ハナから中古狙い

〜正直、浅ましい〜

 これもBOOK・OFF効果かも知れませんが。
 漫画でも小説でも、最初から中古狙いな人がものすごく多い。それも新古書店のような新品同様のものを求める。出たばっかりの本でも中古で探すのをあたりまえにして、新刊で買う気はまるでない。
 あのさ、
 古本屋の身分でこう言うのもおかしいかも知れないけど、本当に欲しかったら新刊でも注文してでも買うんじゃないかな? それが最初から「程度がよくて安くて、できれば105円の」を当然のように探すのはどうかなぁ。余りに根性が浅ましいんじゃないだろうか。
 たくさん中古に出るベスト・セラーや、『こち亀』のような巻数が多いものならわかる。全部新品で買うより、多少程度が悪くても手軽に安く手に入れたいからね。喩えば今さら『セカチュー』の新品を買おうなんて気はしないでしょう。
 でもね、今の本は明らかに消費物になってるし、BOOK・OFFが発行から1年も経ってないものまで105円にしてしまうんで、庶民は「とにかく安く済ませたい」という思考に陥ってる。

 以前、葉桜書房に来たお客を紹介します。
客「ドラクエの攻略本あります?」
僕「はいはい、ドラクエいくつですか?」
客「最近出たばっかりのやつ」
僕「え……IXですか?」
客「そうそう、先月出たやつ」
僕「あのう……それはまだ、攻略本は出てないと思うんですが(当時)」
客「え? 出てる筈なんだけどなぁ」
 あー、出てもいないものまで中古で買おうって。
 しかも「出てる筈」って、どこ情報ですか。僕は足繁く新刊書店にも通っているので、それが発売前なのはまったくもって知っています。

 続いて、子供。
子供「『ワンピース』の最新刊ありますか?」
僕「あれは今週出たばっかりですからね。まだ売りにくる人もいませんよ」
子供「なーんだ。読みたかったのに」
 あああ、買う以前に「タダ読み」前提で要求されている。

 さらには、自分の身内の恥を晒すようなものですが、もひとつ。
母「鳩山首相の奥さん、料理本出してるのね」
僕「あれは増刷して、売り切れ続出なんだって」
母「へー。おまえの店にないかい?」
僕「……ウチ中古だから」
 というように、話題の本や欲しい本は、まず中古で探すのが当然の庶民感覚になってしまっている。

 それが庶民感覚なのか?
 本当に欲しかったら、新品だろうとヤフオクだろうと、それなりの財や努力を惜しまず手に入れようと思うのではないか?
 なのに、毎月コミックの発売日から少し経つと、最新刊を探しにくる人が結構いる。これじゃあ再販制度を認めざるを得ない。
 大体にして、「古本屋」なんだからさ。
 出たばっかりの本や売り切れ続出中の本を求めてくるのは筋違いだと思うんだ。それらは新刊書店でも大プッシュして売り出してる最中なのに、それをハナから中古で探すって。
 今で言えば、大ベスト・セラーの『1Q84』や映画化で湧いている『20世紀少年』がそれですね。これらは何度「ありますか?」と訊かれたかわかりません。でも片や数ヶ月売り切れ状態が続き、片やBOOK・OFFでさえも半値以上で売りに出している、新刊も順調に売れている商品だ。それを最初から中古で探すのはどうなのよ。ましてや「古本屋」ですからね。発注できませんからね。お客が売ってくれなければ商品にもできませんからね。
 なのに流行を追う人は、そういうものを少しでも安く手に入れたがる。
 何度でも言うけど、本当に欲しかったら新刊でも買うだろう。なのに中古を最初から求めるというのは、本当は大して欲しいわけでもなく、ただ話題になってるから読んでみようという感じじゃないだろうか。で、そういうのが話題性もなくなった頃に大量に処分される。そうなると時期はずれで売れなくて、でも大量に在庫が溢れて、なのにまた売りにくる、という古本屋にとっての悪循環になる。
 だから今は、『1Q84』のこの後が怖い。
 来年あたりには大量に入ってくるだろうし、間違いなくBOOK・OFFでは105円コーナーの常連になる。

 BOOK・OFFといえば、僕は以前、BOOK・OFFでは105円コーナーのみを漁ると書いたけど、それは飽くまできっかけ。名前は知ってる、過去の芥川賞、直木賞、興味はあったけど手が出なかった、などの本をまず105円で買ってみて、本当に面白かったらその続編や作家の本を新刊でも買うようになる。予約してでも。
 つまりは、僕はBOOK・OFFは「きっかけ」として使っているのです。最初っから全部105円で集めようなんて浅ましいことは考えていません。それって作者にも失礼だし、自分の価値観が壊れそうで嫌だ。
 あ、ここ、別に僕の自己正当化として揶揄してもいいっすよ。中古が当然な人と違って、僕は僕なりにポリシーあるつもりだから。
 現に浦沢直樹は殆ど中古で手に入れたけど(だって絶版とかメーカー品切れが多いんだもん)、買える不足分は新品で買ったし、これからは新刊を予約する。『チーズスイートホーム』や『本屋の森のあかり』は最初の頃を古本で手に入れ、面白かったので続きは新刊で買うようになった。森見登美彦は過去作は品切れが多かったので中古に頼らざるを得なかったけど、最近作は注文してでも新刊を買った。川上未映子は全部新刊で買っている。でも奥田英朗や桐野夏生はそんなに好きじゃないんで新品では買わない。中古で買えなかったら別にいいほど読みたいわけじゃない。ファンではないから。
 そういう、自分の中でのボーダー・ラインみたいなものを設ける必要があると思うんだ。
 最初っから中古狙いっていうのは、作家に対するリスペクトがないと思うんだ。
 本当に読みたかったら、奥田や桐野でも新刊で買うよ。最近出た『IN』を買おうかどうか迷ってるし。

 よく言われる話がある。
 作家への応援メッセージで、「○○さんの本はBOOK・OFFで見付けたら必ず買っています!」というもの。
 それじゃ印税も入らないし、コメントまで送るほど好きなくせに中古が当然で、それでファンなのか、と。
 これを聞かされた作家は、仕方なく苦笑する。
 そんな現実を、誠実な読者はどう受け止める?

 売れていて中古市場に溢れているものとか、大して好きじゃなかったら中古狙いでもいいと思うんだよ。
 でも有名じゃないものや、最新刊まで中古狙いをあたりまえとするのはどうなのか。
 それが「庶民感覚」というものだったら、庶民っていう言葉使って弱者気取ってんじゃねえよ、と思う。

 本というものは、もはや「作品」ではなくなったも同然だ。
 今や「文学」は死んだ。三文ミステリーや陳腐なエンタテインメント、お涙頂戴の純愛や書籍化なんかするんじゃねえよなケータイ小説が売り上げの中心になり、やがて古本屋に処分されるのがあたりまえの時代だ。
 嘆くわけではなく、何だか虚しいなぁ、と思う。

 でも本が好きだから、僕は新品中古問わずに読み続けるよ。