携帯電話との果てしなき戦い:13

〜最低の女子高生〜

 その日僕は、出かけるために地下鉄の改札へ向かっていた。
 すると正面の改札口から、携帯歩きをしている女子高生が出てきた。僕はいつもの習性で、「前見て歩け!」と叫んでいた。
 この一喝で常識のカケラを持っている人間は携帯をしまうのだが、女子高生は違った。明らかに不満気な顔をして、「何ですか? 言いがかりですか?」と僕に向かってきた。
「携帯を見ながら、前を向かないで歩くことがどれだけ危険か解るか?」
「解りません」
 女子高生は、反省もせずにそう即座に返してきた。
「私、運動神経いいから、人が来たらちゃんとよけますもん」
「改札みたいなひとりしか通れないところでもか?」
「それとこれとは別問題でしょ」
 は? 僕は女子高生が何を言っているのか理解できなかった。
 その時僕はCDウォークマンを装着していたのだが、女子高生は「音楽聴きながら歩くのだって危険じゃないんですか?」と言ってきた。逆上した僕は、「目と耳は違うだろ!」と怒鳴り、「なら俺もヘッドフォン外してやるから、おまえも携帯しまえよ」と続けた。しかし女子高生は携帯をしまわず、まだいじっていた。
 そうして彼女は、言い合うのが嫌になったらしく、駅員のいる改札口脇を指して「あっちで(話しましょう)」と言ってきた。僕は何も悪いことをしていない。なのに駅員のところまで行けというのだ。理不尽だった。だが、自分は悪いことはしていないという自負があったので、それに従った。駅員なら、正しく諭してくれると思っていたのだ。
 だが、この駅員は新人かどうか判らないが、気弱で軟弱だった。
「この人、私に言いがかりをつけてきたんです」
「言いがかりじゃねえだろう、注意しただけだろう」
「私が携帯見ていただけで、怒鳴ってきたんです」
「おまえが前見て歩かねえから注意したって言ってんだよ」
 駅員は、口を半開きにして双方の言い分を聞いている。しかし、女子高生の言い分こそが言いがかりであるのは明白だった。それでも、駅員は何も言わなかった。
 そんな駅員の態度にも腹が立った僕は、駅員にこう言った
「人間、前を見て歩くのが常識ですよね? じゃないと人にぶつかりますよね?」
 すると駅員は、力なく、ええ、ああ、はい、と曖昧に答えた。駄目だ! この駅員は話にならない。
 しかも女子高生は、「私、お母さんにこれから帰るってメールしてただけなのに、何でこんなに怒られなきゃいけないの?」と言っている。帰宅の旨を告げるのだったら、地上に出てから電話すればいいだろう。何も歩きメールまでして伝えることか?
 僕は女子高生の態度も、彼女を注意しない駅員の態度にも腹が立ち、立腹の余り、涙腺が緩んだ。僕は何て無力なんだ、こんな非常識丸出しな奴ひとりを諌められずにいる。すると女子高生は、泣き始めた僕を見て「何泣いてんのよ。私が悪いみたいじゃない」と言った。まるで反省していない。しかもその間、まだ携帯をいじっている。
 結局、なぜかどっちも悪いということになって、駅員は面倒臭そうに奥に戻った。
 僕は、最低な女子高生と非常識を叱れない駅員に腹が立った。そして納得できないまま、涙を抑えて、ホームに向かった。
 今日も、あの女子高生は歩きメールをしていることだろう。自分の行動がいかに迷惑か、気付けないでいる。そんな自分本位の人間ばっかりだ。
 僕はその夜、厭世観から手首を切った。しかし、死ぬほどの勇気はなかった。