ベスト・アルバム『エコーズ〜啓示』
アルバム評

〜「初」のベスト・アルバム?〜

 ピンク・フロイドの新ベスト盤。
 本作は、様々なメディアでとかく「ピンク・フロイド『初』のベスト・アルバム」と宣伝されているきらいがあった。メーカー側からはそういったアナウンスはなかったが、CDショップで配られるビラなどには、その「初」がいやに目立った。
 そうなると『時空の舞踏』と『ピンク・フロイドの遺産』はベストとしてカウントされないのだろうか? 前者はデイヴ選曲(と再録音)だったから? 後者はレコード会社の関係上出さなければいけなかったから? だから両者とも『ピンク・フロイドの道』と同じ「編集盤」として扱われているのだろうか?
 というのは、どうだっていいことのように思えるが、実際には少しばかりの意味がある。きちんと宣伝文句を括弧付きで書き直せば、今作は以下のように表せるだろう。

ピンク・フロイド(の4人ともが)(めて積極的に関与し、その発売を認めた)ベスト盤

 無論、この場合の4人とは創始者シド・バレットを除く。デヴィッド・ギルモア、リチャード・ライト、ニック・メイスンの残留3人に、かつての頭脳、ロジャー・ウォーターズのことである。
 デザイン面でも『ピンク・フロイドの遺産』のような味気ないイラストではない。ストーム・ソーガソンが参加しており、かといって『時空の舞踏』のような「ぶきっちょ」なデザインでもない。一見してまさに「フロイドのベスト」と言える優秀なデザインが施されている。これでようやく、その2作をベスト盤として認めたくなかったリスナーも、フロイド・ベスト盤の存在を認めるのではないだろうか。
 というように、音を聴く前から「いわく」が付きまとうのもフロイドらしい話だ。
 それでは、その中味を見ていこう。

 本ベスト盤『エコーズ〜啓示』には、全期を通しての楽曲が「アンソロジー」的に選曲されている。その総曲数、実に26曲。つまりは、バンド黎明期から現在までの全フロイド史を一望できるものだ。本作のこの点に於いては、前述したベスト盤は適わない。なぜなら『時空の舞踏』はデイヴ選曲のたった6曲だけのベストであるから全史を一望するよりもその一部分をクローズ・アップするきらいがあるし、かといってもう少し楽曲数が多い『ピンク・フロイドの遺産』もEMI時代の音源のみで構成されている。だからこそ、本作は「初の全史ベスト」であるとも言えるだろう。サウンドトラック音源はまるで無視され、さらには『原子心母』からは1曲も収録されていない、など飛んでいる部分はあるが、膨大な彼らの歴史を振り返るうえではそうした取捨選択は致し方ないことだ。大曲をもう1曲、というのも難しい話だろうし、批判ばかりせず、慮ってやるのがファンというものだろう。
 選曲はどうしてもバンドとしてのピークであるロジャーがバンドの頭脳となっていた頃の曲が中心ではあるが、バンド黎明期のシドによる曲も含まれ、また抜け殻などと言われるデイヴ主導の現在の曲も含まれる。その各時代にスポットをあて、できるだけ偏りなく選曲されている。それも(「ホエン・ザ・タイガーズ・ブローク・フリー」を除き)すべて「アルバム音源」を採用しているので、喩えば「マネー」は再録された『時空の舞踏』テイクではなく『狂気』テイクであり、シングル曲は間奏部分がエディットされておらず、またライヴ音源などもない。
 そのうえで今回の目玉は、それらを単純に並べただけではない、という点だ。その主な特徴(=評価及び批判点)として、次の5点が挙げられるだろう。

1.全曲メドレーにてノン・ストップ編集
2.表題曲「エコーズ」のエディット・ヴァージョン収録
3.「クレイジー・ダイヤモンド(狂ったダイヤモンド)」新エディット
4.その他追加/削除された演奏前後部分
5.未CD化音源「ホエン・ザ・タイガーズ・ブローク・フリー」収録

 まずは、最大の特徴として、2枚組である本作が、両ディスクとも「ノン・ストップ・メドレー」編集されていることだろう。基本的にはフェイド・アウトとフェイド・インを同時にクロス・フェイドさせているものが多く『ピンク・フロイドの遺産』に於ける「エミリーはプレイ・ガール〜毛のふさふさした不思議な動物の歌」のような大胆なメドレー編集は成されていない。この編集はやはり「なぜ原曲通り収録しなかったのか?」という批判を多く浴びているが、私は評価している。なぜなら――何度も繰り返す言葉となるが――原曲を聴きたければアルバムを聴けばいいのだし、単純に曲を並べただけでは新鮮味もない。全アルバムを保有している者は別ヴァージョンさながらに、メドレーとして聴いて楽しめるではないか……ただ細かいことを言えば、各楽曲の開始部分が、そのトラックの先頭でないことが多い。前曲のフェイド・アウト部分が残っている曲が多くあり、喩えばディスク2の「運命の鐘」を聴こうと思い、12曲目を指定すると、12曲目はその前曲「ジャグバンド・ブルース」のフェイド・アウト部分から始まっているのだ。その点、メドレーで構成されている『狂気』などはトラック開始部分と楽曲開始部分がほぼ同じであったため、少しばかり頭を傾げる。まあ、クロス・フェイドであるから仕方のないことではあるのだが。また編集による雰囲気重視のためか、曲順が単純な発表順でないのもフロイドらしく、微笑ましい。
 そのメドレー中に現れる目玉楽曲、アルバム・タイトルになっている「エコーズ」だけは、メドレーになっていない。そのうえでエディット・ヴァージョンとして7分弱も短縮されている。これについては別項を参照して頂きたいが、私としては、単純にフル・サイズで収録するよりもこうした別ヴァージョンとして楽しめるようにしてくれたことに感謝する。フロイドの傑作曲でありながら今までのベストには収録できず、また初心者にもとっつきにくいこの曲を、触れやすくして世に出してくれたことに――『時空の舞踏』に於ける「狂ったダイヤモンド」と同様の理由だ。どうしてもフル・サイズを渇望するのなら、オリジナルを聴けばいいだけのことなのだから。
 その「狂ったダイヤモンド」も再エディットされている。『時空の舞踏』ではパート1,2,3,5,7を繋げたものであったが、今回のエディットではパート1から7までを、カットすることなく収録している。さらに続くインスト部分、パート8,9はカットされているが、全歌詞が含まれているのでエディットとしての及第点は充分に与えられるだろう。それに中間部(オリジナルでは他曲へ繋がっていた部分)を編集したため、これでようやくにしてパート5と6とが繋がった。これはスタジオ・テイクとしては初のことであり、MDやWAVE編集を用いてパート8,9などを繋げれば、中間に他曲が介在せず、カットもされていない、すべてが繋がった完全版が作れるのだ。こうしたアイディアと努力次第で「なぜ完全収録ではないのだ」という批判は切り捨てることができる。聴きたければ作れるだけの材料を、フロイドは与えてくれたのだ。我々はそれらから、自分に適したものを選別すればいいだけの話である(関連別項:『生悟り部屋』12)。
 他にも単純なメドレー編集ではない細かいエディットが施されている曲がある。「アス・アンド・ゼム」はオリジナルではエンディングがメドレーであったものをフェイド・アウトしている(同曲シングルも同様)のだが、それに最終フレーズのコーラスが被せてある。これはこれで、やはり別ヴァージョンとして楽しめまいか? 「コンフォタブリー・ナム」にはイントロとして“Is there anybody out there?”という声が響く「ブリング・ザ・ボーイズ・バック・ホームのエンディング部分が補われている(曲クレジットなし)。「バイク」も冒頭に自転車のベル音が鳴る。こうした、リスナーが編集できない部分の追加は喜ばしい。逆にメドレーのためにエンディング部分が早くフェイド・アウトされている曲は多いが、それは前述の「オリジナルを聴けばいい」という言葉でもってその批判を無視する。まあ「いっそのこと埋もれているシングル・エディットを収録すればよかったのでは?」という見解も生まれないことはないが。
 最後の着目点として、その曲が当然のように収録されている海賊盤を買い集めているコア・ファンにとってはもはやどうでもいいことではあるが、本作には「ホエン・ザ・タイガーズ・ブローク・フリー」が初CD化収録されている。これは『ザ・ウォール』のコンセプトに入っているものの、アルバムに入りきらずシングルとしてのみ発表されていた曲だ。それがCD化したというのは喜ばしいのだが……なぜ、初CD化なのに、メドレー編集してしまったのだろう? いっそのこと「エコーズ」のように、単体としてもメドレーとしても判断できる形で収録すればもっと喜ばしかったのに。海賊盤が一般的ではないリスナーも未だ多いので、こうした「初出音源」の類は加工せずにそのまま出してほしいものだ。これが私の、評価している筈の「メドレー編集」最大の不満点となる。(のちに『ファイナル・カット』再発に際して単曲収録された)また、未CD化音源や、現在流通していない曲も多くあるのに、この曲しか日の目を見ていないのも不幸なことだ。

 これら5項目が大まかな着目点であり、文中に含みきれなかった細かい考察点はまだまだ多くある。「初期の彼らのダイナミズムを最も良く表した『星空のドライヴ』を収録するべきだ!」などの、選曲の文句もあるだろう。そういったことは人によって多少の差があるので割愛……したいところだが、ひとつだけ、どうしても触れておきたいことがある。
 シドの曲の割合が、総曲数に対して多いと思わないかね?
 これには、れっきとした理由があるのだ。それも「バンドの話題作りに再びシド幻想を持ち出す」などという幼稚なものではなく、人道的な理由が――シドは、ご存知の通り精神を病んでバンドを脱けた。そして現在に至るまで、その病状は回復していない。今後も、恐らくは死滅するまで、永遠に「普通」と言われる精神状態には戻れないのだろう。
 だが、シドがバンドの創始者であり、命名者であり、また初期のリーダーであったことは事実。さらには、後々のフロイドやロジャー、ひいてはデイヴにも強い影響力を残したことも決して無視できまい。だからこそ、作風がまったく異なる、彼による初期曲も収録しているのだが……シドはその精神状態や、強く望んだ隠遁生活という環境から、この「ベスト盤」について意見を言えない。だからこそ「4人が関与し、認めたベスト盤」であるのだ。
 その意見代理人となったのが、誰あろう、シドの代理ギタリストとしてバンドに加入し、今やソロ・ライヴではシドのソロ曲をもカヴァーしているデヴィッド・ギルモアその人である。デイヴはシドの代理となったことに大いに引け目を感じており、ましてやリーダーとなってしまった今は大いなる責任と共に、彼への畏敬の念を抱いている。そんなデイヴが提唱したのが、次の意見だった。
「シドの曲を最低でも5曲は入れて、彼に印税を与えてやりたい」
 収入もなく、生活保護が必要となってしまった友人を、救ってやりたい。
 だからこそこのアルバムは、ディスク2の「アーノルド・レーン」以降がシドを強く想起させる構成となり、若いリスナーに彼のソロ・アルバムへの興味を湧かせるものになっている。そうして収入を与えてやろうという意図が含まれているのだ。これに、他のメンバーが納得しないわけがない。喩え、未だにシドの幻想から解放されていないロジャーでさえも……
 かくして「天の支配」から始まるフロイド史は「運命の鐘」で閉じることなく、リプリーズされるかの如く「バイク」に戻るのだ。

 総括するに、本作は“A Young Person's Guide To PINK FLOYD”としては優秀だろう。それでいて古参ファンにもアピールできる点が多くある。単純な「懐古盤」ではなく、様々な楽しみ方ができる優秀なベスト盤だ。
 私は、単純に楽曲を並べただけのベスト盤よりも、細かい部分までをも気にしてくれるものこそを評価したい。フロイド然り、クリムゾン然り。そうすることでベスト盤は自己満足に終わらず、ファン・サーヴィスにもなり、ひいては次へのステップさえも感じさせるものとなるからだ。

 さあ、それでは、新作を期待して待つことにしよう!

ECHOES エコーズ〜啓示
<Disc- 1>
1. Astronomy Domine 天の支配
2. See Emily Play シー・エミリー・プレイ
(旧邦題:エミリーはプレイ・ガール)
3. The Happiest Days Our Lives ザ・ハピエスト・デイズ・アワ・ライヴズ
4. Another Brick In The Wall (Part 2) アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール(パート 2)
5. Echoes エコーズ
6. Hey You ヘイ・ユウ
7. Marooned 孤立
8. The Great Gig In The Sky 虚空のスキャット
9. Set The Controls For Heart Of The Sun 太陽讃歌
10. Money マネー
11. Keep Talking キープ・トーキング
12. Sheep シープ
13. Sorrow 時のない世界
<Disc - 2>
1. Shine On You Crazy Diamond (Parts 1 - 7) クレイジー・ダイアモンド(パート 1〜7)
(旧邦題:狂ったダイヤモンド)
2. Time タイム
3. The Fletcher Memorial Home ザ・フレッチャー・メモリアル・ホーム
4. Comfortably Numb コンフォタブリー・ナム
5. When The Tigers Broke Free ホエン・ザ・タイガーズ・ブローク・フリー
6. One Of These Days 吹けよ風、呼べよ嵐
7. Us And Them アス・アンド・ゼム
8. Learning To Fly 幻の翼
9. Arnold Layne アーノルド・レーン
10. Wish You Were Here あなたがここにいてほしい
11. Jugband Blues ジャグバンド・ブルース
12. High Hopes 運命の鐘
13. Bike バイク

(TOCP 65910 〜 1)