読書家とは言えない乱読模様
〜筆者の本好き〜
古本屋で働き出してから、本を買い過ぎである。
職業柄もあるが、それ以前に自身が本という存在を好きなことにも起因する。
本は儚い。まるで読み棄てられるかのように浪費され、棄てられあるいは売られてしまう。さらには刹那い。ひとときの読後感を与えるためだけに存在しているように、読んだあとには忘れられてしまう。だのに存在感がある。その人の素養となること必至なうえ、思想から行動まで作り出すこともある。
だが蔵書にはある程度のスペースも必要であるので、ひとり暮らしの頃はそれほど本は買っていなかった。寧ろ読書を中断してしまった質だった。しかし実家に戻るや、引っ越しの際に実家に送った、大学時代に読んだきり段ボールにしまいっ放しだった文庫群を引っ張り出してきたり、途中だった漫画の続きを買ったりし出した。そのうちに生活が安定し、いざ自分が何をするか、と言うと、まず本を買うのである。
漱石先生はロンドン留学中、仕送りの殆どを本に費やしてしまったそうだが、その気持はよく解る。本は、脆く崩壊しやすい自我を再構築することができる。読むことでそれを得るのは当然のこと、読まずとも買って置いておくだけで、なぜか満たされた気分になる。それは未知なる世界にいつでも飛び込める心の余裕と、さも既に読んだかのように本をぱらぱらとめくっただけで得られる情報の錯覚にある。新しい、あるいは定番の、または好きな、知識・情報が鎮座ましましとしているのは、なかなかに充足感がある。読まずして知識を授かったように思えてしまうのは愚鈍であることの証ではあるが、しかして、本というものはそのような錯覚に陥らせるに充分な力を持っているのである。
喩えば、ベスト・セラー作家の最新作。
これなぞ、読まずとも感想が書けてしまうほど一方的なアプローチによって成り立っているのだが、読まずとはいられないほど流行性に満ちている。だからこそ、明治〜昭和の文豪ばかりを読んでいては時代に取り残され、古い価値観しか持たぬ愚物になってしまうだろう。
喩えば、爆発的に売れてこそいないが支持の熱いもの。
これは、必見の価値がある。アングラだとかいうくだらない偏見は棄て、その世界に飛び込んでしまえば、それこそ思う壺である。作者当人は売れるなぞ思ってもおらんのだから、それが読まれることでどれほどの影響力があるのかを知っていない。だからこそ爆発的な力があり、筆者もこれらを愛する人種に値する。
喩えば、評価もされていない人気度の低いもの。
これは読むのに注意を要する。まるで自分が最初の読者であるかのように、気を引き締めなければならない。下手な中傷や賛辞は作家のためにもならぬし、読者のためにもならぬ。それは作品や作家がアングラ以前にグラウンドに出ることを望んでいないことがあり、また誰も評価していないので、価値は本当にその読者による。となれば、最も正直な感想が得られるものではないだろうか。
それらの対極として、芥川賞受賞作がある。
これに筆者はいたく失望しているのだが、近年は、インパクトか安定感のみで選んでいるように思われる。そんなものは文を書き始めたばかりの者や、執筆暦だけは長い者であれば自ずと醸し出せるものだ。だのに選者はそういった視点を自然と持ってしまっている。現代版蟹工船と持ち上げられた先の芥川賞受賞作がいかに酷いものだったか。それを語れば、擁護派が頭を持ち上げるだろう。だから敢えて何も語らん。されど愚者は愚者であり、賢者は賢者であり、労者は労者であるということを記しておく。
下の写真は、置く場所がなく取り敢えずの平積みで部屋の真ん中に積んでしまった3ヶ月で購入した本たち。
少女漫画から小説、思想書に絵本と、読書家とは言えない乱読模様である。
しかしこれでも全部ではないのだ。就寝前に読むよう枕もとに重ねたものや、その次に読むべくベッド脇に積んであるもの、給金後に買うよう古本屋にストックしてあるものなどもある。
とにかく、筆者は「本が好き」なのだ。こと古書に至っては、開いた途端にクリームのような薄ぼんやりとした香が漂うのがたまらない。実際、これらの本は大半が古本である。と思うと、自分は古本屋という職に適しているのではないかとも思えてしまう。

平積みが10山。ということは、ざっと2〜300冊はあろうか。
これをどれだけのペースと情熱で読めるかと訊かれれば、筆者はその答えを知らない。ただ望むものを望むように読み、望むように自分に吸収するばかりである。時に望まざるものさえ吸収してしまうが、それはそれで毒となり活かせるものだ。
そもそも読書とはそういうものではなかったか、と呈して、今回は終わることにする。
後日加筆。
その後も本は続々と増え、半年もすると平積みの山が10つぐらいできてしまった。目算で800冊ぐらいか。
徹底的に足場がなくなり、時によろめいて本の山に転げ落ちて散らかし、本の海にしてしまうこともあった。
そこでいい加減大きな棚を買い、すべて収納した。
平積みの本はなくなり、ようやく部屋スペースが空いたが、それだけで棚は一杯になってしまった。
これから買う本をどこに収納すべきか思案している。