全曲解説:NOISE

〜ファン・サーヴィス的インディーズ・ベスト〜

 ラスト・ライヴ「R.T.Z.〜Return To Zero〜」にあわせて制作された、インディーズ音源のミニ・アルバム形態でのベスト盤。天野は当初『インディーズ・ジョーンズ』という仮題を想定したが、(最後なのだから悪ふざけじみたことは)自重したという。制作されたきっかけは、アルバム未収録曲だった「NOISE」がCDでの発売を熱望されたことにあり、それに加えて未発表曲「サカナ」や廃盤になっている音源などを収録したファン・サーヴィス的内容となった(しかし「Love Dealer」のオリジナル音源、「箱庭」の初期ミックスなど、取りこぼしがある)。活動中、「天野月子」名義では最後のリリース・アイテムとなる。
 アルバム・タイトルは「これらの収録曲はただの騒音である」という自嘲気味な意味も含んだもの。『Sharon Stones』の“sharon”がスラングで「下品な女」という意味を持ち、制作はうまくいったのに「お口に合いますかどうか……」と差し出すように自嘲気味だったのと同じく、自分の活動を皮肉で終わらせる天野らしいもの。なお、期待されたQTでの「砂」は「Qoonieと遊びで作った曲であり、(そもそもユニットなのだから)自分の曲として発表すべきではない」ということから今回の収録を見送り、幻となった。
 ジャケットは久々の天野自身によるイラスト。ヘッドフォンで音楽を聴く前方の若者が前述の「騒音に過ぎない」ということを表しており、後方の中年女性がそれを受け止める「一般大衆」のイメージとして表されているようだ。


01.箱庭
『シャロン・ストーンズ』及び「シングル・ヴァージョン」参照。型番「GTCA-1001」のミックスに準ずる。


02.ステロイド
「アルバム未収録曲」参照。


03.B.G.
『シャロン・ストーンズ』参照。


04.G.B.
「アルバム未収録曲」参照。


05.Love Dealer -type 2003-
「アルバム未収録曲」参照。「type 2003」ヴァージョン。


06.ミサイル
「アルバム未収録曲」参照。


07.NOISE
 本作発表の機会となった、「ゼロの調律」と同じゲームのエンディングに使用された楽曲。軽やかなピアノで始まり、バンド・サウンドに移行、シンフォニックなシンセサイザーに装飾された、天野月子の終章を飾るに相応しい壮大な楽曲。
「あなたをまだ覚えていたい」「わたしはまだ覚えていたい」「二度と会えないなら この身体に刻み付いた」……といった歌詞が印象的な、天野月子が、天野月子という存在を葬るためのレクイエム。「忘却からのノイズが響く」という、天野月子という“NOISE”を忘却せよ、そして時には思い出してほしい、という願いが最後に込められている。無論、普遍的な解釈やゲームの内容になぞらえたとらえ方もできるだろう。いや寧ろ、天野はこの曲をゲームの内容に合わせた歌詞であると言及している。
 発表当初はCD化はされておらず、ゲームのエンディングを見るか、それをアップしているインターネットの動画サイトで聴くことができた。今回のCD化はファン待望のものになる。一時期は『ZERO』に収録されるかと期待されたが、アルバム・コンセプトに合わないという理由で未収録となった。しかし歌詞には「白く染めあげてゼロへと戻して」というフレーズもあり、コンセプトにはそぐうと思うのだが……どうやら契約上の理由などでシングルのカップリングやアルバムへの収録を見送り、本作での発表となったようだ。
 この曲は2ヴァージョンあり、前述のゲームのエンディングやそこから落とされた動画サイトの音源では、間奏部分にアニメ「風の谷のナウシカ」のテーマ「鳥の人」から引用されたシンフォニックなシンセサイザーのソロがあるのだが、CDではそこがカットされた短縮ヴァージョンとなっている。それを含めた完全版はCD化されていない。このCDヴァージョンではビデオ・クリップも制作された。
 なお、この曲はプロデューサー戸倉との共作。ライヴでは、演奏されていない。


08.サカナ
 この曲はデビュー前に書かれたもので、一度だけファン・クラブ・イヴェントでアコースティック・ギターの弾き語りで演奏されたことがある。本来のデモ・テープではピアノ曲で、本作ではそのラフ・スケッチの形のまま、Qoonieによるピアノ・アレンジされたものになっている。この曲はデビュー前、戸倉に渡ったデモ・テープの中に収録されており、デビューのきっかけになった曲。形にできたらいいな、とずっと思っていたこの曲を最後にプレゼントされるというのは、原点回帰してゼロへチャンネルを戻すようだ。
 和音の旋律で構成されたシンプルなピアノのみの楽曲に乗る歌詞は、抽象的かつ印象的。「愛する人はサカナになり 海へとかえる」というのは、天野自身のことであり、天野を愛したファンのことでもあるのだろう。それまで歩んできた「いつまでも続いてゆくような道」を懐かしむような、それでいて「わたしはひとり」という現状を自覚するような歌詞が、ピアノのみの軸で成り立った楽曲と相俟って、最後を飾る曲として相応しい。一種のレクイエムとして作曲されたのだと天野は語る。
 天野月子という存在は、こうして原点回帰し、ゼロへと戻っていくのだ……。