「ヨーロピアン・サン」再考

〜知られざる重要曲〜

 アルバム未収録曲のひとつに「ヨーロピアン・サン」というものがある。
「ヨーロッパの子」と題されたそれは、ジャパン・リスナーにとってそれほど重要視されていない。しかし私は、この曲をジャパン理解にとっては必要不可欠なものと考える。今回はそれについての論述である。
 そもそもヴェルヴェット・アンダーグラウンドにも同名の曲があり、彼らの「オール・トゥモロウズ・パーティズ」をカヴァーしていたジャパンゆえに、ひょっとしてこれもカヴァーか、なんて軽い気持ちで聴いてみたものだ。しかしそれはまったくの自作曲であり、また彼らにとって重要なものであることもやがて認識させられた。
 断言しよう。
 この曲は、アルバム『クワイエット・ライフ』と『孤独な影』を繋ぐブリッジである。
 まあ発表時期がその通りってのもあるが、重要なのはまずその期間だ。丁度『クワイエット・ライフ』にてヨーロピアン・モダーン・ポップ路線を確立した後であり、その路線を踏襲しつつも大胆なアフリカン・ビートを導入する『孤独な影』の前に製作されたということ。そこへきてタイトルは「ヨーロッパの子」である。これはつまり、彼らが自分達の音楽性はヨーロピアン・モダーン・ポップにあり、と宣言していることになりはしまいか。その当時の彼らの音楽性を顕著に表すタイトルであるのだ。
 さらには無視できないのが、その詞だ。これは注意深く読まずとも、何となく聴いていただけで気付くかも知れない――歌詞にある“quiet life”と“polaroid”の単語に。そう、この曲をもって、アルバム2作はリンクしているのだ。間にレコード会社移籍を挟んではいるが、2作は音楽的には近い(これは移籍後にとにかくアルバム発表を、とヴァージン・レコードから望まれていたせいもある)。しかし確実に違う側面、アフリカン・ビートがある。
 さあここで、やっと音楽自体の話になる。アフリカン・ビートの導入が何だかんだと書いてきて、反してスタジオ・テイクの「ヨーロピアン・サン」自体は『クワイエット・ライフ』からの流れを汲んだものであった。だが、実はその後のライヴではこの曲に、イントロからアフリカン・ビートを導入していたりもする。それを汲んだかのように、さらに後にアリオラから「今さら売れた悔し紛れのリミックス曲」ではビートが強調されていた。
 ヨーロッパもアフリカも、ひょっとするとテクノ寸前のミックスさえも、この曲は受け入れることができるのだ。
 ここでもう一度歌詞に触れよう。私はタイトルが彼らの音楽性を表していると宣言したが、歌詞を読むと、相変わらずの憂鬱と拒否とが紡がれている。ヨーロッパ的な音楽を演奏しておきながらも、自分をヨーロッパの子だと宣言しておきながらも、そのヨーロッパが大嫌いだと言っているような歌詞だ。
 ってことは、だ。
 そこにアフリカン・ビートを導入してもまずくはない、ということになる。
 ヨーロッパに住み、ヨーロッパ的な音楽を演奏しながらも、アフリカへの憧憬を抱いている曲――とシルヴィアン。当時の自分達を体現していた曲を新しいビートで再構築する。そこには自己批判や自己否定さえも感じられるではないか。それを客観的に眺め“polaroid”という言葉が湧き出たのかも知れない。そうして、ポラロイド写真で撮影された光景を眺めるかのような歌詞群が占めるという『孤独な影』のコンセプトに繋がったとさえ考えられる。
 過去の自分への執着と、脱却が同居する曲。
「ライフ・イン・トウキョウ」が『クワイエット・ライフ』への布石になったのとは少し違い、「ヨーロピアン・サン」は次なるジャパンの音楽性を広げるために必然的に産み落とされた曲であるのだ。

 この論をもって、私は「ヨーロピアン・サン」がジャパンの重要曲であると宣言する。
 何より、ライヴで最も「変貌」する、アレンジの激しい曲であるからにして。