蛇蔵&海野凪子『日本人の知らない日本語』
〜「日本人」に問う〜(2009/06/01)

(メディアファクトリー)
これは指南書ではない。警告だ。
というのが、正直な感想だった。
まぁ警告と言うと強硬か。ならば「戒め」だって「助言」だっていい。
とにかく、本書は日本人にこそ読んでほしい一冊である。
さて、外国語学部日本語学科という特殊な学科を卒業した僕だが、本書にはひどく「ああそうよそうよそういうことなのよ」と頷いてばかりであった。
やっぱりね、ナマで外国人留学生とかと馴染んだ人の感覚って違うんだわ。
一般人が「何となく日本とか日本語はこういうイメージで使われている」という前提が、多くの人にはある。しかし、ナマの留学生と対した人には「そうじゃねえよ。もっとなんか言い尽くせないものがあるのよ」と思ってしまうのだ。それは深い溝でもあり、ちょっとした柵でもある。そういった「落差」を、まざまざと実感させてくれるのが本書だ。
といっても、先に言っておきますよ。本書は読みやすーい漫画です。4コマとかエッセイ形式のゆるーい雰囲気の漫画です。だからこそ、入り口は広い。これが「日本人之不知日本語」とかいう題名の小難しい学術書だったら、わたしゃ個人で読んでます。でもね、そうじゃなくていろんな人に読んでほしい、また読める本であることは、先に述べておくべきかと思う。漫画なんだしさ。ほーら警戒心が解けた。ね。
んじゃ、いいね?
というわけで、本書は日本人教師の海野凪子先生が日本語教師という日常で疑問に思ったできごとを、蛇蔵氏が漫画に仕立てたエッセイ漫画である。だーかーら、力入れて読むことないの。漫画なんだから。純粋な意味での「コミック」なのだから。
なので、ここには「外国人が抱きがちな日本への幻想」だとか「それに対応すべきなんだけどできない日本人の実像」がありありと記されている。そこいらの日本語教科書を読むより入りやすいし、ためになるだろう。つっても専門的なことは余り書かれていないので、入門書のようなスタンスではあるが。その分、リアルであり親身な「日本語、あるいは日本そのもの」に触れることができる。
だからこそ、「基礎より実践」なスタンスを本書は貫いている。
そりゃあそうだ。本当に日本語の教科書を作ろうと思ったら専門的になってしまうし、何よりつまらない。それより、カタコトの日本語で苦闘する留学生の姿を見た方が、実践的でためになるし、面白いのだ。喩えば英語を習得したかったら、ネイティヴと触れ合えってよく言われるでしょ? そういうことよ。そのため初歩の日本語を知りたい外国人が読むのは余り薦められない。寧ろ、日本人でありながら日常用いている日本語というものに疑問を抱いていない日本人にこそ読んでほしい。もちろんある程度日本語を憶えた外国人にも読めるだろうけど、この「深み」は日本人でないと解りづらい。それが本書の強みであり弱みでもある。大体にして、万葉仮名とかまでは外国人は知りたくないだろうし。
だもんで、日本人が読めば「ああ、そうだったのか」という覚醒の書に成り得る。逆に外国人には「何が可笑しいの〜?」という疑問になってしまう。良い意味でも悪い意味でも、本書は日本人向けであるのだ。といっても殆どすべての本が日本人向けな日本の出版業界、それは珍しいことではない。でも、外国人との交流を描いた本書だからこそ、そこに違和感を覚えてしまうのだ。
果たして、外国人が読んでも面白いものだろうか?
それは本書のタイトルがあらわしている――『「日本人の」知らない日本語』。そう、本書はあらかじめ日本人に向けて記されたものである。だからこそ、冒頭に記した「警告」という言葉がフィットするのだ。ってフィットなんて外来語使っちゃったけどさ。まぁいいじゃん? とにかく、本書は自国語さえも乱れている日本人への「警告」であるのだ。
その自国語を、「外国人」というフィルターを通して再評価/検証する。それこそが本書の目的だと思われる。異文化に晒されてこそ初めて解る自己というものがある。日本の中でとどまっていると解らないが、一歩外に出てみるとありありと迫る“Are
you Japanese?”の意味合い。ああそうさ、日本人さ、と言い切れる日本人は意外と少ない。日本人ですいません、というのが殆どだ。
それは留学生との交流でも解る。日本の文化を説明していると「そんなの可笑しい!」と一笑に附されることが多々ある。だが、我々はそれが「可笑しい」などと思っていない。さながらキムチを毎食口にする韓国人や、犬の肉さえも食らう中国人が我々の理解に苦しまれるように。されどそれかて彼らには、我々には、「当然」のことなのだ。
本書は、日本語を伝えるのみでなく、「日本文化」を伝えている。
それは七夕や仁侠映画のくだりでも解るだろう。「日本というイメージ」に対する外国人と、それに対する日本人の姿がありありと描かれているのだ。そのうえで日本人自身さえも気付いていない(または。忘れている)ことをまざまざと描いている。これは非常に残酷なことであり、現実的なことでもある。
……なぁんて小難しいクチ叩いてますけど、素直に言いましょう。
笑えます。そしてハと気付かされます。日本語の奥深さに。
ぜひとも、日本語教師を目指す方には読んで頂きたいなぁ。ナマの「日本語って何? 日本って何?」という声が活かされた本だから。
それが親しみやすい蛇蔵氏のイラストと、凪子先生のユニークな実話で彩られているのが面白可笑しい。この絵がなければ入れなかったし、この話がなかったら入れなかった。そんな奇妙な錬金術を遂行しているのが本書である。
だーかーらーね、簡単に言うと。
日本人であれば、純粋に楽しめる。または日本文化を知っていれば楽しめる。そういうこと。
そのなかでささやかな恋話とか鋭いボケが展開されているので、するすると読めてしまう。
このコンビは強い。やわらかなラインとリアリティあふれるお話。懊悩する凪子先生に好感を抱いてしまうのはしょうがないだろう。
そのなかでも、お気に入りのネタをひとつ。
生徒「先生、それは……」
先生「立って言ってください」
生徒「た」
……解るかな?
これの面白味が解ったら、本書は買いだろう。
何でも、続巻が予定されているという。その片鱗を雑誌『ダ・ヴィンチ』やそのウェブ・サイトで味わうこともできる。
こりゃあ期待するしかないっしょ! 予約するっしょ!
僕がこの本に興味を抱いてから購入するまで2ヶ月かかってしまったが、その間に4刷になっていた。早いじゃないか。そのうえその後にゃ新聞・雑誌の広告などで話題の本となったらしい。
読んでみ! そして笑ってみ!
なお、この本を貸した同僚の感想は「こんなに難しい日本語を使いこなしているのに、なぜもっと文法の簡単な英語すら憶えられないんだろう……」とのことだった。ううむ、何だか気付かされてしまうのだな。
んで、コンビニ時代のことをひとつ。
僕はヴィニール袋の有無を「袋はお使いになりますか?」と訊いていた。しかしある日、店長が「村瀬君、それは『お使いになられますか』って言ってくれよ」と言われました。
賢明な読者諸氏であれば、「それって二重敬語じゃん」と思うのだが、彼は「あたためますか?」さえも「あたためられますか?」と言っていた。それは尊敬や謙譲云々以前に受動だ、と言ってもまっとうな答えはくれない。「とにかくへりくだって」がコンビニの業務なのだ。二重敬語だとか文法は気にしない。ともかく、その場でお客がいい気分になれればいい。
そんなのが嫌で、そのコンビニを辞めてしまった。
本作中でも、仕事中での誤った敬語が出てくるが、そういう意味でも本書は「警告」のようにきこえる。
何はともあれ、「面白くてためになる」ものが好きな人にはお薦めだ。
それが日本語や日本文化のことであればなおのこと。
……読んでみ?