携帯電話との果てしなき戦い:14
〜虎の威を借る狐〜
その日僕は、酒を呑んで友人と共に新宿から高田馬場まで明治通りを歩いていた。終電はなくなり、さらには、あったとしてもぎゅうぎゅう詰めの電車に乗るのは嫌だった。
馬鹿話をしながら歩く僕ら。ふたりで横並びで話していたが、前方や後方から人が来ると、示し合わせたかのように縦に並ぶ。そうやって、迷惑をかけないように歩いていた。
しかし、ここにまた「歩きメール」が現れた。中年で、元不良といった風体。その風体をよく見ておくべきだったが、僕は構いもせず、そいつはよけずにぶつかって、「前見て歩けよ」と言い残して去ろうとした。
しかし、中年は「待てよ」と僕のコートの裾をつかんだ。「人にぶつかっといてその態度かよ?」と、自分が歩きメールをしていたことを棚に上げて自分本位で怒り出した。
「前を見ていなかったのはそっちだろう。だからぶつかったんだ。あんたが前見て歩いていれば、ぶつかることなどなかったんだ」
僕は正論を返す。すると、中年はその正論に対抗できないことに立腹したのか、メールをやめた。だが携帯はいじり続けていた。
「俺はなぁ、組員やってんだ。今から俺の兄貴に来てもらってナシつけてもらうからな、待ってやがれ」
何てことだ! 自分のしでかしたことを、兄貴分に叱ってもらって正当化しようとしている。僕はその場にあったアルミの一斗缶を蹴飛ばし、「自分のしたことぐれえ自分で責任取れねえのかよ!」と叫んだ。しかし中年は電話を既にかけ始めている。友人が、仲裁に入った。僕の友人だから携帯マナーに理解があるかと思えば、彼は、中年に「お願いですからそれはやめてください」とすがっていた。
酒が入って気が大きくなっていたのだろうか、僕は組員への不平不満を撒き散らしながら少し先の広間まで歩いた。組員は電話に夢中で追ってこない。逃げようとすれば、逃げられた筈だ。しかし友人が未だに組員を説得しており、「あいつ、酒呑んでるんで」などと謝っている。なぜこっちが謝らなくてはいけないんだ?僕は広間に突っ伏した。そしてさめざめと泣き始めた。道理で片付かない矛盾への怒りと、仲間を呼ぼうとする虎の威を借る狐と、悪いこともしていないのに謝っている友人、すべてが哀しかった。酒に酔ったサラリーマンふたりが突っ伏して泣いている僕を見て、大丈夫かい、と訊いてきたが、僕は無言で頷いた。
やがて、話がついたのだろう。友人が泣き伏している僕のもとへ来た。そしていきなり、ビンタを食らわせた。
「おまえは正しいことをしたと思っているかも知れない。でもな、お前の正義がこの世の正義じゃないんだ」
僕は頬の痛みを感じながら、矛盾を受けた。正しいことをしておきながら、なぜ正義ではないのか? 組員に謝る方が正しいのか?
それから、僕はその友人と疎遠になった。
だが、僕は自分の正義を棄てたわけじゃない。友人の言う通り、それが世間の正義でなくても、真実であることには変わりはないからだ。
いつまで、歩きメールに困らされなければいけないのだろうか……。