抗鬱日誌
〜鬱病からの脱出〜
いつの間にか、僕は鬱病を克服していた。
それは、統合失調症という、簡単に言えば鬱病の進化系のようなものを患ったことに始まる。この精神の病は幻覚や幻聴が度々起こり、精神的にも不安定な状態が常に続くというものだ。僕自身、いない筈の猫の鳴き声がきこえたり、「おまえはそれでいいのか?」という脅迫めいた幻聴を耳にしたり、料理の際に包丁さえ握る力も出せなかったりした。
しかし、デイ・ケアに通い、慣れてきて、その諸プログラムが幼稚なものに思えた頃、幻覚や幻聴といったものはなくなっていた。精神も安定し、その必要性を感じなくなったデイ・ケアを卒業してからは、まるで健常者と同じように暮らせている(職が安定しない/仕事が長続きしない、という点はまだまだだが……)。
そうなると、薬も軽いものになる。一時期は一日20錠近く服んでいた抗鬱剤も、夕食後のパキシル小玉ひとつになっていた。性格も明るくなり、絶望感もなくなった。虚無もそれほど感じなくなったし、人の目も気にしなくなった。
そこで僕は、主治医に思い切って言ってみた。
「もう鬱病は脱したと思うんですけど、抗鬱剤はまだ必要ですか?」
すると主治医は、うーん、と唸ってから言った。
「もう鬱の方は大丈夫でしょうね。あとは統合失調症です。それもかなり良くなってきてるから、薬も軽いもので大丈夫です。まずパキシルは削りましょう」
終わった。
僕と鬱病の3年以上に及ぶ戦いが、あっさりと終わった。
ここまで回復したのは、やはり長期間の休暇、仕事などの精神を圧迫するものの排除、そうしたものからくる精神的な安定によるものだろう。デイ・ケアも、生活に一定のリズムを取り戻すことには役立った。最初は簡単なプログラムさえこなせなかったのに、それが幼稚だと思えるようになったのだから……しかし、余談となるが、デイ・ケアの居心地のよさ(というよりいっさい責任を感じないところやまったりとした雰囲気)に慣れてしまい、それが当然だと思って何年、何十年とデイ・ケアに通う「デイ・ケア・ヒッキー」という人々も多く存在する。病状が良くなっているのに、居心地のよさだけで安住してしまい、20年以上デイ・ケアに通っている人もいる。そういう人になりたくなくて、僕はプログラムの幼稚さに気付き、1年ほどで卒業できたのだが。だからデイ・ケアは回復には役立つけど、長居するべきところではない。これから通おうかと思っている方にはそう言っておく。
現在の僕は、フリーターや無職を繰り返して、ニートに近い生活を送っているが、以前のように電柱に寄りかかって「やばい、これ以上歩けない」ということもなくなり、自暴自棄にもならず、リスト・カットやアーム・カットもしなくなり、普通に起きて普通にご飯を食べて普通に寝ている(まだ睡眠導入剤は必要だが)。僕は鬱病から脱出したのだ。本などにも書いてあるが、鬱病の克服には休暇が一番なのだ。そうして精神をもとに戻すことが大切なのだ。
ただ、僕はまだ統合失調症という病を抱えている。軽症になってはいるが、主治医によるとまだ投薬は必要だという。鬱病だっていつ再発するか判らない。ふとした心の弱さから発病するものなので、安定しているからといってそれに安住していてはいけない。自分自身の精神力を鍛えることが必要だ。
これにて、「抗鬱日誌」はいったん終わることになる。あとは過去の体験談や統合失調症のことなど、精神の病について書いていきたいと思う。