あずまんがとは何なのか

〜一般とマニアの境界点〜

 昨年(2008年)のことだ。
 友人宅に泊まった際、一緒に泊まった漫画好きの友人が、『よつばと!』を全巻持ってきていた。
 その漫画も作者のあずまきよひこも知らなかった俺は、「面白いから読んでみな」と言われても、「ふーん」という感じで読み飛ばしていた。
 だが、するりと全巻読んでしまった。
 爆笑するわけでもない。深い人生訓が込められているわけでもない。ただ純粋に、「面白い」ものだった。
 その友人と共にBOOK・OFFを漁っていた際、彼はあずまきよひこの過去作である『あずまんが大王』を探していると言っていた。そこで俺は目ざとく105円コーナーにそれを発見し、友人に渡して彼を喜ばせていた。しかしその『あずまんが大王』なる漫画は、噂だけではどうにもオタク好きするようなことを耳にしていたので、俺は敬遠していた。漫画好きではあるがオタク属性の強くない友人がそれを手に入れるという事態を、「ああこいつも結局オタク化してしまったか」と思っていた。自分のことは棚に上げて。
 しかしだ。
 それから数ヶ月、俺は一度読んだだけの『よつばと!』が頭から離れなくなっていた。
 それは純情無垢で悪戯っ子な「よつば」が活躍する作品で、ほんわかとしながら各キャラの個性が強く、何より「漫画として」よくできていた。よつばの破天荒な行動やその結果、何だかんだでうまくいってアットホームになる展開は、忘れかけていた「童心」をよみがえらせる。流行の「萌え」に走るのではなく、しかし魅力的な女の娘は、描写がうまい、というより、何かをくすぐる。とーちゃんは何の仕事をしているのか。こんにゃく屋か。っていうかよつばは誰の子なんだ。ふーかはあしふといな。実は眉毛もな。
 などと思い返しているうちに、思い立ったように全巻を買ってしまった。
 一気に読み耽り、その後も繰り返し読んだ。今や愛読書であり、続巻が出るのを首を長くして待っている。待ちくたびれて折れそうだ。
 それから恐る恐る、いや、実際は喜び勇んで、『あずまんが大王』を全巻注文した。
 読むや、こちらはまた別の角度でハマってしまった。
 女子ばかりが出てくる(といっても男子もいることはいるのだが)高校生活に繰り返される非日常的な日常の出来事。やはり魅力的で個性が強いキャラクター達。「萌え」のようにクネクネして好きになるのではなく、「ええなあ」とぼんやり思いながら好感を抱かしめる彼女らは、ギャグゆえに無理矢理な設定を用いながらそれをネタとしてうまく展開する。女子高生ばかりが登場するのに、色恋沙汰や助平な話はない。寧ろサワヤカに笑えてしまう。無論パンチラのひとつもない。
 偏見であった。
 確かにオタク受けするのは納得できるが、いや寧ろ、オタク気質を持っていながら真性のオタクを毛嫌いする俺のような人間に、ひょっとしたら一番フィットするのじゃないか。言わばオタク向けというより「マニア向け」なのかも知れない。
 それからさらに、『あずまんが大王』で人気を博す以前にアニメLDなどに書いていた短編集、というより断片集の『あずまんがリサイクル』と『あずまんが2』も手に入れた。『あずまんがリサイクル』はオリジナルの『あずまんが』のリニューアル版ということだったが、構わない。それより『あずまんが2』に「よつば」が登場し、原点を知り、またふーかがまったく違うキャラであったことにドびっくりした。字も違う。
 好きになったら一直線、が俺の指針である。
 勢いは止まらない。
 ファンの間では有名になっている、ペン・ネームで書いたというエロ漫画『淫魔の乱舞』も中古品だが手に入れ、読んで興奮するでもなく貴重品として棚に並べた。俺の悪い癖だ。
 ほどなくして、「あずまんが大王10周年キャンペーン」が始まった。
 アニメのDVDボックスが廉価版で限定リリースされ、3ヶ月連続で「新装版」も発売される運びになった。俺は殆ど迷わずDVDをネット注文(出たばかりのDVDはネットでは安くなる)し、新装版を書店で予約した。
 まさかこの齢で、アニメDVDを買うとは。
 それもオタク向けの。
 だがいいのだ。俺はもう吹っ切れた。
 いいものはいい。
 あずま君、
 君は、いい。
 届いたDVDを俺は一気に鑑賞し、ポップでキッチュなオープニングに惚れた。本編はなかなかまとめて見られなかったが、オープニングは毎日見て心の慰みとした。しかしパソコンで見ていたのが災いして、壊れたドライブに巻き込まれて、よりによって最後のディスクが出てこなくなった。慌てて修理に出し、しかし直らないと言われ、ディスクだけ取り出してもらった。
 その間、耐えられずにDVDプレイヤーを買った。そしてオープニングだけは毎日見た。
 帰ってきたディスクは傷付いていたが、どうせ売る気はないので見られれば構わない。ようやく完結したアニメを、友人間であずまんがブームになっていたので彼らに貸すことにした。俺にあずまを教えてくれた友人より先にアニメを買ってしまったのだ。
 数ヶ月が経つが、未だに返ってこない。
 そこで途切れたオープニング中毒を、俺は新装版『あずまんが大王』で満たした。すると新装版は、セリフなり絵なり両方なりが8割方描き直しされており、まったく新しい『あずまんが大王』になっていた。
 これにファンは過剰反応した。
 やれ「昔の持ち味がなくなっている」だの、「小学館相手だから良い子になったのか」だの、「ちよちゃんがまるでよつばだ」だの……それらは当たっているようで、実はひどく外れな意見でもあった。
 あずまきよひこは、『よつばと!』で一般層にも支持を広げたため、その読者も違和感なく入れるように『あずまんが大王』を「今の時代に合わせて」リメイクしたのだ。
 マニアやオタク相手ではなく、一般的な漫画好きでも読めるように。
 結局のところ、改作を批判する者はノスタルジィに浸りきっており、『あずまんが大王』は俺達のものだ、イメージを壊さないでくれ、と吠えているだけだった。新しい読者なんて関係ない、オタクな俺達を満足させておくれ、と。彼らは自分の作り上げたイメージに甘え、新しい読者のためにもリメイクされたという現実が見えない。恐らくそうなることを見越して、オリジナル版も絶版にはされず、版を重ねている。
 それでも新装版は破茶目茶に人気で、俺の知る範囲でも売り切れ続出、発売日の翌日には増刷が決定したという。だから初版を持っている人は大切にしたまえ。俺もするから。さらには「東京国際ブックフェア」の小学館ブースでも手塚“漫画の神様”治虫以上に大胆に陳列され、その人気の高さと作者を含む販売側の意向を感じた。

 ここで新装版について徹底的に語ろう。
 新装版は主に絵を描き直している。オリジナルでは特に初期と後半を見比べれば一目瞭然、連載中の漫画家によくあるように絵のタッチが明らかに変わってきたので、現在の画風に近い後半のタッチに描き直されている。そのため1年生など殆ど別物だ。ちよちゃんで言えば「砂沙美からよつばへ」変わっている。ゆかりが拾ってきた子猫を抱く場面でその違いが最も解る。改めてオリジナルを読み返すと最初の榊はワイルド過ぎて、大阪も可愛くない。ともは雑で、名前もなかったよみはテキトー。ゆかりとにゃもはそれまでのLD漫画などの仕事にタッチが最も近い。全体的にオタク受けが強い、デフォルメされた描写になっている。輪郭も横に幅広で、ラインが少し角張っている。
 何度も読んだ筈なのに、そういったことをしっかり意識していなかなかった。後半や新装版、さらにアニメで自然とイメージが固まって、読みながらそれがひとり歩きしていたので違和感が少なかったのだ。描き直されても殆ど変わっていないのは木村ぐらいか。
 さらには、台詞も大幅に変わっている。露骨な表現を避け、間を作って想像の範囲を広げている。それが顕著なのはやはり1巻で、男性教師が宿題を忘れた生徒の頭を叩く際、ちよちゃんにはやさしく叩いて「ロリコンだ……」と生徒に囁かれる場面の、その生徒の囁きがカットされている。滅茶苦茶細かい部分では、かおりんが最初だけ榊に対してもタメ口だったのが直されている。
 展開もかなり変わっている部分があり、台詞同様に間を作って想像の範囲を広げる方向に改作されている。前述の子猫が窓から逃げていった後のゆかりの台詞が「あの子ならひとりで生きていけるわ」という無責任なものから「じゃあ窓ちゃんと閉めて早く帰りなさい」という事なかれ主義になっている。それどころか、丸ごと描き直されたというか、描き下ろし同然のものも少なくない。とものテスト問題予想シーンが馬鹿丁寧に氏名を記入する話になっていたものなどがそれだ。
 このように、全体的にアクが抜け、マイルドに改作された感を受ける。そのせいでゆかりやともの破天荒さはやや潜み、榊はやわらかくなった。大阪かわいいよ大阪。やっぱりよみはえろいな。神楽は途中からの登場なので、他のメイン・キャラに較べると劇的には変わっていない。だがその分コアなファンがいるようだ。
 こうしたアク抜きやオタク要素の排除はオリジナルの持ち味をやや失ったように思えるが、絵柄がほぼ統一されたのはそれ以上に大きい。漫画家だったら必ずやり直したくなる要素だ。そう言うおまえは漫画家か。そのお陰で一般に受け入れやすく親しみやすい、完成イメージに近い絵柄で統一された。裏を返せば『よつばと!』の絵柄になったわけだ。こと眼はそれが著しく、メイン・キャラは独特なラインの榊以外、殆どが「よつばとライク」な丸い眼になっている。その眼が今のあずまの絵の一番の特徴であることは、読者諸兄は重々承知のことだろう。榊も強いて言えば、冷たい視線になった時のとーちゃんやあさぎに近くなっているのだが。すべての描き直しに言えることは、前述した輪郭を中心に、体型までしゅっとしている。たまにし過ぎている。
 さらに細かく言うならば、オリジナル(特に初期)はギャグのため表情や手足が単純化するデフォルメ描写を多用していたのに対し、新装版は比較的それを抑えている。これは描写による単純なインパクトより、間を重視した想像ありき、という現在の手法に変えた証拠で、やはり言うならば「よつばとライク」になっている。
 もっと些細なことを言うと、キャラの身長が微妙に変わっている。大阪は小さくなり、神楽は大きくなった。これはイメージを定着させたアニメ版に基づいた設定変更であり、最終的な公式の身長なのだろう。身長差が余りなかったボンクラーズを、天然ボケの大阪、活発な神楽のイメージに合わせ、ともを基準として差別化する意図が見える。ひいては、ちよちゃんと榊というペアをよく組む相手に近付けたのだとも思われる。これは意外と小さいことではないのかも。それは同時に、マニアの間で賛否両論だったアニメが、実際にはキャラを具体的に確立する役目を果たしていたのではないだろうか。一度しか見ていないまま貸しっ放しなので深く考察できないが。しかもよく読み直したら描き直したものでも身長が均一だったりする。むむ。
 しかし、当時はその概念がなかったにせよ、実際的には「萌え」の先駆とも言えそうなキャラ分けだ。
 実質的な小学生、全開するボケキャラ、隠しきれない可愛いもの好き、暴走気味に天真爛漫、ニー・ソックスにメガネ、ガサツなようで実は純情さん。おまけに深層心理的な腐女子。見事に様々なタイプの「ツボ」を用意している。
 まるで現在の「萌え主体になる漫画業界」を予言していたようだ。しかもその後、『よつばと!』になってからはそういう路線は封じている。あるいは、凝縮してキャラクターに活かしている。新装版に追加収録されている雑誌『ゲッサン』に短期集中連載された「あずまんが大王 補修編」もそうだった。あずまきよひこは、ひとつの価値観を提示したと共に、新しい指針を打ち出したのだ。

「あずまんが10周年」の締めくくりは、ムック『大阪万博』である。
 あの狂気のビッグ・イヴェント「大阪万博」ではない。『あずまんが大王』には大阪から転校してきた天然ボケの「大阪」なる女子がおり、彼女が一番人気キャラであるので、それを利用して作成されたのだ。かく言う俺も大阪が一番のお気に入りである。
 これは所謂「ファン・ブック」のようなもので、前半は『あずまんが大王』に関する膨大な写真資料がこれでもかと収録され、後半は様々な作家が「トリビュート」と称して描かれたパロディ漫画を収録している。前半の資料はものすごく有意義だが、後半の漫画はどうなのかと。これじゃあ公式の同人本ではないか。と思っていたらコアなファンの間でさえそういう見解が殆どだ。それも角川・スクエニ・芳文・ワニなど、出版社からして「いかにも」な作家陣。正直、これは要らない。マニア性を孕みつつもやわらかく否定してきたあの世界を、本当にマニアのものにしてしまってはまったく面白くない。ましてや定吉さんがミンチにされてちよちゃんがそれを食うというのはどうなのか。あの世界をブチ壊しにしてやいまいか。
 新装版も快く迎え入れた俺だが、これにはひどく嫌悪感を示す。
 あずまんがはあずまきよひこが描くからあずまんがなのだ。
 設定を借りて真似をしても、それはあずまんがじゃない。
 それは『ぼのぼの』がいがらしみきおにしか描けないように。
 読者が求める独特の「間」や「雰囲気」、「味」は、原作者本人でないと出せない。

 棚に収納したあずまきよひこ全作品の写真だが、いかんせんボケている。暗い場所で不安定な姿勢の撮影は難しい。
 文中にあるように、持っているのに貸したままなのでDVDボックスはここに入っていない。代わりに『究極超人あ〜る』(それも愛蔵版)が並んでいるのが、俺のマニアだかオタクな気質を示してしまっている。ちなみに『あ〜る』のDVDも持っている。好きなんだ。悪いか。
 一時期、『よつばと!』のアニメ化が噂されていたことがあった。しかし『あずまんが大王』のアニメでも再現できなかった、最大の味である「独特の間」を、さらに雰囲気が重視される『よつばと!』で表現するのは難しいだろう。ましてや原作は8巻にしてまだ最初の秋だ。季節に関係のないOVAならまだしも、テレビでは難しいだろう。
 いっそ、アニメ化しなくていい。いや寧ろ、してほしくない。
 あのゆるやかな世界は漫画だから表現できるのだ。
 したらしたで喜んだり批判したりするのだろうが。
 しかも実は、実写化も企画されていたのだが。「よつばと 実写」などのワードで画像検索してみるといい。

 なお、『あずまんが大王』と『よつばと!』は文化庁なんとかだのメディアなんとかだの、たいそうな賞も受賞している。
 一般層にもひろく受け入れられるという証拠であり、決してマニアの慰みものとして終わらせてはいけない。

 最後に、
 俺はあずまきよひこの「作品」が好きなので、フィギュアやグッズまでは手を広げない。
「萌え」になったら作品性など関係なくなり、根本たる漫画作品さえ単なるいちアイテムとなってしまうと思っているからだ。
 だから同人誌などは、いっさい興味がない。
 それでもフィギュアを買った友人には見せてもらい、女子人形を手にした時の常行としてスカートを覗いたが。
 そう書いておけば、こう高飛車に持論を展開してきた俺も、単なる傲慢で偏屈な変態ということで片付くので、読者的にも書く俺としてもキャラが決め付けやすい。だから真偽関係なく意図的にそう書いておく。
 そうさ、俺は変態さ。

*後日追記*

 フィギュアに、若干ではあるが手を出してしまった……。
 何せ、相場が急騰していたよつばリボルテック初代の新品が定価で地元にあったのだ。そこへきて友人達と赴いたアキバでジャンク100円コーナーに転がっていたので、小さいものを3体ほど購入してしまった。そうしてパソコン・デスクの片隅で榊さんがマヤーと共に笑顔を見せ、ちよちゃんが「幸運を!」と微笑み、夏服大阪がほへーと立ち、よつばリボルテックがアイスを持って笑っている。
 しかしこれで俺をオタクとなじるなかれ。ともやよみは発見しても買わなかったのだ。一応は指針があるつもりなのだ。と、話に挙がっていない神楽の微妙な立場に心揺らぐものがあるが。
 いささか画像なども保存しているが、俺はオタクではない。中には『あずまんが』のオープニングにあわせて『よつばと!』のキャラでフラッシュ動画を作ったすげーものもあるのだ。それは保存せざるを得まい。
 などと訴えても空論に終わるので、結局は「変態」ということでまとめておく。