出版社別に並べるわけ

〜「都合」と「合理」を選んだ「線引き」〜

 新聞の読者投稿欄に、こんな主旨の意見がありました。

「文庫本で、自分の好きな作家の本を探しているのに、出版社別に棚が分けられていて探しづらい。どうせ出版社別で探している人はいないだろう。同じ作家はどの出版社のものもまとめて同じ列に並べてほしい」

 むー。
 気持はすごくわかるんですけど、それは難しいのです。
 今まで何の気なしに意識せず「出版社別の棚」に接していたけど、古本屋をやってから初めて、その是非を痛感しました。

 まずそうすると、「PHP文庫」や「知的生き方文庫」といった、筆者よりも内容で選ぶ文庫は並べづらくなりますし、お客さんも探しにくくなります。「講談社学術文庫」などの専門的なものもそうです。書店の買い切り(返品できない)なので並んでいるところは少ないですが、「岩波文庫」も作家より岩波というブランドで探す人が多いでしょう。ちくまもそう。
 じゃあそれらだけまとめればいいじゃん、あとは同列に並べてよ、と言われそうですが、待て待て。他の出版社の文庫がすべて、小説やエッセイであるとは限りません。ルポタージュや料理本もあります。じゃあそれらはどうしますか? という話になる。「文藝春秋 編」というものを作者順に「ぶ」として機械的に並べていいのか? などと。
 つまり、どこかで線引きが必要なわけです。
 そのひとつが、「出版社別に配置する」ということなのです。

 これは漫画でも同じことが言えます。
 それに漫画は、出版社や掲載雑誌などにより版型も異なるので、同じ棚に並べることができない。無理に並べるとすごく不恰好になる。棚の高さも統一できない。
 雑然とした雰囲気が主だった昭和ならまだしも、クリーンが売りの平成の今にして、そんな書店に行きたいですか? 現代人に売れると思いますか? 多くの人は、お店の雰囲気で通うものです。
 だからBOOK・OFFでさえ、漫画は版型ごと、出版社別で分けています。何より「棚の都合」が大きい。そうしないと売り場が汚くなり、買うかどうか悩んだ本を戻す際も陳列が崩れてしまう。
 それをもし「俺は部屋では版型に関係なく作者別にしてるぜ」と言う方がいたとしたら、「それはあなたの個人空間だから許されるのです」と言っておきます。「公」に「私」の価値観を持ち込んではいけない。ましてや商売に。
 それを逆手にとっている書店もありますが、そういったお店はごく一部です。一般の書店は飽くまで出版社別。ところが特殊な書店に行くと、自分と価値基準が似ているから、すごく便利に思えてそれを他の場所にも強要したくなる。
 それは、お客側のエゴです。
 知らず知らずに自分の好きなものと都合を、主張しているのです。

 究極は、「書店員にとって好都合」ということでしょう。何だかんだでこれが大きい。
 古本では、棚を確保しやすい。たとえば宮部みゆきがどーんと入荷されても、出版社別に分ければ棚に並べやすい。これがまったくの作者別だったら、一気に「み」の棚を空けなければならない。そうすると、その前後だけじゃなくて、全体をずらさなくてはならない。もし赤川次郎だったらもっと大変です。「あ」なので、そこからあとをすべてずらさなくてはならない。小さな古本屋では無駄な労力を必要とします。
 もっとこれが使われているお話では、新刊書店になりますと、たとえば返品の際、リストは出版社別にあがるので、同じ棚にまとまっているものからどーんと引き出しやすい。補充もしかり。同じ作者で並べるとしたら、漫画ならまだしも、文庫は面倒なことになります。どうしたって作家は出版社と契約しているわけで、作者個人の意思で返品が決まるわけではないので、出版社と繋がっている新刊書店はそちらの意向に従うのが普通です。
 それらを「そんなの店の都合じゃないか」と言ってはいけません。店員さんがそうやってメンテナンスしてくれているお陰で、新しい本に出会うことができるのです。
 それに、作家ごとに配置するというのは、あきらかに「小説・エッセイ」に限った見識です。世にはそれだけじゃなく、いろいろな本があるのです。
 ひょっとしたら投稿者は、BOOK・OFFをよく利用しているのかも知れません。そこでは基本的にどの出版社も含めて作者別に分けていますからね。でも、BOOK・OFFは返本の都合を考えなくていいし、機械的に105円コーナーに流して、そこでも出なかったら廃棄するという徹底したマニュアル管理。だから新刊書店のような「都合」は不要なのです。むしろそこからの脱却から始まったのです。
 そこに、庶民感覚がマッチしたのですね。だから逆転的に、新刊書店の配置に違和感を受けるようになってしまった。
 それに文庫は出版社により毛色があるので、同じ系統の作品を探そうとすると、どうしたって出版社別の方が都合がいいのです。お店にとってだけではなく、お客としても。
 たとえば、ラノベ好きの人はどうしますか? 『涼宮ハルヒ』を「谷川流」で探す人より、「角川スニーカー文庫」で探す人の方が、圧倒的に多いでしょう。電撃文庫をコンプリートするぜ! なんて人もいるでしょう。最近専門の出版社がぽつぽつできている時代ものも、その典型です。「コスミック時代文庫」を作者別で探す人よりその系統で眺める人の方が多いし、そこから興味が移って別の作者の本を手に取ってもらえることも多い。漫画でも、大判なんかはまず同じ版型で並んでいる棚を探すでしょう。
 そういう人が、ぜんぶ作者順に並べられたら、ろくに探せなくて買えなくなる。お店としても、売れるものも売れなくなる。
 だからこその「線引き」。それが「出版社別」なのです。
 僕なんかは、版権が切れているような戦前までの文豪の作品といえば新潮文庫というイメージが強いので、最近の角川や集英社による「新装版」よりも新潮をまず探すクチです。そういう人も多いと思います。

 でも僕は、
 あてもなくだらだらと棚の間を歩き、
 ふと目にとまった本を手に取って、
 興味を持って偶発的に買ってしまい、
 それがすごく、面白かった。
 そんな出会いを求める、ごく普通の本好きです。
 だから書店では、無駄に時間を食ってしまう。慌てて合理的に、得する本だけを得ようとはしない。
 そんなふうにゆっくりできるのが、書店のいいところだと思うのです。確実な売れ筋の目的のものしか買わないキオスクとは、本質的に違うのです。

 一度、ゆっくり棚を眺めてみませんか。
 その書店と、あなたの「何か」が、そこからうかがえると思います。