エヌ氏の愉しみ
〜一番苦手な客(?)〜
書くのがものすごくはばかられるんですけど、今回お題は「あるお客さん」です。正確には「お客」なのかわからんのだけど。
仮にエヌ氏としましょう(星新一ふうに)。
エヌ氏は、店によく来ます。週7日のうち5日は来るでしょう。もはや出勤です。そんぐらいの、「常連っちゃ常連」な人です。
でもね、この方が他の常連さんと違うのは、「売りに来る専門」の常連であること。さらに、それらがすべて「拾ってタダで得た雑誌類」であること。ここがすごく、問題なんだな。おにぎり好きなんだな。
で、エヌ氏は週5日以上のペースで、まるで出勤するかの如く拾った雑誌を売りにくる。それがさぁ、電車の中で荷台の上のを拾ったとかだったらわかるよ。でもね、ズブ濡れになってたり泥まみれだったり酷い場合は異臭を放って「コレ、ゴミ箱から取ったんじゃないの?」ってものまであるの。
それでも、こちらは店員です。冷徹に査定して、出せれば冷静に店に出します。けどね、雑誌なんて普通は古本屋じゃ殆ど受け付けてないでしょ? 普通っつうか喩えばBOOK・OFFだったら。それをこちらは受け付けてあげてるのに、エヌ氏は「売ってやってる」みたいな態度なのよ。ええ、コンビニで言うところの「お客様」なのよ。
でね。査定はもちろん、安くなるよ。そりゃ雑誌だし時期モンだし単価は安いし拾い物だし。けどね、それにエヌ氏は「安いなぁ。もうちょっと高くならないの?」といつも文句を言うの。繰り返すけど、大抵の古本屋は雑誌なんて扱ってないからね。それを買い取ってもらえるだけでもありがたいと思ってほしい。店の奢りかもだけど、そりゃ商売人だもの。儲からない話には乗りたくない。
でもね、エヌ氏のブツは確実に儲からないの。エヌ氏は開店当初から入り浸って、半年で雑誌を500冊以上売りにきた。いちいちこちらはそれにお金支払ってた。けど、エヌ氏から買い取ったもので売れたのは、たったの10数冊冊。ジャンプとマガジン、サンデーぐらい。なーのーに、エヌ氏は毎日の如く雑誌を売りにくるわけ。
明らかに赤字でしょ? 店長は長い目で「そのうち漫画雑誌の最新号があるということで噂になるだろう」と言ってるけど、エヌ氏を頼ったらそれでおしまいだよ? この商売、売ってもらえることがあたりまえになるほど奢ったらいけないよ? と思うんだけど、店の方針でエヌ氏の「タダ品」も買い取る。
エヌ氏はタダで得たことを自慢して、いちいち「電車で拾った」「電話ボックスの中にあった」「道端に落ちてた」などと言ってくれるんだけど、いらねっつの。そういう報告。買う気が削がれるでしょ。他のお客さんいるのに。さすがに店長が「この店は拾った雑誌を売っていると言われるからそういうこと言うのはやめてくれ」と言われたのに、やめない。なのにエヌ氏は常連であることを自慢するかのように店に入り浸って、売り物にならない雑誌を売りにくる。
その度に、だ。
僕に質問を浴びせてくる。店のことだったらいいよ? それがね、プライヴェイトのことだったり、店のことでも人に気安く教えられることじゃないのよ。それぐらいエヌ氏は、こっち(店側)を親密だと思い込んでるのよ。
喩えを挙げましょう。
「 」はエヌ氏の発言。( )は僕の正直な気持。
「こんちは」(おいおい、しょっぱなから常連面だな)
「店長いる?」(いきなりタメ口?)
「あ、髪型変えたんだ」(男に、それも彼に言われても……)
「どこに住んでるの?」(え? それ知ってどうするの?)
「学校どこだった?」(地元オンリーな話し方じゃないスか。おいら大学も出てるのよ)
「じゃあ、田中って知ってる?」(そいつ知ってるけど友達じゃねぇし)
「何年卒業? 平成何年で成人式?」(っつうか単純にそんなこと憶えてねぇし。記号は記号だ)
「通勤まで何分かかるの?」(だからさぁ、俺の住所知ってどうする気?)
「煙草喫ってる?」(その前にあんたは喫うのか言ってよ)
「趣味とかある?」(古本屋で働いてる時点で読書が浮かばないものかね)
「彼女いるの?」(あんたこそ女性経験あるの?)
「この店、従業員何人いるの?」(え? まさか働く気!?)
「時給幾ら?」(言えるわけないだろ!!)
……こんな具合である。ほとほと疲れる。
エヌ氏はお喋りと言うかとにかく自分のことを知ってほしいらしく、店長に「自分は派遣社員で、週に2日ぐらいしか仕事がない。だから少しでも金が欲しい」と言ったらしいんだけど、じゃあさ、派遣やめて週5日フル・タイムのバイトしなっつの。まだ40代いってないんだから、できるでしょ。そっちの方が安定するでしょ。それに派遣社員と言っておきながら、たまに入る仕事が「知り合いの植木刈り」とか「知り合いの引っ越し手伝い」ってのはどうなの? 本当に派遣なの?
っていうかさぁ、派遣で自分に仕事が回ってこないって愚痴るのって、自分に才能や技術がないことに気付いてない証拠だよね。それだけ依頼が来ないんだから、いい加減に気付いてほしい。でもエヌ氏のような「親のいる実家にずっと安穏と住んでて仕事も自分のペースでやれればいい」というタイプは気付かないんだな。苦境に立たされたことがないんだな。話によると、やっぱそうらしいし。だから卒業した学校とかクラスメイトとかの話をしたがるのよ。狭い世界でしか生きてないから。なぁんか、いつぞやの芥川賞が評価される時代になったんだなぁ、と思ってしまいましたよ。何が現代版蟹工船だか。単なる無能の吹き溜まりだろ。
エヌ氏は何度か、自分の売った雑誌類で棚が埋まっているのを見て「俺の売ったもので埋まるのは気持いいすね」と言った。その時、さすがに温厚な店長もやや口調を尖らせて「こっちとしては売れないのは困るんだけどね」と返した。でも、エヌ氏は安穏と過ごしてきたから、そういう言葉の裏にある意味に気付く筈がない。「あーそうすか」で終わりだ。ああこいつちょっと前で言うKYってやつなんだろうなぁ、と思った。
結構、書き口が荒くなってきましたね。まぁしゃあない。
エヌ氏は察するに、自分で何かをコレクションしたり、旧友と情を深めたりせず、自分にとって都合のいい後輩をいじれる立場にあることを優先しているようだ。それは彼の売るものがジャンプから文春、果ては10年前の時刻表(買えるか!)だったりと、世間ズレというか、常というボーダー・ラインを設けることを放棄していることから解る。だって明らかに中身読んでないもん。電話帳とか教習所のマニュアルを売ろうとしたこともあったよ。そんなもんタダでもらえるんだから、古本屋で売れるわけないでしょ。そこまで常識がないと、こちらとしてはどうしていいか。かといって「お客様」だから丁重に扱うしかないしさぁ。
はっきり言います。店長は正直どう思ってるか解らないけど、僕は困ります。僕が店長だったらエヌ氏からの購入を拒否します。これは店の立場からの正直な意見です。
でもエヌ氏は、きっとあすも来る。電車で拾った雑誌を持って……つーかさ、電車代あるんだったら雑誌売った金なんてはした金じゃね? なら最初から出かけるなよ、って思うんだけど。職安でも行ってるのかも知れないけど。でも収穫だったからって一度に同じジャンプ5冊売りにくるのはどうかと思うけど。
エヌ氏のエピソードを幾つかご紹介。
ある日、一日に3度も来たエヌ氏は、その日は閉店まで喋り粘って、しびれを切らした僕が閉店の「蛍の光」を流すと、気が狂れたような大声のダミ声の超絶音痴で歌い出し、あげく、
「『蛍の光』って昭和の名曲だよね!」
という名言を放った。
学がなさそうだと思ったらやっぱり……というか程があるというか。
日を追うと、質問はさらにエスカレートしてきました。
「売り上げ幾ら?」(言えるか!)
「風俗行ったことある?」(あなたは友達じゃないんだ!)
「熟女好き? ロリ好き?」(あなたの判断はそのふたつだけか!)
などなど。書ききれない。
あげく、
「30万もする本あるの? 誰も買わねぇだろ」(それはあなたの基準ですから)
「30万の本を売りにきたら幾らで買い取るの?」(そういう本は国会図書館に寄贈されるようなレヴェルであって、片田舎の瑣末の古本屋にはまず来ないから)
「通販で古本のジャンプとか売れる?」(現実的に考えてみてください)
「アラーキーって誰?」(エロ大好きなのに知らないの?)
などの名言もたくさん。
そのうえ客を捕まえて「じゃんじゃん買ってって! じゃないと店長が首吊ることになるから(笑)」と気違いじみた大声で叫ぶ。
それでも、一応は客。コンビニ時代を思い出すよ。
ともあれ、だ。
こういう「お客様」も存在する、ということを、読者の皆さんには知っておいてもらいたい。それは喩えば、毎日コンビニに来てポットのお湯だけもらって帰られるような。でも断れないような。そういう気分。
あなたは、そんな人じゃありませんよね?
と投げ掛けて、今回は終わります。
そんな人ばっかじゃないよね。うちの店にも「ちゃんとした常連さん」はいるんだし。
そう信じたいな。
(後日談)
エヌ氏は、どうやら仕事にありつけたようで、殆ど来なくなりました。
やっと安心できる、と思ったら、たまーにまた拾った雑誌を持ってくる。
僕はどのお客にも丁寧に接するように心がけているけど、エヌ氏にだけは態度に出る。
それはコンビニ時代に「お客様」バリバリな奴にはそれなりの態度をしたように。
だがエヌ氏はそれに気付いているのかどうか、タメ口で横柄な態度をとる。
人格ってその人の態度や言動にあらわれるんだな、と思った。
無論、僕が彼に冷たく接してしまうのも、僕の人格がなってないから。
ちなみに、本当にちなみにですが、
エヌ氏は読者が容易に想像できる風貌をしています。
やっぱりって感じじゃありません?