レトルト・カレーの醍醐味
〜手間より味だ!〜
俺はカレーが大好きだ。
よく「あなたの一番好きな食べ物は?」という質問があるが、俺は何の迷いもなく、一刹那を置く間もなく「カレー」と即答する。それこそパンチラを見て勃起する男子中学生のような早さで。
うだうだと「えー、お寿司も好きだしー、ピザも棄てがたいしー、ハンバーガーもいいかなー」などと悩む輩は、日頃から己れの食という感性を磨いていないのではないか。あるいは、磨き過ぎて選択できない吝嗇家なのか。いや、食物をただ口に運ぶだけで、自分の本当の好みなど考えたこともないのだろう。
しかし「カレーが好き」と断言しても、別段こだわりがあるわけではない。本当にカレーなら何でも好きだ。
鍋で作る家のカレーから、外食、レトルト、カレーラーメンやカレー鍋、カレーパンに至るまで、とにかくカレーであれば即座に俺の脳は「これは好きだ」という反応を示し、食す前からアドレナリンがこんこんと湧き出る。そうして口にすれば、最初からうまいと決め込んでいるのだからまずいわけはない。時折「しかしさずがの俺でもこれはどうだろう」というものがあるが、それはカレー味にはなかなかない。繊細な塩味と違い、カレー味は何でも中和して「いわゆるカレー味」に仕上がってしまう。それは豚の生姜焼きがどんなド素人でも砂糖と塩を間違って作ってもうまくできてしまうように(試してみるといい)。しかしカレーは料理人によって味ががらりと変わるのも不思議だ。
がためカレー味は悪く言えば「繊細さに欠ける」面が大きい。しかし雑食な俺にはまさにキング・オブ雑食。それがカレー味である。
そのため、インド人は3食すべてカレーだとテレビで見た時には、反射的に「インドに住みたい」と、日頃からのインドへの憧憬が深まってしまった。俺はハンバーガーなぞ食わずとも生きられるが、カレーだけはどうしても食いたい。毎食でも構わない。
それぐらい、俺はカレー馬鹿だ。
そのカレーの中でも、俺はレトルトパウチを好む。
これには持論があり、まずは「市販のルウを使って作るカレーは、結局どれも似た味になってしまう」ということと、「鍋で作るのと違って腐らさずに済む」、「ひとりでも気軽にカレーが楽しめる」、「いろいろと本当に違う味が楽しめる」、そして「手間より味だ!」ということだ。
確かに、家族団欒で母の愛情カレーを食べて「おいしいね」と言い合うのは幸せな情景だ。しかし家族にカレー嫌いがいたり、ひとり暮らしでは大量に作ると余って腐らせるだの少量を作ると逆にコストがかかるだのの生活上の原因があるので、それも叶わない。
そこで、レトルトの登場である。
昨今、食品メーカーの地道な研究により、昔の「お手軽だけど安くない」「安いけどうまくない」「味がどれも似てる」というレトルト・カレーは少なくなった。一時期は甘ったるいボンカレーしかなく、他にあっても追従するような味のものや、お買い得だがどうにもおいしくない、というものが殆どだった。だがメーカーに惜しみない拍手を。今や、スーパーで特売される安っちい4袋入りなどのもの以外は、それなりに味が違い、趣向がまったく違うようになった。特に近年、変わったカレーが次々と発売された(あるいは脚光を浴びるようになった)ため、スーパーに行くだけでいろいろなカレーが手に入るようになった。
以前の俺は、ひとり暮らし時代の困窮の名残から、安売りのカレーを好んでいた。しかしたまに高いカレー(それこそ倍以上値段が違う)を食してみては「ああ! 俺は金を惜しんで本当にうまいものを見逃していた!」と悔やんでいた。そのため最近は、安いそこそこのカレーよりも、多少値は張っても俺にとってうまい、または変わった風味で俺を刺激するカレーを求めるようになった。
するとどうだろう。
みるみる俺はカレーに対してグルメになり、安いカレーなど食わなくなってしまった。それでもそれしかなければ食うが、矢張虚しさが訪れる。4パック入り298円の「シェフのカレー」なんかをうまうまと食っていた過去はどこに。無論なければ食うのだが。
以下は最近買ったレトルト・カレーである。

この中では、下段左端の「伽哩屋カレー」が最も安価で、唯一100円しない。それ以外は2〜300円か、それ以上するものもある。
しかし俺は、どうしてもグルメにはなれない。庶民感覚が働いてしまい、1食500円となるとうまそうでも手が出せない。それならば安い「伽哩屋カレー」を食し、安価なカレーでは最も自分に合うその味にそれなりの満足を覚えるだろう。
この写真を見て頂ければ一目瞭然、俺は辛いカレーが死ぬほど好きだ。殊にここ最近は馬鹿みたいに辛いものが好きで、ラーメン屋でも激辛を注文してはそんなに辛くないと虚勢を張り、味噌汁にはたっぷり唐辛子をかけ、焼き蕎麦やチャーハンには胡椒が欠かせない。味噌ラーメンにはすりおろしにんにくを入れるのがやめられない。つまるところ、辛いものというより「刺激物」が好きなようだ。
こう書くと諸君らは俺のことを「辛けりゃそれでいい味音痴」と呼ぶだろう。それは半分当たっているが、その実半分外れている。
これでも俺は、「味を破壊しないギリギリのラインで」刺激物を投入している。辛いだけで味がないものが好きなら、唐辛子の種でもかじっているだろうよ。辛いものに慣れると、その辛さの奥にある味を確かめ、それがいかに辛さと融合しているか、あるいは台無しにしているかが判別できるようになる。しかしその基準は自分の舌と脳髄による自己判断なので、人によっては味を感じず、それをうまうまと食す俺を蔑視するだろう。
しかし画像を見よ。「海軍カレー」や「マースカレー」はまったく辛くないことがパッケージからも判別できるだろうし、「ドライキーマカレー」「タイカレー」のように若干変わったカレーも俺は好んでいるのだ。辛そうなものが3箱もある事実は否めないが、このように俺は「辛い」と「うまい」を別枠として、あるいは同枠としてとらえている。
試しに、一番辛くなさそうな「マースカレー」を食してみよう。

と思ったら、いきなり当たりくじが出てしまった。何たる幸運。または運の無駄使い。
数種類のプレゼントがもれなく当たるとのことで、こりゃあ純金スプーンがいいなあこれがあればカレー馬鹿にも箔が付くぜ、と思うも、隅に「プレゼントの選択はおまかせください」とある。おいおい、選べないのかよ。ストラップとかキーホルダーなぞ要らんぞ。しかし当たったものは当たったので、ともあれ喜ぶとするか。
さて食うとして、懐かしい黄色い甘そうなカレーに、思わず「カレーの王子様」とまで行かずとも「ボンカレー」を思い出してしまう。これはお子ちゃまの食い物か、と軽く失望しつつ食すと、まったくそんなものではない。あんな子供向けありきの甘いだけの味ではなく、甘口な中にも独特のコクがある。ものすごく食べやすいが、素直に「うまい」と思う。当然「懐かしい」とも。大人が食う優しいカレーといった按配だ。実は具もデカい。
次に目玉の「海軍カレー」。
これを食うことを、俺は長年の夢としてきた。何分安くないので、貧乏舌でありいいものより安いものを、という庶民主義が今の今まで俺にこれを遠慮させてきた。しかしカレー好きとしては決して避けて通れない関門、それがこの「海軍カレー」だ。
安売りでも2パック入り800幾らだったので、1食400円以上。何たる贅沢。贅沢は敵です! と叫ぶ戦中派の俺が心にいるが、今は平成の飽食時代である。戸惑ってはいけない。考え方を変えよう。1食400円以上という計算ではなく、もう1回食える分が残っているのだと。
何でも、このカレーは日本のカレーの雛型的存在であるらしい。インドからイギリスへ、そこからよこすか海軍に伝わったカレーというものを、日本人向けの味にして海軍内の食事としていたところ、大好評。それが本土にも伝わり、一躍カレーは庶民の洋食の王様となった。つまりは、この「海軍カレー」こそが「オリジナル日本カレー」であるのだ。
過剰に期待してしまったので、正直に味わえるかどうか……恐る恐る口にすると、うまい! 矢張期待しただけのことはあった。
まるで普通の辛さなので、辛味を期待してはいけない。寧ろ、「普通にうまい」カレーを求めれば、即ち舌鼓を打つこと間違いない。純朴さがあり、それでいてコク深く、具も豊か。カレーの具、特に肉がうまいのは特筆すべきことだ。レトルトではどうしても制限ができてしまうそれが、本当にうまい。「普通に」うまい。
奇をてらったものや辛さ勝負のもの、タイやインドのカレーではなく、「普通の純粋な日本カレー」を求めて食うべし。さすらばカレーに、海軍に感謝して涙が出るまでいかなくとも満足できるだろう。もう1パックはどうしようかな。またのお楽しみにするか、親に食べさせてみようかしら。
続いて、「ドライキーマカレー」。
カレーといえばどろりで肉がゴロリ、なものが一般的だが、少し前にキーマ・カレーが流行ったことがあった。パスタで言えばスープ・パスタのように、「亜流」あるいは「本場はコレさ」的な通振った連中をメインに。
それからキーマ・カレーは流行るもすぐに姿を消しそうになったが、一部で定着した。そうしてレトルトでも食すことができるようになった。
実は俺は、このキーマ・カレーというものにも目がない。
理由は簡単、「具だくさん」だからだ。
もう少し突っ込んで言及すると、普通のカレーは具の配分に困る時がある。最後に肉を残しておこうかなだの、先に具を平らげてカレーを味わおうだの、いっそぐちゃぐちゃにしてしまえだの、その人の食し方が出ると同時に、楽しい食事なのに少しばかり考えてしまう。
その懊悩を解き放ったのが、キーマ・カレーだ。
これは全体的に挽き肉が混ざっているので、全面肉肉肉、であり、悩むことなどまるでない。がため、何の迷いもなく食せるうえに、挽き肉とカレー、白飯の三位一体は癖になる。たまに食うと滅茶苦茶にうまい。レトルトにも数種類のキーマ・カレーがある(とうとう安売りカレーもキーマを出すようになった)が、俺にはこの「ドライキーマカレー」が最も合っている。クラッシュ・ナッツが付随しているのも嬉しい。
いよいよ、辛い部類へ。
俺は前述したように異常に辛いものが好きで、普通の味覚を持った人間より辛味耐性がある。そのため何種類も辛いカレーを食っているが、他の人間が騒ぐほど辛いと感じたことはない。
取り出す、「にんにくや」である。これには中辛もあるが、迷うことなく激辛をチョイス。
このカレーは一風変わっていて、ルウににんにくが混ぜてある。そのため少し匂うが、にんにくもカレーも辛いものも好きな俺にはたまらない。パッケージに「辛さに挑戦!」云々と書いてあるが、正直、まったく辛いとは思わなかった。ただただ、にんにく味になっているので阿呆のようにコクがあり、濃い味が好きな人にはたまらないだろう。
しかし不満というか、変わっているのが具だ。このカレーには辛さを和らげるじゃが芋や人参は入っていない。あまつさえ肉さえも。その代わりに入っているのが、にんにく2個だ。たったそれだけの具ながら、辛さを野菜で誤魔化さず、辛いところへ口にしたにんにくが追い討ちをかける仕様となっている。一種の挑戦状であろう。
しかし俺にはまったく効かず、ふうん、と平らげてしまった。
最後に、本当に「挑戦」するのは、「LEE 30倍」だ。
俺は以前、20倍を食って「さすがの俺も少し辛い」と感じ、それぐらいが丁度いいのかと思っていた。しかし上には上がいる。挑戦せねばなるまい。
この30倍は期間限定のようなもので、それだけでも辛いくせに、恐ろしいことに別のソースが付属している。それをすべて使うと、何と45倍もの馬鹿辛になるというのだ。おお神よ! 辛馬鹿はどこまで行くのか!
いよいよ食おうと何度と箱に手を伸ばしたが……実は、未だに食えずにいる。
俺の中で、俺の丁度いいのは20倍だともうわかっている。だから、それ以上辛いものを食うと、俺の中でのラインが崩れ、ひいては味どころじゃなく単なる辛いものが好きな味音痴になってしまいそうで、怖くて手が出ない。ましてや45倍になるって何だよ。30倍だって怪しいのに。
食わずに考えているのは、
「30倍を少し食って、確かめてから45倍にして己れの辛馬鹿にトドメを刺そう」
「ソースを残して他のカレーに使おう」
というものだが、俺はどちらを選ぶのか。
まだ判断ができずにいる。
こんなカレー馬鹿一代な俺ではあるが、それでも「俺には合わない」と判断したカレーがあった。
それは「デミグラスチーズカレー」という、デミグラス・ソースにチーズがとろけているという、パッケージを見るやうまそうと思い即買いしたものなのだが、これが駄目だった。
俺にさえ、しつこ過ぎるのだ。
というより、「クドい」のだ。
まずくはない。しかし、余りに濃厚過ぎて、すぐに飽きがくる。
無論、それが合う御仁もおられるだろうが、俺には合わなかった。
矢張、辛さも味わいも、その人に合ったものがいいのだ。
またカレーが食いたくなってきた。
そんな今晩の夕飯は、カレー鍋である。
*後日追記*
やむにやまれず「LEE 30倍」を食った。
物足りないので45倍にした。
だが、ぺろりと食ってしまった。
俺はおかしいのだろうか。
*さらに後日追記*
オリエンタルから封筒が届いたので、いつぞやのプレゼントだな、どうせオリエンタル坊やのストラップあたりではないか、と期待もせずに開封してみたら……当たってしまった。
「純金カレー・スプーン」である。

これは嬉しい。素直に嬉しい。本当に嬉しい。
思わず部屋の中で歓喜し、数分間舞い踊ってしまった。
同封された紙には、カレーを愛する著名人のコメントが記されており、オリエンタル坊やスプーンはプレゼントの純金のみならず、普通の素材であれば市販もされていると知った。またその時代によってデザインも変わり、今や5万円するものもあるのだとか。
滅茶苦茶嬉しいが、貧乏感覚が払拭できぬ俺は無論のこと、これを使えずにいる。写真かてヴィニール袋に入れたままなので、俺のもったいない精神がわかるだろう。他のスプーンと一緒に雑に仕舞って傷を付けたりしたくない。これを日頃より使っていればカレー馬鹿ここに極めりといった感なのだろうが、俺はそこまでタマがデカい男ではないのだ。
このスプーンでカレーを食うのは、いつのことになるだろうか。
ともあれ、オリエンタル様、マジでありがとうございます。