アンソロジーってどうなのよ

〜ぬるい作家性〜

 世の中、「腐女子」ブームのお陰で、一部にしか売れないのに古本屋にまで溢れる本が多くなった。
 いわゆるライト・ノヴェル、ボーイズ・ラヴ、そしてコミック・アンソロジーである。
 ライト・ノヴェルは「ラノベ」と呼ばれ、アニメや漫画の公式小説なので、流行に流されやすいけど売れるものは売れる。今なら「ハルヒ」とか、電撃文庫の新しいものとか。ライト感覚で読めるので中高生やオタクさんはよく読むようだ。
 ボーイズ・ラヴは「BL」とよく略され、漫画や小説、さらには雑誌まで出ているという「腐女子ブーム」の代表的存在。ビブロスの漫画は殆どこれですね。ラノベともクロスしている部分があり、新書版から角川ルビー文庫、キャラ文庫など多数の出版社(部門)がある。これもなかなか売れないのだけど、確実に好きな人はいる。それに所詮ブームなので、今が売り時って感もある。
 で、最後に問題なのがアンソロジーもの。
 何が問題って、これら、はっきり言えば「同人誌」なのだ。しかも多くがエロ・パロディ、しかも「ショタ」だの「やおい」だのという言葉で、つまりは「ホモ」を描いているものが多い。今でこそキレーに「BL」とか言われるけど、本質は「さぶ」や「薔薇族」と同じなんだぞ。
 でもホンモノのホモと違うのは、「いわゆる美少年」や「漫画のキャラ」がホモ行為をしているのがメインだということ。都合のいい幻想や妄想が先走っちゃった感じですか。美女のレズとか妹幻想抱く童貞性と似てる気がする。
 で、オリジナルならまあいいんじゃない、と思うんだけど、アンソロジーはアニメや漫画、ゲームの設定とキャラを借りた「パロディ」であること。つまりは、同人です。
 けど、出版社から本として印刷されて流通してる、というのが問題。
 単純に版権上の問題があるし、版権以上に性描写は大きな問題で、作者を通すとまず認められないので秘密裏に行われているケースが殆ど。そりゃあとーちゃんとジャンボのホモ描写はあずまきよひこは認めないだろう。
 なのにアンソロジーには性描写が多い。何度も言うけど特にホモが。
 これは書き手が幻想を抱きがちな女性であることが多く、腐女子がブームになっていて、出版社は目先の金が欲しいから性描写を入れて売りたくて、そのうえ大衆に認知された作家じゃないから気軽に使い棄てできる。
 そういや男子は「妄想」だけど、女子は「幻想」を抱くことが多いように思う。
 実は一時期、BUCK-TICKやSOFT BALLETの同人本もあったのだ。やっぱりホモらしいんだけど、「自分の好きな人が自分の好むように動いている」のが楽しいのだろう。音楽雑誌にも連載から読者投稿までパロディ漫画とか載ってたしね。
 そういうのって、女子的な感覚なんじゃないかな。だから「草食系男子」なんて言葉が生まれちゃったんじゃないかな。
「幻想」なんだから純粋に楽しむのではなく、うがった、マニア的な感性で、「想像」を具体化しているのである程度売れるのはわかる。買いはしないけど、パラパラ読むと「あー、読者が考えそうなこと描いてるよなー」と思う。でもそれは、飽くまでマニア視点だ。
 喩えば、純粋に『ワンピース』が好きな小学生が、ルフィとナミがやりまくる同人本なんか買わないでしょう。ましてやサンジとのホモ描写なんて、嫌悪感を示すんじゃないか。
 そういうものって、本当に欲しい人しか買わないし、そういう人は「とらのあな」とかコミケ、通販に予約などで新刊を買ってると思う。大体にしてマニア向けなんだから、マニアって状態にこだわるから、高くても綺麗なものを買う性質が強い。絶版とかなら折れるけど。それがマニア性質。
 そういうものを大衆的な古本屋に持ち込まれても、売れないんだよね。だから入ってきてもスペースの都合で並べてなかったり、置いても安くしたり、けれど結局は売れなかったりする。
 古本屋に漫画を買いにくる人は、感覚が「大衆」なんだよね。だから専門的なものは求めてこないし、たまにそういう人が来ても、品物がない。そりゃそーだ。新刊で売れないと古本屋には流れてこないし、マニアは貯蔵するからなかなか来ない。けれどアンソロジーものなんて流行り廃りだから、ブームが去ると「処分」されて原作以上に流れてくる。そして確実に売れない。いてもみんな原作を読みたい人ばかりで、ライトな人はパロディなんてディープな世界は興味ないし、パロディを読みたい人は既に持ってるから。
 古本屋的には実に困ったものなんです。
 現に新古書店、こと売れ筋重視のBOOK・OFFではアンソロジーものは105円が常識で、現在流行っているものはなかなかない。今で言えば『テニスの王子様』とか『ハンター×ハンター』、『ヒカルの碁』が多いようですね。いかにも腐女子受けしそうなラインナップ。『ナルト』もよく見かけるなぁ。連載中とか続編開始でも、世界や価値観がある時期やある設定にとどまっていてオタク向けだから、正規コミックと違って売れないんですね。
 もう『銀魂』ものも出てるし、次は『鋼の錬金術師』あたりかなぁ……。
 漫画の飽和状態をさらに飽和させてるような気もするんだが。

 で、アンソロジー作家は、いっぱしの作家を気取っている人が多いと叫ばれている。
 サイトで「仕事」と公言し、商業誌を馬鹿にし、そのくせ商業誌のパロディを「表現」と言い張る。
 まあ「仕事」と言うのはあながち間違いではないと思うんだ。ファミレスやコンビニのバイトと同じく労働で賃金を得ているのだから。でも、アンソロジー作家は自分のことを「漫画家」だと思っている人が多い。パロディしかできない、自分でオリジナルのキャラや設定を考えることができないのに、「作家」であり「漫画家」であると思っている。そういう意味で「仕事」とのたまわっている人が多い。
 これって、音楽で言えば「コピー・バンド」じゃないスか。トリビュート盤の乱造みたいだ。音楽も許可を得てカヴァーする人と、そうじゃないのにコピーしてCDにしちゃう人や会社があるのが似ている。
 つまり、根性がプロじゃないんですよ。同人根性のままなんですよ。金をもらうという意味ではプロではあるかも知れないけど、根本たる精神部分はアマチュア。なのに本として出版され、流通しちゃうもんだから作家性持っちゃって、自分がアマチュア同然であることを忘れている。
 表現云々を叫ぶんなら、規制の少ない同人誌で終わらせておけ、と思うんだが。
 ましてや人気作のパロディ。それを少なくとも「作品」とか言わないでほしい。
 よく「作品が進まない」とかブログで書いている人がいるけど、どうなのかな。締め切りとか編集とかネームとか、そういう「漫画の雰囲気」を味わって自己愉楽に浸っているように見える。で、便宜上「先生」と呼ばれるもんだから、いい気になってしまう。
 需要があるのはわかるよ。僕だって「あずまんが大王」とか「よつばと!」のパロディをネットで見て面白がってるから。でも前述したように、それって結局は「マニア視点」なんだよね。そのうえで読者の妄想に過ぎないという。
 具体的に挙げれば、ふーかとやりまくるとーちゃんとか、みうらにセックスを教えるジャンボなんて、「よつばと!」読者なら思い描いてしまいがち。それをある程度の画力で描いていたら、読みたくなる。でも、この例は正しくない。なぜならそれらの媒体は「同人」であって、「アンソロジー」として流通していないから。
 だから「同人」ならまだ買えるけど、「アンソロジー」として出版されるものは買いたくない。それは性質が違っていて、同人は飽くまでパロディであることを自覚している。対してアンソロジーは「本で出る」ことが大きく、「本を出した=形になった=認められた」という単純な三段活用に陥りがち。だから作家振る人も出てくるし、それを批判する人も出てくる。
 そうそう、言い換えれば「ケータイ小説」みたいなもんだね。限られた世界で自己満足としてとどまっていればいいのに、いっぱしの本として流通してしまう。そうか、だから僕はアンソロジーが嫌いなのか。と自己納得。たぶん批判する人はそういうこと感じてるんじゃないかしら。
 つまり、
「限られた範囲での自己満足ならいいけど、それを世間に流通させるな」
 ということ。
 同じインディーズでも、自費出版とは表現に対する態度や性質が違うのだ。

 これからアンソロジーものはどうなるか?
 予想では、ケータイ小説と同じ末路を辿ると思う。一見売れているように見せかけ、その実出版社は限界を感じていて、さらには古本が溢れるという。で、古いラノベやBLと同じ価値観になるんじゃないか。
 自分範囲では買わなきゃいいんだけど、品物として扱う立場になるとね。さらには表現云々を言い出したらね……。