抗鬱日誌

〜精神科に行くまで〜

 ここからは、僕の体験談をお話していきます。
 僕自身、これを書くことで自分と対話することになって改善にも繋がりますし、何より「いち患者」の手記として、参考にして頂ければ幸いです。

 もともと僕は、何についてもネガティヴに考える質で、それも考え込んでしまうことがしばしばあります。何事もきちんとしなければ気が済まなかったり、とかく「生真面目」な面が多くありました。
 前項で「A型的気質」の人が鬱病に罹りやすい、と書きましたが、実際僕はA型です。ただ、「AO型」なので「O型的気質」もあるにはあるのですが、どちらかというと「A型的気質」が強く、細かいことを気にしてやまない気質です。鬱病の素質は、充分にあったわけです。
 そんな僕が、精神科に通うのは初めてではありませんでした。以前、大学卒業後にコネで入ったのはいいものの、自分の気質に合わないと判断せざるを得ない職場を離れた後に、あるクリニックの世話になったことがあります。でも、そこは2、3度行っただけでやめてしまいました。離職後の僕は、まるで「ひきこもり」のような生活をしていたので外に出ることを嫌い、また、金銭上の無理があったからです。
 そこにきちんと通っていれば、今ほどには至らなかったのではないか、とも思います。精神科の類は、最初の頃は処方箋が変わっていきます。その人に合う薬かどうかを、判断する期間が必要なのです。その間に、僕はそこに通うのをやめてしまったのですから。
 そのまま僕はコンビニエンス・ストアでアルバイトをするようになり、その「お客様」の、余りの横暴振りに人間不信の色を濃くしていきます(これについては拙サイト内「怒りのコンビニ日誌」参照)。
 限界を感じた僕はそこも離れ、やがて現在の職に落ち着くのですが、こちらでもトラブルはつきものでした。人の言動というものに対して過敏になってしまった僕は、集中が必要な仕事に集中できない、という逆境に苦しみました。それでも仕事量は増えていき、他に請け負っていた音楽雑誌のレヴューや連載があったのに、その雑誌は休刊(実質上の廃刊)。知人が亡くなったり、人間間のトラブルが重なったり、ストレスが鬱積していました。
 そんなところへ、公私共に頼りにしていたTさん(仮名)が、離職してしまいます。Tさんと僕は仲が良く、互いに通じ合うものが多かった(と、僕は思っています)ので、彼女が職場からいなくなるというのは大打撃でした――これが、僕の蓄積していた「鬱」を爆発させる引き金になったのでしょう。Tさんには無論、責任はありません。僕が勝手に頼りにしていただけなのですから。

 気付けば、いつもきちんと整頓したいた筈の自分の部屋は、散らかり放題。
 ライフ・ワークと決め込んでいた小説も、何も書けない。
 何かをやりとげても、達成感より徒労感に包まれる。
 何をしていても、楽しいという実感が薄い。
 豊かだった表情は無表情が多くなり、笑顔が減る。
 何より、「食べる」ということの意味が解らなくなり、食事量が激減している。
 そこで僕は、ぼんやりと考えていました。
 精神科の先生に、診てもらおうと。いや、診てもらうしかないと……。

 精神科に行ったその日は、まだ、行くとは決めていませんでした。
 しかしその日の起床後、呼吸が定まらず、気道が細まったような感じがして息が細く、動悸が激しい。ここ数日、その症状が続いていたので、一度内科で診てもらおうと思い、急遽、会社に休みを申請しました。
 内科での診断は、心肺機能には異常なしだが、「不整脈がち」とのこと。そこで「リーゼ」という安定剤の一種を処方されます。しかしこの薬は効き目が弱く、服んでしばらくしても息が細いままの日々が続きました。
 後に、精神科に通っている旨を明かすと、内科で処方された「リーゼ」は精神科で処方される「デパス」と同系等の薬なので、薬を変更。「アレギール」という抗アレルギー剤になりました。
 そこで僕は、内科通いをやめます。また「お試し期間」のうちにやめてしまったことになりますが、僕はアレルギー体質など持ち合わせていないからです。

 精神科に行ったのは、会社を休んで内科に行ったその日のことでした。
 一度診てもらわないと気が済まない、という感が湧いてやまなかったのです。自分の息が細くなっているのは、心肺機能よりも精神的圧迫からだ、という薄ぼんやりとした「実感」があったのです。「食べる」という意味を見失い、必要最低限度の食事しかしていない状況も打開したく思っていました。それには内科ではなくて精神科です。
 そこで、まずは近所の某クリニックに寄ります。ところがここでは「不整脈とか拒食のように、躰に症状が現れているなら受けかねます」という返事。今にして考えると、恐らくそこは「精神科」ではなかったのでしょう。「お手軽なメンタル・クリニック」の類だったのだと思います。
 紹介というわけでもなく、こちらに行ってみては? と薦められたのは某病院。病院ならどんな患者も受け入れてもらえる筈。ところが、ここでも冷徹な返事が待っていました。「紹介状はありますか?」「新規ですと午前中のみの受付になります」……成す術なし。それでも診てもらいたい、と嘆願した僕に、受付嬢は案内係を回してくれました。近辺の精神科を探してくれるというのです。
 そうしてようやく、僕は長らくお世話になる「Oクリニック(オー・クリニック、仮称)」を訪れることができたのです。

「Oクリニック」は、ビルの1フロアにある開業医でした。
 ドアを開けると「チャリチャリチャリン」という快い音がします。平日で、時間が遅かったせいもあり、待合室に患者は少しだけ。テーブルの上には雑誌などが敷き詰められ、本棚には医学書やエッセイ、サザエさんなどが並んでいます。いい雰囲気でした。
 受付の女性にこちらを紹介された旨を告げると、白紙を渡されて「症状と思われるもの」を書くように言われます。これは言わば、精神科の扉です。僕はそこを埋め尽くすような勢いで、「食事を採るという『意味』が解らない」「様々なストレス」「頼りにしていた人の離職」などをつらつらと書き連ねました。
 誰かの順番になると、扉の向こうにいる先生の声がマイクで拾われて「○○さん、どうぞ」と待合室に響きます。僕はなるほど、と思いました。これは合理的だし、医師や看護婦と顔を合わせて「これから診療だっ」と緊張することもない。
 初めて対面する「O医師」はお齢を召されていて、どことなく信頼できそうな感がありました。精神科というものは外科などと違って、腕ではなく経験こそがモノを言うので、若過ぎる人では信頼できないものです。
 さきほど紙に書いたことを詳しく説明するようにして、話は進みます。その後、「まだ初診だから判らないけど、今日はとりあえず、という処方になります」という断りのうえで、デパス(0.5mg)を処方されました。そりゃあそうです。来ていきなり「あなたは鬱病だ」と断言できるのは、ひとりでは診察に来られないぐらい重度の患者でもないとありません。
 ともあれ、こうして精神科を後にして、僕がまず思ったのは、
「なぁんだ、考え過ぎた」
「ちょっと安心した」
「もっと早く来ればよかった」
 といったことです。
 精神科、という字面にまだ負けていたのでしょう、その安心感は、大きなものでした。
 それから、ほぼ2週置きで通院する、僕の精神科通いがスタートするのです。