全曲解説:シングル・ヴァージョン

〜その違い〜

 天野のシングルの中にはアルバムと同音源のものも多いが、相違点が見受けられるものもある。現在のところ、それらは再録音ではなく「リミックス」の類に分類されるものだ。リミックスといっても「他者による大々的な再構築」ではなく、「アルバム収録/シングル・カットにあたっての部分改良」という意味合いのものであることに留意頂きたい。


箱庭〜ミニチュアガーデン〜
 インディーズ・デビュー・シングルであり、「天野月子」の最初の曲ということでアルバム収録まで間があることも関係するのだろう、収録にあたってリミックスが行われた。アルバム『シャロン・ストーンズ』収録ヴァージョンには“Sharon Mix”という記述がある。
 大きな違いとしては3点。終盤の「コロシテ」の囁きが、こちらでは同時に2重(歌メロディをなぞったものと、呟き)になっていたが、“Sharon Mix”では間を置いて2重(呟きと、それのエコー)になっている。また演奏終了部分では、こちらではギターのフィードバック・ノイズが最後まで鳴っていたが、“Sharon Mix”ではそれは早目にフェイド・アウトし、天野のヴォーカルが残されて淡々と終わっている。さらには間奏終了時ギターの音がこちらではドラムの音と「ピィィィ」というノイズに掻き消されているが、アルバムではその後ろで鳴り続けている。その他にも各音の音量レヴェル調節がだいぶ行われている様子で、鋭角だった音が少しだけ丸くなり、天野の声が前に出されている感がある。具体的な音では、ドラムの残響具合にも違いが見られるだろう。
 なお、通販限定盤だった初回出荷分(と、その復刻盤)はマスタリングが多少異なり、全体のマスター・ヴォリュームと天野のヴォーカル・レヴェルが低い。現在流通しているものはそれを改善したものである。


菩提樹
 基本的にはアルバム『シャロン・ストーンズ』の音源と同じだが、オリジナル・ヴァージョンとなるこちらは、アルバム収録にあたって追加された冒頭部のストリングス・パートがない。そのため逆転的にアルバム・ヴァージョン(特に記述なし)を先に聴き慣れてしまうと、逆にオリジナルであるこちらに違和感を抱いてしまうかも知れない。本体は同じ。


HONEY?
 前述の2曲とは異なり、この曲はアルバム『シャロン・ストーンズ』発売後にカットされたもの(特にヴァージョンの記述はなし)。
 大きな違いとしては3点。冒頭部の演奏に差し込まれていたスクラッチ音のような「キュキュキュ」という電子音がカットされ、同じ場所にあったギターの残響音を大きくしている。最後のサビ繰り返しに入る前の部分がエフェクトをかけたドラムのみになり、ギターの音が消されている。そして演奏終了後はドラムのスネアで締められていた部分が、ギターの一旋で終わっている。また冒頭には本当にほんの若干、イントロ演奏開始音が含まれている。全体の音色もエコーの類が強められたようで、透明感が出ている。そういった音調整の結果、ギターも原曲より前に出ているのが解るだろう。その他にも各音の音量レヴェル調節などは細かく行われている様子で、こもった感のあったアルバム・ヴァージョンと比べ、すっきりした感がある。
 アルバムからのカットにあたり、ミックスを異なったものとしてリリースされたのは喜ばしい。シングル・カットといえば同テイクをただ落としただけ(それもカップリング曲もアルバム曲で)、というアーティスト気取りが多い中、アルバムをドロップして後にも気を緩めず、自分の楽曲である意味を見せている、そんな姿勢を感じさせてくれる。
 この曲のシングル・ジャケットは天野の筆によるイラスト。そこにCDエクストラ形式で併録されたプロモーション・ビデオでは、ラフなジーンズ・スタイルでギターを掻き鳴らしている。これまでのクリップの中で、最も等身大でスウィートな天野がそこにはいる。またそのエクストラ・データには未発表ライヴ写真、壁紙、Q&Aも含まれている。楽曲自体の差異も(ヴァージョン表記はないが)上記の通り多くあるので聴き比べをお勧めしたい。


(左が初回限定盤、右が通常盤)

人形
 セカンド『メグライオン』から唯一のシングル。先行曲なので、こちらがオリジナル・ヴァージョンとなる。
 やはり再録音ではなく「ミックス」なので、基本使用音源は同じだが、アルバム収録にあたりストリングスを随所に「重ねて」ある。それは大きなもので3点。逆算的に、アルバム・ヴァージョンである“Meg Mix”から、冒頭とエンディングのオルゴール部分、ギターがパワー・コードでも弾ける演奏主題部分、コーラス部分前のせり上がるよに入るもの、それぞれのストリングスを差し引いて考えればいい。最後のひとつは弱めるものと思って頂きたい。全体的なストリングスも、心持ちではあるが弱めに感じられる。また、最後のオルゴール部分は完奏されずに1小節分がカットされており、半ば中絶するように刹那く終わっている。
 なお、ライヴでは常に「アルバム冒頭+シングルのオルゴール+アルバム本体+シングルのオルゴール」というヴァージョンで演奏されている。
 また、業界関係者にのみ配布されたプロモーション盤には冒頭のオルゴールをカットしただけのエディット・ヴァージョンが存在する。



 サード『天龍』の先行シングル。ヴァージョンに変わりはないが、アルバムでは前曲「劔」とメドレーになっているので冒頭に前曲のエンディング部分が残っており、次曲「恋」ともメドレー的な展開になっているため、シングルの方が全尺が数秒だけ長い。


イデア
 4作目『A MOON CHILD IN THE SKY』の先行シングル。冒頭のエコーや、リズム隊の一部のプレイなどごくごく細かい部分が異なる。


翡翠
 4作目『A MOON CHILD IN THE SKY』の先行シングル。オリジナル・ヴァージョンであるシングルでは、この曲はオーケストラのみをバックに歌われている。朝の薄雲のような東京フィルハーモニー交響楽団によるバック・トラックと相俟って、やがて感動のクライマックスを迎える、「デビュー当時からオーケストラをバックに歌うっていうことをすごくやりたかった」と天野は語る。
 なお、シングルの初回生産分のみ同曲の別ヴァージョン「スリムType」収録CDが当たる応募葉書封入。
 余談であるが、東京フィルは筆者イチオシのヴァイオリニスト、平澤仁氏がコンサート・マスターをつとめる楽団でもある。


ゼlコの調律
 ラスト・アルバム『ZERO』の表題曲、「ZERO」の原曲である日本語ヴァージョン。演奏は同じだが、歌詞が日本語メインなので理解しやすい。歌詞は、英語ヴァージョンとおおむね同じであり、まさに「天野月子の終幕」を描いたような、「天野月子という存在へのレクイエム」を思わせるもの。はしばしに「散りゆくひとひら」「空白から未来へ綴る調べ」「わたしはまだわたしでありたい」といった、幕引きの暗喩ともとれるフレーズが散りばめられている。天野の幕引きを考えなくても、普遍性で読み取ることができる。それは自由を欲し、「ゼロ」に回帰したいと願いながらも「あなた」から離れることはできず、しかし離れなくてはならないという刹那いもの。ラヴ・ソングの変形ともとれるし、自己を欲するいち人間を描いたものともとれる。そのうえで“Just call my name”と願い、「わたしはまだわたしでいられる?」と問いかけている――「あなた」と「わたし」の双方に。これは無に近い「究極の自己」を追求したものだ。天野の追及していたものが「自我」であり、それをこの曲でとうとう見出したように思わせる歌詞に仕上がっている。そして「この暗号からわたしを見付けてくれますか?」という問いかけで幕は閉じる。いや、最後の瞬間へ向けて静かに開かれるのだ。