22.憐れなりお湯ジジイ
〜相反する感情〜
どこのコンビニにだって「名物客」なり「迷惑客」がいたりする。
前者は微笑みを誘い、店員の話題になってフレンドリーに繋がったりするからウェルカムなことが多いのだが、やっぱり比率は後者が多い。それはここまで読んでりゃ当然のように思えるだろう。
その中で、僕が最も納得のいかない人物を紹介してしまう。名付けて「お湯ジジイ」。ある種常連なんだが、その実質は客じゃなかったりする困り者である。
「お湯ジジイ」の名の由来は、見当が付く方も多いと思うが、やはり「お湯」に関する「ジジイ」であるのだ。手っ取り早く言ってしまえば、買ってもいない自分のラーメンを持ち込んできて、ウチの店のお湯だけを拝借していくのである。
基本的に、お湯はサービスだ。しかし、それは暗黙の了解である筈の「買った店の品物に」使うことが前提である……のは僕の思い込みだったのだろうか?
お湯ジジイは、大抵お昼前に現れる。我々が接客なり仕事なりをしているところへ、ヒョコヒョコと自前のカップラーメンを持ってレジ前を通る。そしてポットへ一直線していくのだが、店員と視線が合えば「お湯、もらっていいですか?」と訊く。買ってもいない、持ち込みの品物に対して。コンビニは「コンヴィニエント」がウリなわけだからそれを断るわけにはいかず、納得がいかないものの頷くしかない。
しかも、ほぼ毎日だ。
そのうえ、毎日来ているくせに、未だにポットの操作を憶えない。憶えようとしない。沸騰ボタンを押し続け「お湯が出ねえじゃねえかよ」と偉そうに言う。または「お湯が入ってねえぞ」と知ったような嘘を吐く。毎日のことなので苛立ちつつ教えると「そんな怒んなくてもいいじゃねえかよ」と言う。
もし、入ってきてから店員と目が合わなかったら?……お湯ジジイは、無断でお湯を使うのだ。そして礼も言わずに店を去る。やはりコンビニのお約束で、箸を持っていったりもする。結局のところ我々は検査前にバリウムを飲むように、嫌々それを受け入れなければいけないのだ。しかもお湯ジジイはお湯ジジイなりに良心の呵責でも感じているのか、以前僕に「お湯代」と言ってカネを渡そうとしたことがある。「お湯はサービスですからお断りします」と苦々しく言い放った僕の視線の先には、お湯ジジイが持つ10円玉1枚があったのだが、彼のために今まで費やしたお湯代、即ち水道代と電気代を考えるとそれではガゼン足りない。そんぐらい彼はお湯だけをもらいにウロウロしてくるのだ。そのうえ店員の苛立ちを買った分までオマケしてやりたいし。
このお湯ジジイが、たまーに買い物をすることがある。
へえ珍しい、と思いきや、それは常に、カップラーメンより安い「袋ラーメン」だ。そして本来なら沸騰させて作る筈のそれを、カップラーメンの要領でお湯を注いでいく……そう、彼には出来具合や、それに関する味など関係ないのだ。とにかく値段を、安いものを求めているのだ。だからこそお湯がタダのコンビニに来るわけだし、よその安い店で買ったラーメンを持ってくるのだ。
だったら安いところで買い溜めすれば? と言いたいところだが、それには理由があった。
それは、銭湯に場所が移る。近所の銭湯が当時は月に2回もタダの日があって、僕なんぞはその日は必ずひとっ風呂浴びにいったものだが……そこにお湯ジジイがいたのだ。何でえここでもケチしやがってんのか、と僕は自分のケチを棚に上げて早々に風呂を出た。普段のお湯をかすめていく彼の姿により、間違いなくタダの日にしか銭湯に来ないであろう彼の実態が予想されたからだ。
そして翌日、またあのジジイ来るのかな、と思いつつ、品物を棚に並べ終わってカラになったばんじゅうを片付けに外に出た。ばんじゅうの置き場所まで運ぶと――その近くの路地に、お湯ジジイが寝ていた。きっとこれも店からかすめたのだろう段ボールを敷いて、いつも使うカップラーメンの空き容器を小脇に抱えて。
彼は、所謂「浮浪者」であったのだ。
だからといって、僕はばんじゅうをそろりと置いたりせず、いつものように威勢よくドガンと置いた。だがお湯ジジイは微動だにしない。きっと風が吹き車が走る騒音の中の睡眠のせいで、その程度の音は鳴れているのだろう。
僕は彼が浮浪者であるということに気付き、自分の行為が少し浅ましく思えた。お湯ぐらいも、くれてやればいいかと思った。しかし、その日もお湯ジジイは現れ、お湯をかすめていった。その頃には僕の僅かな感情移入も消し飛んでしまった。それは同情であり、憐れみであったのだ。彼がずっと、それに甘んじているのは事実だ。ここで僕まで快活にしてはいけない。しかし、嫌な顔をするのも何だか気が引ける。けれども、やはり、嫌な顔と態度を示してしまう。僕の中で、ひとり歩きした感情が相反してしまう……
彼は今でも、やってくる。
次にお湯ジジイに会った時、僕はどう対処すべきなのだろうか……?
……やっぱり、そういう「他人の好意に甘える」奴には苛立ってるけどね。