アルバム考
〜アルバム評に非ず〜
最初に、タイトルにご留意頂きたい。
ここで私が論じるのは、飽くまで「アルバム『考』」、即ち「アルバムに対しての考察」であって「アルバム『評』」ではない。世間一般で噛み砕かれているアルバム「評」を今さら噛み直したところで、どうせ誰かがいつか語ったことの焼き増ししか、後進の私には書けないだろう。
となると、私に残された「アルバムを語る手口」とは何であるのか?
そこで「アルバム考」である。
よって本項では、私独自の解釈により、アルバムを考察していきたい。もし仮に「こんなもの推論でしかない」と仰る方がおられるならば、早々に退席願いたい。
私は、キング・クリムゾンという存在を「音楽スタイルの論理化」であり、決して「カッコいいよなぁ」といった感情のみで語れるものではないと考えている。そのスタンスが違うだけのことだ。