古本屋の喜び

〜時々嬉しいこともある〜

 何だか愚痴ばかり言ってるような古本屋だが、嬉しいこともある。
 まず、何につけ丁寧なお客さん。おつりを渡す時に「はい、30円のお返しです」と渡しただけで「ありがとうございます」と言ってくれる。こちらは金払わせてるってのに、寧ろ買わせてくれてありがとう的な、接客業冥利に尽きるお言葉。おつりなんて殆どの人が当然の如く無言で受け取るだけなのに、何とお礼返ししてくれるんです。これは嬉しい。そして気持がいい。商売やっててよかったなぁ、と実感する。お客様ヅラしたエラソーな人ばかりじゃないのだなぁ、と善意に触れたような気持になる。東京のコンビニ時代はそんな人ばっかだったからね。より地域密着、ビジネスだけでなく人付き合いもある、地方の古本屋ならではの心あたたまる瞬間だ。そういう人は無料で持っていっていい栞なんかも「これ、戴いていいですか?」と言ってくれる。トイレを貸したら「ありがとうございました」と言ってくれる。うーん、人柄ってのはこういう素行からも推し量れるのですね。
 次に、買い取りをして、「1,300円ですが、よろしいですか?」と言ったら、「え! そんなになるの!? 500円ぐらいだと思ってたのに」というお客さんの嬉しそうな顔。新しくて定価の高いものは買い取りも高いのだが、チリ交にタダで渡すこともなく、紙屑が意外なほどの金になり、売るにしてもBOOK・OFF基準が浸透しているのでそれを越えた額になると喜んでもらえる。これは定価400円のコミックを100円で買い取ってくれないか、というよくいる強欲な人の真逆で、せいぜいこんなものだろうとあきらめている人が多い。そういう時は新しいものを買えたという店側の喜びもあるが、そのお客さんが素直に喜んでいるのを見てこちらまで得したような気分になってしまう。まー悪く言えばそういう人がカモなんですけどね(おいおい、いい話だったのに)。
 それから、意外な買い物をしてもらった時。漫画しか読まないと思い込んでいた高校生が篠山紀信のシルクロード写真集を買ったり、エロ本コーナーをうろついていた中年男性が三木清をまとめ買いしたり、若い女の娘が手塚治虫を買ったりすると、ああ、刹那的な価値観を持った新しい人ばかりではないのだな、と嬉しくなる。これは金儲け以上に「いいもの」を売ってあげたい、という、コンビニ・バイトにはまずない文化遺産の継承といいますか、そんなコムズカシイこと言わなくても、古本屋ってこういうもんだよな、という実感が湧く。あと僕の書いたポップを読んで、原田宗典のエッセイを買ってくれたりとかされると、もうね。やったあ! ってなもんですよ。時折思わずお客さんと雑談してしまう光景も、まちの古本屋ならではですな。
 時々いるのが、売りにきて受け取ったお金で別の本を買ってくれるお客さん。基本的に古本屋なんて捌け口みたいなもんで、不要物を処分してくれてお金もくれる、みたいなもんだが、そういう人は新しい刺激や知識を求めているのがわかり、純粋に読書や鑑賞っていいもんだなぁ、と思ってしまう。そりゃね、悪く言えば書物を刹那的に消費しているようにも思えますけど、これは古本屋としてはとてもいい形なんではないでしょうか。もちろんそれを繰り返してもらって発生する粗利もありがたいしね。
 で、基本的に僕は理性や常識を持たない子供(丁寧に言えばガキ)が苦手なのだが、彼らが無邪気に振る舞うと、齢も齢なこともあってか、何だか自分の子供を見ているような微笑ましい気分になってしまう。憶え立てのおぼつかない「ありがとーごじゃまーす」を聞いたり、親に手を引かれながら帰り際に「ばいばーい」と手を振ってきたり、絵本を買ってもらって嬉しそうな顔の子供を見ると、ああ世の中にはクソガキばっかりじゃないんだな、と救いの光を見る。子供って常識が通用しないからこそ、その裏にある無邪気が売りなのよね。そうでないと子供じゃないよ。エアコンがきいててタダで漫画が読めるからタダ読みに通うようなガキとは違い、純粋さに満ちている。
 あと、いい常連さん。仕事の関係で閉店間際にしか来られなくて「ごめんね、いつもギリギリで」とか言われても、そういう人は冷やかしでも立ち読み常連でも処分常連でもなく、限られた時間で自分の望ましいものを懸命に探す。なので印象に残って自然と憶えてしまう。常連さんには価値ある本を売ってくれる人も多い。BOOK・OFFじゃあ買い取り拒否するようなものでも、葉桜書房では店長がきちんと相場を調べて買い取りする(ちょっと相場に頼り過ぎだけど)。なのでそういう人は「ここはいい店だ」と価値ある本をまた持ってきてくれる。そうやって店の印象がよくなる。どちらにも有意義でいいことじゃないですか。毎回何かしか買ってくれる人も結構いる。これは嬉しい。葉桜書房はBOOK・OFFより買い取りが高いので処分常連もいるけど、こういう人は読書家なのだなぁと思う。きっと僕の部屋のように本が平積みされているのだろう。世間話するぐらい親しくなった常連さんもいる。こういう人は、居着いてくれる。そこはまちの古本屋ならではの喜びだ。BOOK・OFFで店員と文学談義なんてできるものか。
 何だかBOOK・OFF批判になってますね(笑)。まぁ、あすこは前っから、やいのやいの言われてますから。庶民の価値観さえ崩したその功罪は大きいのだ。古本屋にとってはセドリの対象でもある。僕もBOOK・OFFは基本的に105円コーナーしか見ないし。
 ともあれ、こうやって人との交流を感じながら、機械的でなく人間的に接客できる古本屋というものは、ありがたい。お客さんの好みを推し量ってお薦めしたりもする。何度でも言うがBOOK・OFFじゃあそんなことはできない。
 前にも書いたが、古本屋は人生の縮図だ。価値観が問われ、刹那と恒久のどちらに生きる人かがわかる。これを書いたきょうなんかも黒っぽい本が売れて「こんなに安くていいんですか?」と言われたりした。常連さんも来た。買い取りも多かったが売り上げも悪くなかった。葉桜書房も順調にひろまっている。
 こりゃあ僕も、もっと「いい店員」にならないとな。いいお客さんに気持いい対応(機械的な「接客」ではない)のできる、人間的な人間にならないとな。太宰の『人間失格』を買いにきた常連さんに「新潮よりも角川の方が字が大きくて読みやすいし、写真も載ってますよ」とか言って、買ってもらった地道な喜びを育てていかないとな。店と共に成長しなくちゃな。
 古本屋は楽しい。働いていて苦にならない。
 こりゃあ天職だ。クビにならないよう(苦笑)盛り立てないとな。

 やるぞー!