携帯電話との果てしなき戦い:05
〜勇敢なバス運転手〜
ある日、静かな都営バスの中でのこと。
唐突に派手な着信音が鳴り、バカゾー(馬鹿な若憎)が「もしもしぃ?」と、当然のように携帯電話を取り出した。車内は皆そちらを見やり、その視線は決して、あたたかなものではない。中には溜め息や舌打ちも聞こえる。だというのに、バカゾーは「ああ、今ねぇ、まだバスん中ぁ」などと言っている。相手も相手で、それを聞いて電話をやめさせようとしないようだ。バカゾーはケタケタ笑いながら愉快そうに話を続けている。
「車内での携帯電話のご使用はおやめください」
普段から流れている車内放送ではなく、バス運転手から直々にマイクでその言葉が流された。しかしバカゾーはまるで聞いておらず、話を続けている。その声もまた大きく、傍目からも「迷惑行為」であるのは当然だった。しかもバカゾーは降車口にいるので、降りる者は誰でも彼の「だからよー、ぎゃはは、バッカでぇー」などという声を浴びなければならない。何度も「車内での携帯電話は……」のアナウンスがされるも、効果はまったくなかった。
僕はバカゾーから少し離れてはいたが、苦痛だった。舌打ちが止められなかった。
停車場で停まるバス。しかし、よく見れば降車ボタンが押されているわけでもなく、乗車する人が待っているわけでもない。そういう場合のバスは停車場をスルーしてしまうのに、なぜ?
開いた降車口には、バスを停めた当の運転手が立っていた。
「あんたなぁ、さっきから何回言えば解るんだ! 電話を切れ!」
彼は、バカゾーを注意するためだけにバスを停めたのだ。それは越権行為と思われるかも知れないが、いや寧ろ、迷惑行為の防止という名分が立つため、不当な停車ではない。そのためだけにバスを停車させ、車内にいる人間の、無言のメッセージを代表した運転手を僕は尊敬する。
バカゾーは、チッ、と舌打ちして、ようやく電話を切った。急に周囲を見るバカゾー。周囲はもちろん、彼と運転手を見詰めている。その視線に急におびえたように、背中を丸めたバカゾー。視線の力に気付くのが、遅過ぎる。だからバカゾーなんだ……。
運転を再開したバス。と思えば、すぐにまたバカゾーの着信音が! さぁどうするバカゾー? と思えば、バカゾーは急に小声になって「もしもし……ああ……うん……」と、小声で話し始めた。小声ならいいと思っているのか! 運転手の行為の勇敢さが、まるで役立っていない。電話に出ている時点で彼は「ルールを破っている」というのに。
そこで降車することになった僕は、バカゾーの隣りを通った時に「嘘を」言ってみた。
「あんたのせいで、さっきから心臓が停まりそうなんだけど」
その途端、バカゾーは表情を凍らせ、会話を中断して電話を切った。
ルールを破る度胸はあっても、人殺しになる勇気はないらしい。だからバカゾーなんだよ……。
それにしても、僕は、バカゾーを注意するためにバスを停め、直々に向かった運転手を高く評価したい。もしそれがバス遅滞の原因になったとしても、それは彼の責任ではなく、バカゾーの責任だ。
これは創作ではなく、まったくの「実話」である。