・プログレッシヴ・ロック(音楽之友社)』より引用)
私自身、確かにそうであった。
実のところ、プログレ駆け出しの頃はカンタベリーという言葉が地名であるということすら知らず、それこそ「アヴァンギャルド」などのように、単純な「プログレ内の1ジャンル」であると推測していた。しかし、試しに買ってみたソフト・マシーンの『サード』を聴いてみれば、今までの未熟な私の中にあった「プログレ」というジャンルに、それはまったくもって則していない。嵐のような変拍子でもなければ、狭苦しいながらも居心地のいいインプロヴィゼイションでもありやしない。神話/哲学志向の歌詞もなく、寧ろ歌詞がない部分にこそ強く心地好い違和感を覚える。
だが、聴き終わった後に、これは確かに「プログレッシヴ」なのだと痛感させられる。
どういうことだ?
こと定義や意味というものを求めたがる私は、殆どやけ気味にそれらを買い集めてみた。フュージョン・バンドになる前のソフト・マシーン、派生したバンドのどれもが短命だったハットフィールド・アンド・ノース関連、さらにはスラップ・ハッピーまで。
そうしていく内に、言葉にするのは容易ではないが、そこに何とはなしに共通点を見出していた。
流浪、
放浪、
ジプシー、
ボヘミアニズム……
一箇所にとどまらず、様々な地方を巡る人々。その精神にも似たものを、カンタベリーとされる音楽に感じたのだ。
これには異論もあるだろう。まあ待って頂きたい。私は、カンタベリーというものを音楽でくくって理解するという元来の認識方法とは違い、バックグラウンドや精神面での繋がりをもって理解しようと試みているのだから。
それでは、私なりに「カンタベリー」なるものを定義していこう。
「カンタベリー・ミュージック」という呼称は、発祥当時には存在せず、しばらくはジャンルとしてまとまっていなかった「プログレッシヴ・ロック」に与されていた。発祥年はプログレと同じぐらいであったというその歴史の長さに比べ、この呼称が冠されたのは最近であると言っていいだろう。
そしてその「発祥」となったのは「ソフト・マシーン」であり「キャラヴァン」であり、その2大バンドの中心人物が在籍していた「ワイルド・フラワーズ」であり「デヴィッド・アレン・トリオ」であるのだ。
それを前提とし、噛み砕いて言うならば、カンタベリー・ミュージックとはその名の如く、カンタベリー地方に発生した音楽である。その発生・発展に最も貢献したのはロバート・ワイアット、ヒューとブライアンのホッパー兄弟などの「ソフト・マシーン組」であり、またデイヴとリチャードのシンクレア兄弟を中心とした「キャラヴァン組」であり、そして彼らが各々のバンドを結成する前に組んでいた「ワイルド・フラワーズ」とそのさらなる前身「デヴィッド・アレン・トリオ」であるのだ。
そうした彼らを中心とし、カンタベリー地方で活躍したバンドを曖昧に「カンタベリー系」と呼ぶのだ。
その判断基準は実に曖昧である。彼らがレコーディングに関わったミュージシャン、またはそうして影響を受けた/共にバンドを組んだミュージシャン、それらに似た曲調のもの、そういったものすべて、つまりは「ソフト・マシーンやキャラヴァンっぽいもの」を一様に、現在では「カンタベリー・ミュージック」と呼んでいるのだ。だからジャズ・ロックと混同視しそうになるし、そうされている面も少なからずある。
そのうえで見逃せないのは、彼らが同じアパートに住むことが多かったということだ。ロバート・ワイアットの母親がアパートを経営しており、そこに後のソフト・マシーンとなるメンバーが(デヴィッド・アレンも含め)住んでいたというのは有名な話だが、不思議なことに何かの因縁か、他のアパートでも共に居住することが多かったという。
これを漫画家で喩えてみてはいけないだろうか?
そう、あの有名な「ときわ荘」だ。
「ときわ荘」で共に過ごした漫画家達は、皆そこを交流の基点とし、やがてひとりひとりで旅立っていった。彼ら自身や、さらには彼らが雇ったアシスタント達すらもひとり立ちした後には「ときわ荘の子供達」などと呼ばれることもあり、つまりは、ときわ荘を原点として漫画界が広がっていったということになる。
これとカンタベリーが同じだと言えば、誤解こそあるものの、理解はしやすいかと思われる。
そうして同じ空間で時を過ごした人間達が、互いに影響し合うのは必然である。さらには、曲調が似るのも、その影響の一端である(ときわ荘出身の漫画家の絵が妙にタッチが似ていたりしないかね?)。また、まったく作風が違っていても同じ系統とくくられることがあるだろう。そう、喩えばソフト・マシーンが次々と新しい音楽に挑戦していっても、いつまでも「カンタベリー」という称号を与えられ続けていたように。
つまりは「ときわ荘の子供達」と「カンタベリー系」は同じような定義付けができるのだ。
そのうえで彼らは「自由な/自分の信じた」表現形式を追求していく。
こういった曖昧な繋がりを曖昧にジャンルとしてしまうため、スラップ・ハッピーは「アヴァンギャルド・ポップ」にも「レコメンド」にも「カンタベリー」にも位置する。そしてエルトン・ディーンもソフト・マシーンに参加していたがために「もとキース・ティペット・グループ」ではなく「カンタベリー・ミュージック」として語られるのだ。
これで、大体の「カンタベリー」というもののとらえ方は解ったかと思う。そのうえで、カンタベリー・ミュージック上での重要人物を扱わねばなるまい。
それは、デヴィッド・アレンとヒュー・ホッパー、さらには、個人的見解によりケヴィン・エアーズである。
デヴィッド・アレンは、カンタベリー・ミュージックそれ自体に関してはごくごく初期のみ関与していた。そう、カンタベリーとされるバンドやミュージシャンでは、最初期のソフト・マシーンや、その原風景であるデヴィッド・アレン・トリオにのみ在籍していたからだ。
だが私は、フランスに渡り、ゴングを結成した彼もカンタベリー・ミュージックの影を引き摺るというか、その一端に属したままであると考えている。
そこには彼特有の放浪精神、ジプシー的な精神が根付いている。それはアレンの中核を成す部分であり、また表現形式の根幹でさえある。そうして結成したゴング・ファミリーは「カンタベリー」から「放浪/ジプシー」などに名を変え、しかし「自由な/自分の信じた表現形式を追求する」という、カンタベリーの核たる精神は生き残っている。いや「生き残っている」と言うと、アレンに失礼だ。彼はカンタベリーの創始者であり、また、自由な表現を追い求めるカンタベリーというものの先端を闊歩しているのだから。
ヒュー・ホッパーについては、今さら多くを語ることもないかと思う。その在籍してきたバンド/ユニットは数知れず、その中でもソフト・マシーン、ギルガメッシュ、イン・カフーツなど、カンタベリーの中でも有名バンドとされるものには殆ど関わっていると言っていいだろう。だが中心人物になることよりも「縁の下の力持ち」的スタンスを好み、そのうえで実質的な音楽の核として君臨していた。パンク全盛の頃にはシーンから遠ざかっていたものの、その後は自由な身となり、単体でも小ユニットでもどこへでも、お構いなしに参加していった。己れの活動が実に自由を体現するかのようなものであるため、実質的な「カンタベリーの核」は彼であると、私は考えている。
これらジプシー的精神は、カンタベリーの「自由な/自分の信じた表現形式を追求する」という試みの極みであり、必然的行為であるのだ。ひとつに縛られてしまうのなら、その場所さえも離れていく。それは自分の表現というものを信じているから。
それを最も体現しているのが、イビサ島にて逗留生活を続けるケヴィン・エアーズであるのだ。幾らカムバック・コールがかかったとて、それらの呼び声は自分の望むものではない。だからこそ、隠居だとか言われようとも、彼は島での生活を信じ続けているのだ。放浪とボヘミアニズムを自分の生きる道とし、どんなに輝かしい場所から声がかかろうとも、道に違えば進んでいかない。そういった精神ゆえに私は、重要人物として彼を挙げたのだ。普遍的な考え方であれば、ロバート・ワイアットが中心となる筈のカンタベリー・ミュージックに於いて。
カンタベリー・ミュージックの創始者であり先端であるデヴィッド・アレン、
実質上の中心人物であり、カンタベリーの核となったヒュー・ホッパー、
カンタベリー精神を最も体現しているケヴィン・エアーズ、
こういったことを、私は、彼らの音楽を碌々聴かずに語ってしまっている。それは、彼らの関わった音楽に、そういった共通項を見出せたから。彼らの音楽表現スタイルに、形は違えど、中核には同じく「自由への精神」を感じたから。それだけのことだ。
だからこそ、顰蹙覚悟であるという姿勢を本項のタイトルとして掲げているのだ。
そのうえで、敢えて警句を発したい。
これらカンタベリー・ミュージックが、まるで映画のサントラか何かのように、その雰囲気ばかりに注目されているきらいがあることを。
ご存知だろうか? ぎりぎりの範囲でカンタベリーとされているスラップ・ハッピー、その音楽が一時期「裏渋谷系」ポップスとして重宝されていたことを!
ここに私は、敢えて時流に流されがちな「渋谷系」という言葉を説明せねばなるまい。この「系」はジャンルでも何でもなく、単純に「渋谷で流行った音楽」を指す言葉だ。そう、嫌々ながらも、フランスに活動の場を移しゴングを結成してもカンタベリーであったデヴィッド・アレンのように「場所は違えど系統は同じとされる」カンタベリーの特徴を思い出せずにはいられない。
その特徴が似てしまっているためか、カンタベリー・ミュージックは「渋谷系」の中にも存外なほど与されていることがある。前述のスラップ・ハッピーのみならず、その繋がりからヘンリー・カウ、さらにはソフト・マシーンやロバート・ワイアットなどが「渋谷系」として親しまれていたことがある。
これを「カンタベリーが広まった」ともろ手を挙げて喜べるかね?
彼らは、その音楽の表面ばかりを辿っているのに!
その「渋谷系」の筆頭である小山田圭吾氏、彼の別名がコーネリアスであるということは、デヴィッド・カニンガムその人が「フライング・リザーズ」であることを想起させる。さらに小山田氏がプロデュースしていたカヒミ・カリィの曲には、ソフト・マシーンのフレーズが数々パクられている(単純に曲内に嵌められたそれを私は、サンプリングでもなくリスペクトでもなく安易なパクりであると推察する)。それをロバート・ワイアットのソロ・アルバムに短い文(というより、彼の名により購買層を増やすべくメーカーが提案したステッカーの短文)を添えることでリカヴァーしたつもりでいる。
その小山田氏を好む人間が、小山田氏の好きなカンタベリーを聴く。
真似に告ぐ真似、
プログレッシヴ・ロックを真似した「プログレというジャンル」のように!
私はまた、ピチカート・ファイヴの実質上中心人物である小西康陽氏(本文執筆当時)にも似たような恐れを抱いている。彼のスタンスは、表現スタイルこそ違えど、まるでヒュー・ホッパーのそれを真似しているように思えて仕方がないからだ。そのうえ映画も好きなことを公言して憚らないので、彼の真似をしてジャン・リュック・ゴダールを「理由もないのにリスペクト」或いは「小西が好きだからきっといいものなんだ、という前提のもとリスペクト」する人間が多くいる。
そうして、それらを吟味することなくリスペクトしてしまう「権威に弱いリスナー達」に、私は最も危惧を抱いている……。また「好きなミュージシャンが聴いているから」という理由で聴くのなら結構なことだ。しかし、それを結局のところ「好きなミュージシャンの姿を投影したまま」聴くのはやめて頂きたい。それは小山田氏なり、小西氏への賛辞になるかも知れないが、彼らに影響を与えた人間達、つまり「彼らの尊敬する原点」にとっては侮辱になりかねない。
吟味せよ、
私が言いたいのは、つまりそういうことだ。
しかしこうした真似がなかなかできないからこそ、ケヴィン・エアーズのボヘミアニズムは偉大であると確信することもできる。やはり、カンタベリー・シーンの重要人物だ。
現在、死にかけていると言われるプログレよりも、カンタベリーやアヴァンギャルド系の音楽に着目する方は多い。
それは、その時代に流されぬ表現スタイルに全盛期の「プログレッシヴ・ロック」を投影させているからかのかも知れない。同時にそれは間違っていない。
しかし、そのカンタベリーさえも、前述のように消費されているのが現状である。
カンタベリーが今後、どのような展開を見せていくのか?
その行き先は自覚的/無自覚的リスナー達に委ねられているのだ。