以下は、私が“21st century schizoid man”という語について「1.正確にはどう訳せばいいのか?」「2.またそのニュアンスは?」「3.英語使用区域では使用できる言葉なのか?」という3題をメールにて質問したところ、星野氏が返信してくださった文面を、私が文体の修正を「メール用」から「サイト用」へと行ったものである。星野氏は大学にて英語の講師をされているので、アカデミックな見解が戴けるかと頼ってみれば、それが予想以上の内容であったため、本人の諒解のもと、こうしてほぼ全文の掲載に至った。
 前述の私の見解と共に、どうかご覧になって頂きたい。


“21st Century Schizoid Man”に関する欺瞞
(2)星野恵里子氏の見解


 まず最初に言っておくべきことは、この語についての訳し方です。“schizoid man”は「精神分裂症の男」ではなく、それを言うなら“schizophrenic”を用いるのが正しい、という見解の方がいらっしゃるようですが、“schizoid”には「精神分裂症の」という意味もあります。もともと“schizo”には「分裂」「裂開」という意味があるのです。そして、“schizophrenia”というのが精神病の専門用語で「精神分裂症」「早発性痴呆」を示すのです。“schizoid”はもっと軽い意味で「精神分裂」「早発性痴呆」を意味するといいます。ですがこの言葉は、あまり一般的には使いません。
 やはり、「精神的に不自由な人」をあらわすのは“insanity”が一般的ですね。ほら、「キャット・フード」にも“your mother's quite insane...”とありましたね。
 それから、10年以上前、小此木圭吾や浅田彰が盛んに「シゾイド・マン」「スキゾ・キッズ」という言葉を使っていました。これは、「精神異常」「精神分裂」というよりは、「パラノイア」「パラノイド・マン」に対する概念として用いていたみたいです。いわゆる、スキゾVSパラノです。「パラノ」がある対象に寄っていくのに対し、「スキゾ」はその対象から逃げる、というベクトルの違いを明確にしようとしたものだったと思います。
 問題となる“21st Century Schizoid Man”の中にも“paranoia”という語が含まれていましたよね。ここで気になるのは、「スキゾ」と「パラノ」という対立する概念としてこの両者を歌詞に含んでいるのか、もしくは同義語として、ひとつの「狂気」をあらわすヴァリエイションとして用いているのか、ということです。
“The 21st Century Schizoid Man”の歌詞全体を読んでみると、ひとつの有機的な意味をなさない、ラインごとに支離滅裂、であることがわかると思います。イメージ的にも非常に断片的で「分裂」している。ということは、歌詞全体で“schizoid”な状態を表そうとしたのではないか、と思われるわけです。ですから、こうなるとスキゾVSパラノという図式は意味をなさない、ようするに対立しているわけではない。ではこの「スキゾ」は単なる「精神異常」をあらわしているのかと言うと、前述のようにそうではなく、「精神異常」状態のなかの「精神分裂」状態を表しているのだということがわかります。
 そのような意味ではこのタイトルの訳語は「21世紀の精神分裂症者」が正確でありましょう。ただ、それだとタイトルとして全然キャッチーではない、それゆえ「21世紀の精神異常者」となったのでしょう。確かに「精神分裂症」は「精神異常」に含まれますから。タイトルの訳語は必ずしも正確であれば良いのではなく、読み手や聞き手の関心を捕まえなければいけませんから。
 たとえばサリンジャーの代表作“TheCatcher in the Rye”は正確には「ライ麦畑の捕手」ですが、これではどうも違和感があります。やはり野崎孝氏の「ライ麦畑でつかまえて」でないとどうも……もっとも、野崎氏のタイトルがあまりにもなじみすぎて、それ以外のタイトルは居心地が悪い、というのもあるのですが。

*結論*

>1.正確にはどう訳せばいいのか?
 もうこれは「21世紀の精神異常者」以外の何もでもありません。「ライ麦畑でつかまえて」と同じ現象。

>2.またそのニュアンスは?
 これこそ「21世紀の精神分裂者」になるでしょう。

>3.英語使用区域では使用できる言葉なのか?
 使用できるとは思いますが、あまり一般的には使われないと思います。「精神分裂症」か「偏執症」かを区別するのは精神医学の世界であり、我々一般人にはすべてをひっくるめて「精神異常」すなわち“insanity”として了解されます。

星野氏の他のお話が「トピックス」にもあります。そちらもご覧ください。

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