携帯電話との果てしなき戦い:11

〜「歩き携帯」を徹底的に批判する〜

 巷で、「もはや常識ぃ(馬鹿っぽく)」とまで言われてしまっている「歩き携帯」。歩きケータイともケータイ歩きとも携帯歩きとも言いますね(これで幾らかこのページにヒットするかな?)。
 これは自動車やバイクの免許で言うと、明らかな「前方不注意」です。それを歩行者だから、ということで警察は何も言ってきません。警察も人それぞれで、「なるべく注意します!」と言ってくれる人もいれば「傷害罪にでもならないとどうにもならんのですけど」という頭の固い人もいます。
 けれど皆さん、思い出してください。
 自転車にも「酒気帯び運転」が適用される世の中になったでしょう?
 ならば、(自転車はもちろん)歩行者にも、「前方不注意」を適用すべきだと思うのです。

 彼らは、「どうせみんなよけてくれるから大丈夫ぅ」という甘い認識のもとで歩き携帯をしています。
 これは言い換えれば「俺は携帯様だ、よけてもらって当然」という理不尽なことでもあります。
 現に彼らの多くは、「よけてもらえる」という甘えが前提にあるので、よけない人間が前に立ちふさがると怯えたようにヒェッ、と相手をよけます。でもそれに懲りず、携帯を見ながら歩くのです。
 これを傲慢と言わずして何と言おうか。
 雑誌や新聞などの「歩き読み」が今にして増えていますが、これも「歩き携帯」の及ぼした悪影響のひとつだと僕は思っています。

 さらに僕は、この歩き携帯が「カタワ(これは差別語ではない、区別語だ)」の方に失礼だとも思っています。
 腕が片方しかなく、雨の時は傘を差すのがやっとの彼。しかし前方から向かってくるのは、両手が空いているために片手に傘、片手に携帯というありさま。その衝突を見たこともありますが、歩き携帯は何の気なしにカタワ者を突き倒して去っていきました。
 起こしもしないし、ごめんなさいもなく、ぶつかった意識さえありません。視界が携帯の中にしかないのです。
 これを前方不注意と呼ばずして何と呼ぶのでしょうか。

 また、「メクラ(これも差別語ではない、区別語だ)」のお婆さんが、あの道路のデコボコをツンツンと指示棒で突きながら歩いている場面をよく見ます。
 そこにも、歩き携帯が現れたのです。彼女は狭い道路に横並びになって雑談をしながらも目は携帯電話にあります。談笑している一団も、左右や後ろの仲間に話しかけており、誰も前を向いていません。
 当然のこと、老婆はぶつかってその場に倒されました。
 しかし恐ろしいことに、彼らは老婆を倒したことさえも気付かなかったのです! 自分と、自分達の世界を楽しむ余りに、弱者を省みる心がまったくなくなっているのです。
 ほどなく老婆は、心ある若者に起き上がらされ、非常に丁寧な礼をして去っていきました。
 こんな場面を目にする度、胸が痛んで仕方ありません。

 お前ら、その人にぶつかって重大な欠陥を与えてしまったら、損害賠償できるのか?
 骨折したら治療費払えるか? 義足を壊したら買い換えられるか? もし昏睡したら病院まで運べるか?
 そんな「弱者」は「ごく少数」じゃないんだ、もはや「大勢」いるんだ。
 少しは、相手の気持ちになってみろ!
……そういうわけで、僕は「歩き携帯」を徹底的に嫌います。「歩き携帯」を「もう常識でしょ?」なんて「常識」の意味を履き違えている人間は、どんな人物であれ、軽蔑します。

 人間の目は前にあるんだから、前を見て歩こうよ。
 それだけの、ことなんですけどねぇ……。

*後日追加参考リンク(ほんの一例)*

携帯のメール打ち【ながら歩き】やめて欲しいです。

歩きモバイルの危険

歩きながら携帯メールしてる奴