ピンク・フロイド・バレエ

〜2004年2月07〜08日 於 NHKホール〜

 ピンク・フロイドの音楽とバレエの融合――これは、実際に73年頃に行われていたことだった。フロイドの鳴らす音楽を主軸としながら、バレエ団がそれに合わせた舞踊を繰り広げる。群舞(ソロや少人数ではなく、大勢で踊ること)がメインであったようだが、それは実に「前衛的だ」と賞賛された。
 その試みを、今度は逆に「バレエを主軸として」、ローラン・プティが演じるという。プティといえば、かのジャン・コクトーとも演劇を共作したこともある、バレエ界の偉人である。彼が牧阿佐美バレヱ団を率いて、映画『Shall we ダンス?』の主演で有名な草刈民代や、新進気鋭のダンサー上野水香らを起用し、フロイドの曲でバレエを行うというのだ。
 それは時にニュースにもなり、新聞一面の広告にもなり、CMでも大々的に宣伝された。そこで売られるパンフレットに、筆者監修によるピンク・フロイド略歴が掲載された――実に光栄だった。それはある理由でピンク・フロイドへの興味を失ってしまっていた筆者を動かし、情熱を一時的に戻らせ、この拙文を書かせるに至った。
 以下、バレエを碌に知らない筆者による「印象」であるので、リポートというよりは気軽な感想文としてお読み頂きたい。

 場内は、2階席まで満員だった。
 舞台の後方にはスクリーンがあつらわれ、CGによる赤い「炎」がゆらめいている。やがてそれは開始時間になると「幕」の形になって上方へ上げられ、幕開けが宣言された。場内が暗くなる。やがてスポットが照らされ、ひとりの男性、メイン・ダンサーのひとりである菊地研が登場した。
 いよいよだ。

 そこに鳴る音楽は「ラン・ライク・ヘル」。オープニングからこの曲か! と思わせる意外な選曲である。コンサートで喩えるならば、最初から盛り上がり必至の曲を冒頭に配置したような果敢さだ。
 足踏みをメインとしたチャンの舞踊は、楽曲の「ビートやリズム」に合わせたものだ。パンフレットに掲載されていた渋谷陽一氏の「プティが注目したのはフロイドのビートやグルーヴだ」という言葉を実感させる。足踏みや手振りをメインとした舞踊は、この楽曲の持つ「意味」を感じさせる。
 続く曲は「マネー」。ダンサーが大勢登場し、軽快なステップを踏む。殊にレジ・キャッシャーの音に合わせて腕や首を動かしたり、7拍子に合わせてリズミカルなステップを踏むのは大層面白かった。原曲の軽快さが功を奏している。バレエと曲が、融合しようとしている。
 ここから、『ザ・ウォール』収録曲のメドレーが始まる。『ザ・ウォール』は「意味」が強く付随するアルバムであるので、その抜粋となるといかがなものか、と思いきや、そんな不安は不要だった。キューバ人のリエンツ・チャンが孤独でどうしていいか解らない男を「イズ・ゼア・エニバディ・アウト・ゼア?」で演じてみせる。沈黙に等しい音響のなか、彼はもがき続け、やがて「ノウバディ・ホーム」の演奏と共に、モンゴル人だというアルタンフヤグ・ドゥガラーが登場する。そうして彼は孤独な舞を踊り続け、再びチャンにタッチ。「ヘイ・ユウ」でチャンは英国女性シャーロット・タルボットと男女のまぐわいを表現してみせる。ふたりであるのに、孤独感というものが実に伝わる。
 そこへ襲いかかる、静かな、しかし強い風の音。「吹けよ風、呼べよ嵐」の登場だ。ここでは20人ものダンサーが動員され、主にベース・ギターの音に合わせた軽快かつ慎重なステップで観客を魅了する。明らかに山場と言えるほど盛り上がる、群舞ならではの圧倒感がそこにはあった。集団が同じ動きを一斉にしていることのダイナミズムを、ソロやペアが続いた後のこの曲は、改めて感じさせられた。
 盛り上がった後に続く幽玄な「ユージン、斧に気をつけて」では、メイン・ダンサーが総動員。タルボット、ドゥガラー、草刈、上野、菊池、そして逸見智彦という6人が、男女ペアを3対構成して舞い踊る。エディットされた楽曲と共に、終始揺れ動くような舞踊は幻惑性では随一だった。
 原曲とは逆でありながら、半ばメドレーと言っていいだろう「ホエン・ユーアー・イン」「雲の影」では、またも群舞のダイナミズムを感じさせる。一定の踊りと不規則な踊りをまじえたそれは、実にスリリングでありながら原曲のインストゥルメンタル・イメージを壊さないものだった。
 そうして第1幕の終章、「虚空のスキャット」へ。ここでは草刈とチャンが、つかず離れず、どうにかしたくてもどうにもできない、ある種哀しい男女のまぐわいを見せてくれた。
 大喝采のまま、休憩を挟む。
 この時点で大半のプログラムは終えていたが、第2幕には、あの大曲「エコーズ」を控えている。それを思うと期待感で胸が一杯になった。

 またも「炎」のゆらめくCGカーテンが立ち上がると、意外なほどダンサーは少なかった。
 印象的な鍵盤の音を自分の躰にフィードバックさせるチャンと、上野をメインとして、曲は厳かに進行していく。「エコーズ」の演奏が、まるでBGMになっている。ダンスがメインとなり、フロイドはBGMとなってしまっている――それは悪い意味ではない。舞踊がメインであるのだから、音楽はBGMで構わない。しかし曲が盛り上がってくると、ダンサー達がわらわらと登場し、「対」になった舞踊とメイン・ダンスとを見せてくれる。「エコーズ(パート 1)」終章付近では、またも群舞ならではのダイナミズムを、集団だからこその説得力感じさせるものがあった。
 そのまま、楽曲は意外なものへ繋がっていく。「ラン・ライク・ヘル」のライヴ・ヴァージョン!……ロジャー・ウォーターズが「この観客の中に偏執狂は居るのかい?」か叫ぶものだ。それは1曲目で見せたソロ舞踊と異なり、フランス人女性マリ=エニエス・ジロが「詰め寄る男性を抑止させては、悩殺する」妖美なものだった。犬のように近寄ってくる男性を張り飛ばし、我が道を歩むそのステップは、この日出演した数あるダンサーの中でも特筆に値する。圧倒的な存在感。そんなに大きくはない筈の躰が、頭ひとつぐらい大きく見える。これは一種の「演技」だ、と、筆者は思う。ダンスは踊るだけではなく、相応しい人格を選んで演ずることもあるのだ、と。
 楽曲はいつしか「エコーズ(パート 2)」に落ち着く。チャン、タルボット、菊池をメインとした踊りで虚無感が演じられ、やがてダンサー全員が怒涛のように押し歩いてきて終幕を迎える。拍手。大喝采。「エコーズ」の現実感と虚無感を、ダンスが表しているように感じられた。
 鳴り止まぬ歓声に、ダンサー達は楽曲で呼応してくれた――「吹けよ風、呼べよ嵐」の再演。最も盛り上がったこの曲の再演は、観客を静めてはいきり立たせる効果を有していた。アンコールでも三度この曲が「総動員で」演じられたのは印象深い。それほどに、群舞の力を感じさせる力強い舞踊だった。

 終演後、ローラン・プティの出現が喝采をさらに上げていく。
 彼に背中を押し出されてしょうがなく踊る振付指導が、笑いをさらっていく。
 アンコールの「吹けよ風、呼べよ嵐」が頭の中でリフレインする――
 すべては、夢の中のようだった。
 当時では企画的だった「ピンク・フロイド・バレエ」を、プティ指揮下でこんなにも味わえるとは! 満足だった。フロイドがバレエ団との共演で描いていたものとは違い、バレエ主軸ではあったけれども、それはそれで楽しめるものだった。きっと、バレエ・ファンにとっても、フロイド・ファンにとっても楽しめる内容だったに違いない。


<SET LIST>

Part 1
01. Run Like Hell
02. Money
03. Is There Anybody Out There?
04. Nobody Home
05. Hey You
06. One Of These Days
07. Careful With That Axe Eugene
08. When You're In
09. Obscured By Clouds
10. The Great Gig In The Sky
Part 2
11. Echoes (part 1)
12. Run Like Hell (live)
13. Echoes (part 2)
Encore
14. One Of These Days
Encore 2
15. One Of These Days