村山由佳『天使の卵〜エンジェルス・エッグ』

〜フツーが一番難しい〜(2009/02/24)


(集英社)

 もはやライト・ノヴェル作家となってしまった村山由佳だが、この実質的なデビュー作では小説すばる新人賞を受賞している。映画化もされ、続編も書かれており、彼女の代表作と呼んでも差し支えないだろう。のちに『星々の舟』で直木賞を受賞するなど、大衆的な読みやすい恋愛モノならお任せ、って感じである。
 五木寛之は「よくもまぁここまで凡庸に」と、阿刀田高は「恋愛小説なんてこんなものでしょ」となじったのだが、いやいや待て待て。そんな簡単に片付けていいのか? 確かに本作は「よくある恋愛小説のひとつの完成形」だ。しかし、その「よくある」の部分ばかり見ていないか? 「ひとつの完成形」という部分を見てくれないか?
 人を夢中にさせる物語を書くのは、実は簡単だ。水戸黄門を見るぐらいの感性があればいいのだから。だけど、「純粋に」表現するというのはなかなか難しいことだ。五木なんて様式で阿刀田は小手先でしょ。そんな奴らに酷評されたくないもんだ。オメーラ「純愛モノ」書いてるか? 押し付けがましい「純愛です!」っていうやつじゃなくて、もっとスラッとしたスタイリッシュな純愛をよぅ。
 話の筋としては、ひと目惚れした年上の女性が恋人の姉で、必然的に三角関係が巻き起こる、というもの。ラヴ・ストーリーを主軸にして、そこにサブとして家族の問題(心を病んでしまった父親と主人公の繋がり)が絡んでくる。小説・映画での「典型的な」物語要素をワン・パックにした、という感じだ。
 こうして書いてみると、確かに「凡庸な設定」かも知れない。しかしね、その書き口が上手いというか、いや書き口が上手いっていうのはちょっとニュアンスが違うな、組み立て方が上手いっていう感じだな。村山の小説は突飛な設定や発想はないが、「どこかで聞いたことあるようないい話」をうまく積み上げている。普遍的な読み物として純粋に楽しめる。かといってメロ・ドラマほどありがちな展開ではない。文学云々を語る以前に、読み物として優秀なのだ。情景描写や心理描写が説明過多でなく、適当。ストーリーの邪魔にならない。何より、その村山の文体が美しい。よくある話を特別な話として読ませてしまう実力を持っている。
 かといって、手放しに誉めるわけでもない。その後の村山の作風はすべて本作に準じた「純愛モノ」に落ち着いてしまい、ある意味で赤川次郎状態に陥ってしまった。だから正直な話、どれを読んでも読後感は似たようなものだ。そうか、時代小説のファンってそういう状態なのね。本作のラストも余りにも唐突な感がある。そのためどこか消化不良な感じを受けてしまうのがちょっと惜しいところ。文章力はあるのだから、もう少し書き込めたのではないか、と思ってしまう。ちょっとドラマティカルにし過ぎたんじゃないかなぁ、とも。
 しかし、普遍的なものほど、上手く書くのは難しい。
 それを村上龍はよく解っていて、「驚くほど凡庸だ」と評し、文庫版の解説も書いた。だがこれは前述の五木とは違うニュアンスの、いい意味で。凡庸に徹するのは普通の暮らしを続けるぐらい、簡単そうで難しいことだ。
「フツーが一番難しい」
 これは漫画の『行け! 稲中卓球部』の柴崎先生の言葉だが、まさにその通り。ニートやホームレス、カフェ難民が増える中、普通に暮らせることの何と平凡で素晴らしいことよ。普通に読んで、普通に感動して、普通に本を閉じればいい。この本には「普通」が詰まっている。日常の中に非日常を見出すことができる。

 普遍的なものに対する感性が欠けてきた時に、ふと思い出して読みたくなる一冊だ。