17.恐怖のおでんババア
〜不可解にして不愉快〜
さぁて、ここまでの「一般的なコンビニの迷惑話を怒りで書こう!」というスタンス(そうでもなかったかな)は突如崩れ、今回は久方振りの「具体的な客の話」である。だってだって、そうしたくなるぐらいの衝撃だったんだもん。ホントに初めてだったんだもん、そんな客。
でも、
「こんなの、初めて……(うっとり)」
ではなく、
「こんなの、初めて……(げんなり)」
の「はじめて物語」なのである。うむ。
忘れもしない、それは僕の休憩時間のこと。
相方が鳴らした呼び出しベルがスタッフルームに鳴り、僕の休憩一時撤回を次げた。なるべく客の少ない時間に採る休憩時間でも、偶発的に込んでしまう場合があるのでそういう時は有無を言わず出ていかなければならんのだ。
レジを見ると、婆さんがゆっくり金を出している。ああこりゃ宅急便とかの業務と同じでよくある込む原因だわいな、と思いつつ、僕は「お次にお待ちの方からこちらのレジへどうぞ」と叫んだ。
すると、だ。
それまで物陰に隠れていた別の婆さん、いや、上品な言葉で言うところのババアが突然現れ、次の番である筈の、長蛇の列を今まで我慢していた若者くんを差し置いて僕の着いたレジにどっかとカゴを置いた。所謂「ズル込み」というヤツである。
僕は明らかにイヤな顔をして――僕はイヤな/ズルい客にも笑顔を、なんてことはしたくない――仕方なしにそのカゴの品をやっつけ仕事の気分でスキャンしていく。でもようやく全部をスキャンし、表示された金額を告げるべく口を開けることができた。
「合計で5百――」
「あと、おでん頼むわ」
腰砕けである。先に言え、先に! だけどそこで十と一の位の金額を飲み込み、同時に苛立ちをも噛み砕きつつ、おでんの場所へ向かう。
無理なことだが、そこで気付くべきだったのだ。
そのババアが「恐怖のおでんババア」だったということを!
「えー、容器は大中小のどちら――」
「あたしそれ、嫌いなの」
おでんババアは僕の言葉をまたも制し、不可解なことを告げた。いやあですけどおでんはこちらの容器に入れるのですが、と積まれたおでん容器の山を差してあったりまえのことを僕が説明すると、おでんババアはメガネを光らせ、さらにワケの解らないことを言ってきた。
「袋でちょうだい」
?
袋?
おでん用の袋?
んなモン、あるわきゃない。だもんで、またおでんの容器はコレしかないと説明しても、おでんババアは頑として「だからあたしその入れ物キライなのよ」と言い続ける。
な、何てワガママなんだ。しかもキライな理由がまるで解らない。おでん容器は無理さえしなけりゃ割れたりしないし、汁がこぼれたりするのは殆ど客のせいだ。だからおでん容器そのものを責めるのは筋違いというものであって、肩が凝っているのに腰を揉んでいるようなモノである。
袋というと……買った商品を詰めるビニール袋しかない。アレは正直なところ、耐久性に富んだものでもない。新聞や雑誌のカドですぐにピピーッてな具合に、まるでストッキングの伝染のように切れてしまうし、重いモノを入れると伸びて破れる。ましてや、熱いものだとどうなるんだか……だけど、それしかない。だから僕は「コレしかありませんが?」とビニール袋を出して見せた。
すると、おでんババアは言うのだ。
「えーっ? それしかないの? もっと分厚くて丈夫なモノないの?」
あるワケねえだろう。
カレーとか詰めて冷凍できるようなポリ袋は、飽くまで売り物だ馬鹿野郎。
だが一応、それを二重にすることでおでんババアは納得した。だからもし何かあっても僕のせいじゃないぞー。承諾したババアのせいだぞー。まあそんな理屈はコンビニじゃあ通用しないのだが。くそっ。
そんでその袋の中にババアの指定した具を詰めていくのだが……コレがなかなか難しい。だって袋には手提げにして持ち歩くために取っ手部分が付いているわけで、そこが邪魔で邪魔でしょうがない。それをうまぁく外側に折っても、いかんせんヤワい袋だからシナって口が小さくなってしまう。それでもまあ、6品ほどの具を入れられはしたが……
さて、袋だから容器と違って熱も伝わりやすいし、丈夫ってワケじゃないから、汁は少なめがいいかな? と思ってちょっと入れたところでお玉を止めていると、おでんババアは見事に言ってくれました。
「ケチんないで、もっと汁ちょうだいよ」
カチン。
ジッポのフタが開いたような音が、僕の脳裏にコダマしてしまった。それは怒りの炎が燃え上がる寸前ってコトである。
やはりイヤな客には気遣いなんぞくれてやっちゃいけないのだな、僕は仕方なく、ババアが停止命令を告げるまで汁を袋に注ぎ続けた。しかしババアはなかなかそれを告げない。そう、おでんババアは無理な注文を押し付けるうえに「汁をくれくれケチ星人」だったのだ。ケチなのはババアを考慮して汁をあげない僕ではなく、無理難題を押し付けたうえに大した量でもないおでんを買って汁はガッポリもらうババアなのである。しかも僕が注ぎ辛そうにしているのを見たババアは、余計なことに手を添えて袋の口を開こうとする。あのなあ、おでんの汁は熱いんです。しかも形が定まっていないビニール袋の口じゃあ、こぼれることだってすごぉくあり得る話なんです。だから本当に余計なお世話なんです! 無論断ったとも。だってあとから「ヤケドした」って治療費を請求されるのは目に見えているもの。
ようやく停止命令があり、レジへ持っていく。合計価格の計算をやり直すと、千円にも満たなかった。ハイ・リスク/ロウ・リターンである。
ほんでその袋の取っ手部分を戻し、差し出すと、おでんババアはやおらその部分を縛り、球形にした。これはよくあることである。しかし、ババアはそうして茶色のボール状になった熱い袋を、おもむろに自分の持っていた小さな手提げの中に突っ込んだのだ! おいおい、それって縛り目から汁がこぼれてバッグをビチャビチャにしてどうしてくれんのよクリーニング代出してちょうだいってな矛盾する客のエゴを押し付けられるコースではないのかね? だがそれはおでんババアのしたこと、僕は唖然として見ているほかなかった。
千円に満たない価格を告げる。するとおでんババアはそのおでんが入ったバッグから財布を取り出し(ああ紙幣もダメにしたって言われるかもねコレって)、はい出しました、一万円! きたよー、ここまで無理を言っておきながら万札だよー。くそしょうがねえ、とそれを受け取ると、ババアはさっきの汁くれ攻撃の時とは違って早々と停止命令を告げた。端数の処理である。財布がジャリ銭だらけになるのがイヤだ、という自分のエゴに対しては、停止命令はひどく敏感なんである。
しかも、いやに細かい。そこへきて5円玉は余裕で4枚ぐらいあるわ、50円玉も2枚あるわ、1円玉は表面の模様が見えないぐらい汚れているわ……嫌われる支払い方を幾つも重複しているのだ。そのうえ、そんな細かい金を手渡しで渡してきた。あのー、あなたには幾らあるか解っていても僕には解らないし、何より金額確認の義務があるのですが……
だが僕は店員だ。仕方ない。それを数えて、不運なことに(ババアにとっては幸運なことに)5千円札を入れて9千円の返金をした。レシートと共にね。
するとババアは、そのレシートを無言で突っ返してきた。
すぐそばに不要のレシートを捨てる箱があるのに! それに気付かなくてもせめて、ひとこと「要りません」と言えばいいのに! よりによって無言で自分のエゴを最後まで!……
そうこうしているうちに、客の行列ができてしまって僕を呼び出した筈の相方がいるレジは、キレーに人がいなくなっていた。僕は有意義な休憩時間にわざわざ、それを潰してくれるありがたぁい「お客様」をひっつかまえてしまったということになるのだ。しかもスタッフ・ルームでは記憶によると、煙草を喫っていた。戻ってみると、見事それは灰皿の中で既に灰塵と化しているのだった。ううう。
あのなぁ……容器が気に入らないなら、自分で鍋でも持ってこい! そんな学生だっているんだぞ実際? 何でもサービスで付いてくると思うな!
それ以前に、おでんをスチロール容器に入れるのはコンビニじゃあ常識だ! おでんババア、あんたは自分が非常識だってことに気付かないまま、それを常識としてこっちに押し付けたんだぜ? 齢を重ねてやがんだから「郷に入りては郷に従え」ってコトバぐらい知ってるだろう!
そのうえ「袋おでん攻撃」のみならず、客のイヤーな行動をたぁくさん披露してくださりやがって。ああ畜生何でこんなにひとりの客に怒りをもらわにゃならんのだ!
僕が、いつになくこもりがちな「ありがとうございましたー」の後に「またお越しくださいませー」を意図的に言わなかったのも当然である。そう思いたい。それどころかカッコ書きで(もう二度とお越しくださいませんようにー)と言っていた。無論、ココロの中だけで、なんだが。
頼むから、もう二度と現れないでくれ。来てもいいから、おでんだけは買わないでくれ。
おでんババアへの恐怖は、年中おでんを出している店にとっては、毎日やってくる……。