ジェネシス:オリジナル邦題
ジェネシスは、最も邦題が失われていったバンドである。そればかりか、日本盤としての再販の見通しも立っていないアルバムも多い。クリムゾンなどは紙ジャケ発売時にオリジナル邦題が復活したが、ジェネシスはカタカナのままだった。今後、廃盤が日本盤にて復活したとしても、恐らくはカタカナ表記になってしまうだろう。なぜここまで冷遇されてしまうのか……。
また、そんなだからこそジェネシスは、クリムゾンの項で挙げたように「諸ライナー・解説はオリジナル邦題で表現しているのに曲名はカタカナで混乱する」ことが多い。解説や本などを読む際には、どうかご注意頂きたい。
フィル・ジェネシスについても記述したいのだが……参考資料がないのでオミット。すいません。
| 『創世記(フロム・ジェネシス・トゥ・リベレーション)』 | |
|---|---|
| Where The Sour Turns To Sweet | 人生に歓びを |
| 対訳から引用すると、原題の意は「辛い涙が甘い蜜に変わるとき」である。それは即ち、辛い人生にひとしずくの歓びが訪れた瞬間のことである。歌詞の意味を配慮した邦題と言えるだろう。 | |
| In The Beginning | 天地創造 |
| この世界の“begining”は即ち「天地創造」の瞬間である。歌詞もそれを歌い上げている。バンド名“Genesis”からして「創世記」なのだから、こうしたキリスト教絡みの意訳は理解に繋がり、好ましく思える。 | |
| Fireside Song | 暖炉端の歌物語 |
| 邦題は随分とファンタジックな雰囲気ではないか。おとぎ話でも始まるのかと創造力が湧くだろう。意味は解るが、日本人には即座に閃きにくい“fireside”という単語よりも。 | |
| The Serpent | エデンの蛇 |
| この“serpent”は、ただの蛇ではない。アダムとイヴを引き裂くリンゴを与えた、あの蛇なのだ。それは歌詞を読めばそれとなく理解できることであるが、我々日本人にとっての蛇とは単純に邪悪な存在(ヤマタノオロチなど)であるという認識が強いので、邦題にそれをサポートしてもらうのは悪いことではあるまい。 | |
| Am I Very Wrong? | そんなに僕は間違っているかい |
| これはまぁ、当時のジェネシスにおけるフォーク・ロックっぽい路線と、この邦題が付けられた再販当時の日本に於けるフォーク・ブームの名残とでも言うか。特別面白いわけでもないそのまんまの訳だ。 | |
| In The Wilderness | 荒地にて |
| そうか“wilderness”とは「荒れた地」の意味であったのか。(発音は異なるが)「ワイルド」というカタカナ英語が存在することも相俟って、誤認するところであった……という、無知な私のコメントから、何が言いたいか解るかね? | |
| The Conqueror | 孤独な征服者 |
| ただの征服者ではなく「孤独な」と補っているところが歌詞を反映しており、また想像の予知を広げてくれる。「征服者」だけであれば、圧政を施す暴君あたりを想起させるだろう。 | |
| In Hiding | 隠遁生活 |
| こと日本人は“〜ing”の訳し方が下手だ。すぐに「〜すること」としてしまう。そんな中、それを「隠遁」と訳したうえで、さらに“in”を「生活」として補った邦題を、私は指示する。これはなかなか巧みな訳し方だ。 | |
| One Day | いつの日か僕は… |
| 単純に「ある日」だの「いつの日」だのとするより、言葉を補って想像の余地を広げる。私はこうした、さりげない気配りが邦題にはあると思う。 | |
| Window | 心の窓 |
| これには少し、私は日本人の悪い癖を覚える。何でも複雑な事物を曖昧に「心」という言葉にしてしまう傾向を。この曲のように意味深な歌詞では、それは常套手段ともなり得る。まあ、単純に「窓」とされるよりは数段マシではあるけれども。 | |
| In Limbo | 天と地の間 |
| 聖書だの英語だのが一般的ではない日本に於いては“limbo”は「地獄の辺土」だの「忘却(の地)」だのといった認識はない。せいぜい「リンボー・ダンス」がイメージされる程度だろう。そもそもこのファースト・アルバムにはまさにバンド名の如く「創世記」に関わる歌詞ばかりなのだから、こうした邦題によるイメージ助長はは必要不可欠であると思われる。ましてや、アルバムのラストへ展開するこの曲は「天と地の間」に彷徨う魂を描いた曲であるのだから…… | |
| Silent Sun | 静寂な太陽よ |
| そうして太陽は静寂に満ちる。……因みにこのアルバムの、そしてジェネシスのデビュー・シングルとなった曲で、シングル時の原題は“The Silent Sun”だったが、アルバム収録に際して定冠詞“The”がカットされている。邦題には変化なし。日本語という言語の性質に於ける定冠詞の実質的な不在を実感させてくれる。 | |
| A Place To Call My Own | 安息の地 |
| アルバムのラスト・ナンバーは、そのままでは「自分自身を呼び出す場所」だといったように誤訳しやすい。そんなわけの解らない直訳じみたものよりも、それをイメージ化して「安息の地」とする邦題は、アルバムの歌詞やコンセプトなどを理解したい日本人にとって有益である筈だ。 | |
| That's Me | 孤独の影 |
| ここより以下はアルバム未収録の、シングル収録曲になる。 この曲は「静寂な太陽よ」のB面曲。「それは俺だ」と直訳するよりも、歌詞の意を汲み取り、その核たる部分をえぐり出して邦題とするこの手法は、具体的な名詞や動詞の欠けたタイトルにはとても有効である。なぜなら、接続詞だけのタイトルよりイメージを喚起させるからだ。 |
|
| A Winter's Tale | 冬の物語 |
| セカンド・シングル。直訳ではあるが、カタカナ英語の悪影響で「テイル」と聞けば「尾(tail)」を想像する者もいるだろう。カタカナ表記だけでは発音まで汲み取れない。だからこそ、訳す必要があるのではないか? それにジェネシスは「物語」というフレーズが実に似合うバンドではないか。 | |
| One-Eyed Hound | 片眼の猟犬 |
| 「冬の物語」のB面曲。これも直訳だが「目」ではなく「眼」を使っているところに遊び心というか、訳者による何らかの意志が感じられる。 | |
| 『侵入(トレスパス)』 | |
|---|---|
| Looking For Someone | 何かを求めて |
| 直訳すると「誰かを探して」になるが、本作には「英国人の自分を探す旅」というコンセプトが、実は『幻惑のブロードウェイ』より6年前にして僅かに醸し出されている。そして結果的に本作の主人公が探し求める「誰か」とは「心の中の自分」であったのだから、寧ろ「何か」に近いニュアンスであっても良い筈だ。 | |
| White Mountain | 白い山 |
| これはまったくの直訳。 | |
| Visions Of Angels | 天使の眼 |
| 直訳すると「天使の視野」といったものになるが、それよりも抽象性を醸し出して「眼」としている方が良いかと思われる。そもそも、初期ジェネシスはファンタジックな世界が売り物であったのだから、少しばかりの抽象性は強力な武器に転ずる筈だ。 | |
| Stagnation | よどみ |
| 私にはこの曲を知るまで“Stagnation”というボキャブラリィがなかった。ましてや、その意味かて同然のことである。「景気停滞」という意もあるのだから、ジェネシスに似合うファンタスティックな邦題を付けてやらないと、経済の歌かと勘違いする人間もいないとも言えない。そちらの意の頻度も高いようだから。 | |
| Dusk | たそがれ |
| この“dusk”という語には「夕暮れ」「陰」「暗黒」などの意があり、訳者のセンスが問われる語であるが、それを敢えて「たそがれ」としている。それだけでも邦題にする意義はある。少なくとも、この曲に於ける“dusk”とは暗黒とは違うのだから。 | |
| The Knife | ナイフ |
| 現在では原題に基づき、定冠詞「ザ」を補ったタイトルになっているが、リスナーがこの曲のタイトルを口にする時は概ね「ナイフ」になる。それは面倒な定冠詞を除いているだけなのだろうか? | |
| 『怪奇骨董音楽箱(ナーサリー・クライム)』 | |
|---|---|
| The Musical Box | 怪奇のオルゴール |
| 「オルゴール」と「怪奇のオルゴール」では、まったく意味合いが異なる。そしてどちらが優れているかというと、無論後者である。曲の雰囲気、歌詞のイメージを反映した名訳だ。 | |
| For Absent Friends | 今いない友のために |
| この歌を“for absent friends”として歌うか、「今いない友のために」歌うかで、感動の割合は幾らか差が付くと思う。やはり日本人の我々にとって、日本語の認識力は強いのだから。こういった感動を誘う素朴な曲ではなおさらのことだ。 | |
| Harlequin | 道化師 |
| 主人公を道化に見立ててしまうこのセンス! 自己愛的表現の多かった当時のガブリエルのイメージを反映しているようで、実に興味深い。ハーレクイン・ロマンス的な旋律ともマッチする。 | |
| The Fountain Of Salmacis | サルマシスの泉 |
| あなたには「“fountain”=泉」という認識があるだろうか? 似たような例をクリムゾンの項でよく挙げていたが、つまりは、そういうことなのである。サルマシスについては神話の本でも読んでほしい。 | |
| 『月影の騎士(セリング・イングランド・バイ・ザ・パウンド)』 | |
|---|---|
| Dancing With The Moonlit Knight | 月影の騎士 |
| 実質上のタイトル曲であるゆえ、再販時には同時にアルバム・タイトルも失われた。変に“dancing”と入っている原題よりも、こちらの邦題の方がイメージが広がるかと思う。 | |
| I Know What I Like (In Your Wardrobe) | これが幸福(しあわせ)さ |
| いやー恥ずかしい邦題だ。しかし、間違っちゃいない。自分の幸福は自分がよく知っている、ということなのだから。ジェネシスというバンドを、フォークやポップが勃興していた当時の情勢に合わせて売ろうとした数少ない証拠となりそうである。 | |
| The Battle Of Epping Forest | エピング森の戦い |
| これは直訳でしかないが、逆に言うなら、なぜ直訳すらも消してしまうのか、という疑念すら持ちたくなる。 | |
| Twilight Alehouse | たそがれの酒場 |
| 本作収録曲ではないが「これが幸福さ」のB面曲だったので、こちらに加えることにする。“twilight”を「たそがれ」と訳す姿勢にやはりフォークを連想してしまうが、そのお陰で「酒場」という語とうまく噛み合い、ある種の情景を想像させてくれる。 | |
| 『眩惑のブロードウェイ(ザ・ラム・ライズ・ダウン・ザ・ブロードウェイ)』 | ||
|---|---|---|
| 本作についてはレコード会社の付けた邦題とは別に、歌詞の対訳者である山本安見氏(とであると思われる)によるさらなる邦題、言わば「対訳題」とでも呼ぶべきものがある。それが右のもの。よって本作のみ「原題/レコード会社による邦題/対訳題」という特殊な表記をさせて頂く。「対訳題」には、それだけの特筆すべき価値があるためだ。 | ||
| <Disc-1> | ||
| The Lambs Lies Down on Broadway | 眩惑のブロードウェイ | 眩惑のブロードウェイ |
| タイトル曲であるがゆえ、再販時にはアルバム・タイトルも失われた。「ブロードウェイに横たわる羊」をカタカナ表記するより、まばゆいブロードウェイの様子が直感的に思い出されるので、やはり私は邦題を支持したい。 | ||
| Fly On A Windshield | ウィンドのハエ | 風防ガラスを探して |
| はて、“Windshield”とは何であろう?――風防ガラスだ。それを気付かせてくれるうえ、きちんと歌詞に沿っている対訳題が邦題にさえ勝っていまいか。 | ||
| Broadway Melody Of 1974 | 1974年のブロードウェイ・メロディ | 1974年のブロードウェイ・メロディ |
| そういえばジェネシストリビュート盤“THE FOX LIES DOWN”にもこの曲は選曲されていたが、そこでは邦題のままでリストアップされていた。とうに邦題が死んでいたというのに、雑な話である。別の曲かという誤解さえ招く恐れがある。無論、他の曲はカタカナ・タイトルだったのだが…… | ||
| Cuckoo Cocoon | カッコー | おかしな繭のなか |
| これは邦題に問題がある。コクーン、つまり「繭」という言葉がこの曲ではキィになる――自閉的な歌詞を見よ――からだ。対訳題の方が歌詞を踏まえているので、優秀と言える。 | ||
| In The Cage | イン・ザ・ケイジ | 囚われのレエル |
| この対訳題は賞賛に値する。本作がレエルの物語であることを念頭に置き、なおかつ「檻」と直訳していないところが、また素晴らしい。私は本作の邦題・対訳題の中で、この意訳が最も優秀であると判断する。 | ||
| The Grand Parade Of Lifeless Packaging | グランド・パレード | 生命なき人形の大行進 |
| 「原題を削ってしまうカタカナ・タイトル」である邦題は、もはや無視したい。それよりも「グランド・パレード」を行っているのが「生命なき人形」であるということの方が、寧ろ大切であるからだ。 | ||
| Back In N.Y.C. | バック・イン・ザ・N.Y.C. | 追憶のニューヨーク |
| はて、“N.Y.C.”とは何の略であろう。普段からそうした略語を使っていれば解るし、また曲を聴けば解るが、対訳題はそうしたものしてニューヨークの情景を思い起こさせる。 | ||
| Hairless Heart | 無毛の心 | ヘアレス・ハート-間奏曲I |
| これは邦題・対訳題を合わせたいところだ。対訳題が副題として「間奏曲I」としているのには拍手を送りたい。インストゥルメンタルであることをスマートに、かつさりげなく表しているから。 | ||
| Counting Out Time | カウンティング・アウト・タイム | カウンティング・アウト・タイム |
| 双方カタカナなので省略。 | ||
| Carpet Crawl | カーペット・クロール | カーペット・クロール |
| 双方カタカナなので省略。しかし1999年にこの曲がリメイクされた際には“Carpet Crawlers 1999”とタイトルを改めていたことを特記する(邦題は「カーペット・クローラーズ1999」)。 | ||
| The Chamber Of 32 Doors | ザ・チェンバー・オブ・32ドアーズ | 32の扉の部屋 |
| “chamber”1語を訳せば済むだけのことであるのに……。邦題と、容易に訳せるカタカナ・タイトルが並ぶのが不可解である。 | ||
| <Disc-2> | ||
| Lilywhite Lilith | 白百合のような乙女 | 百合のようなリリス |
| ここでは邦題に軍配を上げたい。リリスを「乙女」と抽象化することで、物語に神秘性並びに普遍性がもたらされる。そのうえ百合には様々な色があるのだから「白百合」と指定してイメージをある程度固定させ、そのうえで想像の予知を広げる邦題が美しい。 | ||
| The Waiting Room | ザ・ウェイティング・ルーム | ウェイティング・ルーム-間奏曲II |
| できれば「待合室」とでもいいから訳してほしかったものだ。 | ||
| Anyway | エニウェイ | エニウェイ |
| 双方カタカナなので省略。 | ||
| Here Comes The Supernatural Anaesthetist | 不思議な魔術師 | 超自然的な麻酔手 |
| 邦題は「魔術師」としてしまったのがよろしくない。「麻酔手」と「魔術師」は別である。前者は現実を、後者は幻想をイメージさせるが、麻酔をかける手段は現実によるものである……ただそうなると「超人的な麻酔医」の方がしっくりくる。 | ||
| The Lamia | 蛇魔女 | 妖婦ラミア |
| ラミアという妖精(精霊でもあり怪物でもある)を知っている者は、リスナーにどれだけいるだろう? それを「蛇」のイメージで提示した邦題と、それをぼやかして「婦」とした対訳題、どちらにも甲乙付けがたい。いずれにせよ、カタカナより優秀なのは明白なのだが。 | ||
| Silent Sorrow In Empty Boats | サイレント・ソロウ・イン・エンプティ・ボーツ | エンプティ・ボート-間奏曲III |
| ああ、とうとう対訳題も「原題を削ってしまうカタカナ・タイトル」となってしまった。副題がインストであることを表し、気が利いているのがせめてもの救いだが。「静かなる悲しみ」が「誰もいない小船」には乗っているのだが……。 | ||
| The Colony Of Slippermen | ザ・コロニー・オブ・スリッパーマン | スリッパーマンの居留地 |
| これは対訳題さえも“Slipperman”をそのままにしているのが微妙なところだが、それが「スーパーマン」とかけてあるのは明白なので、寧ろここはカタカナにしてしまい、固有名詞化した方が面白味もあるのかも知れない。 | ||
| Arrival | アライヴァル | 到着 |
| 小さな組曲となっている「スリッパーマンの居留地」の第1曲目。対訳題はまったくの直訳だが、カタカナよりはマシだ。 | ||
| A Visit To The Doctor | ア・ビジット・トゥ・ザ・ドクター | ドクター・ダイパーを訪ねて |
| 小さな組曲となっている「スリッパーマンの居留地」の第2曲目。ドクターとは誰か? ダイパーなる人物である。それは歌詞を読めば一目瞭然だが、それをタイトルに用いるのが対訳題の気の利いているところだ。 | ||
| Raven | 大ガラス | ワタリガラス |
| 小さな組曲となっている「スリッパーマンの居留地」の第3曲目。一般語として訳すか、それとも学術的に分類するかの違いだ。ただしどちらも「レイヴン」よりは知られている語だろう。 | ||
| Ravine | ラヴィーン | 峡谷-間奏曲IV |
| これは私が他の作品でも言っている「この語の意味をすぐに連想できる日本人はどれだけいるのか」ということである。 | ||
| The Light Dies Down On Broadway | ザ・ライト・ダイズ・ダウン・オン・ブロードウェイ | ブロードウェイの光は死に絶えて |
| 対訳題が美しい! 単純に光を消すだけでなく擬人化したことで、退廃的な趣さえ生まれている。また「死に絶え『て』」と接尾辞で止めているところが、その先の連想をリスナーに任せているようで、想像力を喚起させる。 | ||
| Riding The Scree | ライディング・ザ・スクリー | 断崖のレエル |
| 対訳題は、主人公レエルが苦闘している場面を想像させてくれる……。因みに「レエル」は再販後、対訳内にて「ラエル」と呼び名が変わっている。どちらを用いるかは書き手に委ねられるのだが、私は綴りよりも発音をできるだけ重視し「レエル」と呼び続けよう。 | ||
| In The Rapids | 早瀬 | 急流との戦い |
| そうしてレエルは早瀬/急流に辿り着くわけだが、そこでもやはり苦闘を続ける。それを「戦い」との言葉に集約した対訳題を、私は支持するとしよう。 またこれを「急流のレエル」とする訳し方もあるようだが、残念ながら、私はそれについてまったく知らない。前曲との混同ではないか、とも疑っているのだが……。 |
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| It | イット | イット |
| 双方ともカタカナなので省略。 | ||
| 『静寂の嵐(ウインド・アンド・ワザリング)』 | |
|---|---|
| 'Unquiet Slumbers For The Sleepers... | まどろみ |
| 「眠る者にとって静かならざるまどろみ」の意味合いを凝縮した邦題。表現しきれていない気がしないでもないが、少なくとも、カタカナで長いタイトルを書かれるよりは数段マシだ。 | |
| ...In That Quiet Earth' | 静寂 |
| 「静かなる大地のもとで」との意味合いであるが、それを「静寂」とひとことで言い表しているかと思う。やはり、カタカナで長いタイトルを書かれるよりは数段マシだろう。この邦題に慣れていた私は、スティーヴ・ハケットの『東京テープ』に入っているカタカナ表記の同曲は別モノかと思ってしまった。 | |