読者へ

〜あとは君が解釈し給え〜

われらが心を占めるのは、われらが肉をさいなむは、
暗愚と、過誤と、罪と吝嗇、
乞食がシラミを飼うように。
だからわれらは飼いならす。忘れられない悔恨を。

われらの罪はかたくなだ。われらが悔恨は見せかけだ。
思惑あっての告白だ。
だからさっそくいい気になって、泥濘の道へと引き返す。
空々しき偽りの涙、心の汚はさっぱりと洗い流した気になって。

悪を枕に夢心地、心はいつかまどろむよ、
悪魔・トリスメジストに揺すぶられ、
小賢しいこの科学者の手にかかっては、
われらのハガネの意志さえ煙と化して消えゆく。

この「悪魔」めだ。勝手自在、糸を握ってわれらをデクの棒にして操るのは!
おかげでわれらは、忌まわしい俗悪の色香に迷うのだ。
一日ごとに一歩づつ、「孤独地獄」の方へ堕ちるのだ。
悪臭放つ暗闇を、厭いもせずに横ぎって。

老いさらばえた淫売婦のしなびた乳房に吸いすがる、
銭も持たぬ放蕩児さながらに。
われら皆、ゆきずりに怪しげな快楽(けらく)を盗み、
水気の足らぬオレンヂのいや強く絞り味わう。

百万匹の回虫もさながらに、うじうじとひしめき合って、
われらの脳のなかでは「悪魔」の大群が牛飲馬食、
息づくたび、見えぬ川、
「死」は何事かつぶやきながら、われらが肺のなかに降臨する。

強姦・毒殺・刃物三昧・放火沙汰……
こうした派手な絵空事が、みじめなわれらの運命の
毒にさらされた布を今日まで飾らぬのは、恥ずかしいものだ!
要するに、われらに意気地が足らぬから。

さりながら、ジャッカルや、ヒョウや、山犬や、
猿、サソリ、ハゲタカ、さらにはマムシなぞ……
われらが悪業の醜猥な動物園に、
鳴きわめき、吠え狂い、唸ってのたうち回る怪物にうちまじり、

特別に醜く性悪で、不潔な奴が一匹いる!
こやつ、大して暴れもせず、大きな叫びも立てないが、
そのくせ平気で地球をほろぼし
あくびしながら世界を鵜呑みにするぐらい、平気の平左。

(なぜなら責任を問われぬ匿名で本音をほざけるから)

それこそが、「倦怠(アンニュイ)」だ! 柄になく目もと潤ませ、
水煙管(みずぎせる)喫いながら、断頭台を夢見ている中二病。
読者よ、君は知っているだろう、この厄介な悪魔めを。

――偽善の読者よ、
――同類よ、
――我が兄弟よ!

(君は彼らに踊らされて、永遠の価値観よりも刹那の自己傲慢を選ぶのか?)

永遠の価値より刹那の悦楽をえらび、
思い描いた勝手なる偶像(イマージュ)に迎合し、
愛を標榜する相手からその代弁者から媒介をも否定する、
そのうえで自分については庇護を選ぶ。

それこそが、「自己愛」だ! 絶対悪をもうけることで、かりそめの言論の自由を得る。
代役を引き出して感情的自説を美説化し、
さもありなんと澄まし顔
そうして素性知られぬ暗黒でのみ、本音を感情的に語る。

それが君らの本質だ!
醜く、われおらぬ場所にてわが風評を事実化し、
必要悪として飾り立てた屏風を立てて落書きを散らして
すべてをわが所業に仕立てあげる。

「ファンのエゴ」
それに尽きる、
君たちの傲慢、
それは君たちが憎む私より増幅して醜い。

彼女を愛するならば、
君たちが変わらねばならぬ。
影響しあうエゴとエゴ、
一方でも無粋なら夢絵巻と消える。

読者よ、
わがウワゴトをいかに解釈するか、
または意図的な誤読、あるいは無視し、
自分の都合によろしい筋書きに変えるか。

それは君が、
彼女を、
どれだけ、
本気で愛しているかに依存する。

さあ、
結局はただの暗闇でしかない、
月の裏側へ旅をしよう。
われはその介助になれば、それでよい。


(ボードレール『悪の華』序章「読者へ」
 堀口大学訳 村瀬健二現代訳・意訳・大幅加筆)