ジャパン:オリジナル邦題
ジャパンは、再販を重ねるたびに邦題が減っていくように思われる。そのため、不精者を詫びねばならぬのだが、私は、現在どの邦題が生き残っているかが解りかねているのだ。
よってここでは、邦題であったものすべてを列挙させて頂く。私の解る限り、現在でも生き残っている邦題にはその表記をしていく。あとは以下に目を通して頂けば解ると思うが、どうやらジャパンに於ける邦題生き残りの基準は「直訳」と「タイトル曲」のようだ。
しかし紙ジャケ再販などにより、ほぼ全面的に復活した。めでたしめでたし。
| 『果てしなき反抗』 | |
|---|---|
| Transmission | 魅惑への招待 |
| “Transmission”という単語のいかがわしさに、邦題が拍車を掛ける。誇張甚だしいという考え方もできるが、ジャパンの世界へ繰り出すという期待感高まる邦題でもある。 | |
| The Unconventional | 奇(あや)しい絆 |
| 日本の初シングルでありながら、CDによる再販の際、あっさりカタカナに化けた。そこに日本語タイトルに対する敬愛や執着心はない。そういったレーベルの冷徹さが感じられる表記である。絆なんてありゃしねえ。 | |
| Wish You Were Black | 黒人ならば |
| この邦題は生き残っている筈だ。しかし、こんな直訳的邦題が残っておきながら、意訳的邦題はすべてカタカナ化しているというのはどういうことか。 | |
| Performance | 美しき愛欲 |
| このセンス! このいかがわしいセンスこそ、初期ジャパンを表現するに相応しい。 | |
| Lovers On Main Street | 表通りの愛人達 |
| 確かこの邦題も生き残っているのか? やはり生き残りは直訳ばかりである。 | |
| Don't Rain On My Parade | パレードに雨を降らせないで |
| これも恐らく生き残っているだろう。一応は本作のキィ曲であるのだから。 | |
| Suburban Love | 愛の回転木馬 |
| 私は、こういった意訳以外の何者でもないものこそ残してほしいのだ。喩え「歌詞からタイトルを勝手に連想・修飾」したものであっても。 | |
| Adolescent Sex | 果てしなき反抗 |
| アルバム・タイトルはそのままであるのに、解説などでは、この曲名がカタカナ表記になる場合もある。実に一貫していない様相を露呈させている。だがタイトル曲であるため、一応は生き残っているようだ。 | |
| Television | 誘惑スクリーン |
| ただのテレビよりも、誘惑されるスクリーンの方がイメージが広がる。邦題とは、やはりイメージの世界であるのだろうか。 | |
| 『苦悩の旋律』 | |
|---|---|
| ....Rhodesia | 熱きローデシア |
| これも「歌詞からタイトルを勝手に連想・修飾」である。ジャパンはやたら「愛の〜」などと付加されるものが多い。そこで少しひねって「熱き」としたのだろうが、安直さは否めない。 | |
| Love Is Infectious | 愛の伝染 |
| 「愛は伝染する」ということを名詞化した邦題。安直だが、少なくとも「インフェクシャス」とカタカナで書かれるよりは数段理解しやすい。 | |
| Sometimes I Feel So Low | 孤独な安らぎ |
| このタイトルは、原題と邦題ふたつがひとつとなり“Feel So Low”である時が「安らぎ」であることを同時に現している。ジャパン最高の名訳である。そんな理由あってかどうか(どうせないんだろうけど)この邦題は生き残っている。 | |
| Obscure Alternatives | 苦悩の旋律 |
| これなどはまったくの意訳であるのに、タイトル曲であるため生き残っている。直訳して「曖昧な別手段」とすると、曲のイメージなど湧かないだろう? 私が邦題の正当性を主張するのは、つまりはそういう側面を考慮してのことなのだ。 | |
| Deviation | 若き反抗 |
| 「反抗するは若さゆえである」ということを、この邦題は物語っている。 | |
| Suburban Berlin | 郊外ベルリン |
| この邦題も生き残りか。ますます生き残りの基準が「直訳モノ」である気がしてならない。 | |
| The Tenant | 愛の住人 |
| 「住人」という名のインスト。そこに「愛の」という意訳が追加されることによって、歌詞のないインスト曲には想像の幅が与えられる(と同時に狭められる)のだ。そういった意味で、インストにこそ邦題を設けてほしく思う。 | |
| 『クワイエット・ライフ』 | |
|---|---|
| Despair | 絶望 |
| 本作から、ジャパンの邦題は急速にカタカナ化が始まる。邦題化されるものも、こういったひと単語だとか、キィ曲ぐらいになっていく。別段、何も言うことはない。ただ、それまでは独自の理解を加えるようで興味深かった邦題化が、その安直さゆえに逆に恨めしくなっていくだけだ。 | |
| Alien | 異邦人 |
| これなど、日本歌謡の同タイトル曲に引っ掛けていた安直さが窺われる……なんてこたぁないか。しかしいずれにせよ安直である。 | |
| 『孤独な影』 | |
|---|---|
| Gentleman Take Polaroids | 孤独な影 |
| 紳士は、己れの孤独な影をポラロイドで撮ることでナルシシズムに浸っている……。歌詞を読まなくともそういったことが連想される、それが名訳のいいところだ。意訳ではあるが、これもタイトル曲ゆえ生き残っている。 | |
| Taking Islands In Africa | アイランズ・イン・アフリカ |
| 別の形で納得がいかないのが、こういった「原題省略カタカナ表記」だ。それならいっそのこと、すべてをカタカナ表記にするか「遥か南の島へ」といったように意訳した方がイメージ増大に繋がる。様々な邦題に広まっているこの習慣が、私は実に嫌いである。リスナーが省略して愛称のように呼ぶならばまったくもって結構だが、正式な邦題でそれをしてほしくない。安直さに輪を掛ける行為である……が、再販後ではフル・レングスでのカタカナになった。まったくコロコロと……。 | |