全曲解説:ZERO

〜意味深なラスト・アルバム〜

 約3年振りの、インディーズでは初めてとなる渾身のアルバム。しかし、天野は本作を「天野月子の完成形」として、「天野月子という存在」に幕を下ろすことになった。「月はひとりでは輝けない。皆さんがあってこそ、わたしは輝きを届けられた」というファン・クラブ会員へ送られた「幕引き宣言」を受けて、初回限定盤は予約購入者のクレジットが記載されている。これは天野が切望したのだという。
 全体的に英語曲や英語歌詞が多く、今までの「天野月子=和」のイメージをくつがえしたものになっている(なお、英語曲には直訳ではない「意訳」が添付され、さながら洋楽のブックレットを眺めているような気分にさせてくれる)。そのうえでルーツに触れるように、様々な年代の洋楽ロック(特にアメリカン・ロック)の影響が見られる。喩えば『天龍』が天野にとっての「和の極み」であったとしたら、本作は「洋の極み」と言えるだろう。本作を作りきった際に天野が感じたのは、『シャロン・ストーンズ』を作り上げた際に「達成感があった」と感じたのにも似た、しかしもっと充実した「やり遂げた」という気分だったという。それは『シャロン・ストーンズ』のような装飾過多ではなく、骨組みがはっきりしたバンド演奏が主体の本作に至るまで、肉を削ぎ落として行き着いた音に現れている。
 本作を聴くにあたっては、「天野月子の最終形」や「天野月子の総決算」を求めてはいけない。飽くまで、「今の天野月子」として聴くべきだ。それは天野が携帯サイト「天野苑」にて伝えた以下のようなメッセージでもって示されている――「言いたいことが等身大に書けたアルバム。今の自分のやりたいことに忠実に突き進んだ感じ。過去の焼き増しじゃなく、今の自分をやりたかった。過去や未来や、自分のかつてのイメージ、そういったものを崩してでも、わたしは今の自分に忠実でありたい。じゃなくちゃ、歌が嘘になる」――天野は引退宣言をしても、「今」を見詰めている。今、自分に何ができるか。今、自分に何が書けるか。今、自分に何が歌えるか。それは本作が「終わり」でないことを静かに語っている。寧ろ「新たなる始まり」に向かった作品である。一方で、歌詞は引退劇を暗喩するようなものが多くあり、普遍的でありながら意味深なものに仕上がっている。本作なくして、天野月子の「終幕」は見詰められない。
 ジャケットは、「ゼロ=無」をイメージした黒一色にロゴだけのシンプルなもの。ジャケットに天野が写っていないというのは初めてのことである。また「ZERO」の部分は初回/通常関係なく、切り抜きになっている。


01.ZERO
「蝶」「聲」に続く、人気ゲーム・ソフトの主題歌となったシングル22枚目にして、ラスト・シングルとなってしまった楽曲の、改題された英語ヴァージョン。仮タイトルで初の披露となったライヴ同様、ここでは全編英語で歌われる。アルバム・ヴァージョンではあるが、寧ろこちらがオリジナルと言えそうなものだ。
 コーラス部分の最後で歌われている“Could you get me out of this cipher?”の“cipher”とは、古英語で“ZERO”のことだという。曲のテーマを「ゼロ」にしようと思いつくや、天野は“ZERO”という言葉を徹底的に調べ、アラビア語から始まりフランス語などを経由して英語になり、現在では「暗号」の意味に落ち着いた“cipher”を選んだとのこと。タイアップのゲームの持つ「理解しがたい恐怖感」を、「ゼロ」という概念を受け入れられず「理解しがたい暗号」とした言葉のバックグラウンドに託したのだそうだ。また、前述の“Just call my name”というフレーズについて、「記憶を失ったらまず名前を呼んでほしい」という想いが込められているとも発言していた。それは、「天野月子の幕引き」をしてから、自分の存在が忘れられそうになったら名前を呼んでほしい、という意味にもとれる。
 穏やかなピアノ(ヘンデルの歌曲「私を泣かせてください」からの引用というのが思わせ振り)から始まり、ヘヴィなバンド・サウンドへ移行、打ち込みや追っかけコーラスもあり、印象的なギター・ソロやストリングスを挟んで、やがて冒頭のようにピアノの旋律に戻り、終幕を告げる重い不協和音の一音で終わる……という楽曲の構成は、従来のスタイルを踏襲しながらも新たな、そして最後の「天野月子像」を描いている。有終の美、その始まりを飾るに相応しい、天野サウンドの集大成となる楽曲。
 歌詞は、日本語ヴァージョンとおおむね同じであり、まさに「天野月子の終幕」を描いたような、「天野月子という存在へのレクイエム」を思わせるもの。はしばしに「花は咲き、最後には枯れてしまうもの」「『わたし』を呼んで。あなたを綺麗に忘れてしまう前に」「もうあの場所には戻っていけないの」といった、幕引きの暗喩ともとれるフレーズが散りばめられている。天野の幕引きを考えなくても、普遍性で読み取ることができる。それは自由を欲し、「ゼロ」に回帰したいと願いながらも「あなた」から離れることはできず、しかし離れなくてはならないという刹那いもの。ラヴ・ソングの変形ともとれるし、自己を欲するいち人間を描いたものともとれる。そのうえで“Just call my name”と願い、「もう思い出せないですか?」と問いかけている――「あなた」と「わたし」の双方に。これは無に近い「究極の自己」を追求したものだ。天野の追及していたものが「自我」であり、それをこの曲でとうとう見出したように思わせる歌詞に仕上がっている。そして「わたしをゼロから救って下さい」という懇願で幕は閉じる。いや、最後の瞬間へ向けて静かに開かれるのだ。
 ビデオ・クリップはシングルの日本語ヴァージョンではなく、こちらの英語ヴァージョンで制作された。こちらを参照。
 ライヴでは、発表前の「ひ・め・の・ぼ・り」のアンコールにて初登場した。


02.SPY
 アルバム中、最もアップ・テンポの曲。作曲は天野と戸倉の共同によるもの。天野流ロックンロールの王道的な楽曲で、唸るベースを軸に鋭いギター、シンバルを連打するドラムと疾走感が埋め尽くす。この曲に限らず、本作は全体的にベースが活躍している。80年代ハード・ロックを思わせるシンプルでありながら骨組みがしっかりした曲で、過去からのファンにも受けがいいだろう。特にエンディングはロックの常套的な展開を見せ、満足感に包まれる。
 歌詞は、さながら「スナイパー」の姉妹版とでも思えるかのような、自分をスパイになぞらえたもの。しかし狙いが定まらず、相手を撃ち抜けない。愛に没頭し、また愛からの脱却を図り、もがき苦しんでいる様が悲痛だ。また読みようによっては、愛する者を撃たなくてはならなくなった哀しきスパイの姿を描いているようにも見える。それを「ソラゴトを並べて愛を歌う」と歌っていることから、この「スパイ」とは天野自身を描写したもののようにも思える。
「天野月子」名義でのライヴでは、演奏されていない。
「天野月」に改名後、投票によるリクエスト形式でのライヴで選ばれ、名義を越えて初演奏された。


03.Primal Scream
 ドライヴするギターで始まるこの英語曲は、主軸はベースが先導するミドル・テンポのヘヴィなロック・ナンバー。音圧のかかったフレーズが多用され、聴く者を圧倒する。しかしシンセや軽妙なギターなども入り、タイトではなく、重過ぎない。ブリティッシュ・ハード・ロック然とした趣がある。
 歌詞は、「最悪な街」を描いたもので、曲がり角がない、ガソリン・スタンドがない、などの諸悪事情を「なんつー街だ」と淡々と語っている。それでいて「ヴィーナス」に救いを求め、しかも「あなたはわたしの物語を引き裂けるはずだ」と、引退劇をファンに投げかけたようなものになっている。そして最後には「針の穴から空を覗いてみよう」と、狭い世界から広い世界へ歩んでいく隠喩が示されている。
 ライヴでは、演奏されていない。


04.Howling
 シングル通産20枚目となる、インディーズ回帰しての楽曲。ピアノの朗々とした音色から始まり、やがてギターなどが重なっていき、コーラスへ向かってストリングスが折り重なっていくロック・バラード。ピアノの旋律を主としており、随所で響きわたる弦楽隊が涙腺を刺激する。ギター・ソロもメロウな響きを放っている。「ヴァース+ブリッジ+コーラス+Dメロ」という天野節全開のコード進行。最後はしっとりとしたピアノの響きで終わる。どことなく鎮魂歌のような響きがあり、新たな一歩を踏み出した「決意」の曲のようにもきこえる。
 歌詞は、「あたし」と「君」が支え合い、共鳴し合って生きている様を描いている。“howling”は「吠える」「共鳴・共振する」という意味を持つ言葉だが、天野は「共鳴」をテーマにしている。「人は誰かの共鳴体である」というテーゼをもって、その共鳴し合う人間存在というものを表現している。「あたしの無残な穴」とは自らの傷痕であり、弱点であり、そこへ「君の光が射し込み続けて」くるというのは、弱点を突く、という共鳴のためのいち手段だ。そのため「正しい呼吸をしていれる」というのは、共鳴することによって自分の存在を確認するということになるだろう。
 この曲を通して伝えたかったのは「音楽についての自分の想いかも知れない」とも天野は言う。自分とミュージシャン、エンジニアやスタッフが共鳴し合って天野の音楽は生まれる。天野ひとりでは成り立たない。自分はいつも「共鳴される側」だから、共鳴をテーマにしたかったのではないか、と言う。
 ネット通販されたシングル初回限定盤にはビデオ・クリップを収録したDVDが付属しており、そのビデオ・クリップは千葉の採石場で録られた。その天野ひとりのロケーション撮影と、各人のレコーディング風景を織り交ぜた、シンプルな仕上がりになっている。メッセージ性よりも楽曲の素朴さを活かしたフィルム。天野の言葉を借りれば「THE自然体」とのこと。しかし、シンプル過ぎて深みがなく「やや普通」のミュージック・クリップになってしまっているきらいもある。
 なお、シングル初回盤には付箋のメッセージが添えられており、“my soul there's only to Howling with you.”あるいは“I'm here, 'cause you must not Howl alone.”と書かれ、さらに天野の「即興の」ひとことが書き添えてあった。
 ライヴでは、打ち込みでの演奏となった「『Howling』発売記念ミニライブ」が初登場となった。バンド・ヴァージョンでの演奏は「アマフェス2007〜天野月子withプレイボーイズ〜」が初登場となり、ライヴ盤『アマフェスリポート2007』にも収録された。
「ゼロの調律」発表後、この「Howling」が天野月子として最後の曲でもいいな、と思ったと天野は述べている。音楽を通して言いたかったことが全部言えてしまった感じがした、という。そして「天野月子という存在の封印」に繋がっていく……。


05.HANDS
 およそ21人分(プラス、天野が語るところによるとさらに10人)の天野の声が録音された、ひとりコーラス隊もしくはひとりゴスペルが遺憾なく発揮されたバラード曲。タイトな打ち込みと穏やかなキーボードのみの演奏で、コーラス部分には天野のひとりコーラスが多重に覆い被さる。どこか淡々とした印象があるが、寧ろ、前曲の壮大なイメージを静めるいい流れになっている。
「自分の手には何もない」という歌詞は、自分の無力さを認めておきながら、それでも「わたしはまだ行ける」とポジティヴな姿勢を見せている。このように本作は、過去の「天野=陰」のイメージを払拭するようなポジティヴさが全体的に窺える。あてもなく彷徨してきた「わたし」は、「あなた」の存在が遠くなったことを嘆くでもなく、寧ろ恐怖を覚え、その存在を否定する。そして「あなた」がいなくても「わたし」は歩いていける、と決意する……これは、今まで天野が歌ってきた様々な「あなたとわたしの物語」の終焉を意味する歌詞ととらえられないだろうか。あるいは、そのひとつの形であり、物語には終わりがある、と伝えているとも。言いくるめれば「素敵な未来がありますように」という願いの歌だ。
 ライヴでは、演奏されていない。


06.糸電話
 本作中、唯一日本語タイトルの曲。信号のような(糸)電話をイメージした音から始まり、たおやかなギターに包まれるバラード。淡々とした打ち込みにメロディを弾きながら主張し過ぎないベース、優しく爪弾くギターに明るいストリングスが絡まって、数あるバラードの中でも抜きん出た佳曲に仕上がっている。前曲からの流れは一聴した時からフィットするだろう。エンディングは再び信号音になり、糸電話の糸が切れるように終わる。この曲のレコーディングの際、歌入れの途中で天野が感極まったか泣き出して歌うことができなくなったという。
 たおやかなキーボードやリズムに乗る歌詞は、何度も戻るように言い聞かせた「あなた」の不在を確認した、刹那いもの。一線を越えてはならないと告げる「あなた」の声が聞こえなくなり、「あなた」と「わたし」を繋いでいる一本の糸が切れてしまう――大切なものに限って遠くにあり、近付き過ぎるとその大切さが解らない。だから近付かず、糸電話で声を聞くだけにしていて、しかし自分の行く道を歩むにはその糸を切らずにはいられない。「あなた」という存在の重さを知っていながら、決してひとつになれない、という哀しい歌ともとれる。
 なお、この曲と「Polar Bear」「Jam Tomorrow」の3曲はドラムは打ち込みで、ギターは宍倉聖悟が担当している。
 ライヴでは、ラスト・ライヴ「R.T.Z.〜Retuen To Zero〜」で演奏された。


07.HEAVEN'S GATE
 通産21枚目のシングルで、レコード会社移籍後、初のシングル曲。SMAプレイヤーズへ移籍したが、実質音倉との掛け持ち運営であった。
 爽快感溢れる曲調はパーカッシヴでヘヴィなビートから始まり、ブライトなギターを主体としたポジティヴなものとなっている。ところどころに細かい打ち込みが仕込まれており、どこかデジタルな響きがある。
 歌詞は曲調に合って、ポジティヴな姿勢を見せるもの。「ためらいから自由になれ」など前向きな言葉が多々見られる。天野はその歌詞が「結果の判らないボタンをついつい押してしまう無謀な勇気」によるものだとコメントしている。タイトルになっている「天国の扉」とは、明日へ向かう始まりの象徴であって、希望に溢れた世界への入口と言えるだろう。また、空を飛び回る「鳥」は自由の象徴。そうありたい、と願う自由を求める響きがある。
 シングルでは、唯一ビデオ・クリップは制作されていない楽曲。
 ライヴでは「ひ・め・は・じ・め」が初披露となり、「ひ・め・の・ぼ・り」との2回のみの演奏になった。

 しかし、難を言えばコーラス部分が短く、やや中途半端な印象がある。全体的には疾走感があって突き抜けた感じがして悪くないのだが、シングル曲としてはやや力不足か? また、完全にポジティヴな曲と歌詞であるため、初期からの天野の魅力だった「陰」がまるでない。正直なところ、売れ線を狙ったような感がしてしまう。現にセールスは好調で、聴こえはいいが、深みがない。天野の楽曲としては弱いだろう。また、アルバムの流れの中で聴くと違和感があるのは否めない。
 とはいえ、本作が「過去の天野月子のイメージからの脱却」を図っているので、まったくポジティヴに転じたこの曲も、アルバム曲として見ればいいのかも知れない。


08.KITCHEN
 陽気なアメリカン・サウンドのロックンロール・ナンバー。AORとハード・ロックを合体させたような、軽やかでいながらギターやシンバルが鳴り響く、80年代アメリカン・ロックを髣髴とさせるサウンド。パターン豊富なドラムに跳ねるベース、リズミカルなギターにイコライズされたコーラスが入るヴォーカルと、キャッチーな要素がふんだんに盛り込まれている。歌いながら料理でもしているかのような気分にさせてくれる、聴き込むと癖になる味わい。
「わたしのキッチンは幸福に満ちている」という歌詞は、キッチンや料理に「想い」をなぞらえた暗喩的な仕上がり。自分の器より大きい債務や「君」の存在、それを処理しようとする「あたし」はやり口を間違えても平気だという強さを持っている。天野の「今」、ポジティヴな姿勢が見える歌詞。こと引退劇を示唆しているかのような歌詞が目立つ本作中にあって、最も普遍的で様々に解釈できるものだ。天野が語るには、全体的には言葉遊びの羅列かも知れない、とのこと。
 ライヴでは、演奏されていない。


09.Polar Bear
 若くして天国へと旅立ったスタイリストの大塚氏に捧げられた、英語詞の優しいバラード。冒頭から続き主軸となるピアノ・フレーズはジョン・レノンの「イマジン」の冒頭から引用されている。そこへベースや打ち込みがゆったりと乗り、ギターが爪弾かれる。コーラスは本作では珍しい、高音やファルセットを多用したもの。中間部では70年代ブリティッシュ・ロックを思わせるオルガンが響く。鐘の音などの装飾もあり、この曲こそ鎮魂歌だと言えるだろう。全体を貫くピアノの音色が美しい。
 歌詞は、シロクマが作った靴を愛用しながら、その作り主が不在になってしまったというもので、これをスタイリストの大塚氏に喩えると、自分を飾ってくれる大切な人を失ってしまった、というものにとれる。そのうえで、「あなたが二度と戻って来れなくても、わたしはあなたの靴を履いている。あなたが作ってくれた特別な靴だから」と、その作り主を決して忘れない、という結末を迎える。これは「忘れられることが本当の死を意味する」という思想に則ったものだ。
 ライヴでは、演奏されていない。


10.Hello
 ストリングスが重なるように始まり、明るい色調に響くミドル・テンポの佳曲。穏やかなピアノを軸として、バンド演奏が重なっていき、ピアノはストリングスやオルガンに変わる。「タイトルや曲調が春らしいかな」という天野の発言にあるように、春を思わせるあたたかな仕上がりになっている。アルバムの実質的なラストに位置することで、これから「明るい未来」があることを示している。さながら、スキップでもしているかのような気分の明るくなる曲だ。
 天野が語るところによると、この曲は「Howling」のアンサー・ソングであり、いつか出会えるかも知れない人々ときちんと出会えるように、どんな状況にあっても心から「ハロー」と言いたい、という意思がこもっているとのこと。それは引退劇を差しているようでもあり、また普遍的でもある。「あなた」を忘れ去っても身体の軋む音を鳴らし、追われるような日々を棄てて明日へ歩み、そしてひとこと「ハロー」と伝える。それは天野の引退劇をかんがみると「こうして自分は去ってしまうが、また会える日が来るだろう」という示唆にもとれる。こと引退劇に関与してしまいそうな歌詞が多く見受けられる本作だが、それは友情や愛情にも転化できる普遍な書き口だ。
 ライヴでは、スタジオ版が仕上がるより早く「ひ・め・の・ぼ・り」にて初披露された。


11.Jam Tomorrow
「ボーナス・トラックのつもりで書いた」という英語曲。「KITCHEN」にも似た、それより明るく跳ねるようなポップな展開で、ピアノを軸として主張し過ぎないバンド演奏が被さる。ギターの色調などからブギー・ポップとでも言えるだろうか。ところどころにひょうきんなS.E.も入り、明るい気分でこのレコードを終わらせてくれている。
“Jam Tomorrow”とは「不思議の国のアリス」から派生した、「ことわざ」のような扱い方をされる言葉で、「今日のジャムはないけれど、明日と昨日のジャムはある」という会話文から生まれたもの。熟語として、アリスの物語になぞらえて「永遠に叶わない約束」または「(明日は明るい、という意味合いで)明日のお楽しみ」という意味を持つ。天野は「不思議の国のアリス」での使われ方や作者ルイス・キャロルの姿勢から、後者を選んだ。つまり、本作で天野月子は終章を迎えるが、その後の活動を仄めかすような「お楽しみ」をまだ待っていてほしい、というメッセージではないだろうか。こと活動停止などとなるとネガティヴになりがちだが、それをポジティヴに「まだ明日がある」という解釈でまとめているのだ。
 そうして天野月子の世界は、「お楽しみ」をちらつかせながらゆるやかに幕を閉じる……。
 ライヴでは、ラスト・ライヴ「R.T.Z.〜Retuen To Zero〜」で、最後の最後に演奏された。